37、シャトラン

【新暦2445年8月18日AM11:20】※現地時間


 シャトランにある魔王国軍のワンガルト方面軍司令部。

 そこの総指揮官室で、グラド・ブラキアは配下の魔人たちと歓談していた。


「むっ……?」


 いきなり遠隔念話が飛びこんできた。

 ベルガン艦隊指揮官のロニス元帥からだ。

 配下たちにも聞こえるよう【共感】の術を巡らす。


「ギシャールが死んだか……」


 ブラキアに動揺の気配はない。

 ゆったりと1人がけのソファーに座り、目の前にたつ3名の配下を見ている。


「いかがなさいますか?」


 声をかけたのは、ケフラン・レイニョール軍師長。

 ブラキアと同族のバンパイアで、方面軍司令部のナンバー2だ。


「死んだギシャールには悪いが、すべておのが慢心のせいだ。しかし……誰かに敗退の責任を取らせねばならんな。ロニスに自滅特攻を命じることもできるが……これ以上、ベルガン海軍を疲弊させると他の方面にも影響がでる。

 だからロニスの撤収嘆願はしてやる。しかし無罪放免とはいかない。母港のニールゲンに到着したら、ただちに捕縛し投獄せよ。

 罪状は敵前逃亡、むろん【魔物食らいの刑】だ。次の艦隊司令官は、追って知らせると伝えておけ」


 ニールゲンは、ベルガン東部のニール湾にある港湾都市だ。

 歴史的に見てもベルガン海軍エレノア艦隊の母港となっている。


 ちなみに……。

 魔王国軍の軍法にある【魔物食らいの刑】は、日本軍で言うところの銃殺刑といったところか。どちらも極刑には違いないが、さすが魔王国軍はえげつない。


「了解いたしました」


 レイニョールの青ざめた顔はバンパイア種の特徴だ。

 そのため何を考えているのか良くわからない。


「……そうだな」


 話を終えようとしたブラキアは、ふと思いついたように声を発した。


「これ以上、ここにいる理由はなくなった。よって我々は、今後の作戦全般を見直すため、一度バンドリアの総司令部へもどることにする。

 勢いに乗った敵は、もうすぐシャトランへやってくる。ここで我々がみずから戦いに出るのも一興だが、そこまでする必要もあるまい。

 今回の作戦はリーン諸島の攻略が目的だった。それを達成できないとなれば、さっさと引きあげて再侵攻の準備をするほうが得策だ。

 そういうことだから、シャトランの防衛は現地軍に任せる。すくなくともバイシャールの竜人突撃隊とローンバルトの獅子族隊は役にたつはずだ。

 残っている下級魔人の指揮官には、特別に魔獣部隊の直接指揮権を認めてやる。ただしシャトランを防衛できなかった場合は全責任を負わねばならぬと厳命せよ。

 ワンガルトの獣人部隊は軽装部隊だから、主力となる魔獣部隊の盾にすればいい。あやつらだけでどこまでやれるか……それを確かめるのも軍略のひとつだ」


 ブラキアが話をしているあいだに、レイニョールが遠隔念話を終えた。

 シャトラン守備部隊の各指揮官たちに、いまブラキアが言った内容を伝えたようだ。


「よし、ならば長居は無用だ。行くぞ!」


 ブラキアの右手がひと振りされる。

 その一挙動で、総指揮官室の空間にぽっかりと暗く渦巻く穴が出現した。


 ブラキアは躊躇することなく、その穴――【空間転移門】に入っていく。

 残る3人も後に続いた。


※※※


「そ、総指揮官閣下!!」


 だれもいなくなった部屋の扉が遠慮がちにノックされる。

 しばらくして、恐る恐る獅子族の獣人が顔をのぞかせた。


「……誰もいない」


 総指揮官室にやってきたのは、連隊のマーグ・オレイン副隊長。

 重甲胄ではない。大型獣人の甲胄部隊という意味で【獣甲胄】が使われている。


 オレインは身長2メートルをゆうに越える獅子族の偉丈夫だ。

 しかし今は、がっくりと肩を落としている。


 獣甲胄連隊の連隊長は魔改造されたベルガン人。

 下級魔人の指揮官は、その上の旅団司令官となっている。


 連隊長は魔改造された指揮官だから、与えられた命令をくり返すのみ。

 実質的にオレインが実動部隊の最高指揮官だった。


「念話を受けて慌ててやってきたが……一足遅かったようだ」


 オレインは、ふかふかの絨毯の上に、どっかと腰を降ろした。


「くそっ! なんて連隊長に報告すりゃいいんだ!!」


 見るからに途方に暮れている。

 報告したところで、魔改造された連隊長の言うことは決まっている。

 馬鹿のひとつ覚えのように『戦え。突撃だ。敵を粉砕しろ!』だ。


 そこには戦略どころか戦術もない。

 しかたなくオレインが、命令の範囲内で部下たちを動かすことになる。


「……いっそ逃げるか?」


 シャトランには下級魔人が率いる特殊部隊がいる。

 支配下にある隷属れいぞく部隊を監視するための督戦隊とくせんたいだ。


 それらが最前線に出ることはない。

 なぜなら彼らは、裏切りや逃亡を防止するため背後から攻撃するのが任務だから。


 もし隷属部隊の兵士が逃亡すれば、祖国に残してきた家族や知人が処刑される。逃亡した当人も督戦隊に殺される。


 残っても命をねらわれ、逃げても窮地におちいる。

 完全に板挟みになったオレインは頭を抱えはじめた。



※※※



 魔人族の最高幹部が、そろってバンドリアへ去った。

 ベルガン艦隊もベルガン本土へ向かっている。


 その結果……。

 魔王国軍シャトラン守備部隊は、唐突に見捨てられてしまった。


 当然、現場は大混乱。

 逃亡を計るアイワールやバイシャールの兵士が続出している。


 おそらく逃げようとする者は、家族がいないか絆の薄い者だろう。

 いかに情にあつい種族であっても、自分の身が一番大切と思っている者は一定数いる。


 混乱は、まだ連合艦隊が上陸作戦を実施する前の段階で発生している。

 敵が迫ったからパニックになったわけではない。

 あくまで指揮系統の乱れからくる軍内部の混乱である。


 海戦に勝利した連合艦隊は、第1機動部隊/護衛隊/輸送部隊を前に出した。

 これまで海戦の主役だった主隊は、受けた被害を回復するため、いったん後方へ下がる。


 本来なら母港へもどり、ドックや船台に入って本格的な修理をしなければならない。


 だが、いまの連合艦隊に心配は無用だ。


 【艦体回復】スキルや【魔道具回復】魔法がある。

 時間さえかければ海上でも回復できる。


 だいいち、リーンネリアのどこを探しても、戦艦や巡洋艦が入れるドックや船台はない。無理をすれば駆逐艦くらいは、木造船用の船台を流用できるかもしれないが。


 大型艦に艦体破断や機関全壊といった大規模欠損が生じた場合、さすがにスキルや魔法では直せない。


 既存艦や地球で新規配備された艦は、いずれ【補給召喚】魔法で取り寄せられるようになるかもしれない。


 しかし、リーンネリアに最適化した艦となると、この世界でいちから設計して建艦するしかない。


 いずれ、それらが必要になる……。

 そうGF司令部は考え、人族連合とも協議した上で着々と準備を進めている。


 具体的には、建艦や大規模修理が可能なドックと船台を新規に建設するのだ。


 それらは今後、グンタ国のドワーフたちの協力を得た上で、時間をかけて作る予定になっている。


 さて……。

 シャトランの混乱は、上陸作戦を実施した段階でクライマックスを迎えた。


 敵が上陸してくる!

 この知らせを聞いた時、魔王国軍守備部隊は、シャトラン市街地で警戒配置についていた。


 だが隷属部隊の兵士が、持ち場を放棄し逃亡を計りはじめた。

 それを阻止しようとする魔改造ベルガン人の督戦隊……。

 必然的に、シャトラン市街で壮絶な同士打ちが発生した。


 あとの事は、連合艦隊の作戦日誌に詳しい。

 同士打ちに嫌気がさした隷属部隊は、武器をもったままシャトランを脱出。

 そのままフレメン半島の付根にある地峡部まで逃げてしまった。


 地峡の付根には、ワンガルト東北部を守る要衝――グルンベ要塞がある。

 そこに逃亡部隊の大群が押し寄せたため、そこでも乱戦が勃発。


 グルンベ要塞での戦いは、両者にらみ合いのまま、いまも続いている。

 だが、要塞の北門にいる逃亡獣人部隊の背後には、ひたひたと督戦隊が迫っている。

 このぶんでは遅かれ早かれ、逃亡獣人部隊は挟み撃ちにあうはずだ。


 一方……。

 大半の隷属部隊が逃げてしまったシャトランでは、下級魔族の指揮官とベルガン人の魔改造部隊、彼らが使役する魔獣部隊が取り残される結果となった。


 彼らは逃げるという頭がない。

 命じられるまま、ひたすら戦う。


 下級魔族の指揮官は思考力を持っているが、ブラキアから死守せよと命令されているため撤収できない。結果的に全滅するまで戦うはめに陥ってしまった。


 その数、ベルガン将兵800/魔獣部隊2500。

 これらが実質的に上陸部隊を待ち受けるすべてだった。


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