2、南エレノア海海戦【1】


【新暦2445年6月3日PM2:05】※現地時間



 こちらは連合艦隊の上空を飛ぶ零戦れいせん直掩ちょくえん隊。

 彼らは連合艦隊主隊にいる直掩空母『鳳翔ほうしょう』を飛びたった猛者もさたちだ。


 さきほどまで飛竜隊200騎が、2キロほど西の空で様子を伺っていた。

 それが今、ゆっくりとこちらに向かいはじめたのだ。


『鳳翔直掩隊へ伝達!』


 大和からの音声無線連絡が入った。

 正確には、大和の第1通信室に設置されている短距離航空無線電話機を通じて、艦隊上空にいる直掩隊・隊長機への連絡である。


「こちら鳳翔直掩隊、隊長の峯岸。感度良好、どうぞ」


 峯岸蓮也みねぎしれんや大尉は、コックピット内にある無線電話機のマイクを取り短く応答する。


 峯岸は鳳翔飛行隊の戦闘隊長兼第1編隊長だ。

 鳳翔に搭載されている零戦21型は、隊長機にしか無線電話機が設置されていない。


 そこで戦闘隊長の峯岸が連絡を受けとり、その後は隊長の判断に任せることになっている。


『鳳翔戦闘隊は前方へ出て、接近中の飛竜隊を牽制せよ。ただし先制攻撃は禁止する。以後、主隊直掩は第1航空艦隊の艦戦隊が担当する』


「了解。距離を取りつつ慎重に接近する。ただし彼我の速度差が大きい。連続した接近牽制けんせいは難しいと思う」


 飛竜の速度は、見るかぎり100キロ前後。

 対する零戦は300キロ前後で飛んでいる。


 この状況で戦うなら速度差を利用して突入、一撃離脱という手が使える。

 だが牽制のみとなると、なかなかむずかしい。


 下手に相手に速度をあわせると失速して墜落してしまう。

 となれば……。

 速度を維持するには、すれ違いざまにおどしをかけるしかない。


 相手がどういった意図をもって接近しているのか判らない。

 だから山本長官は先制攻撃を禁じている。


 いくら召喚主の【人族ひとぞく連合】が敵と主張しても、そのまま鵜呑うのみにはできない。

 つまり今回の出撃は、相手の思惑を確かめる意味もあるのだ。


 峯岸は少しだけ零戦の風防を開けると、まっすぐ左腕を突きだした。

 腕をくるくると回し、そののち前方を指ししめす。


 これは後方にいる第2/第3編隊の編隊長への合図だ。

 意味は『高度を保ちつつ前進せよ』である。


「さて……どう出る?」


 旋回せんかいをやめて、右へ横スライドしつつスロットルを開けていく。

 操縦桿は右に傾けているが、ラダーペダルは反対に左足で踏みこんでいる。

 こうすると機体は、そのままの姿勢で右横へ滑っていく。


 飛竜は翼の全長が10メートルほど。

 前後は確認しにくいが、おそらく頭から尻尾まで8メートルくらいだろう。


 全体的に零戦21型よりひと回り小さい。

 しかし生物として見ると、恐ろしいほどの大型……。

 西洋のファンタジーに出てくる空飛ぶドラゴンそのものだ。


 翼の付根の背中側にくらが設置してある。

 その鞍に騎兵らしい軽甲胄かっちゅう姿の兵士が乗り、手綱たづなを握っていた。


 零戦の速度を300キロぎりぎりまで落とす。

 機首にある7・7ミリ機銃2ちょうの射撃準備を整える。


 相手が生身の生物である以上、7・7ミリ機銃弾で充分だ。

 両翼の20ミリ機関砲は温存することにした。


 目の前にある電影照準器に飛竜をとらえ続ける。

 いきなり飛竜の首が持ちあがった。


 ――ボッ!


 大きく開けた口から火炎の玉が吐きだされる。

 火炎弾は直径1メートルほど。


「……火の玉を吐いた!?」


 驚きのあまりの独白。

 地球には火を吐く生物などいない。


 それは空想上の生物のみが可能な技だ。

 だが峯岸は、いまそれを目撃した。


 そして決意する。

 攻撃されたからには、あいつは敵だ!


「正面から突入して、プロペラで火を蹴散らそうか……いや、見た目だけの火の玉じゃないかもしれない」


 一瞬の判断と独り言。

 峯岸は操縦桿を引くと同時に左へ倒した。


 機体が左回転しつつ左斜め上へ跳ねあがる。

 100メートルほど飛翔した火炎弾は、さきほどまで峯岸機のいた空間を通過していく。


 敵部隊の最前列に陣どっている5匹が、立て続けに火炎弾を発射する。

 どうやら最初に火炎弾を放ったのは隊長の乗る飛竜だったようだ。


 峯岸機を敵と断定し、撃ち落とすつもりで攻撃を仕掛けてきた。

 ならば今度はこっちの番だ。


 ――タタタタタッ!


 軽快な7・7ミリ機銃の連続射撃音。


 峯岸機は、左上方向に回転しつつ移動中。

 前方に敵飛竜はいない。

 にもかかわらす機銃を連射する。


 これは攻撃開始の合図だ。

 後続の第1編隊4機と第2/第3編隊10機は、いまも敵飛竜を電影照準器にとらえているはず。


 そこに隊長機から攻撃開始の合図……。

 あとは彼らが敵をほふるのみ。


「よし、俺も!」


 敵集団に対し、左上空に位置を変えた峯岸。

 右下を通りすぎていく飛竜の編隊を見下ろす。

 確認した上で右旋回を開始した。


 軽やかに方向を変えていく愛機。

 すぐに敵編隊の最後尾につく。


 ――ボッ!


「あ……」


 電影照準器に最後尾の飛竜をとらえた瞬間。

 その先で大きな爆発が発生した。


 

 となれば、爆発したのは味方機!


「くそっ……!」


 怒りで視界がゆらぐ。

 歯を食いしばり感情を押さえる。


 ――タタタタタッ!


 心を落ち着かせた峯岸は、目標にむけて必殺の機銃弾を射ち放った。

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