8、南エレノア海海戦【7】
【新暦2445年6月3日PM3:20】※現地時間
「第1機動部隊の航空攻撃隊、上空を通過します!」
舵をもどして5分後。
零戦(艦戦)20機/彗星(艦爆)40機/九七式(艦攻)20機がやってきた。
爆撃機や雷撃機(艦攻)にくらべて艦戦の数が少ない……。
これは先行して直掩の零戦30機を出していたから。
いま主隊の直掩をしているのは第1機動部隊所属の零戦隊。
主隊所属の鳳翔零戦隊は、前方で敵の飛竜隊と戦っていた。
その鳳翔隊が戦闘を終え、そろそろ主隊上空へもどってくる。
敵飛竜隊は撤退していったから上空に敵影はない。
となると普通……。
第1機動部隊の零戦隊は任務終了だよね?
でも燃料や機銃弾は残ってる。
本隊の航空攻撃隊が来るんだから、合流して攻撃に参加するのは合理的だよね。
ただし彼らは、飛竜との交戦で2機を失っている(鳳翔隊は3機)。
だから今の艦戦総数は48機だ。
「敵主力艦隊に対し各艦、主砲1連射!」
たった4キロの距離での戦艦主砲射撃……。
コレ、ぜったい過剰攻撃!
なのに、あえて山本長官は命じた。
たぶん初撃で、こちらの圧倒的な力を示すためだ。
長官もなかなかエグい性格してるよねー。
――ズドドド――ッ!!!
大和の1番砲塔。
3連装された46センチ45口径主砲が、わずかにタイミングをずらしながら火を吹いていく。
艦橋にいても耳が痛い。
近くの上甲板にいれば即死するほどの爆風らしい。
タイミングがずれたのは射撃精度が悪いからじゃない。
意図的に遅延するよう、射撃統制装置が設計されてるから。
同時のタイミングで発射すると、砲弾同士が干渉しあって命中率が落ちる。
そのための対策って聞いたことがある。
次の瞬間――。
――バッバッバッ!
4キロ彼方で、3つの巨大な
着弾点付近の海面には無数の紫電が這いまわってる。
火柱はさらに
最終的に水柱は、おおよそ200メートルもの高さに達した。
んんん?
大和の主砲弾って、ここまで威力あったっけ?
ほぼ同時に他の戦艦主砲弾も着弾する。
でも大和主砲弾の威力が桁はずれに大きい。
無数に立ちのぼる水柱の中でも簡単に見分けられるほどだ。
「ううむ……魔法付与前の3倍強の威力か。これは凄い!」
撃てと命じた山本長官がいちばん驚いている。
いそいで万能辞書を参照したら、やっぱ砲弾への魔法付与のせいだった。
地球世界での大和主砲弾は、海面に着弾すると約100メートルの水柱を形成する。
それが火系と雷系魔法、そして爆裂強化魔法を付与しただけで、おおよそ3倍の威力になったみたい。
しかも初撃3連射で、全弾が予想着弾地点に命中……。
超近距離での直接照準射撃とはいえ理論的にありえない。
これは間違いなく、砲戦指揮官が体得した【誘導】スキルのおかげだ。
「敵主力艦隊の約半数を撃沈!」
たった1
そう思ったけど、考えてみれば当然だった。
駆逐艦の12・7センチ主砲や10センチ長砲身両用砲でも、砲弾の威力が3倍になったら木造の敵艦なんて楽勝で粉砕できる。
だから重巡や戦艦の
威力がありすぎて敵艦を貫通してしまい、敵艦後方で炸裂してる。
その後方炸裂に巻きこまれて沈んだ敵艦も多い。
「獣人艦隊、交戦状況に入ります!」
艦橋デッキのハッチを開けて、海上監視員が叫んだ。
山本長官が意識を監視員に集中してる。
観測員が見ている光景を自分の脳裏に展開してるらしい。
これも魔法【指揮伝達】の効果のひとつ。
【伝達】は双方向で可能だから、意識を集中した相手の五感を感じられるんだって。
「皆にも見せよう」
山本長官が、その場にいる僕たちに声をかけた。
どことなく得意げなのがかわいい。
……って!
ほかの人にも見せられるんかい!
すっげーチート能力!
そこまで書いてない万能辞書。
はいはい、みんな僕の総合レベルが低いせいです。
長官の思念伝達に集中してたら……。
びっくりする光景が見えてきた。
小型ガレー艦から、大勢の獣人が海に飛びこんでいる。
すでに大和の巨大な
だけど、分厚い舷側外板に爪が刺さらない。
引っ掻き傷をつけながら浮き沈みしている。
このままだと力つきて
そうじゃなきゃ、艦尾まで流されてスクリューに巻きこまれる。
いずれにせよ悲惨な末路……。
「ルミナ殿……言われた通り、彼らが甲板まで上がってこない限り、こちらからは攻撃しないよう命じてあるが……」
「はい?」
何を聞かれたのか判らないらしいルミナ。
怪訝そうな顔で返事をした。
「このままだと彼らは溺れるか、スクリューに切り刻まれて死んでしまう。かといって
「どなたか、彼らを説得して頂ければ……あるいは投降するかもしれません」
「うーむ。三島を通訳に使えば交渉はできるが……見知らぬ兵士が相手では、獣人たちの信用を得られないのでは?」
「……わたくしに説得せよと?」
「いや……貴君は、あくまで客員将校であり部下ではない。だから命令はできん。かといって、このような重大局面で要請の形にするのも、のちのち問題となる」
是非やってもらいたいけど……。
まだ連合艦隊と人族連合軍のあいだで、地位協定に関する合意ができていない。
だから交戦状況下での頼み事はできない、そう言いたいらしい。
混乱を回避する方法はある。
ルミナが人族連合軍の武官として自ら申しでる形にすればいい。
人族連合軍の派遣武官が山本長官へ進言する。
これなら受け入れられる。
聡明な彼女だけに、すぐ気づいた。
「この状況では、私の能力のひとつである【思念伝達】を交えての説得が最適と判断します。わかりました。私に与えられた権限において、自主的に行動したと記録してください!」
「申しわけない……では、渡辺参謀!
甲板警備兵は小火器を携帯できる。
その小火器にも、威力を増すための付与魔法が施されている。
1個小隊12名がいれば、間違いなく彼女を守れるはずだ。
「了解しました。では、ただちに!」
ルミナと視線をあわせた渡辺参謀。
答えたその足で、艦橋後部にあるエレベーターへ走りはじめる。
すぐにルミナもあとを追った。
「これでなんとか、獣人部隊を救助できればいいが……」
すかさず宇垣参謀長が提言する。
「他の艦にも伝達しますか? ルミナ殿は、我が艦隊へ乗艦している人族連合軍武官では最高位です。したがって、他の武官は彼女の部下となります。よって、すでに総体的な合意を得ていると判断し、自主的な交渉を行なっても大丈夫ではないかと……」
「ああ? あ、いや、自分でやる」
反射的に同意しようとした山本長官。
すぐ自分の能力を思いだしたらしい。
頭の中で【指揮伝達】を行使してる。
主隊と第1水雷戦隊に所属する41隻の艦長に対し、ルミナに頼んだ事柄と同じことを命令する声が漏れている。
当然、『客員武官の自主的な判断に任せる』と念を押す。
すぐに応答の思念が届いたが、41名の声が重なって聞こえて混乱しはじめる。
でもそこは連合艦隊の熟練艦長たち。
たちまち優先順位がつけられ、順次報告のかたちとなった。
「航空攻撃隊、敵主力艦隊へ攻撃を開始しました! 護衛の零戦隊は、敵艦隊を直掩している飛竜隊と交戦中!」
いま飛竜と戦っているのは、航空攻撃隊所属の零戦隊。
すべて新型の32型だ。
空を舞う姿が、異常なほどパワフル。
もとからのパワーアップに加えて、付与魔法の効果がすごいんだ。
機体全体に対して【強化】魔法が。
機銃に対しては【破損防止】【簡易追尾】魔法が。
そして機銃弾に対しては、【爆裂】魔法が掛けられてる。
これらの魔法は、第1機動部隊の空母飛行甲板にいる整備兵によって掛けられた。
飛行甲板をフライパスする零戦に対し、遠隔で魔法を付与したみたい。
あきらかに高難度に分類される魔法使用法だけど、もう使えてるって凄いよね?
当初南雲長官は、魔法を付与するため着艦させようか迷ったらしい。
だけど100メートルほどなら遠隔での付与ができるって判って、飛行甲板上空を低空で通過させつつ魔法を行使させたんだって。
他の艦爆や艦攻も、おなじ手段で色々と付与されてる。
なにもしなくても、たかだか排水量500トン程度の木造帆船に対し、500キロ爆弾や800キロ航空魚雷はオーバースペックだ。
それをあえて強化して使う。
山本長官は勝利することに貪欲すぎる。
正直、味方で良かった。
案の定……。
敵主力艦隊は、あっという間に
敵艦隊上空の飛竜は、次々に零戦隊によって撃ち落とされていく。
それを合図に彗星艦爆が急降下爆撃を実施する。
500キロ徹甲爆弾には【爆裂強化】と【
当然、ほぼ全弾が命中!
外れたのは、操縦のため敵艦から視線を外した1機のみだ。
だけど……。
貫徹力がありすぎる。
すべての徹甲爆弾が、敵艦を突き抜けて海の中で炸裂してる。
爆発規模は1トン爆弾を越えてるみたいな……。
それが水中で爆発するんだから、巨大な
結果……。
1発の徹甲爆弾で、敵艦数隻が沈んでしまった。
雷撃も同様。
おおよそ2トンの爆発威力にまで高められた魚雷が命中する。
命中した敵艦は粉々になり、発生した大波が他の艦も沈めてしまう。
無慈悲なまでの徹底した攻撃……。
すでに艦砲射撃で、大半の敵艦が半身不随になってる。
航空攻撃隊は、残敵掃討をしたにすぎなかった。
「宇垣、敵を
このままでは敵艦隊が消滅してしまう。
戦術的にはそれでも良いけど、今後のことを考えると愚策。
敵に攻める気を失わせるほうが、『戦わずして勝つ』ことができる。
そう考えての命令だった。
「ただちに」
宇垣参謀長が、艦内電話のある場所へ走っていく。
そこに
参謀長と入れかわるように、艦橋伝令の兵士が走ってきた。
「上甲板に出られたミリア殿から、左舷の海面にいる獣人の説得に成功したとの報告が入りました! 引き続き、右舷へ移動して説得するとのことです!」
「報告、御苦労。すまんが救護班への伝令をたのむ。説得した獣人を救出したのちは、捕虜ではなく客人として対応するよう伝えよ」
たぶん……。
助けられない獣人もたくさん出るだろう。
味方にもどる可能性が高い者は、可能なかぎり助けるべき。
だけど今は、これが精一杯だ。
――ブン!
軽い振動音とともに、目の前に空間パネルが展開された。
これは僕のものだ。
なにかあると自動で開くようになってる。
『山本五十六の総合レベルが2に上昇しました』
『スキル【魅了1】を獲得しました』
『魔法【身体強化1】を覚えました』
『魔法【指揮伝達】がレベル2になりました』
パネルの真ん中に、重ね描きするように大きく日本語が表示されていく。
どうやら長官の【伝達】スキルのせいで、勝手にレベルアップ告知が転送されたみたい。
「おおう!」
初めての体験に思わず長官も驚いてる。
「なんだか……総合レベルとやらが2に上がったようだ。スキルと魔法も新たに覚えた。指揮伝達はレベルアップ……ううむ、この歳で成長するとか、なんだか恥ずかしいぞ」
「長官……レベルアップが遅いですね」
いきなり
天才だけに空気が読めない。遠慮もない。
「自分は脳内で、すでに32回の海戦試行をやり終えました。その結果、【戦術】スキルがレベル4、【戦略】スキルがレベル3、【並列思考】がレベル5、総合レベルも4になりました」
長官相手にマウント取ってどーする?
思わず口にしそうになったけど、上官だから黙る。
「むう……他の者もそうなのか?」
まわりにいる参謀たちが、顔を見合わせたあと申しわけなさそうにうなづく。
彼らはすでに、長官の何倍もスキルや魔法を使ってる。
だから先にレベルがあがって当然。
僕も常時翻訳しまくりだから、頻繁にレベルアップしてるし……。
どうやらレベルアップは、行為の重要度より作業量のほうが優先されるらしい。
自分の時はよく判らなかったけど、いま長官のレベルアップを見て理解できた。
1回の能力行使においては、圧倒的に長官のほうが重要度が高い。
だけど行使する回数は、他の者にくらべると長官のほうが少ない。
だからレベルアップが遅くなる……。
すぐ長官も気づいたらしい。
「これはいかん。皆に追いつくには自主的に教練をせねば!」
素で
海軍大将の長官が、いまさら教練……。
まるで兵学校の1年生みたい。
僕は笑いたいのを我慢するので必死になった。
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