36、シャトラン東方沖海戦6


【新暦2445年8月18日AM9:12】※現地時間


 ――ガンッ!


 硬い物体が大和の舷側鋼板を穿うがつ音がする。

 その音は時間の経過とともに増えていき、いまでは連続した打撃音となっていた。


 音の主は海狼族の特攻隊だ。

 大和の舷側にを突き立てながら登っている。

 ふと気付けば、大和の周囲には何隻ものガレー船が群がっていた。


 ところで……。

 ガレー船が接舷すると同時に、巨大海獣が激しく身もだえした。

 両舷に食い込ませた角が根元からへし折れている。


 角を失った巨大海獣は、ガレー船の邪魔にならないよう速やかに去った。


 どうやら予定の行動だったらしい。

 ここらあたりの連携はさすがである。


「申し合わせた通りに対処せよ!」


 甲板警備隊の隊長――瀬高道男せたかみちお中尉の声が響く。

 場所は大和の左舷甲板。

 だが瀬高が命じているのは、なぜか海狼族の兵士たちだ。


 彼らは片膝をたて、銃を両手で構えて整列している。

 いずれも人族連合へ寝返り、リーン諸島で短期集中訓練を受けた者たちだ。


 海狼族の部隊は【警備補助隊】と名づけられている。

 銃を与えられているのだから、もはや捕虜ではなく援軍である。


 しかも、その銃が面白い。

 44式魔導騎銃。

 これは明治44年に採用された44式騎銃を元に改造したものだ。


 もともとは騎馬に乗りながら射撃するために作られた専用銃である。

 銃身が短く扱いやすいし、専用の銃剣も実用的。

 これらの利点は、促成訓練した獣人部隊には最適だったようだ。


「おう!」


 50名近い海狼族が声を揃える。

 鎖が張られた手すり付近に照準を合わせたままだ。


 やがて……。

 舷側甲板の縁に、ガチャリと金属製の鉤爪が掛かった。


 だが、誰も射たない。

 狙いを定めたまま、じっと待機している。

 隊長の瀬高も黙したままだ。


 ――ガチャ、ガッ!


 敵の海狼族が鎖に鉤爪をかけ、ついに左舷甲板に立った。

 こちらが待ち受けているのを見て、ギョッとした顔になる。

 そうしている間にも、次々に獣人たちがよじ登ってきた。


「お、お前は……!」


 3番めに登ってきた海狼族が驚きの声をあげる。

 あきらかに銃を構えている海狼族の男を見ての発声だった。


「……に、兄さん!?」


 警備補助隊の1人が、銃を下げて1歩前に出た。

 それを瀬高隊長は止めようとしない。


「おまえ……ケインだよな? 死んだはずじゃ……」


「カイン兄さん! 生きてるよ! 俺たちはこの世界を守るため、人族連合軍に参加することにしたんだ!!」


「それって裏切りじゃないか! 家族がどうなってもいいのか!?」


。いいかい兄さん、んだ。人族連合軍の記録でもそうなってる。

 だからこの部隊は、ワンガルドが陥落した時に逃げてきた海狼族で編成されてるってことになってる。公式には、ここに僕はいない。

 そして兄さん……兄さんたちも、ここで戦死したあと、俺たちの部隊に入るんだ!」


「なにを言ってる……」


 驚きを隠せないカイン。

 周囲の海狼族特攻隊にも動揺が広がっていく。


「みんな、聞いてくれ!」


 警備補助隊のシェード副隊長が大声を出した。

 瀬高隊長は日本人だが、シェード副隊長は海狼族だ。

 同じ海狼族だけに、翻訳の腕輪を通さないダイレクトな肉声が響いている。


「我々は魔王国軍に人質を取られて、しかたなく戦うことになった。だが本心では、憎むべきは魔王国軍であり人族連合軍ではないと思っている。

 魔王国軍を裏切れば、人質は見せしめに殺される。だから俺たちは表むき戦死扱いになるしかなかった。

 戦って死ねば、人質は人質として機能しなくなる。裏切った場合と違い、殺されることもない。その後は労働力として使役させられる」


 シェードの話を聞いた海狼族特攻隊員の中から、「おおーっ!」と声が上がる。


「俺たちはワンガルドを解放するためやってきた。少なくともシャトランは短期間で攻め落とす。

 そしておまえらの家族も助ける。我々の家族がどうなっているかは判らんが、少なくともおまえらの家族は、まだシャトランに囚われているはずだ。

 だから最優先で、おまえらの家族を救出する作戦が練られている。いいか! 。そういう扱いになる。

 見たところベルガン人の指揮官はいないようだな。もっとも、もしいたとしても射殺されている。だから、ここでの事はバレない。

 そういう事なので……みんな! たのむから反抗せずに降伏してくれ! もし反抗すれば、俺たちのうしろにいる射撃部隊が、おまえらを皆殺しにする事になっている……」


 そこまでシェードが叫んだ時。

 甲板の背後にある1段高くなっている上甲板のあちこちに、連合艦隊員で構成される警備部隊が現われた。


 手に手に小銃や単機関銃、中には12・7ミリ機銃まで持ちだした者もいる。

 その数100名以上。

 たしかに彼らに狙われたら生き残れない。


「……おまえらがここで死んだら完全に無駄死にだ! 生きて祖国奪還のために戦うことこそ大義だろう? なあ、頼むよ!!」


 シェードの説得が終わっても誰も動かない。

 重苦しい沈黙が全員にのしかかる。


 ――ガチャッ。


 1人の獣人が、両手につけた鉤爪を外して床に置いた。

 それを皮切りに、次々と周囲の者が続く。

 まわりに説得されて武装放棄する者もいた。


 やがて……。

 すべての獣人が武器を放棄した。


「構え、ヤメ!」


 瀬高の命令。

 警備隊の全員が銃をおろす。

 しかしなぜか、警備補助隊はおろさない。


 シェードの声が続く。


「みんな! これから我々は銃……ここにある鉄の杖でおまえらを射つ。しかし恐れなくていい。銃は火を吹くが弾は出ない。空砲という訓練用の弾だ。

 まだ上空には魔王国軍の飛竜がいる。ここで行なわれていることは監視されている。だからおまえらには、死んだフリをしてもらう。

 海狼族の特攻隊は、全員が強力無比な銃により殺された……そう信じさせる。だから真剣に死んだフリをしてくれ。

 死体になったおまえらは、すぐ艦内の部屋に運びこまれる。そしたらもう、死んだフリはしなくていい。

 わかったな!? 部屋に運ばれるまでは動くなよ! その後はうまいメシを食わせてやるからな!」


 シェードが言い終ると瀬高が手を上げる。


「兄さん、射つよ!」


 ケインが心配のあまり声を出した。


「お、おおう! 大丈夫だろうな……」


「撃てっ!」


 瀬高の命令が響く。


 ――パパパパパン!


 強化魔法が付与されていない空砲だけに、軽い音が響く。


「……こ、こら、死んだフリだ!」


 戸惑っている者たちに、あわててシェードが小声をかける。


 射たれて倒れる演技をしたカイン。

 ケインが銃を放りだし、まっしぐらに兄のもとへ走る。


「すぐ運ぶから、心配しないで」


 そう小声で言いながら、これ見よがしに身体検査をしていく。


 全員が死んだことを確認した瀬高が、ようやく死体を運ぶ命令を下した。

 警備補助隊は銃を肩に納め、丁寧に死体を抱えはじめる。


 わずか10分後……。

 そこに海狼族特攻隊の姿はなかった。


「ふう……なんとかなったな」


 瀬高が息を切らしたシェードの肩に片手を乗せた。


「はい。涙が出そうです」


 と、その時。


 ――パパパン!


 甲高い短機関銃の発射音が遠くで響いた。

 音の方向からすると、大和の右舷側あたりだ。


「むっ……」


 一気に緊張した瀬高。

 しかし、その後に銃声が聞こえない。


「威嚇か? それとも……」


 右舷側でも、別の部隊が海狼族特攻隊と対峙しているはず。

 こちらほど完璧な説得ができなければ戦闘になる。


「右舷守備隊より連絡!」


 檣楼下部にある後部デッキに伝令が立って叫んでいる。


「なんだ!」


「右舷守備隊による発砲は、敵特攻隊に紛れていたベルガン人の改造魔人を倒したものであり、海狼族は全員、恭順の意を示している。よって貴隊の支援は無用。以上、笠間守備隊隊長よりの通達です!」


 笠間は瀬高の同僚だ。

 大和守備部隊の中隊長同士だから、ライバルみたいなものである。


「了解したと伝えてくれ!」


 どうやら右舷側も大事にはならなかったようだ。

 そう思った瀬高は、ようやく肩の荷を降ろした気分になった。



※※※



 最終的に……。

 各艦によじ登ってきた海狼族の特攻隊員は、総勢3000名を越えた。


 このうち戦死した者は482名、負傷者は545名。

 意志の疎通が不完全なため戦闘になった結果だ。

 味方の警備隊員と警備補助隊員にも、戦死者82名と負傷者135名が出た。


 もし説得なしで戦闘になっていたら、おそらく双方で数千名の戦死者が出ただろう。

 そう考えると被害は最小に抑えられたと言うしかない。


 海狼族特攻隊、全滅!

 司令長官の魔人ギシャール戦死!


 ベルガン艦隊司令官カルデン・ロニス元帥は、この知らせに震え上がった。


 作戦が失敗すれば間違いなく粛清される。

 それを逃れるには先手を打つしかない。


 そう考え、シャトランにいる総司令官のグラド・ブラキアに遠隔念話を送った。


『総大将のギシャール様が、奮戦の末に戦死なされた。敵艦に乗りこんだ海狼族部隊も、奮戦むなしく全滅した。

 今回の作戦はギシャール様の総指揮で行なわれていたため、自分には何の権限も与えられていなかった。

 よってベルガン艦隊は、これ以上の戦闘は無意味と判断する。ベルガン本土の母港へ帰還し、態勢を立て直すことが最善の策……。

 この旨、なにとぞブラキア様の御許可を頂きたく、ここに緊急の念話をお送りした次第でございます。

 敵艦隊にも相応の痛手を与えましたので、これらを戦訓として、明日の完勝をめざしたいと考えております。以上、ロニス』


 この念話により……。

 事実上、シャトラン東方沖海戦は幕を閉じることになった。


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