4、南エレノア海海戦【3】


【新暦2445年6月3日PM2:16】※現地時間



 上空で零戦と飛竜の戦闘が始まったころ……。

 大和艦橋では、山本長官が伝令兵から報告を受けとっていた。


 そして僕――三島友輝特任参謀はというと。

 まったりと、リーンネリア世界に関する説明を思い出してる最中。


 だって、やることないんだもん。

 エリア翻訳は僕がいるだけで発動するからね。


 以下、記憶にある説明の内容。


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 連合艦隊を召喚した者たちは、自分たちのことを【人族連合】と名乗った……。

 説明は、勇者召喚された直後、その人族連合から受けた。


 本拠地となったリーン諸島は、島々って呼ぶより小大陸にちかい。

 日本の本州ほどもある島が、いくつも組み合わさってできている。


 リーン諸島の中心には【世界樹】がそびえてる。

 地球では想像もつかない巨木。


 幹の直径だけで、ゆうに100キロはある。

 そのためリーン諸島は、【世界の中心の島】と呼ばれることもある……。


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 ここまで脳内散歩した時。

 新たな報告の声で現実に引きもどされた。


「西方海上2キロに小型艦で構成される敵集団が接近中。総数100を越える模様! これとは別に、西方海上4キロ地点に中型帆走はんそう艦多数が待機中!!」


 今度の報告は、艦橋デッキにいる水上観測兵のもの。

 デッキって、家でいうとベランダみたいな張り出し部分のこと。


 本来なら連合艦隊は、米英海軍部隊と戦うための艦隊だ。

 なのに今、飛竜の群れや木造船群と対峙している。


 なんで、こうなった?

 これが正直な感想。

 たぶん艦橋にいる全員がそう思ってるはず。


 敵艦隊と飛竜の群れは、報告の10分以上も前に補足されている。

 空と海を見張る地球の技術――レーダーによって。


 とはいっても……。

 相手は木造の帆船や生き物の飛竜だから、レーダーには映りにくい。


 しかも連合艦隊の初歩的なレーダーじゃ、敵の数までは判別できない。

 大きな1個の塊として認識しちゃう。

 鳥の群れや密集した小島なんかも同じように映ってしまう。


 だから相手を正確に把握するには、レーダーだけじゃ無理。

 レーダーに加えて、単眼鏡や双眼鏡による目視観測が不可欠なんだ。


「あんな小型艦で我々に戦いを挑むつもりか? 後方にいる中型艦ですら400トン程度にしか見えないが……」


 山本長官は純白の第2種軍装を着ている。


 今日は特別の日……。

 なにせ異世界に【勇者召喚】されて初めての出撃なのだ。

 いつもは将官略装(第3種軍装)だけど、自分を律する意味で白の制服を選んだみたい。


 短髪の頭部を守るように深く軍帽をかぶり、分厚い唇は固く閉じられたまま。

 日露戦争……日本海海戦で失った左手の人差指と中指には、それを隠すように白い手袋がはめられている。


 いま長官が双眼鏡で見ているのは、4キロ先に停止している中型帆走艦群だ。

 肉眼では海の上に散らばったゴマ粒のように見える。

 だが双眼鏡を覗けば、きちんと帆を張ったフネであることが確認できるはず。


「地球でいうガレオン船のような3本マストの外洋船……みたいだな。まったく同じものではないが。全長は50メートル前後。幅は10メートルをすこし越えるくらいか」


 山本長官が見たままを口にしてる。

 打てばひびくように、左隣りにいる宇垣纏うがきまとめGF参謀長が答えた。


「4キロ地点の中型帆走艦群より手前には、より小さな木造艦が接近中です。1本マストの帆とは別に、船の両舷りょうげんから長いオールが突き出ています」


 宇垣参謀長の顔は、梅干しを口に入れた江戸っ子おじさんそっくり。

 渋い真顔がド真ん中ストレートに似あう人物だ。


 性格も渋すぎる。

 そのため豪放な山本長官とは、あれこれ合わないらしい。

 それでもGF参謀長として奮闘しなきゃならないから、すこし気の毒に思う。


「なんだかローマ帝国時代のフネに似てるな」


「そうですね……ガレー船とでも呼ぶべきでしょうか。全長は20メートルほど。排水量は100トンに満たないと思います」


 大和の基準排水量は64000トン。

 まるで大鯨とイワシだ。


 ガレー船の乗員は、1隻につき30名くらいだろうか。

 それらが帆と人がぐオールの力で、ゆっくりと近づいてくる……。


 距離が2キロと4キロだと、とうの昔に連合艦隊の攻撃圏内。

 なのに攻撃しないのは、相手がどう出るか見極めるためだ。


 なーんて、いかにも状況を分析してるみたいだけど。

 実際は山本長官のうしろで、ただ突っ立ってるだけ。

 忙しく走りまわってる伝令兵たちに申しわけないよねー。


「接近中の敵飛竜部隊は零戦隊と交戦中ですが、突破された場合、おおよそ5分で主隊上空へ到達します」


 宇垣参謀長が、ささやくような声で山本長官に告げた。


 空を飛ぶ飛竜のほうが先にやってくる。

 なのに長官が敵艦隊ばかり見ているので、心配になって進言したらしい。


「直掩機は出してあるぶんで大丈夫か?」


 直掩機とは、艦隊を守るために出撃させる戦闘機のことだ。

 ふつう空母に乗せてある艦上戦闘機がその役目をになってる。


 GF司令部がある主隊(主力打撃艦隊)には、大和/長門/金剛/霧島/比叡ひえい榛名はるなの戦艦群がいる。それらを守るため、防空専門の軽空母【鳳翔ほうしょう】が随伴している。


 その鳳翔から、搭載機数の半数にあたる15機の零式艦上戦闘機21型が出撃し、艦隊直上で直掩してるってわけ。


 山本長官の心配を、すかさず宇垣参謀長がフォローする。


「彼らとは別に、後方50キロにいる空母部隊――第1機動部隊から、零戦32型が30機、出撃要請を受けて来てくれました。

 なお第1機動部隊の上空には、艦上爆撃機【彗星すいせい艦爆】と九七式きゅうななしき艦上攻撃機【九七式艦攻】で構成される航空攻撃隊が別途待機中です。

 彼らは敵艦隊を攻撃する部隊ですので、長官から攻撃命令が出次第、前進して爆雷撃する予定になっています」


 いま敵帆船艦隊や敵飛竜隊と対峙しているのは主隊のみ。

 後方にいる空母機動艦隊も、南雲忠一なぐもちゅういち中将ひきいる【第1機動部隊】だけ。


 他の艦隊や輸送部隊は出撃してない。

 残りの艦隊は、連合艦隊の新たな本拠地となった、リーン諸島のシムワッカ湾で留守番中だ。


「敵の小型艦と接触するまでは、しばらく間がある。飛竜隊で先に攻撃してから小型艦が突入する作戦のようだが……我が艦隊に対し、効き目があると思っているのだろうか?」


 疑問を口にした山本長官は、後方にいるルミナ・フラナンをふり返った。

 異世界に関する質問はルミナに聞くと決めてるらしい。


「効果の程度はわかりませんが、それがリーンネリアにおける海軍の王道的な戦いかたです。

 いまでこそ敵艦隊は魔王国軍の傀儡かいらいと化していますが、もとはと言えばベルガン帝国の海軍でした。そしてベルガン帝国海軍といえば、世界の海軍で一番の実力者でしたので……」


 ルミナの種族は膨大な知識を持っている。

 なぜならハイエルフは、【始祖族しそぞく】と呼ばれる人族の一種だからだ。


 とか言ってるけど、この知識は、【エリア翻訳】スキルに付随する【万能辞書】を脳内検索したからなんだ。


 この【万能辞書】がすごい。

 以下は万能辞書に書かれてる説明。


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 辞書の内容は、連合艦隊員と陸戦部隊将兵の【集合無意識】から抽出されてる。

 リーンネリア世界の人族たちにも、この世界独自の集合無意識が存在している。

 だからエリア翻訳は、2つの集合無意識をもとにした万能辞書で行なうことになる。


 【集合無意識】は、ユング心理学でいう『人類全体を包括する無意識下の巨大なデータベース』のようなもの。


 ただしレベルが低いうちは、検索できる知識の深さに制限がある。

 すこしくわしく調べると、ある段階から先は検索不能になる。

 深く知りたければレベルを上げるしかない。


 【始祖族】について。

 始祖族は、ハイエルフ/ハイヒューマン/ハイドワーフ/獣神じゅうしん族/竜神りゅうしん族/海神かいしん族にわけられる。


 人族は、獣人じゅうじん族/エルフ族/ドワーフ族/海人かいじん族/トカゲ族/竜人りゅうじん族、そしてその他の少数種族および混血種族のことを示す。つまり始祖族は別枠となる。


 リーンネリアを創造した女神様は、まず最初の人として始祖族を作った。

 各種の人族は、始祖族が混血して生まれた。

 だから始祖族は純血種として各種族の尊敬を集めてる。


 始祖族の数は、絶滅が心配されるほど少ない。

 もともと繁殖力が極端に低い種族だが、衰退の主原因はこれではない。

 始祖族が激減したのは、悲しい歴史が関係してる。


 始祖族は卓越たくえつした能力を持ってる。

 そのせいで異次元世界からの侵略者――魔人まじん族と戦う役目を担わされた。


 人族を代表して戦う始祖族の英雄たち。

 これが衰退の原因となった。


 魔人族に対しては、並みの人族だと軍隊規模でないと戦えない。

 でも始祖族はちがう。

 ほぼ魔人族と同レベルの力を持ってる。


 だから単独もしくは少数のパーティーでも対等に戦えた。


 そんな戦いが数百年も続いた結果……。

 始祖族は次第に数を減らして行った。


 

 勇者は始祖族と同等もしくは陵駕する能力を持っている。

 だから勇者は、リーンネリアの最後の希望となった……。


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 ルミナの返事を聞いた長官は、少し考えて声を出した。


「ふむ……それが本当なら、この海戦は勝てるな。あまりにも戦力に差がありすぎる」


 長官の判断を聞いたルミナは、すこし顔を曇らせた。


「物理攻撃に関しては、たしかに連合艦隊のほうが圧倒的だと思います。でも、この世界には魔法やスキルがあります。

 個人が使用する魔法やスキルには限界がありますが、魔力を集めて集団魔法や集団スキルとして使用する場合、戦略級の威力にまで高めることが可能です。

 そして魔王国軍の中心となっている魔人族は、魔法のエキスパートです。彼らが魔力を集めて放つ大魔法は、時として都市ひとつを焼き払うこともあるのです。

 ですから彼らを軽視してはなりません。それは人族連合が歩んできた悲劇の道をなぞる愚行となるでしょう」


 たしかにルミナの言う通りだ。

 リーンネリアは剣と魔法の世界。

 そして連合艦隊は、魔法に関してはずぶの素人……。


「安易に判断して悪かった。貴君の進言、しかと受け止める」


 敵と衝突する寸前になって。

 ようやく山本長官の顔が引き締まった。


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