3、南エレノア海海戦【2】


【新暦2445年6月3日PM2:14】※現地時間



 前方1キロの上空で空中戦が始まった。


「始まったな」


 双眼鏡を覗きこんだ長官が独り言をつぶやく。


「えっ?」


 思わず声を出してしまった。


「三島、見えないか?」


「はい……」


 だって双眼鏡なんて持ってないもん……。

 なんか遠くの空に煙玉がいくつか見える程度だもん。


「ううむ……そうか。そのうち慣れるから心配するな」


 いや、心配なんかしてません。

 戦争初心者だから、わけわからんだけです!


「敵飛竜隊に対し、鳳翔直掩隊が阻止戦闘を開始しました!」


 通信参謀さんぼうが、通信室から届いた艦内有線電話による報告を伝えにきた。


 交戦開始命令がでた瞬間、相手は【敵】に変貌する。

 だから通信参謀も、はじめて【敵飛竜隊】と呼んだみたい。


 大和はミッドウェイ海戦後の第2次改装で、ようやく艦内有線電話網が完備された。

 それまでは伝令が走り回ったり、古典的な伝音管による音声連絡が多かった。

 だから今回の改装で、ようやく近代的な連絡手段を獲得したんだって。


 他にも対空/対水上レーダーの更新や一部の機関砲の強化、高角砲(対空砲)砲弾の種類の追加とか、てんこもりの戦力増強が施されてる。


 ちらりと長官が、前方の艦橋耐爆窓たいばくまどを見た。

 そこに見慣れた零戦21型を認め、思わず頬をゆるめる。


 彼らはミッドウェイ海戦を生き延びた猛者たちだ。

 しかも大勝利を飾った。

 だから安心して任せられる……そんな感じ。


「第1艦隊の直掩はどうなっている?」


 この質問には航空参謀が答える。


「第1機動部隊から、零戦32型が30機来ています。鳳翔隊と併せると45機になります」


 正規空母には、新型の零戦32型が搭載されている。

 性能的にも21型から向上してる。

 さらに力強い味方となってくれるはずだ。


 でも、総数45機で大丈夫だろうか……。

 すこし心配になったらしい長官が、背後にいる若い女性を見た。


 彼女はルミナ・フラナン――人族ひとぞく連合軍の参与武官だ。

 世界樹の民の里【アスファータ】出身のハイエルフって紹介された。


 人族連合は、連合艦隊を勇者召喚した【召喚主】だ。

 異世界【リーンネリア】に住む多数の人族が同盟を結んだ結果できた組織なんだって。

 短めの尖った耳に、かすかに緑がかった滑らかな肌。

 美術彫刻のような端麗たんれいすぎる顔と細身の体。


 瞳はやや縦長で濃い蜂蜜色はちみついろをしている。

 まるで猫科の動物のよう。


 絹の光沢をはなつ、流れるような白銀の髪。

 細く描かれたような眉は、髪の毛よりわずかに金色がかっている。


 薄手の布革製ローブに身を包んでいるものの、りんとした立ち姿は、まるでおとぎ話に出てくる妖精のお姫様みたい。


 でもって……。

 17歳くらいに見えるけど、実年齢は86歳!


 ハイエルフの平均寿命は数百歳(1000歳を越える者も珍しくない)。

 だからルミナも、まだ少女の部類に入るって言いわけできるけど。


「我々の戦闘機で、あの飛竜の群れに対処できるだろうか?」


 質問した次の瞬間、長官の顔が『しまった』といった感じにゆがむ。


「おっと……三島少尉、話はちゃんと通じているか?」


 僕たちは地球人、ルミナはリーンネリア人。

 当然だけど言語は、文法どころか発音形式までちがう。

 それに山本長官は気づいたらしい。


 でもって……。

 ルミナと一緒にいる僕に声をかけたのにはワケがある。


「は、はい! 【エリア翻訳】の範囲内ですので、自由に会話ができます!」


 僕は5月のミッドウェイ海戦後、連合艦隊の再編成にあわせて大和へ配属された。

 本来の職務は艦橋連絡士官……つまり雑務全般、伝令兵のまとめ役だ。


 だけど、いまは【特任参謀】。

 そうなったのは、僕の持ってる特殊なスキルが原因なんだ。


 リーンネリアに召喚された時、僕は【エリア翻訳】という特殊スキルを獲得した。


 【エリア翻訳】は、周囲10メートル以内にいる全員の言語を、瞬時にネイティブ言語へと自動翻訳するチートスキルだ。


 いちいち僕が翻訳するんじゃない。

 エリア内にいる全員の言語が、各自の脳内で自動変換される。

 しかも10メートルより遠方から聞こえてくる音声にも対応してる。


 多人数が同時に、複数言語で会話や文書の読み書きを行なっても大丈夫。

 当人が気づく間もなく完璧に自動翻訳される。


 人族連合の話じゃ、スキルや特殊な魔法は、召喚された【勇者】なら誰でも獲得できるみたい。


 だけど僕たちは、まだ召喚されて3日しかたってない。

 召喚直後の会話が困難だったころ、なぜか僕のまわりだけ会話が成立した。

 それに人族連合の人たちが気づいた。


 それで、たまたまスキルが発現したことがわかったんだ。

 だから自分の能力に気づいていない者も、きっとたくさんいるはず。


 会話に関しては問題ない。

 そう理解した長官は、あらためて同じ質問をした。


「ミリア殿。我々の戦闘機は、あの飛竜の群れに勝てるだろうか?」


「申しわけありませんが、皆様のお力を知りませんので助言はできません」


 すまなそうな顔でルミナが答える。

 しかし、それも仕方がない。

 まだおたがい、ろくに情報交換もしてないんだから。


 勇者召喚から3日後、いきなり敵襲の第一報を受けて緊急出撃した。

 敵襲自体は偶然の一致だったみたいだけど……あまりにもタイミング悪すぎ。


 でもGF司令部は、かなり楽観していた。

 自分たちはのだ。

 あの時より現在のほうが、さらに強力になっている。


 戦艦10隻……大和/長門/金剛/霧島/比叡/榛名/伊勢/日向

       /扶桑/山城。

 正規空母8隻……赤城/加賀/翔鶴/瑞鶴/蒼龍/飛龍/隼鷹/飛鷹。

 軽空母5隻……祥鳳/瑞鳳/龍驤/大鷹/鳳翔。

 重巡6隻……妙高/足柄/青葉/衣笠/最上/三隈。

 軽巡11隻……夕張/川内/大井/阿武隈/球磨/多摩/天龍/北上

       /龍田/神通/鬼怒。


 駆逐艦は、なんと総数100隻!

 遊撃的な参加ながら潜水艦25隻もいる。


 まさに帝国海軍の総力を結集した大艦隊……。

 それが丸ごと異世界へ勇者召喚されたのだ。


 人族連合の話では、世界樹が蓄積していた魔素まその大半を投入しての巨大勇者召喚……イチかバチかの賭けだったという。


 本来なら勇者召喚は、1人か多くても数名しか呼ばれない。

 それを連合艦隊と輸送部隊、陸上戦闘部隊の総勢10万名を一気に召喚した。


 そのせいで現在、深刻な魔素不足に陥ってるらしい。

 世界樹を守る魔導障壁まどうしょうへきすら張れなくなったみたいだから、これは大問題だ。


 魔導障壁自体は、最低限のものなら数ヵ月で修復できる。

 しかし巨大召喚となると話は別だ。

 


 ふたたび世界樹が巨大召喚に必要な魔素を蓄積するのに、最低でも10年……。

 世界の3分の2を魔王国軍に侵略されている現状では、これでも楽観的な予測なんだってさ。


 だから連合艦隊が地球へ帰還できるのは、早くて10年後となる。

 その間、いつ世界樹が破壊されるか、わかったもんじゃない。

 世界樹が破壊されれば、連合艦隊の地球帰還も夢と消える。


 実際に敵は、艦隊を連ねてリーン諸島を攻略しにきた。

 地球に帰りたければ世界樹を守りきらねばならない。


 だから無理にでも出撃したんだ。

 まさに背水の陣だった。

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