7、南エレノア海海戦【6】


【新暦2445年6月3日PM3:00】※現地時間



 魔法を使ったらどうか?


 そう助言されたGF司令部の各員。

 困ったような表情でルミナを見つめてる。


 上空ではまだ、零戦と飛竜との戦いが継続中だ。

 獣人艦隊も数百メートルにまで迫ってきた。


 なのに……。

 ルミナが突拍子もない質問をしたせいで、GF司令部全体がざわつきはじめた。


 失態をしでかした?

 ルミナの顔が、そう物語ってる。

 なんとかしようと早口になった。


「あ、あの……三島様を見られてもお判りのように、勇者召喚された皆様には、なんらかの魔法能力とスキル能力が付与されているはずです。

 過去の勇者召喚では、まずそれを精査したのち、それぞれの適性にあわせて戦術担当を決め、事前に充分な訓練をほどこすのが習わしだったそうです」


 なるほど……。

 出撃の時に人族連合の人たち、心配顔だったもんな。

 あれって、そんな事情があったからか。


 勢いで出撃しちゃったけど。

 連合艦隊は完全に準備不足だったみたい。


「いや……そんな話は聞いてないが?」


 長官が戸惑ってる。

 本当に知らなかったらしい。


「召喚された皆様があまりにも大勢だったせいです。人族連合のほうでも混乱してしまい、通常なら召喚直後に行なう能力確認と魔力測定ができませんでした。

 ともかく三島様のように、勝手に能力を発現なされた方を優先し、確認と記録をはじめた矢先、敵襲の第1報が入ったもので……」


「まあ、過ぎてしまったことは仕方がない。ところで……この儂にも魔法が使えるのか?」


 山本長官が、なんと興味津々の顔でたずねてる。

 こんな表情もするんだ……。


「鑑定してみないと正確にはわかりません」


「その鑑定とやらは、リーン諸島に戻らぬとできんのか?」


「いいえ、私でもある程度の簡易鑑定ならできます。私の鑑定スキルはレベル8ですので、長官閣下が総合レベル80以下なら簡易の鑑定が可能です」


 総合レベルの認定は人族連合がすることになってる。

 だから公認してもらうにはアスファータにもどらなきゃならない。

 これ、万能辞書の豆知識ね。


 勇者が召喚された場合、総合レベルは1になる。

 ということは、まだレベルアップしていない長官はレベル1のはず。


 対する僕は何度もスキルを使ってるから、すでに総合レベル6になってる。


「ならば、すぐ試してみてくれ。時間がない」


「はい。では……」


 そう答えたルミナは、両手を長官のほうに伸ばし意識を集中する。


 彼女の体から、うっすらとした陽炎のようなものが湧きあがってくる。

 すぐにそれは両手へむけて集束しはじめた。


 ――パッ!


 一瞬、まばゆい光がきらめく。

 長官の体が柔らかな風のようなものに包まれた。


「長官閣下。【ステータス】と言葉に出すか、もしくは念じてください。三島様の翻訳能力が有効になっていますので、日本語で大丈夫です」


「す、ステータス……うっ、おおう!」


 たぶん……。

 いま長官の前には、半透明の空間パネルのような表示が出現している。


 となりの宇垣参謀長が怪訝けげんそうに見つめている。

 ステータス表示は当人にしか見えないからだ。


「下のほうに魔法やスキルのらんがあります。なんと書かれているか、私めにお教え願えませんか?」


「下のほう……これか。魔法が【指揮伝達1】【威圧1】、スキルが【鼓舞こぶ1】【並列思考1】……なんだか思っていたのと違うような気がする」


「召喚時に獲得できる能力は、以前の世界で日常的に発揮していた能力を元にしたものだそうです。

 なので過去と無関係の能力は、これから総合レベルが上がるにつれて、経験した事柄にもとづき覚醒していくと思われます。ただしそれは絶対確実ではありませんが……」


「そうか。いきなり派手な攻撃魔法を使えればと、すこし胸がはずんだのだが」


 山本長官が少年のように照れている。

 やっぱ長官も男の子だよなあ……。


「【指揮伝達】は、長官閣下が部下に伝えたいことを思念波にせて、瞬時に遠距離伝達できる強力な特殊魔法です。

 相手を指定すれば特定伝達が、指定しなければ同時多数への伝達が可能です。ただしこれは魔法のレベルに応じて変化します。

 【威圧】は敵を恐れさせ、判断を誤らせたり行動遅延をもたらす高位の全体魔法です。【鼓舞】は部下の志気を高め、一時的に戦闘力を上げる全体スキルです。

 【並列思考】は、同時にまったく別の思考を行なえるスキルで、レベル1では2系統のみですが、レベルが上がるにつれてその数が増えていきます。リーンネリアにおいては、指揮官には必須の能力とされています」


 聞いているうちに、山本長官の表情が明るくなってきた。

 思っていたよりすごい能力だと気づいたらしい。


「そうなのか? それでは……試してみよう。魔法【指揮伝達】。南雲長官へ航空攻撃隊の出撃命令を下す。目標は主隊西方の敵主力艦隊。ただちに実施するよう伝達する……」


「うおっ! いま南雲さんの声で、『……山本長官!? なんですか、これは?』と聞こえたぞ!」


 いきなり脳裏のうりに、第1機動部隊にいる南雲忠一中将の声が響いたらしい。

 そのせいで声をあげてしまった……って感じ。


「南雲長官。聞くところでは、。と言うことで、今の命令は正式なものだ。ただちに敵艦隊を攻撃してくれ。むろん、すぐ電信でも送る」


「『了解しました。では』、だそうだ。うーん、これはこれで面倒だな」


 はたから見ると、長官が独り言をつぶやいているようにしか見えない。

 完全に状況を理解しているのはルミナだけだ。


「長官閣下。【受話伝達】の範囲を大和艦橋内にいる複数人物に指定すれば、相手の思念が指定した人たちにも聞こえますので、ぜひそうしてください」


「おっ、そうか!」


 面倒と思ったが、すぐに解決できるとわかった。

 そう理解した長官は、あれこれパネルのある場所を指で操作しはじめた。

 ただし他の者には見えないので、たんに指を振っている感じになる。


「敵飛竜隊、撤収していきます! 味方零戦隊の被害、総数5機を喪失。その他の被害はなしとのことです!」


 山本長官が魔法とスキルの調整に熱中しているあいだも戦闘は続いている。

 焦った表情のルミナが早口で進言した。


「長官閣下。第1機動部隊に派遣されている私の仲間……主要な艦には簡易鑑定能力を持つ者を配置しています。

 彼らに対し、出撃する航空隊の皆様の鑑定を命じてください。そうすれば、なんらかの航空攻撃に特化した魔法とスキルが発現する可能性があります」


「わかった」


 そういうと、ふたたび呟きはじめる。

 その間にルミナは宇垣参謀長に歩みよる。


「参謀長閣下。大和には私の他に、3名の鑑定能力を持つ派遣武官が乗艦しています。彼らに対し、速やかに大和の主要部門の皆様へ鑑定を行なうよう連絡してください。

 名前はカレクとユーリア、ゼータスです。たとえ一部の兵士でも魔法が使えるようになれば、連合艦隊はさらに強くなれます!」


 山本長官はまだ思念で伝達中だ。

 そこで宇垣参謀長は、参謀長権限で許可を出しはじめた。


「各参謀。ただちにルミナ殿の命令を担当部門へ伝達せよ!」


 参謀長の命令を受け、GF参謀部に所属する全参謀が、蜘蛛の子を散らすように走っていく。残ったのは僕とルミナ、そして長官専任参謀の2人だけだ。


 そして短い時間で……。

 ルミナの同僚たちは連合艦隊内を駆けまわり、自分の魔力が尽きるまで次々に新たな能力を開花させていった。



※※※



 結果的に……。

 南雲機動部隊による航空攻撃隊の出撃は20分ほど遅れてしまった。


 その間、連合艦隊主隊は獣人艦隊との距離を保つため、右舷うげん方向へ転舵てんだしている。


 こうなると困るのは接近中の獣人艦隊だ。

 手漕ぎと帆の力では、とても動力艦の速度には追いつけない。


 20分後……。

 ふたたび連合艦隊主隊が舵を左舷さげん方向へもどすまで、彼らはひたすら報われない追撃を行なうハメになった。


 そうこうしていあいだ間に。

 なんと各艦の主砲弾に、炎系と雷系魔法が付与された。


 この能力は、各艦の砲塔に勤務している揚弾ようだん担当の下士官に発現したものだ。


 その後、能力を得た彼らがすべての砲塔をまわり、弾庫にある主砲弾すべてに魔法を付与したらしい。


 また射撃指揮所にいる砲戦指揮官に【誘導】スキルが発現した。

 これにより、限定的ながら主砲弾の誘導が可能になった。


 そのほか電探でんたん部門の者には、【広汎こうはん探査】【精密索敵】が発現。

 レーダーの探知範囲が水平線を越えて可能になった(レベル1では、海上レーダーは最大半径55キロ。対空レーダーは半径180キロ)。


 対空射撃指揮装置担当者の一部には【爆裂誘導】が発現。

 その指揮官が高角砲に付与すれば、目視できる範囲で任意に砲弾を爆裂させることが可能になる。


 そして極めつけは、大和の機関長に発現した【機関強化】魔法と、艦務参謀に発現した【艦体回復】スキルだ。


 【機関強化】は、動力機関を一時的に強化することで加速や最高速の増大をもたらす。しかも強化付与中は機関に無理がかからないという優れものだ。


 いつでも機関への付与は可能だけど、有効時間が過ぎると魔法が切れる。

 そのたび機関長が魔法を使わなければならないのが、欠点といえば欠点かな。


 【艦体回復】に至っては、もはやチート能力と言っていい。

 艦が被害を受けた場合、というトンデモ付与能力だそうな。


 具体的には、魔力で周囲の物質を補修にあてる方式なので、とても1人の魔力ではまかないきれない。


 そのため艦務参謀以下、乗員から抜粋された魔力供給者が力を合わせることになる。

 これも機関強化と同じで時間制限があるから、作業としてはなかなか大変だ。


 それでも……。

 ダメージコントロールの観点からすれば、継戦能力を増大させる得難い能力になるはず。


 その他で重要なものとして、補給担当者の中に、消耗品や弾薬や燃料を複製できる【物品複製】スキルを持つ者が現われた。


 これは一見すると付与系じゃないように思えるけど、『モノに魔法を付与することで分裂させる』という仕組みになってるらしい。


 彼らはまだ少数だ。

 でも彼らの働きが充分なら、損耗そんもうした武器弾薬や燃料の心配をしなくてすむ。


 ただし補給品のサイズや重量によっては、他者から魔力供給を受けないと複製不可能なものがあるし、レベルが低いうちは複製する個数の制限もかなり厳しい。


 それでも、ものすごく助かる。

 鑑定したごく一部の乗員でもこれなのだ。

 連合艦隊全体に鑑定が行き届けば、どれだけ強化されるか……。


 さらに言えば、輸送部隊にいる陸軍と海軍陸戦隊の将兵7万弱の中にも、一定確率で能力を潜在させている者がいるはず。


 レベルが上がれば、攻撃系や補助系の自発的な魔法やスキルも発現するらしい。


 でもレベルが低いうちは、魔道具や肉体に対する付与能力しか使えない。つまり魔道具ナシではまともに戦えないってこと。


 その点、連合艦隊は幸運だった。

 


 艦隊に所属する艦艇や航空機、さらには各艦の装備から機関や艦の本体に至るまで、何から何まで付与系魔法やスキルの対象……。


 たしかに山本長官が望んだような、『自らの魔法で攻撃する』てなことは当面不可能。


 でも地球にいた頃から持ってる攻撃手段なら、前よりずっと強力な戦いが出来るようになったってわけ。


 かくして……。

 ようやく連合艦隊は、異世界【リーンネリア】で戦える力を手に入れたのだった。

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