46、なんでこうなった?


【新暦2445年12月24日PM1:52】※現地時間



 現在地点、グンタ国西部にある寒村【グレソ】。


 21日に港町ドートを出発。

 首都ドドンガへ向かう予定だった……のに。


 なぜか草木もまばらな荒野に立っている、三島友輝23歳。


 ちなみに……。

 ドートからは、警備隊艦艇に積んできたジープとトラックに乗ってやってきた。


「いや、済まない。私の余計な一言があったばかりに……」


 ぼくの横で天野隊長が謝ってる。

 少佐の隊長が少尉のぼくに謝るんだから、それなりの理由がある。


「技術工作隊が必要とお考えなんですから、少尉風情が怒っても意味ないです」


 怒ってないですよ。

 立場上、怒ったフリしてるだけです。


「いや……三島少尉は全権大使なのだから、階級はともかく、派遣団の最高責任者なのは間違いない。

 なのに私の軽率な発言で、派遣団の予定を大きく狂わせてしまった。これは事実だ。よって工作隊の責任者として陳謝するのは当然と考えている」


 うわ~。

 技術者集団のトップだけに、ひたすら頑固だなー。


「でも、ここに来たのって、必要だったからでしょう? それに……もともとは、ぼくが興味本意から不必要な質問をしたからですし」


 そう……。

 もとはといえば、ぼくのせい。

 ノイム・ボクワン大学師さんに、いらんことを言ったから。


 って、つい口を滑らしたの。

 じゃあ何を燃料にしてるって、ふつうに聞かれるよね?


 当然、【石油】って答えるよねー。

 正確には重油。


 リーンネリアで化石燃料を使用しているのはグンタ国だけ。

 しかも石炭。


 もし石油があれば、なんらかの形で利用されてるはず。

 ボグワンさんが石油のことを知らないのなら、それは存在しないことになる。


 連合艦隊の調査でも、リーンネリアに石油があるかは不明……。


 連合艦隊は燃料を【複製】スキルで確保してる。

 だから、そもそも気にする必要がなかった。

 そのせいで話題にしなかったんだけど、ボグワンさんはすごく興味を示したんだ。


 そこで天野隊長が、簡単に地球の石油資源について話をした……。


 と、そこまで回想したとこで、ボグワンさんが口を挟んだ。


「謝罪の途中で悪いが……本当に、が石油由来の物質なのか?」


 アスファルトって地球の英語なんだけど、万能辞書のせいで勝手に翻訳されてる。


 だからリーンネリアでは何ていう単語なのか、ぼくは知らない。


 だってリーンネリアの言語って多すぎて、自力で勉強する気になれないもん。


 まあリーン標準語くらいは、片言程度は使えるようになったけど。

 たとえば【愛してる】は【イリ・ルーア】とか。


 ちなみに。

 同じ辞書には、日本語の【瀝青れきせい】もある。

 だけど、すでに日本語でも外来語として、アスファルトのほうが優先されてるみたい。


 なんてウンチクは横に置いといて……。

 そう、アスファルト。


 ボグワンさんがアスファルトを知ってる。

 ってことは、リーンネリアにも石油があるはず。


 なんせアスファルトって、石油が地表に露頭ろとうした結果、揮発成分が飛んじゃった末の物質だから。いわば残りカス。


 ボグワンさんの質問には、専門家の天野隊長が答えた。


「はい、その通りです。でもってボグワン殿が、ドードの南西にアスファルトが採掘できる沼があるとおっしゃられたので、こうして我々も予定を変更してやってきたわけです」


 ところで……。

 ここに来るまで、ぼくらはジープとトラックに乗ってやってきたんだけど。


 途中の道で、何度も【蒸気馬車】とすれ違った。

 なんと、蒸気で動くだぞ!

 馬がないのに馬車って変だけど、かつて馬が引いてた名残りなんだって。


 見た目は、トラクターに引かれた馬車。

 しゅぽしゅぽ蒸気を上げて動くトラクターって、なんかのんびりしてて好き。


 ただし、遅い。

 輸送用の大型蒸気馬車だと、最大でも時速40キロくらいしか出ない。

 通常は時速30キロぐらいで運用されてる。


 それより速い【蒸気客車】でも、アスファルトで舗装された道で50キロ。未舗装路だと、みんな20キロから30キロで走ってた。


 対する我らが自動車軍団は、舗装路だと時速80キロはいける。

 未舗装路でも40キロで爆走したんだから、注目度抜群だった。


 どうやらグンタ国では、まだまだ汽車のほうが速いみたい。

 ちなみに特急機関車だと、時速100キロで運行されてるんだって。


「うむ、たしかに。ここグレソ村は、ドワーフ族の亜種である【ドヴェルグ族】の村だ。彼らはドーワフ族ほど器用ではないため、おもに炭坑や鉱山などで採掘業に勤しんでいる。そうでなければ農業だな。そしてこの村の主な産物が、西に広がる腐沼ふぬま地帯で取れるアスファルトなのだ」


 【ドヴェルグ族】ってさっき見かけたけど……。

 地球のファンタジー小説とかで出てくる小人族ホビットにそっくりだった。


「おかしいですね。アスファルトがあれば、どこかに石油が露頭している場所もあるはずですが……」


「腐沼は奥に入れば死んでしまう。致死性の毒ガスが湧いているのだ。ドヴェルグ族は、腐沼の縁にあるアスファルトを採掘するだけだが、それでもガスマスクを着けなければならない」


 リーンネリアにガスマスクがあるのは興味深いよね?

 でも良く考えれば、炭坑があるんだから、一酸化炭素やメタンガスはふつうに発生する。


 となれば炭坑でもガスマスクは必要。

 当然、グンタ国限定で開発・使用されてる。


「ということは、その腐沼地帯の奥は人跡未踏というわけですか?」


「うむ。たかがアスファルトのために、命を賭けてまで取りにいくヤツはおらん」


 リーンネリアでは、アスファルトは道路の舗装とか木造船の外板接着・密閉材として使われてる(鉄張り蒸気艦も開発済みだけど、まだ純粋な鉄製の蒸気艦は開発中。しかもグンタ国だけ)。


 でもその用途だけなら、石炭由来のコールタールでも代用できる。

 だからあまり重要視されてない。

 ちなみに、これらの知識は万能辞書からの拝借ね。


「……掘ってみるべきですね」


 天野隊長、この村の地下に石油があるって睨んでるみたい。


 本来ならもっと西で掘削すべきだけど、ガスの濃度が高くて危険みたいだから、まずは安全な村周辺で試掘する気になったみたい。


「掘る? 石油とやらは石炭みたいに、露天掘りや坑道掘りで採掘できるのか?」


「やってできない事はないと思いますが……普通は油井、つまり井戸を掘って採取します。理由は、石油は空気にさらすと蒸発する成分が多いからです」


「井戸か。危険を侵さず井戸を掘るには、掘削魔道具を使った穿孔掘りになるな」


「グンタ国には、機械掘りの技術があるんですか!?」


 天野隊長、本気で驚いてる。

 万能辞書によると、機械掘りとは、いわゆるドリルみたいな掘削工具を使って地面に穴を穿つやり方みたい。


 これって地球の日本だと、明治時代あたりに始まった近代技術だ。

 それまでは手掘りだったんだから、グンタ国だけは産業革命後の世界に突入してることになる。


「ああ、ある。魔導蒸気機関を使って掘る方式だ。グンタ国の主要都市は、鉱山や炭田に隣接しているため、だいたい山地や丘陵地帯にある。

 そこで水を得るには、けっこう深い井戸を掘らねばならん。それを手掘りでやるのは、さすがにドワーフでもしんどい。

 蒸気機関が発明される前は、鉱山や炭坑から出る湧水を利用するか、川や湖の水を使っていた。しかし鉱山の湧水の場合、鉱毒にやられることがあるから、主流は川や湖だったな」


「深い井戸がどれくらいの規模かわかりませんが、アスファルトが露頭している油田地帯なら、大深度まで掘らなくても石油が湧くかもしれません。試してみる価値はありますよ!」


 最初は手掘りで恐る恐るやるしかない。

 いつガス中毒や爆発事故が起こってもおかしくない、危険な作業だ。


 そう思ってたらしい天野隊長。

 安全に掘れるとわかって、がぜんやる気になってる。


「うーむ。そこまでして、石油とやらを得るメリットがわからん。燃料なら石炭で充分だろう?」


 これ、リーンネリアっていうか、グンタ国の常識みたい。

 ボグワンさんほどの知識人ですら、この認識なのだ。


「石油のほうが、あらゆる面で優れています。だからこそ軍艦の燃料も、石炭から石油へと変わったのです。さらにいえば、石油からは様々な副産物が生成できます。石炭からもある程度は可能ですが、これまた石油のほうが優秀なのです。

 すでに石炭文明を開花させているグンタ国であれば、石油文明へ進化するのは簡単です。そして石油がもたらす莫大な恩恵は、かならずや魔王国軍を倒す原動力になってくれるでしょう」


 連合艦隊の戦艦、たとえば扶桑とかは、建艦当時は【混合燃焼】といって、石炭と石油の両方を燃料として使用できた。


 でも、完成したのちの大改装で【石油専焼缶】っていうボイラーに改良され、その後は石油のみを使用することになったんだ。


 大和とかの新鋭艦は、最初から石油で動くように設計されてる。


「そこまでか! しかし、掘削するとなると準備が必要だな。当面は道路を使って物資と機材を運ぶことになるが、それでは効率的ではない。

 やはり鉄道の【西部南北線】から分岐させて、このグレソ村に新駅を作るべきだ。もちろん道路も拡張して……ああ、やることが多すぎる!」


 ボグワンさん、なんか楽しそう。

 これってドワーフの性癖だよね?


 とか思ってたら。

 横で天野隊長も、おんなじ顔をしてる……。


「もし本当に石油が出たら、石油精製技術をお教えすることになると思います。もちろん連合艦隊の許諾あってのことですが。足りない知識は、ここにいる使でカバーできますので、まあなんとかなりますよ」


 リーンネリアにない知識や技術を伝授する。

 これには注意が必要だ。

 それ相応の手順を踏まないと、色々と問題がでる。


 そうGF司令部が決断した。

 なので早い段階で、人族連合にも納得してもらった経緯がある。

 天野隊長は、グンタ国にも同じ条件を受け入れてもらうつもりらしい。


 ああ、またひとつ、ぼくの仕事が増えちゃった……。


「そこらへんは、我らが大統領に判断してもらう。そういうことなら、さっさとドドンガに向かうべきだな。石油掘削の件は、俺に任せてくれ。みんながドドンガに滞在してるあいだに、かならず結果を出してみせる」


 何を根拠に言ってるのか知らないけど……。

 ボグワンさん、やけに自信ありそうだ。


 かくして。

 ぼくたちはトンボ帰りでドードへ戻り、今度こそ汽車で首都ドドンガへ向かうことになった。



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