45、技術工作隊ってチート?
とりあえず……。
港町ドートに一泊。
明日の鉄道による旅に備えることになった。
割り当てられた宿泊施設は【来賓館】。
ここはグンタ国へ訪れた外来人を持てなすための専用施設らしい。
そのため、あちこちに【隔離】のための仕掛けが施されている。
それはもう、執拗なくらいに。
そもそも来賓館は、港町の繁華街から隔離された運河地帯にある。
ちょうど日本にあった、長崎の出島みたいな感じだ。
四方を運河で囲まれていて、許可なく区画外に出られないようになっている。-
市街地に行くには、1本しかない橋を渡るしかない。
その橋には衛門が設置されていて、出るには特別の許可が必要。
橋自体も、なにかあれば簡単に落とせるようになっている。
来賓館も隔離措置が徹底している。
来客のためのプライベートな建物と、グンタ国側が利用している建物が別棟になっているのだ。
両棟は、1本しかない廊下で繋がっているだけ。
ここを渡るにも許可がいる。
そして渡り廊下の真ん中に、両棟が共用する【公共棟】がある。
公共棟だけは両陣営ともに使用できるため、すべての接触はここで行なわれることになる。
なぜ、ここまで厳重に隔離されているのか?
それはグンタ国が、エルフ族(とくにハイエルフ)の入国を厳禁しているからだ。
しかし、最低限の国家間交易は必要。
とくに北にあるレントンは、武器関連の最大輸出国となっている。
そのレントンが山エルフと森エルフの国のため、やむなくこのような措置が何百年も続けられているのである。
エルフは公館棟ですら立ち入り禁止だ。
そのため公共棟でグンタ国側と交渉するのは、エルフ以外の人族となる。
この決まりがあるため、三島少尉が起用されたわけ。
まったくもって、まんま江戸時代の鎖国政策と同じ。
グンタ国は数百年間も、閉鎖的な国家運営をしてきた。
それだけに連合艦隊側も、細心の注意をもって事にあたるしかなかったのだ。
※※※
【新暦2445年12月20日PM6:33】※現地時間
「技術工作隊隊長の天野少佐です」
あまり鍛えていない中肉中背。年齢は30歳台前半?
ただし眼光は鋭く、そこだけが軍人っぽい。
髪は海軍風に短髪だけど、もとの髪質が柔らかいのか、ツンツンした坊主頭には見えない。
天野少佐の背後には、海曹と海兵で構成された十数名の【技術工作隊派遣隊員】が、直立不動の姿勢で控えている。
ちなみに技術工作隊とは……。
出撃中の連合艦隊艦艇に不具合が生じた時に出動する部隊の名前だ。
洋上にいる工作艦【明石】を用いて緊急補修するため、艦隊の継戦能力を左右する重要部門といえる。
天野少佐と対峙しているのは、グンタ連立ギルド学府院から派遣されてきた【ノイム・ボクワン大学師】という人物。
聞けば【大学の師】ではなく、【大・学師】。
つまり学師(専門教育における師匠クラス)の中でも特別偉い人だそうな。
「ふむ。事前に聞いた話だと、貴様ら、俺たちドワーフの知識と技術を学ぶためにやってきたってことだが……言っちゃ悪いが、軍人にしちゃヤワそうなガタイしてるじゃねえか? そんなんで俺たちのしごき……あ、いや、技術指導についてこれるんか?」
とても偉い人なのに、まるでおっちゃん言葉。
これがドワーフ気質っていうものらしい。
ボグワンの身長は150センチ前後。
そのくせ胸囲や腹回りは100センチ以上ありそう。
文字通りのビア樽体形だけど、無駄な脂肪はついてない。
縦横おなじくらいの幅がある顔は髭だらけ。
髭はドーワフの成人男性の象徴だけに、これでもかと生やしている。
頭には耐熱ゴーグル付きのなめし皮製帽子を被っている。
これが【師】を表わす象徴なんだそうな。
「なかなか手厳しい御指摘ですが、厳しい指導についていけない者は選抜しておりませんので、どうぞお気兼ねなくビシバシ鍛えてやってください。あっと、私もその中の1人でした……なので、ほんの少しは手加減願います」
天野少佐は、海兵学校をトップレベルの成績で卒業している。
その後に海軍大学へ進学した超エリート軍人だ。
本来なら日本本土にある、海軍関係の研究所や
しかし、新鋭の工作艦【明石】が連合艦隊に配備されたのをきっかけに、どうしても『戦争の現場における工作隊の実状を把握したい』との嘆願を出して、明石とともに作戦に参加していた。
そして勇者召喚後は、人族連合の指導を受けて魔法付与技術を習得し、徐々にだが規模の大きな魔方陣を用いた魔法付与を行なえるようになった。
今回の派遣は、ドワーフ族だけが持つ高度錬金技術や魔法鍛冶技術、そして連合艦隊の持つ地球の武器技術を合体させた新兵器製造の模索を行なうためだ。
つまり天野少佐以下の派遣隊員たちは、それぞれ得意分野を持つエキスパートとして、今後の連合艦隊とリーンネリア世界の技術革新を加速させる役目を担っているのである。
「がははははっ! うむ、正直でよろしい。俺は、出来もせんのに大口叩くヤツが大嫌いだ。その点、あんたは士官なのに自分のことが判っているみたいだな。うん、気に入った!
とはいえ……手抜きはせんから覚悟しとけよ。それから俺たちは、今日から同じギルドの仲間だ。【リーンネリア技術連合ギルド】、略して【連合ギルド】ってのが正式に発足したからな。
これは技術開発系ギルドのため、連立ギルド学府院直轄となる。グンタ国では、かなり上位の組織だから、がっかりさせることはないと思うぞ。大船に乗った気で学ぶがいい」
徹底的に上から目線だが、それもしかたない。
それだけグンタ国の技術水準は群を抜いていて、すでに一部は、魔法物理学や魔法化学の領域に到達している。
たしかに魔法および精神学的な分野では、世界樹を有するリーン諸島の巫女団がトップとなっている。
だが彼女たちが突出しているのは、あくまで世界樹の潤沢な魔素を制限なく使用できるという前提あってのこと。
その前提が現在、ボロクソに崩れている。
反対にグンタ国は、物理法則と魔法を融合させた実績がある。
ここに至り、グンタ国の重要度が高くなるのは当然だろう。
「まあまあ、皆様。色々とお話なさりたい事もおありでしょうが、まずは親交を深める意味で、今宵の晩餐会に御参加いただきたいのですが……」
喉もとをくすぐられるような心地よい声。
親善女官長の肩書きをもらったサリナさんだ。
横には接待女官としてミーシャが寄りそってる。
黒島参謀とメーレンさんの姿はどこにもない。
今頃は別室で、三島総務隊6名とともに、密かにこの状況を【念話】で盗聴している頃だ。
もちろんグンタ側も同じような事をしている。
それぞれの活動場所が完全に分離されているため、両者は表面上、素知らぬフリを貫くことができる。
両者は私邸の部屋とグンタ側の部屋から、それぞれ公共棟にある【公見の間】を見張っているのだ。
では、三島友輝少尉はいずこに?
そこは腐っても全権大使。
晩餐会場には最後に呼ばれる事になっているため、公共棟の大使控室で待たされている。
ようは、『御飾り大使はちょっと待ってろ』ってことだ。
ただし工藤先輩たちだけは、護衛のため一緒にいる。
リーン絹製の淡い薄緑色のドレスを着たサリナさんが、皆を先導して晩餐会場となっているホールへ歩いていく。
赤くて高価そうなカーペットを踏みしめる姿は、とても一介の酒娘には見えない。
【やっぱりサリナさんって、人族連合が派遣した高級工作員じゃない?】
開いたままの扉のむこうにある控室から見ている三島友輝。
きっと、そう思ってるはず。
※※※
つつがなく晩餐会は終わり……。
ようやく僕らは、私邸側のあてがわれた個室に戻ってきた。
いまいる部屋は、全権大使用の特別室。
僕のほかには、天野隊長、工藤先輩、サリナさん、ミーシャ、黒島参謀、そしてメーレンさんが来ている。
「三島、御苦労だったな。教わった通りに演説できてエライぞ」
工藤先輩がマジの口調で誉めてきた。
いや、これ誉めてない?
子供のおつかいみたいって、おちょくってる?
ちなみにこの部屋は、三島総務隊の手で徹底した防諜措置が行なわれている。
なので、ここでの会話がグンタ側に漏れることはない。
「どうせ僕なんて御飾りなんだから、てきとーにやってりゃいいんでしょ?」
酔い醒ましのお茶を飲みながら、投げやりに話す。
すぐさま黒島参謀が口を開いた。
「三島少尉、それは違うぞ。いくら私やメーレン殿が裏で暗躍しても、表の場で決定事項をうまくグンタ側に伝えられなければ、ここまで来た意味がなくなってしまう。
さらにいえば、天野隊長の部隊がどれだけグンタ国の秘密を入手できるかも、すべて三島少尉の交渉にかかっているのだ」
「交渉って……それって渡された書類通りに交渉するだけじゃないですか。交渉内容は事前に決まってるし、山本長官や連合議長の書簡も持ってきてるし。だから相手の機嫌を損ねない限り、なんとかうまくいくんじゃ……」
ここまで言った時、ロリ婆……失礼、メーレンさんが口を挟んだ。
「三島殿。おぬしは少し勘違いしておるぞ。おぬしが全権大使に任命されたのは、まず第一に、おぬしの固有スキルである【エリア翻訳】と【万能辞書】が、今回の交渉に不可欠だったからじゃ。
おぬしがいなければ、ドワーフ語のひねくれた文法や言い回しを完全には理解できず、わらわが大喧嘩したような結果になってしまう。
あの喧嘩も、もとを正せばハイエルフとハイドワーフの常識が大きく食い違っていて、それをいい加減な翻訳が助長した結果、壊滅的なまでに互いの感情を悪化させたからなんじゃ」
「そんな事言われても、知りませんよ~」
「まあ、聞け。おぬしの【エリア翻訳】は【万能辞書】をもとに翻訳しておる。そのためリーンネリアと地球の森羅万象を適確に翻訳できる。
そこに誤解が生じる隙はない。そして小さな誤解や誤読が致命的な失敗につながる技術情報の伝達においても、おぬしの能力は必要不可欠なんじゃ。
そういうわけで、おぬしには親善外交だけでなく、技術工作隊の交流や学習にもつき合ってもらうぞ?
まあ、しばらく一緒におれば、各員が身につけておる【翻訳の腕輪】の辞書も、そのうち実用に耐えるのもになるじゃろ。そうなれば、おぬしもようやく御役御免となるはずじゃ」
重ねるように天野隊長が話しはじめる。
「本来なら私が技術部門を、黒島参謀が外交部門を担当すべきなのだが、万が一の失敗も許されないゆえに、三島少尉の能力に頼る結果になったこと、まことに申しわけなく思っている。
ただ……なにか手違いがあっても、私が体得した固有スキルがあれば、なんとかリカバーできる。なので過剰に緊張することなく、気楽に役目を果たしてもらいたい」
天野隊長の固有スキルは【有事即応】。
でもみんなは、【こういうこともあろうかと】スキルって呼んでる。
はて?
どっかの異世界に似たような人物、いたような……。
まあ、偶然だろう。
どんなスキルかといえば、なにかあった場合、即座に最適な解決方法を見いだすか、もしくは事前に意味不明な行動をしていたことが、結果的に起死回生の解決策となる……といった感じ。
天野隊長自身、事が起こるまで何もわからないのが欠点だが、結果的にみると円満解決してしまうという、ある意味最強チートなスキルなのだ。
まあ常日頃から、いろいろと技術的な試行錯誤をくり返してるからこそ身に付いたスキルなんだけどね。
噂では、工作艦【明石】には、天野隊長専用の秘密倉庫があるらしい。
そこにはかつて開発した品々が、使われるアテもなくホコリを被っているという……。
「天野隊長のスキルには期待してますけど……凡人の自分には、何か起こらないと何も理解できませんから、自分がヘマして大惨事を巻き起こさないか、死ぬほど心配してるんですよー」
「事が起こらないと判らないのは私も同じだ。しかし私は、自分の能力を信じている。そして黒島参謀の高い推論能力と未来予知スキルがあれば、まさに鬼に金棒だ。
さらにいえば、即応が必要な事態になっても、メーレン殿の最上級魔法があれば何とかなる。今回のメンバーは、考えられる限り最高の組みあわせなのだ」
そこまで上層部が危惧してるってことは……。
いずれ遠くない将来。
僕なんかじゃ予想できないくらい深刻な事態が勃発するって、上の方々が覚悟してるってこと?
現在のリーンネリア連合軍じゃ太刀打ちできない重大事。
それが迫ってる……。
でも、誰がそれを予想したんだろう。
天野隊長は、黒島参謀に発現した新たな固有スキル【未来予知】を高く評価してるみたい。
だけど本人に聞いた話じゃ、いまはまだ瞑想中に断片的な幻影を見る程度しかできないみたいだから、あまり当てにはできない。
となると考えられるのは、巫女団による最上級集団禁呪魔法くらいだけど……。
メーレンさんは、何も教えてくれなかった。
やっぱ極秘事項なのかな?
ともあれ。
今回の訪問は、思ってたより長期滞在になりそう。
そう感じた僕は、ふか~いため息をついた。
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