47、魔王国海軍の虎の子部隊

★【マップ掲載欄】の世界地図を更新しました。



【新暦2445年12月25日AM4:15】※現地時間



 三島友輝たちは、いったんグンタ国の港町ドードへ戻った。

 あらためて首都ドドンガへ、蒸気機関車を使って行くためだ。


 その頃……。

 遠く離れたアルニア海に、ひさかたぶりに波風を立てる者たちがいた。


 アルニア海は、ベルガン国の西方に広がる海だ。

 北には、時空裂孔を有するバルム亜大陸。

 南には、アイワール国とバイシャール国を有する南カルジニア大陸がある。


 まだ夜も明けていない午前4時。

 アイワール国へむかう艦隊の旗艦【アーガス】の艦内に、がいる。


 ブラキアといえば、魔王国軍クレニア方面総司令官。

 それが角族海軍エグリア艦隊の【第1突撃艦隊】に乗艦している。

 となれば、それなりの理由があるはずだ。


 グロバス級装甲魔導艦【アーガス】。

 それは魔王国四天王のひとり――角族つのぞくの頭領たる【ガガネル・レンネル】が、自分たちの種族の優位性を確たるものにするため建艦した【突撃艦】である。


 アーガスには、いわゆる艦橋や乗員が活動する上甲板は存在しない。

 喫水より上は、ゆるく湾曲した巨大な甲羅上の物体があるだけだ。


 艦橋の代わりとして、艦内に【司令室】が存在する。

 艦長や艦隊指揮官は、司令室から魔導通信により命令を発する仕組みになっている。


 便乗しているブラキアも、他の指揮官と共に司令室にいた。


 エグリア艦隊は、角族の保有する海軍部隊の総称だ。

 大日本帝国海軍で言えば連合艦隊に該当する。


 総司令官は角族統括で四天王のひとりである【ガガネル・レンネル】。

 その下に角族海軍の司令長官――八将軍のうちの1人が着任している。


 ただし陸軍司令長官はレンネルが兼任している。

 そのため、もう1人の角族八将軍は陸軍参謀総長となっている。


 ところで……。

 魔王国軍の組織編成は、地球の軍とはかなり違っている。


 魔王国四天王【角族/妖族/鬼族/蟲族の筆頭】それぞれが、独自の陸海軍を有しているのだ(空軍は無く、陸海軍所属の空戦団として存在する)。


 そして魔王ジスタルは、4個の陸海軍を束ねる総司令官である。

 そのジスタルも、次元の彼方にある【魔帝星】においては、いち地方派遣軍の長にすぎない。


 魔王ジスタルは、地球で言えば【大元帥】に該当する。


 むろん魔王国軍の階級での話だ。

 魔王国軍自体が【魔帝国連邦】の異世界派遣軍のひとつにすぎないため、魔帝国連邦軍における階級はまた別に定められている。


 レンネルは四天王のひとりのため【元帥】に相当する。


 ただし魔王国軍は、役職名が階級を兼ねている。

 そのため、いわゆる階級制度はない。


 魔王国八将軍は【大将】。方面軍司令官が【中将】。

 そして実動部隊の師団長が【少将】。


 魔王国軍で特筆すべきことは、まだある。

 そのひとつが、各役職担当者の直属上官として【監督官】がいることだ。


 監督官は、武官ではなく政治将校に近い。


 組織的には魔王直轄機関の【軍監省】に所属し、陸海軍とは切り放されている。


 なぜなら監督官は、各指揮官を監視し報告するのが任務だからだ。


 四天王の監督官は、魔王ジスタル本人。

 八将軍の監督官は【軍監督官(軍監)】。


 方面軍司令官は【方面軍監督官(方監)】。

 最下位の監督官は【隊監督官(隊監)】。


 グルンベ要塞にいた妖魔族のムルマが、その【隊監督官】である。



     ※※※



「バラント……第1突撃艦隊だけで、あの大艦隊に勝てるのか?」


 ブラキアがバラントと呼んだ相手。

 フルネームはジルムンク・バラント。

 第1突撃艦隊の【部隊監督官(部監)】だ。


 司令室にいる者の中では、客員ながらブラキアが最も地位が高い。

 そのためバラントは部監席をブラキアに譲り、自身は立ったまま応対している。


 艦隊司令長官は別にいる。

 本来なら最上位の職のはずだが、この場ではまことに影が薄い。


 なぜなら……。

 艦隊司令長官は、上官にあたるバラント部監に逆らえないからだ。


 現在の状況では、最上位がブラキア。

 第2位がバラント。


 第3位が第1突撃艦隊司令長官。

 第4位が艦隊参謀長。

 第5位がアーガスの艦長ということになる。


 ブラキアの質問を受けたバラントが、得意満面に口を開く。


「我が角族の誇る第1突撃艦隊は、つねにエグリア艦隊の先頭に立ち、神出鬼没の行動で敵艦隊を翻弄。最終的に、これまでエグリア艦隊を常勝艦隊となす原動力となってきました。

 その第1突撃艦隊を、こたび特別に、ブラキア様指揮下の方面海軍に参加させる運びとなったのです。勝てないわけがありません」


 自慢するだけあって、第1突撃艦隊はなかなかの顔ぶれだ。

 旗艦となっているグロバス級装甲魔導艦【アーガス】からして凄い。


 全長は160メートル、全幅は19メートル。

 連合艦隊でいえば、ほぼ軽巡洋艦【阿賀野型】に近い。


 しかし、排水量は大きく違う。

 阿賀野型が6652トンなのに対し、グロバス級は倍以上の13800トンもある。


 なぜそこまで違うかといえば、グロバス級が特異的な【半水没艦】だからだ。


 グロバス級の艦体は、戦闘時には上甲板に相当する重装甲天蓋を海面上に出すだけだ。あとの大半が海中に沈んでしまう。


 つまり異常なほど喫水より下が深い。

 このせいでグロバス級は、隠密戦闘と強襲突撃を得意とする艦と位置づけられている。


 その他の特徴としては、【大型瘴気結晶】を動力源とする【魔導力艦】という点が筆頭に上げられる。


 艦内にある魔導炉で瘴気結晶を魔力に転換する。

 その魔力で、水魔法を付与した魔方陣を稼動させる。


 魔方陣の効果で、海水を艦尾からポンプのように吐きだす。

 これが推進力となるわけだ。


 最大速度は28ノット。

 この速度は、リーンネリア世界において突出している。


 ダントツの最速である。

 連合艦隊所属艦のオーバーテクノロジーがなければ、いまも最速のままのはずだ。


 攻撃の主力は、艦体の前方3分の1を占める巨大な【アルテイム衝角】。


 アルテイムは【生きている衝角】として名高い。

 海棲甲殻魔獣アルテイム。それが衝角の正体である。


 なんとグロバス級は、巨大で強靭な角を有するアルテイムをのだ。


 アルテイムの角は、アルテイムが生きている限り自己修復する。

 しかも魔力修復のため、たとえへし折れても、ごく短時間で復元が可能だ。


 第2の特徴として、アルテイムを除く艦体すべてが、完全な密閉構造になっていることが上げられる。


 密閉構造の主体は、陸棲大型魔獣である【アケアン甲殻亀獣こうかくきじゅう】の甲羅を束ねて密着させた【卵殻状装甲】にある。


 もとがアダマンタイト鋼を多量に含むアケアンの甲羅なのだから、その強度もアダマンタイト鋼に匹敵する。


 それを厚さ100センチ以上も束ねて艦体外殻としているため、下手をすると大和の舷側装甲板に匹敵する強度を持っている可能性がある。


 ただし【卵殻艦体外殻】は、防御のためのものではない。

 あくまでアルテイム衝角をもちいて敵艦へ突入攻撃を仕掛けるさい、艦の構造が破壊されないよう強度を与えるためだ。


 ちなみに衝突時の内部衝撃は、【物理軽減】魔法の付与でしのいでいる。


 グロバス級は、他に武装を持っていない。

 いさぎよいほどの突撃専用艦である。


 リーンネリアの既存艦隊で、グロバス級に沈められた艦は数知れず……。


 最強を誇ったベルガン帝国海軍が大敗北したのも、元はといえばグロバス級の一斉突撃が原因だった。


 そのグロバス級が、第1突撃艦隊には4隻もいる。

 まさに連合艦隊の脅威となりうる存在である。


 バラントは、ブラキアの機嫌を損ねないよう用心しながら話を続けた。


「お聞きしたところ、敵艦隊で最大のであっても、海棲魔獣バッフェルの突入攻撃により大穴を開けられたとか。

 ただし4匹のバッフェルが突入しても、撃沈に至らなかったそうで……敵もあっぱれと言うべきでしょうな。

 しかしながら、もしグロバス級4隻の突入であったのなら、敵艦も無事ではいられなかったでしょう。

 なにしろアルテイムの角は、バッフェルの角に比して直径で4倍、長さにして3倍。しかも硬さは5倍もありますからね。突入時の威力も段違いですし」


 大和は海棲魔獣バッフェルにより、両舷に4つの大穴を開けられた。

 幸いにもバルジ部分の損壊で済んだため大惨事にはならなかった。

 だが、大浸水により大幅な速度減少を強いられた。


 それよりも長く太く、強靭な角による穿孔……。

 しかもグロバス級の排水量は、バッフェルの16倍以上に達する。


 この大質量を受ければ、もしかするとバルジだけでなく、舷側装甲すら破壊される可能性がある。


 しかも……。

 折れても短時間で再生するとなると、何度も反復して突撃できるはずだ。


「それは頼もしいが……敵艦隊には、あの忌々しい世界樹の巫女団が加勢している。あやつらに魔導障壁を張られると、いかに第1突撃艦隊といえども、行く手を阻まれるのではないか?」


 自分が負けた相手だけに、ブラキアは慎重な態度を崩さない。


 魔導障壁は、物理攻撃・魔法攻撃の双方を防ぐことができる。

 そのため単純な物理攻撃艦であるグロバス級は、なんらかの工夫なしには防がれる可能性が高い。


「おい、。魔王国8将軍の御一人であるブラキア様が、貴様の艦隊の力を信じられぬとおおせだぞ。何とか言ったらどうだ?」


 リメルと呼ばれた男は、隣りに立っている小柄な司令長官のことだ。


 いかにバラントが上位の監督官とはいえ、艦隊司令長官相手にこの口振りは酷い。


 しかし、それをブラキアが咎めないのには、それなりの理由があった。


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