48、とある角《つの》無しの提督
リメルと呼ばれた男は、外観だけ見ると人間族のようだ。
フルネームは、アルビン・リメル。
リメルは角族亜種の
淡い緑色のゆるくウエーブのかかった髪。
短い2本の角が生え際にある。
だがいまは、髪に隠れて見えない。
角族は、角の大きさ・長さ・太さ・形状の良さで人物評価が決まる。
角が大きく長いほど肉体の成長も大きい。
物理・魔法双方の戦闘能力も角に比例する。
これは角族に近い【鬼族】にも共通する概念だ。
短角族が角族の亜種とされているのも、すべて角のせい。
ゆえに魔人族では一般常識となっている。
妖魔が妖族の中で亜種扱いされるのも同じ理由だ。
魔人族にあっては、力なき種族は人扱いさえされない。
この【常識】にあてはめると、リメルは完全に落ちこぼれだ。
人間族に見えるほどの貧弱な肉体に、髪に隠れるほど小さい角。
本来であれば、軍の新兵ですら徴兵検査で落とされる。
だが……。
リメルはエグリア艦隊でも勇猛で鳴らす第1突撃艦隊の司令長官だ。
リメルは、個人の武技ではダントツの劣等生だった。
しかし部隊を操る戦技と作戦運用を競う謀議においては、士官候補生学校時代から一度も負けたことがない。
その高い能力を、ガガネル・レンネルに見いだされたのだ。
レンネルは角族統括である四天王のひとり。
決定に逆らえる者は少ない。
リメルは、レンネルの厚い庇護を受けた。
少なくとも外見的な欠点で失脚することはなかった。
しかし学校を卒業して角族海軍に配属が決まると、そうも言ってられなくなった。またもや外見から能力が疑われることになったのだ。
士官に成りたてのリメルは、まさに衆人監視のただ中に放りこまれた。
些細な失態でも無能のレッテルを張られる。
だが生き伸びた。
赴任当初は、レンネルの配慮もあって参謀長付士官となった。
参謀長付士官といえば聞こえは良いが、実際は使い走りだ。
そこでコキ使われたが、まったくノーミスで任務をやりとげた。
学校時代の秀でた成績とミスのない勤務実態。
これが評価された。
たった1年で、魔帝星にある角族の領土の沿岸警備部隊、その警備艇艇長に転属が決まったのだ。
部下が8名しかいない小型木造警備艇の艇長だったが、赴任早々、警備担当海域で暴れていた海賊の討伐で2隻の海賊船を撃沈し、勲三等輝角勲章を与えられる武勲を上げた。
それからは昇格するごとに武勲をたてた。
最終的には【リーンネリア派遣軍】に参加させられた。
そしてエグリア艦隊所属となり、かつて第1突撃艦隊1番艦だった【ミセル級突撃艦ユニバル】の艦長として、ベルガン帝国艦隊との最終決戦に参加。
ここでも敵旗艦に突撃をかまして撃沈。
他にも鉄張装甲艦三隻を撃沈する大戦果をあげた。
海戦結果はベルガン帝国の降伏につながった。
まさに快挙である。
魔王国軍における最大級の戦功は、嫌でも認めるしかない。
そして……。
リメルは晴れて、第1突撃艦隊司令長官に着任したのだった。
バラントに辛辣な言葉を浴びせられたリメル。
だが、まったく感情を顔に出さず、視線を落としたまま答えた。
「評価して頂けないのは不徳の致すところゆえ、返す言葉はありません。あとは実戦で評価して頂ければ」
あくまで遜りつつも、最低限の矜持だけは崩さない。
それを見たバラントが、露骨に不快そうな表情を浮かべる。
「言われなくとも、貴官を監督するのが私の役目だ」
2人の会話を黙って聞いていたブラキアが、突然笑いだした。
「はっはっは! さすがはレンネル様がいち押しなされる長官だな。言葉こそ遜っているが、そこに隠しきれぬ自負が満ち溢れている。これまで常勝無敗を誇るだけはある」
自分とて、これまでは無敗を誇っていた。
だが負けた。
それがトラウマとなった結果、ブラキアは多少なり他者を見る目が変わってきた。
戦いぶりを見てくれと言うのなら見てやろう。
その程度の変化ではあるが、以前の傲慢一辺倒の彼からすれば、驚天動地の変化と言って良い。
「多分な御誉め言葉、痛み入ります」
肯定も否定もしない。
上官相手に、完全に自分の感情を殺している。
それがリメルの処世術だった。
3人が話しあっているところに、司令室付士官が歩いてきた。
「間もなくアイワール国のスヴェン港へ到着すると、艦長より連絡するよう命じられました。入港時には、艦長以外の艦隊幹部は上甲殻へ上がるのがしきたりですので、御早めに移動して頂きたいとのことでした」
「了解した」
返事をしたのはリメルではなくバラント。
ここでもバラントの絶対的な地位が見え隠れしている。
「では、ブラキア様。ゆったりと上甲殻にある観艦所へ移動しましょう」
「うむ。私はスヴェンで降りるから、あとは頼むぞ」
ブラキアは、アイワール国内で方面軍を再編成し、ふたたびワンガルドへ赴くことになっている。
なぜアイワールで陸軍を編成するのかといえば、クレニア大陸が獣人国家で成りたっているためだ。
アイワールも混血種族の国だが、比率としては獣人以外の混血が多数を占める。
しかもアイワールは、永年にわたってローンバルトとの戦争を経験している。そのため、獣人に対して強い偏見を持っている。
魔王国軍の基本方針は、現地人による植民軍をもって敵対国家を制圧させることだ。
ワンガルドのシャトランとグルンベ要塞を解放したリーンネリア勢に、ワンガルトの民が迎合する可能性は極めて高い。
ならば宿敵であるアイワール人で構成される植民軍で制圧する。
これが、もっとも効率的……。
いかにも無慈悲な魔王国軍が考えそうなことだった。
「敵艦隊のことは、このバラントに御任せあれ。うまく艦隊を監督し、必ずや勝利を手にしてみせますとも」
大見得を張るバラント。
その横でリメル司令長官は、徹底して影のように静かだった。
戦え!勇者連合艦隊!! 羅門祐人 @ramonyuto
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