39、グルンベ要塞での策略

 連合艦隊がアスファータ湾に集合した。

 長大な旅をしてきた北方方面艦隊も合流している。

 ここに至り、ようやく連合艦隊は最大戦力を取りもどしたのだ。


 ただし……。

 グルンベ要塞での戦闘は、まだ続いている。


 8月19日時点では、グルンベ要塞は魔王国軍が支配していた。

 しかし20日夜、シャトランを脱出したベルガン軍の隷属部隊が要塞の北門へ殺到してきた。


 驚いたのは要塞の守備隊だ。

 味方のはずの隷属部隊が、有無を言わせず門を攻撃しはじめた。


 それもそのはず。

 やってきた隷属部隊はシャトランから来た逃亡兵たちだからだ。

 その証拠に、彼らの背後には魔王国軍の死神――督戦隊が迫っている。


 逃亡兵たちに選択肢はない。

 要塞の南に広がるワンガルトの辺境地帯へ逃げなければ粛清されてしまう。

 そのためには要塞を攻め落とすしかないのだ。


 だから問答無用で襲いかかった。


 要塞の副守備隊長はバイシャールの竜人。

 名をゲルバルトという。


 彼は以前……。

 バイシャール国が魔王国軍によって陥落した時、ローンバルト国攻略部隊の連隊長だった。


 ベルガン軍を主力とする魔王国軍に、北にあるアイワール国が攻め落とされ、自国も危うくなった。


 そのような状況なのに、バイシャールの国王は、永年の宿敵である獣人国家ローンバルトへの侵攻を中止しなかったのだ。


 まずはアイワールにいるベルガン軍(魔王国軍)を主敵と定めるべき……。

 そう上層部に進言したゲルバルトは、軍務不服従の罪を着せられた。

 将校から一般兵へ降格させられた上で、軍刑務所へ収監されてしまった。


 祖国を守ろうと奮戦したのに、結果は懲役刑。

 この非道な措置にゲルバルトは、祖国に対する忠誠をかなぐり捨てた。


 そして彼の危惧していた通り、魔王国軍の魔獣部隊をともなったベルガン軍が、大津波のようにバイシャール北部から侵攻してきたのである。


 北方辺境にある軍刑務所に収監されていたゲルバルトは、皮肉なことにベルガン軍によって救出された。


 本来なら敵国の兵は、魔改造と洗脳を施されて改造竜人兵にされる。

 しかしゲルバルトは自ら魔王国軍に恭順の意を示したため、魔改造や洗脳をされることなく、そのままバイシャール軍の指揮官として登用された。


 もっとも……。

 祖国を裏切った者の口上を素直に信じる魔王国軍ではない。

 その証拠が、いまもゲルバルトの首にはめられている【隷属の首輪】だ。


 味方になったリーンネリア人は、例外なく魔王国の奴隷。

 それが魔王国の基本方針である。


 ともあれ……。

 隷属指揮官となったゲルバルトは、攻撃を仕掛けてきたシャトランの隷属部隊を説得しようと、まずは声をかけた。


 相手が洗脳されていなければ、誤解を解くことができるかもしれない。

 そう考えて、ひたすら防衛に務めていた。


 ところが、またしても理解不能なことが起こった。


 隷属部隊の背後――シャトランに通じる街道を、今度はベルガン軍の指揮官集団と督戦隊が急接近してきたのだ。


 同時に督戦隊司令官からの念話が届いた。


『要塞守備隊は門の前にいる隷属部隊を殲滅せんめつせよ』


 逆らいようのない命令だった。


 ゲルバルトに拒否権はない。

 命じたのがベルガン人の督戦隊指揮官だからだ。


 督戦隊の指揮官は洗脳されているため反論しても意味がない。

 本当の指揮官は、指揮官の背後にいる魔人。

 だが、その姿は見えない。


 これ以上の命令拒否は身を滅ぼす。

 ただちに攻撃を開始するよう命じるゲルバルト。

 要塞の守備隊と督戦隊に挟まれた隷属部隊は、もはや成す統べがない。


 またたくまに……。

 二万近くの兵たち――アイワールとローンバルト出身者が戦死する大惨事となった。


 反逆者たちを始末した魔王国軍は、ようやく要塞に入ることができた。

 しかし、そこで問題が浮上する。


 これまで要塞を守ってきたのは、守備隊指揮官のゲルバルトだ。

 ところが、やってきた督戦隊の隊長のほうが地位が高い。


 督戦隊の指揮官はベルガン人だが、彼は魔改造されているため御飾りだ。

 本当の指揮官は、督戦隊の隊監たいかんを務めている魔人族の【妖魔】ムルマ。


 【妖魔】は【妖人】の一種で、妖人の中では比較的地位が低い。

 理由は、他の妖人に比べて戦闘力が低いから。

 妖魔が得意なのは状態変化魔法のため、補佐役でしか戦いに参加できない。


 しかし督戦隊のような非道な行ないを任務とする部隊には、洗脳系の魔法使いが不可欠だ。


 つまりムルマは、督戦隊を冷徹な処刑部隊に仕立てるため隊監に任じられたのである。


 そのムルマが、いきなりグルンベ要塞の指揮官に着任した。

 これまで味方の反逆を取り締まる部隊の指揮官だった男だ。

 いきなり要塞の守備隊を統率などできるわけがない。


 そこでムルマは、最悪の一手を打ってしまった。

 これまでやってきた手段……。

 逆らう者は片っぱしから粛清すると宣言したのだ。


 それまで要塞を守ってきたゲルバルトたちは、いきなりの脅迫に困惑した。

 そして大半の者が、速やかに新しい指揮官に不信感を抱いた。


 当然、要塞守備隊の志気は猛烈な勢いで低下する。

 そのような状況の中……。

 今度はシャトランを制圧した人族連合軍が進撃してきたのである。



※※※



【新暦2445年9月2日AM10:00】※現地時間


「いいか、チャンスは一度しかないぞ!」


 小声で話す白虎種の獣人軍曹。

 名前をグル・ダーという。

 声を掛けた相手は、大鼠種たいそしゅの工兵たちだ。


 大鼠種は人間サイズのネズミ人で、前足に強靭な爪を持っている。

 そもそもレン湖周辺の水辺に穴を掘って生活していた獣人種だ。


 そのため北方にいる川鼠ビーバー種とともに、リーンネリアでは最高の【穴掘り職人】と言われている。


 いまダーたちがいる場所は、グルンベ要塞に作られた秘密の脱出路。

 この脱出路は要塞が危機に陥った時、シャトラン方面へ逃れるためのものだ。

 当然、ワンガルドの内陸方面へは繋がっていない。


 だが、いまは役にたっている。

 ダーたちは妖人ムルマの非道な仕打ちに耐えられず、やむなく謀反を画策した。


 しかし要塞にいる守備隊だけでは勝てない。

 そこで要塞の北門の外で待機している人族連合に寝返ることにした。


 ちなみにゲルバルトは、まだ要塞内にいる。

 彼が脱出すると謀反がバレるため、いまは猫を被っている最中だ。

 ダーはゲルバルトに命令されて、使者として脱出したのである。


「いいか、手筈てはず通りにしろよ。武器は捨てて丸腰になり、両手を高く掲げて穴から出るんだ。そして相手に対し首輪を見せろ。それで意味は通じる」


 隷属の首輪は、身分が隷属者であることを意味している。


 つまり、『俺たちは戦う気はない。しかし隷属の首輪があるから主人を裏切れない。これをなんとかしてくれ』という意味だ。


 隷属の首輪は、設置した者より上位の魔法使いであれば解呪できる。

 人族連合の魔導師クラスなら、ほぼ大丈夫。

 それを知っているからこそ、ダーは賭けに出た。


 草むらに擬装してある脱出穴から這い出る。

 すぐに気付かれ、槍や剣、そして魔導銃を突きつけられた。


「俺は要塞守備隊の元分隊長でワンガルトの民だ。俺たちは、しかたなく戦争に参加させられていた。

 あんたたちの指揮官に伝えてくれ。要塞は現在、魔人が指揮する少数の督戦隊に支配されている。守備隊員のほうが多いが、隷属の首輪を付けられているので逆らえない。

 だから、あんたたちが首輪から解放してくれたら、喜んで人族連合軍に寝返る。頼む! 魔導師をこの穴から侵入させて、こっそりみんなの首輪を外してくれ!」


 白虎族は3メートル近い巨体だ。

 その巨体を地面に這いつくばらせて懇願する。

 状況を察した人族連合軍の士官が、急いで部下に命じ、上官を呼びに走らせた。


 数分後……。

 しつこいほどの身体検査を受けたあと、ダーたちは立つことを許された。


 ダーと下士官数名だけが、人族連合軍の野戦司令部へ案内される。

 そしてダーは、持ってきたゲルバルトの書簡を渡した。


「要塞の中と外とで、連動して攻撃を仕掛けるための計画書です。時間がほとんどありませんので、申しわけありませんが即断で参加の可否を決めてください」


 ダーの相手をしたのは、人族連合軍シャトラン上陸部隊総司令官のマルギス・フンメル将軍。


 フンメルは人間族のため、巨大なダーから見ると子供のように見える。

 しかし白髭と垂れた眉の下の光る目が、ただの人間族ではないことを物語っている。


 そう……。

 フンメルは、かつて異世界から召喚された勇者の末裔なのだ。


 さすがに血が薄くなっているため、かつての勇者ほどの力はない。

 それでも全力を出せば、非武装のダーくらいは制圧できる。


「拒否した場合はどうなる?」


「夕刻の点呼で、複数の守備隊員が行方不明になっていることが判明します。そうなると、守備隊員は連帯責任を取らされ投獄され、ころあいを見て処刑されてしまいます。

 また、失礼とは思いますが、ここにいる人族連合軍部隊で要塞を落とすとなると、最低でも数週間は必要でしょう。

 被害も相応に出るでしょうし、その間に魔王国軍の援軍がやってくれば、反対にシャトランまで押し戻されると判断します。

 つまり要塞を短時間で落とすには、内部の者が北門を開けると同時に、皆さんが要塞内に乱入するしかありません。

 北門を開ける決死隊は、すでに準備を整えて待機しています。この陣地から赤・青・赤の信号魔法弾が上がれば、彼らが北門を急襲して確保する手筈になっています」


「ふむ……。その決死隊とやらは、おそらく助からんぞ?」


 隷属の首輪をつけた状態で北門を制圧する。

 その意味は、次の瞬間には頭と胴体が泣き別れになるということだ。

 決死隊とは意気込みを表わすものではなく、文字通りの意味なのである。


「元より覚悟の上です。彼らはワンガルト出身の獣人ですので、後方の都市に人質を取られています。なので反逆がバレたら人質は処刑されます。それを逃れるには、情報が伝わる前に要塞を完全制圧するか、さもなくば死ぬしかありません」


 なんとも壮絶な覚悟に、思わずフンメルは絶句する。

 しばらくして、横に立っている参謀に声を掛けた。


「要塞の南東海上に、連合艦隊の支援部隊が来ているな? 彼らに砲撃支援を頼むことはできるか?」


「はい。連合艦隊の本隊はリーン諸島に戻りましたが、一部の艦を分離して上陸部隊の支援を行なっています。グルンベ要塞は地峡に設置された施設ですので、南の海岸まで1キロもありません。

 現在、要塞南東沖3キロ地点に、支援艦隊から分離した重巡青葉と衣笠を中核艦とする巡洋部隊12隻がいます。

 戦艦はいませんが、重巡2隻と駆逐艦10隻による砲撃でも、充分に側面支援が可能と判断します」


 重巡の主砲は20センチだが、魔法付与により32センチクラスの戦艦主砲に匹敵する威力となっている。


 駆逐艦も同様で、おおよそ既存の軽巡から重巡クラスの威力を発揮できる。

 これらを考慮すると、対地支援には充分な戦力である。


「そうか。ならば30分後に対地支援砲撃を実施してくれるよう、念話隊に要請を送らせろ。

 まずは砲撃だ。そして砲撃の混乱に乗じて、赤・青・赤の魔法弾を射ちあげろ。これで北門が開けば、ダー軍曹の言う通りであることが確実になる。

 北門が開くと同時に使役獣と召喚獣による突撃を実施する。北門が使役獣たちによって解放されたのを確認したら、ただちに総攻撃に移る。

 これを可能とするため、魔獣統率部隊は20分で突撃準備を完了させろ。その他の部隊は、総攻撃に備えて第1突撃陣形を取れ。ただちに伝えよ」


 命令された参謀は、すぐに念話隊を念話で呼び出し命令を伝える。


「諸君には済まないが、色々と段階を踏ませてもらう。信じていないわけではないが、ダー軍曹の話だけで部隊を動かすことはできん。

 しかし、いま命じた段取りであれば、予期せぬ事態は避けられる。まだろっこしいだろうが、これで勘弁してくれ」


「いえ……結果的に共闘が実現するのであれば、我々としては感謝の極みです。ところで我々は工兵分隊なのですが、なにか手伝えることはないでしょうか?」


「いや、いまは大丈夫だ。諸君には色々と情報を聞きたいので、戦いには参加せず、野戦司令部で情報武官の質問に答えてくれ。それが終わったら、テントを与えるので休息していて欲しい」


 工兵隊は、いざとなれば戦闘も行なう。

 だが本業は工事全般や爆破作業などの側面支援だ。

 なのでダーも、フンメルの決定に不服はなかった。


「それでは共闘作戦を開始する。準備を整えて砲撃を待て!」


 フンメルの号令で、野戦陣地はにわかに騒がしくなった。


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