41、ワンガルド解放の布石

【新暦2445年10月12日PM9:00】※現地時間



「さて……」


 人族連合軍総司令部に隣接して建てられた【連合軍作戦本部本庁舎】。

 ここだけは待ったなしで建設されたため、すでに完成している。

 そこに山本五十六の声がおごそかに流れた。


「お集まりの皆さん。私が連合艦隊司令長官の山本五十六大将です。お初にお目にかかる方々も多いと思いますので、ひとまず自己紹介をさせて頂きました」


 作戦本部大会議室にいるのは、連合艦隊(陸上部隊を含む)と人族連合軍の将官と実戦部隊の高位指揮官たち。


 これから山本は、発足したばかりの連合軍を機能させるため、大胆な軍備計画を発表することになっている。


 軍備計画をたてる……。

 言うのは簡単だが、地球軍と人族連合軍の間にはイヤというほど文明格差がある。

 その格差を埋めなければ、効率的な軍備の調達は不可能だ。


 とくに急務なのは、の再建と近代化である。


 いつ魔王国海軍が攻めてくるかわからない。

 それを連合艦隊だけで阻止し続けるのは困難だ。


 現状、二方面なら同時に艦隊を出せる。

 しかし三方面同時となると、戦力が分散しすぎて阻止できない可能性が出てくる。


 たとえばワンガルト方面とレバント海峡方面で戦っているとき、南セトラ大陸の西岸へベルガン艦隊が攻めてきたらお手上げだ。


 そこでGF司令部は、人族連合海軍を復活させると同時に、彼らにことを提案したのである。


 本当は連合艦隊に匹敵する第2の大艦隊になってほしい。

 しかし現状では、1300トン以下の艦しか【補給召喚】できない。


 そう……。

 【補給召喚】スキルのレベルが2に上がって、ようやく1300トンなのだ。


 それも【多人数共同召喚】のかたちでなければ無理。

 最大クラスの1300トンともなれば、レベル2が30名は必要になる。魔力供給要員まで含めると100名を軽く超える。


 もちろん【補給召喚】スキルを持つ者たちは、毎日のように細かい召喚を行なってレベル上げに邁進まいしんしている。


 だから、そのうち軽巡や重巡、最終的には戦艦や空母も補給召喚できるようになるかもしれない。


 だが……。

 軍事に【たられば】は禁物。


 なので当面は小型駆逐艦を旗艦として、5隻ほどのフリゲートやコルベット(どちらも連合艦隊では海防艦と呼んでいる)で構成される【沿岸警備隊】を多数配備することになった。


 これは人族連合海軍に、地球の軍艦に慣れてもらうためだ。

 似たような事は陸軍でも行なわれている。


 召喚してコピーした戦車や砲、そして陸軍航空隊を発足させるため初歩飛行訓練用の複葉機などを使い、人族連合軍の将兵を訓練する【初等陸軍学校】や【陸軍初等飛行学校】が開設されている。


 海軍も似たような学校がルード島に建設中だが、まずは艦の乗員を育てることが急務となっている。


 ともかく沿岸警備隊で日常的に訓練する。

 事あらば連合艦隊の側面支援を行なえるようにする。

 これから始めることになった。


 幸いにも、レベル2になったことで、1262トンの【松型駆逐艦】を召喚できた。

 これを【複製】スキルで徐々に増やしていく。


 【松型駆逐艦】は、地球世界の1944年代に建艦された戦時急造型駆逐艦だ。

 戦時急造艦のため、既存の駆逐艦に比べると小型で装備も心許ない。


 速度も二七ノットしか出ない。

 そのため連合艦隊としては、艦隊作戦任務に組み入れる予定はない(それよりも既存の駆逐艦を【複製】したほうが良い)。


 しかし既存駆逐艦を【複製】スキルで増産できる数は月に4隻程度だ。

 ところが松型だと8隻を複製できる。

 これは複製に必要な魔力量と素材の量が違うためだ。


 沿岸警備部隊の構成は、最少単位である【隊】をまず揃えるとなっている。


 【隊】の旗艦は【魔改造松型駆逐艦】、隊に配属されるのは【魔改造型1号海防艦】。

 1号海防艦は1943年に計画された、排水量810トンの小型艦だ。

 主砲は12センチ40口径単装高角砲2門。爆雷投射機8基120個を装備している。


 これを魔改造すると同時に、対空装備として20ミリ連装機関砲2基4門と12・7ミリ単装機銃4門、そして61センチ4連装魚雷発射管1基を追加で設置した(設置場所を確保するため爆雷投射機は4基になった)。


 松型駆逐艦は、もとから12・7センチ40口径連装高角砲1門/同じく単装高角砲1門/25ミリ3連装機関砲4基12門、61センチ4連装魚雷発射管1基を有しているため、追加の設置は見送られた(各装備と機関などの魔改造は行なわれている)。


 これらの改装を行なった結果、松型駆逐艦は機関の魔改造により29ノット出せるようになった。


 しかし1号海防艦は追加装備のせいで、機関魔改造後でも20ノットしか出せない。


「現在のところは、まだ松型駆逐艦2隻と1号海防艦10隻しかないが、これで2個警備隊を編成してもらい、人族連合海軍の再出発とする。当面はGF司令部の指揮下で訓練する予定だ。

 訓練が終了したら、晴れて【人族連合海軍地方艦隊】に配属されて、実戦任務についてもらう。

 ただし……駆逐艦を旗艦とする小部隊と侮ってはいかんぞ。GF参謀部の試算では、この2個隊だけでも、ベルガン海軍の1個艦隊40隻を相手に充分戦える戦力となっているからな。

 もちろん、先の海戦で出てきた巨大飛竜やらが来れば勝てないが、あれは特別な竜とのことなので、そう頻繁に出撃してくるような部類ではないと聞いている。

 通常の魔王国軍の飛竜や海棲魔獣であれば、充分に対処できる。それでも駄目な場合は我々が支援する。

 なので、新たに人族連合海軍の提督および司令官になる者たちは、これから切磋琢磨して、1日も早く我々と共闘できるよう育ってほしい」


 今日の会議には、人族連合海軍として2個沿岸警備隊の指揮官となる者や、各艦の艦長に任命された者も参加している。


 いずれもリーンネリア出身であり、地球人はひとりもいない。


 連合艦隊は、いずれ時空の彼方に去っていく。

 その後は人族連合軍だけでリーンネリアを守らなければならない。

 そのため、いまから準備をするのだ。


「では、次に連合陸軍部隊として新設する、2個海狼陸戦旅団と1個獣甲胄旅団について、不詳、この山下奉文やましたともゆきが御説明いたします」


 山本から説明役を譲られた山下陸軍中将が、かるく起立して一礼した。


「捕虜となったワンガルトの海狼族兵は現在、ほぼ全員が人族連合軍に恭順の意を示しております。そこで彼らを陸戦隊構成の旅団兵員として編成し、既存の海軍陸戦隊と共闘できるよう鍛える所存であります。

 ただし事が陸戦隊ですので、実際の訓練は、海軍陸戦隊司令官の阿立義達少将に任されることになります。

 私が担当するのは、ローンバルト出身の大型獣人で構成される1個獣甲胄旅団のほうです。

 獣甲胄旅団の旅団長には、シャトラン戦で捕虜になった獅子族のマーグ・オレインを抜擢しました。新たな階級は連合陸軍大佐です。

 彼はもともと獣甲胄連隊の副隊長でしたので、新たに地球の装備で強化された獣甲胄旅団であっても、速やかに適応できると確信しております」


 そういうと山下中将は、右隣りに座っている獅子顔の巨漢――マーグ・オレイン大佐(新任)を紹介した。


 それにしても……。

 ついこの前まで敵軍の指揮官だったオレインを、よくまあ人族連合軍が採用を許可したものだ。


 普通なら、『もっと人族連合陸軍に適任者がいる』とか言って、手駒の指揮官を着任させるはず。


 それが異例の人事になったのは、山下中将がオレインの人柄と戦闘能力に惚れ込んだからだ。


 近代装備で身を固めた地球人であれば、斧を持ったオレインでも中距離以上なら倒せる。


 しかし白兵戦闘になれば、圧倒的にオレインが強い。


 そのオレインが陸軍部隊と同じ装備を持ち、しかも甲胄で身を固めて突撃するのであれば、総合戦力は地球人の熟練士官の何倍にもなる。


 同様に、海上近接戦闘のエキスパートである海狼族兵が近代装備を身に着けたら、1人で海軍陸戦隊の1個小隊に匹敵する戦力となる。


 近代兵器を奪われた地球人は、それほどひ弱なのだ。

 ただし地球人は、もれなく勇者。

 そのためレベルさえ上がれば、そのうちリーンネリア人を凌ぐ力を発揮できるようになる。


 だから現在整備中の部隊は、地球人と肩を並べて戦える戦力を目指す。

 その中でも戦う場所さえ選べるのなら、海狼族で構成される陸戦隊と、ローンバルトの獅子族や虎族/大猿族/黒犀族などの大型獣人部隊は、リーンネリアでも最強と言えるだろう。


 さらにはバイシャールの竜人族も、個々の戦闘能力は桁違いに強い。

 意外に思うかもしれないが、グンタ国のドワーフ族もそうだ。


 ドワーフは秀でた造形能力だけでなく、斧を使った突撃戦では、下手をすると大型獣人兵にも討ち勝つ能力を秘めている。


 ただしドワーフ族は集団戦闘が苦手なため、大規模戦になると身勝手な戦闘を行ないがちで、作戦遂行上の弱点となることもある。


 その他、混血種族で構成されるアイワール人や、少数だが洗脳される前に逃げてきたベルガン帝国の人間族、バンドリアからいち早く逃亡したダークエルフの集団なども、それぞれ生かすべき戦場がある。


 彼らもまたリーンネリアの住民であり、異界からの侵略者である魔人族に対抗する者たちなのだ。


 それらを山本五十六は纏めあげ、最終的には総力戦を挑むつもりだった。


 すべては、いま始まったばかり……。

 これからも苦難は続く。

 その間、魔王国は待ってなどくれない。


 今のところ兆候は見られないが、魔王国が不利な状況になれば、もしかすると時空裂孔の彼方にある魔帝国から、新たな軍勢がやってくるかもしれない。


 そうなればリーンネリア軍が苦しくなる。

 だから時空の彼方から敵軍が来る前に、なんとしてもバルム亜大陸にある時空裂孔を閉ざさねばならない。


 そのための抜本的な軍備増強だった。


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