5、南エレノア海海戦【4】


【新暦2445年6月3日PM2:30】※現地時間



「三島少尉、敵はすぐそこだぞ。ぼんやりするな!」


 山本長官みずからの叱責しっせき


 あー。

 またに没頭してた。

 これって僕の悪い癖だよねー。


 ちなみに思い出してたのは【翻訳の腕輪】のこと。

 【翻訳の腕輪】は魔道具の一種だ。

 魔力を消費して双方の言語を学習、翻訳用の辞書を腕輪内に自動生成する。


 腕輪を使うには自動学習が不可欠。

 これが、なかなか面倒くさいらしい。

 当然、まともに翻訳ができるまで、それなりの時間と会話が必要だ。


 これに対し僕の周囲では、なんの手間もかけずに意志の疎通ができる。

 だから特任参謀として重宝されるのも当然……。


 僕のいない他の部所では、【翻訳の腕輪】を大量に配布し、それを使って自動学習中だ。


 おっと……。

 またまた甘い妄想へ足を突っこんでた。

 頭を切り変えて、長官とルミナの会話に集中する。


「ワンガルト海軍は、海上近接戦闘に長けた獣人……海狼かいろう族で構成されています。海狼族は泳ぎが上手です。自分たちの船が敵艦に接近すると海に飛びこみます。

 泳いで敵艦に近づき、するどい手足の爪を船べりに突き刺してよじ登り、壮絶な奇襲肉弾戦を仕掛けてきます。彼らは魔獣化されていませんので魔素環境下でも戦えます」


「ほう?」


 思わず山本長官が感歎の声をあげた。

 地球では考えられない戦闘方法だからかな?


「リーンネリアの海戦は、おもに魔法戦や飛竜騎兵隊による火炎弾攻撃……いわゆる遠距離攻撃が主体です。敵艦にトドメを刺す場合のみ、接舷戦闘による白兵戦となります。

 ですがワンガルトの獣人部隊の場合、先に敵艦へ乗りこんで、敵艦にいる魔導兵部隊に肉弾戦を仕掛けます。敵を混乱させた上で、後方に待機している主力艦隊が遠距離魔法戦を実施できる環境を整えるのです」


「なるほど、先に切込隊を送りこんで、相手の遠距離攻撃手段を封じるわけか。なんだか戦国時代の海戦みたいな戦法だな」


 長官が感想を述べると、影のように寄りそっている黒島亀人くろしまかめと長官専任参謀がボソッと助言した。


 長官専任参謀とは、長官の世話役的な役目をこなす将校のことだ。

 現在は黒島亀人参謀(大佐)と渡辺安次わたなべあんじ参謀(中佐)の2人がいる。

 時には参謀長の意見具申より優先されるため、帝国海軍のトップエリートと言える。


「正確には、種子島銃および船上大筒が普及するまでの戦法です。まあ……それ以前も、短い射程の矢による応酬はありましたが。当然、我々には通用しません」


 黒島参謀は奇人変人で通っている。

 暇さえあれば自室にこもり、強い香を焚いて瞑想にふけっているそうだ。


 あの真珠湾奇襲作戦も、黒島参謀の助言があって初めて実行に移されたとのウワサもある。


 変人だけど軍事シミュレーションの天才……。

 これが持ち味なんだから、凡人の僕にはとうてい理解できない。


「いかに強靭な爪を持っていても、帝国海軍艦艇の鋼製外板に穴を穿うがってよじ登るのは無理ではないか?」


 山本長官の否定的な質問にルミナが反論する。


「いいえ。厚さ5程度の鉄板なら、彼らの爪は貫通します。もちろん身体強化魔法を使った上ですけど」


 ルミナはいま、たしかに5【ミリ】と言った。

 実際には、リーンネリアの長さを示す単位を口にしてる。

 だけど日本人には、翻訳換算後の日本語の単位で聞こえる。


 これも僕の能力のひとつだ。

 【単位自動変換】は、すべての単位――距離や重量だけでなく、通貨や容積にも当てはまる。


 ただしこれは【翻訳の腕輪】でも可能なんだって。

 だから、しょせんは【翻訳の腕輪】が完備されるまでの限定版便利機能?

 まあ、なんでも中途半端な僕らしいといえば、その通りだけどね……とほほ。


「そうなのか? となると渡辺参謀……中・大型艦はともかく、駆逐艦の舷側外板は大丈夫か?」


 質問された渡辺専任参謀は、平然とした表情で答えた。


「駆逐艦といえども外洋航行が可能な戦闘艦ですので、最低でも10ミリ以上の厚みがあります。なので今の話だと大丈夫かと。

 さらに言えば、ルミナ殿は鉄板と申されました。鉄板と鋼板では強度が違います。5ミリの鉄板を貫通する力では、おそらく3ミリの鋼板も貫けないでしょう」


 渡辺参謀は、黒島参謀と違って常識のある参謀だ。

 しかも長官専属の参謀を務めている以上、優秀さにかけても負けていない。


「ルミナ殿。そういうことなので、獣人艦隊は無視してもいいか?」


「できれば、そうして頂ければ。じつは……彼らは魔王国軍に使役されているとはいえ、もとは私どもの友軍でした。身近な者を人質に取られ、嫌々ながら戦いを強要されている者が大半なのです。

 ただし獣人軍の指揮官であるベルガン人は違います。彼らは魔王国の邪術によって、洗脳および人体改造が施されています。

 洗脳されたベルガン人は、敵と見なした者には容赦しません。しかも戦闘能力は、肉体改造により個別に増強されますので定数化できません。お気をつけください」


 ルミナの持つ特殊スキルは【論理思考】。

 冷静に物事を判断し、質疑応答で最適解を導きだす能力だ。


 これがあるから、人族連合陸軍第1弓襲団きゅうしゅうだん副団長という要職にあるにも関わらず、連合艦隊へ参与武官として派遣されたそうだ。


「ううむ……人体改造とは、また非道なことを……」


 ベルガンとは、北カルジニア大陸にある人間にんげん族の帝国の名だ。


 いや、かつてはそう呼ばれていた。

 ベルガン帝国は、【人間族優先主義】をかかげて台頭した超大国だった。

 他の人族を差別する政策を徹底していたせいで、他の国とは敵対してたんだって。


 だから魔王国に侵略された時、だれも助けてくれなかった。

 結果的にあっという間に占領され、いまは見る影もなく衰退している。


「後方にいる中型艦群は、旧ベルガン帝国海軍のエレノア方面艦隊と思われます。かつてはリーンネリアで最強と言われた艦隊です。しかし現在は、魔王国の属国海軍部隊に成り果てています」


「洗脳や肉体改造された者を、元にもどす方法はあるのか?」


「ありません。彼らはされて、魔界の動力源である【瘴気】で魔力を行使する体になっています。しかも体内に瘴気結晶を埋めこまれているため、魔素環境下でもある程度の期間なら戦えます。

 なので世界樹の【魔素】で魔力を行使する私たちからすると、すでに異世界の生物……魔獣や魔物になり果てた、絶対に共存できない存在なのです」


「敵飛竜隊、直上空域に到達しました」


 腕時計を見ていた航空参謀が話に割り込んできた。


「それにしても遅いな。時速だと100キロくらいしか出てないのでは?」


 飛んでくる飛竜があまりにも遅いため、山本長官があきれてる。

 それを質問と受けとったルミナが律義りちぎに説明を始めた。


「あれはベルガン空軍の騎竜隊に所属する飛竜です。騎竜とは飛竜の背に騎兵が乗りこんだものですので、どうしても騎兵に合わせて飛ぶことになります。その証拠に、魔導撮影装置を取りつけた無人の偵察飛竜は、最高速度200キロ前後で飛ぶことができます」


「200キロでも遅いな。零戦の最低速度に近い。もう少し出してもらわんと、空中格闘戦がしにくいではないか」


「そう申されましても……」


 山本長官の言葉は冗談っぽかったけど、ルミナは困惑してる。

 根っから生真面目なんだろうな。

 とても80歳越えの婆さんには見えない。


 ふたりの会話は、いきなりの報告でさえぎられた。

 艦橋の外にあるデッキから聞こえてきた声だった。


「敵飛竜が主隊所属艦に対し、火炎弾による攻撃を開始しました!」


「宇垣! 出撃全艦に通達。火炎弾による被害を受けた艦は、ただちにGF司令部へ被害の程度を報告せよ!!」


 未知の攻撃を受けたら、かならず被害確認をする。

 そうしないと対処の仕方がわからず、戦訓もまらない。

 長官は、なおも言葉を続けた。


「なお獣人部隊との接触後、舷側をよじ登ってきた獣人兵のみを集中して無力化せよ。魔獣化した者がいれば、その者は全員排除だ。可能ならば獣人兵は捕獲するよう命じる。

 あくまで主敵は後方の中型帆走艦部隊だ。あちらは飛来中の敵飛竜部隊を始末したら、ただちに砲雷撃と航空攻撃で殲滅せんめつする!!」


「了解しました」


 宇垣参謀長が、感情のこもらない声で復唱する。

 その上で、通信参謀に対し全艦通達を命じた。


 かくして……。

 僕を含めた連合艦隊は、ついに異世界初となる海戦へと突入したのである。

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