1、南エレノア海にて(ここからが本文)


【新暦2445年6月3日PM2:00】

※現地時間(リーン諸島中央時間)


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※新暦とは古代魔導大戦の終戦を改暦0年とした新暦。

※リーンネリアの暦日は地球とほぼ同じ。

※ただし4年に1度のうるう年はない。

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「西方上空4キロ、高度200メートルに飛竜の集団200余。低速で接近中」


 檣楼しょうろう上部にある防空指揮所から、意外とのんびりした報告が聞こえた。

 檣楼ってのは戦艦で一番高い建造物で、日本海軍のは鋼鉄の塔みたいに見える。


 ここは連合艦隊の総旗艦――戦艦大和。

 大日本帝国海軍の保有する最新最強の戦艦だけど、つい最近まで秘密にされていた。


 いま僕は大和の昼戦ちゅうせん艦橋かんきょうにいる。

 ちなみに【連合艦隊】は英語でグランド・フリート。

 だから帝国海軍でも、ごく日常的に【GF】の略称が使われてる。


「三島……三島友輝みしまともき特任参謀。貴様、大丈夫か?」


 物思いにふけってたら、いきなり声をかけられた。

 山本五十六やまもといそろくGF司令長官が、じっと見つめてる。

 長官は右前に立ってるので、わざわざふり返っての質問だ。


 長官は海軍大将、僕は少尉……。

 階級、違いすぎ。

 冗談じゃなく雲の上の人が目の前にいる。


 だって僕、今年の春に海軍兵学校を卒業したばっかのぺーぺーだもん。

 つまり新米士官。

 配属されたGF参謀部ではダントツの下っ端……。


「は、はいっ……だ、大丈夫でありまふっ!」


 噛んだ……。

 よりによって山本長官の前で噛んでしまった。


「ははっ! 三島特任参謀、そう緊張するな。初陣なんて誰でもそんなものだ」


 今度はなぐさめられた。

 これじゃダメダメだよ~。


 長袖の略装――第3種軍装を着てるけど、脇の下の汗がすごい。

 暑くもないのに額から汗が流れ落ちてくる。

 完全に神経衰弱(自律神経失調)症状……。


 目を白黒させながら、ふとある事を思いだした。

 海軍への配属が決まるまでの短いあいだ。

 久しぶりに福岡県にある実家へもどった時のこと。


 あのとき母さんに言われたっけ。


『あのっさい。あんたは子供ンごたる顔と体ばしとっけん、舐められんごつせんといかんばい。そいで士官になっとやけん、人様ン前に出たら汗かくくせば治さんといかんばい』


 って……それ無理。

 だって兵学校の軍医さんに、神経衰弱って太鼓判たいこばんを押されちゃったもん。


 身長168センチは低いほうじゃないけど、体重50キロは少なすぎる。

 いくら兵学校で鍛えても増えなかったから、これ体質かも?


「三島少尉、深呼吸してみろ。楽になるぞ」


 また長官から親身しんみな言葉を掛けられてしまった。

 こんなことが続くと、まわりから妙なやっかみされそう。


 ……はあ。

 こんなはずじゃ、なかったんだけどなー。


 1942年5月――。

 大日本帝国海軍連合艦隊は


 合衆国海軍の正規空母3隻を撃沈。

 その後、決戦を仕掛けてきた敵戦艦部隊も撃破した。


 まさに完全勝利。

 もはや太平洋に、まともな合衆国海軍の大型艦は存在しない。

 太平洋全域が日本の海になった瞬間だった。


 勝利した連合艦隊は速やかに日本本土へ帰還した。

 そして艦隊を整備し、6ヵ月後の11月6日、ふたたび出撃した。


 今度の作戦目標は、宿願しゅくがんだったハワイ攻略!

 ミッドウェイ島に前進基地を設営、そこを拠点としてハワイへ波状攻撃を仕掛しかける。


 最終的には上陸作戦を実施してハワイ全域を制圧する。


 帝国政府は、ハワイ全域の攻略を戦争の最終目標としていた。

 ハワイ攻略後、合衆国政府に対し、講和を大前提とした停戦協議を持ちかけるつもりだったんだ。


 つまり、絶対に成功しなければならない作戦。


 なのに作戦に参加してる全部隊が、いきなり【異世界】へ勇者召喚されちゃった。


 太平洋の真ん中に現われた巨大な魔方陣によって。


 そして……。

 ここは異世界――【リーンネリア】の海。

 南エレノア海にあるリーン諸島、その北西120キロ地点。


 すべては、ここから始まった。

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