6、南エレノア海海戦【5】


【新暦2445年6月3日PM2:53】※現地時間



 連合艦隊がいま対峙してる敵は魔王国軍。

 そう頭では理解してるつもりでも、実体となるとうまく思い浮かべられない。


 それも当然。

 魔王国とは、地球世界とは違う別宇宙にある異世界の者たち――【魔人族】が打ち立てた国家だからだ。


 蛇足だそくだけど……。

 魔人族の集合無意識には、なぜかアクセスできない。

 これって魔人族の集合無意識が、異次元宇宙の彼方に存在してるから?


 万能辞書にはこう書かれている。


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 魔人族は1000年ほど昔、リーンネリアへ時空を越えて侵略してきた。


 別宇宙――むこうの世界は【魔界】と呼ばれてる。

 魔界には【魔皇帝】と呼ばれる絶対支配者がいる。


 魔皇帝に統べられた国家群を【魔界帝国】と呼ぶ。

 ただし、これは自動翻訳しただけの名前だから、本当は違うかもしれない。


 魔界帝国の支配領域は惑星ひとつにとどまらない。

 いくつもの惑星、さらには他の星系にまで広がっている。

 間違いなく地球人類より高度に発展した異世界生命体だ。


 ただし科学文明に関しては地球のほうが優れている。

 というより……。

 多元宇宙世界においては、魔法文明のほうが一般的だという。


 科学文明は発達するのに時間がかかる。

 面倒くさい技術開発の歴史が必要だからだ。

 それは地球の中世っぽいリーンネリアを見ても理解できる。


 リーンネリア世界の北西の果てにあるバルム亜大陸。

 魔界帝国は、そこに開口する【時空裂孔】のむこうに存在している。

 ただし人族で時空裂孔のむこうへ行った者はいない。


 魔界とリーンネリアには決定的な違いがある。

 魔界では、すべてのエネルギーの根元として【瘴気しょうき】が存在している。

 瘴気は魔界の魔力の原動力だ。


 魔人族や魔獣は、瘴気がないところでは魔法が使えない。

 それどころか肉体の維持すら困難になる。


 これはリーンネリアも似たようなものだ。


 リーンネリアでは、【魔素】が魔力のエネルギー源。

 魔素は、世界樹が大地の底から汲みあげて大気中に放出している。


 魔素と瘴気は、あたかも光と闇のように相反する。

 たがいに接すると中和されてしまう。


 しかし不思議なことに、魔素も瘴気も、それぞれの世界の者が体内に取り入れると、どちらも【魔力】に変換される。


 相手側のエネルギーが満ちている場所では、体内に蓄積した魔力で中和しないと即死するほどのダメージを受ける。


 この即死毒性があるため、人族が魔界へ渡ることは不可能。


 もちろん魔界側にも、おなじ理屈が通用する。

 魔人族や魔獣にとって【魔素】は即死毒。


 だから魔界の住人は、侵略する予定の土地に瘴気を送りこむ作戦を考えついた。

 バルム亜大陸に開口した時空裂孔からは、たえず異世界の瘴気が噴きだしている。それを利用した。


 魔人族は、時空裂孔をあけた直後から瘴気を送り続けた。

 瘴気が徐々にリーンネリアの大地に浸潤しんじゅんするまで、数百年も待ち続けた。


 そうして600年ほどが経過したころ。

 バルム亜大陸の東にあるダークエルフの国【バンドリア】が制圧された。

 リーンネリアの歴史では、おおよそ400年前の出来事となる。


 魔人族は占領した【バンドリア】に【魔王国】を建国した。

 魔界帝国の派遣軍が、そのまま魔王国軍となって支配した。

 だから魔王国の魔王(国王)は、当時の侵略軍の総司令官が着任した。


 その後……。

 魔王国軍は、瘴気浸潤とは別の手段を用いはじめた。

 あまりにも時間がかりすぎるのが理由だ。


 瘴気を凝集させて結晶化したものを【瘴気結晶】という。

 瘴気結晶は、解放された空間に置かれると、凄まじい勢いで瘴気を吹き出す。

 魔人族が瘴気結晶を体内へ取りこんだ場合は、徐々に魔力へ転換される。


 魔王国軍は、この瘴気の性質を利用した。

 巨大な瘴気結晶を戦場に配置したり、占領した国民の肉体へ瘴気結晶を埋めこみ魔獣化したり、自分たちの体にも埋めこんで魔素環境下でも継続的に戦える状況を整えた。


 これがリーンネリアの歴史である。


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※※※



 突然――。

 大和艦橋に通信参謀の声が響く。

 通信室からの艦内電話を受け、その場で大声を出したようだ。


「敵飛竜隊との交戦で、模様!」


「なんだと!」


 おもわず航空参謀が驚愕きょうがくの声をあげる。

 よもや撃墜げきついされるとは思ってなかったらしい。


 僕だって信じられない。

 だって無敵の零戦だよ?

 アメリカのF4F戦闘機にだって勝っちゃうんだよ?


「敵の被害は?」


 山本長官が落ち着いた声で聞く。


 戦う以上、こちらも被害を受ける。

 その覚悟の上で、指揮官には勝利をつかみ取る責務せきむがある……。


 ミッドウェイ海戦に勝てたのも、合衆国海軍を最後までめなかったから。そう言いたそうだ。


「敵飛竜隊200騎あまりのうち、80ほどを撃墜したとの報告が入っております。敵は低速ですが小回りが効くため、なかなか撃墜にいたらないそうで……」


 失った数はこちらは4機、敵は80騎(当然、敵の竜騎兵も同数死亡)。


 普通なら予想以上に善戦してるって考えていい。

 ただ……GF司令部の判断は違っていた。


「味方機が撃墜された原因はわかっているか?」


「3機は飛竜の放った火炎弾によるものだそうです。残る1機は、敵の竜騎兵が放った氷系魔法弾が、運悪く風防を貫通したとのことです」


 ここでルミナが口をはさんだ。


「魔王国軍の飛竜は、すべて魔界の真竜しんりゅう種……【レッサードラゴン】と聞いています。レッサードラゴンは魔界の魔獣ですので、私たちの世界には棲息していません。ちなみに人族連合軍の飛竜は、すべて亜竜種のワイバーンとなっています」


 【万能辞書】によれば、リーンネリアにも真竜種がいるらしい。

 ただしそれは大型竜のみで、飛竜であっても全長20メートルになる。


 ここまで大型になると、一般の竜騎兵には手におえない。

 【ドラゴンライダー】って呼ばれてる一部の上位称号を持つ者だけが、真の飛竜を使役できるんだって。


「うーん、どう違うのだ?」


 竜のいない世界から来た山本長官には、まるで理解できないらしい。

 そこで素直に聞いてみた、てな感じ。


「レッサードラゴンは、劣等種とはいえ真竜種ですので、亜竜種のワイバーンとは段違いの火炎弾を発射できます。しかもワイバーンは油性のたんなる火炎弾ですが、レッサードラゴンは違います。

 通常の火炎弾に瘴気性の魔力を上乗せするため、目標に命中すると粘着して燃え続けます。付与された魔力が尽きるまで、水をかけても消えません。炎自体も鉄が溶けるくらいの高温です」


 うーん……。

 ここまで詳しい情報は、いまの翻訳レベルじゃわからない。

 やはり現地人はすごい。


「高温で延焼能力まであるとなると、超々ジュラルミン製の零戦は燃え上がってしまいます……」


 口惜くやしそうに航空参謀が助言する。

 その時、別の報告が舞い込んできた。


「我が艦隊の陣形前衛担当の駆逐艦【ひびき】に、敵飛竜隊の火炎弾多数が命中! 火災が発生している模様!!」


 すぐに第2報が入る。


「響、誘爆! 沈みます!!」


「ぬう……」


 まさか駆逐艦が飛竜に撃沈されるとは……。

 完全に想定外。

 山本長官のうめき声が物語っている。


 響は吹雪ふぶき型駆逐艦で、全長118メートル。

 排水量は1680トンもある。

 しかも軍艦構造のため沈みにくい。


 それがあっという間に撃沈されたのだ。

 しかも相手は生き物……。

 予想しろというほうが無理だった。


 しかし長官は、すぐに気を取りなおした。


「全艦通達。降下してくる敵飛竜に対し、対空射撃を徹底せよ。飛竜が火炎弾を放つ前に撃ち落とすのだ!」


 これまでは艦隊直上以外への対空射撃を禁じていた。

 零戦隊を誤射するのを避けるためだ。

 それを中・低空域のみに限ってだけど、全面的に解禁する命令だった。


 長官の命令を聞いた航空参謀が、あわてて宇垣参謀長に進言する。


「航空直掩隊に対し、直上空域への侵入を禁ずる通達をすべきです!」


 これは相討ちを阻止するための進言だ。

 進言を聞いた宇垣参謀長が、ちらりと山本長官を見る。


「許可する。ただちに伝達せよ」


 ほっとした表情になった航空参謀が、足早に去っていく。


「……世界が違うと、ここまで戦いづらいものなのか?」


 想定外の被害が出たことを危惧きぐした発言だった。


「……あの」


 考えに沈む山本長官を見て、おずおずといった態度でルミナが声をかける。


「なんだ?」


 我にかえった山本長官が、ぼんやりとした顔でルミナを見た。


「あの……使?」


「………?」


 何を聞かれたのか理解できず、全員があっけに取られた表情になってる。

 まさに青天の霹靂へきれきといった顔だ。


 まあ……。

 僕もその1人だけどね。


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