35、シャトラン東方沖海戦5
【新暦2445年8月18日AM8:30】※現地時間
巨大衝角海獣が大和の両舷に突入した。
たちまち大和の速度が落ちていく。
それを好機と見たワンガルトのガレー船部隊が、ここぞとばかりに速度を上げる。
「軽巡【夕張】、魔獣の体当たりで右舷に大穴! 舷側装甲も貫通された!!」
発光信号所からの伝音管連絡が入った。
『こちら山本。夕張艦長、聞こえるか?』
山本の【指揮伝達】は、主隊全艦の艦長と直結している。
なので意識を集中するだけで個別の艦長を呼び出せる。
『夕張艦長の平井です! はっきり頭の中に聞こえています!』
『様子はどうだ? まだ大丈夫そうか?』
『ダメです。舷側装甲を貫かれ中枢区画へ浸水中です。これ以上の艦隊随伴は不可能です。とにかく安全な後方へ下がり、【魔道具回復】魔法を連続で使用することにします』
【魔道具回復】魔法は【艦体回復】スキルと違い、1回こっきりの回復しかできない。
しかし1回の回復量は大きい。
そこで安全な場所へ行き、大勢で魔力を供給すれば、何回でも回復させられる。
それを平井艦長はやろうとしているようだ。
『よし、艦隊離脱を認める。なんとしても艦を沈めるな。いいな!?』
『了解しました!』
長官の許可が得られて、平井艦長は嬉しそうだ。
しかし戦艦群の直衛軽巡が1隻減るのは痛手だった。
「おのれ……やはり魔晶石を持っておったか!」
メーレンの口惜しそうな声。
その目は前方を見つめたままだ。
「あの黒い渦巻きは?」
黒島が興味深々の声を上げた。
巨竜の背に黒い霧の渦ができている。
赤い服の女は、そこに片手を突っこんでいた。
「亜空間収納庫から瘴気結晶を取り出しておる。これで飛竜の魔力は全回復じゃ」
「それは困りますね。こっちの魔力は有限というのに」
まだ余裕のある黒島だが……。
そう言っている間にも、刻一刻と魔力は減っていく。
魔導師たちは気を失ったまま。
MPポーションでの急速回復は無理。
もっとも……。
飲んだところで毎分100程度しか回復しない。
1本あたりの総回復量は1人あたり1000程度。
いまの消費量からすると、まるで足りない。
だから黒島の魔力が尽きたら終わりだ。
巨大飛竜が、スイカほどもある巨大瘴気結晶を呑み込む。
そのせいで、つぎのブレスまで少し間があいた。
『こちら砲術長! 射ちます!!』
唐突に念話が届いた。
見れば大和の第2砲塔にある3門の主砲が、すべて巨竜に向いている。
――ドウッ!
1番主砲が猛烈な火炎を吹きだした。
目標は、わずか300メートル先の巨大飛竜!
――ガッ!
主砲弾が敵のバリアに命中!
そこで巨大炸裂が生じる。
「なんじゃ、あれは?」
メーレンが魔導障壁を張る姿勢のまま、たったいま目撃した光景を尋ねる。
バリアに命中した主砲弾は、そこで炸裂した。
だが、そこで終わらない。
まるでススキの穂のような糸を引く白煙が発生し、バリアの横方向へと拡散していく。
拡散した白煙は、すぐに集束しはじめる。
バリアを廻りこみながら巨竜の身体へ殺到する。
「三式魔弾だ。主砲が射てる唯一の対空砲弾だ」
説明する山本は、どことなく誇らしげだ。
それもそのはず……。
大和主砲用の三式魔弾は、本来の三式弾からさらにパワーアップされている。
砲弾の全長は160センチ。
重量は1・36トンもある。
巨弾だけが特徴ではない。
なんと砲弾内部に小型の爆弾――【弾子】を996個も内蔵しているのだ。
1個の弾子は25ミリ×90ミリと小さい。
しかし魔法付与により50ミリ機関砲なみの威力を与えられている。
それが一斉に巨竜へ襲いかかった。
――ガアアアーーーッ!
弾子が身体の表面で炸裂した巨竜。
さすがに傷を負ったらしく、苦痛にもがいている。
だが致命傷にはなっていない。
「これで……終わりと……思う、なよ」
魔力が尽きかけている黒島が、あえぐように声を発した。
――バウウッ!
残りの2門が同時に火を吹く。
――ゴバッ!
1発は三式魔弾。
先ほどと同じくバリアに当たって拡散する。
その後に集束する部分が【誘導】魔法を付与した効果だ。
だが最後の1発は違った。
91式魔導徹甲弾……。
大和が放てる最強の砲弾である。
――ガッ!
60枚の重層バリアが一瞬で消し飛ぶ。
バリアを貫通した魔導徹甲弾は、ギシャールが立っている場所に命中。
ギシャールの肉体を粉砕する。
――ズッ。
肉に硬いモノがめり込む湿った音。
つぎの瞬間、巨竜の胸付近が内部からの大爆発で弾けた。
ほぼゼロ距離射撃。
これを食らったら30メートルの巨竜でも耐えられない。
爆発はさらに広がり、巨竜の胴体を2つに分断していく。
「勝てた……」
魔力の供給を止めた黒島が、よろめきながらメーレンに倒れかかる。
それをメーレンは、慈しみに溢れた母のように受け止めた。
「ようやったぞ若造。ゆっくり休め」
「救護班。黒島参謀を医務室へ運べ」
山本がすかさず命令を発する。
「わらわも行くぞい。今度はわらわが高位回復魔法で治す番じゃ。なに、こやつにもらった魔力が余っておる。回復魔法くらいは朝飯前じゃ」
いや……。
黒島を回復させるより、気絶した魔導部隊のほうが先と思うが。
誰もがそう思ったようだが、メーレンはしれっとした顔で言った。
「ルミナ、魔導部隊の回復は任せたぞい。均等に魔力を供給してやれば、そのうち気がつくじゃろ」
「は、はい、お任せください!」
ルミナも若輩ながらハイエルフ。
メーレンの采配は見事だった。
だが、まだ戦いが終わったわけではない。
まもなくワンガルトの海狼兵がやってくる。
それをしのいでも、主敵の敵艦隊がどう出るか……。
まだまだ連合艦隊の苦境は続く。
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