10、魔王国の誤算

☆☆作品題目にある『地図』を参照して頂ければ幸いです。



 南エレノア海に浮かぶ【クレニア大陸】。

 そこはリーン諸島から見ると西に位置している。


 クレニア大陸には、かつてふたつの国家があった。

 北の【ワンガルト】と南の【ローンバルト】だ。


 ワンガルトは森と草原、そして【レン湖】周辺の豊かな穀倉地帯を有する国。

 住人は犬種系(山狼さんろう族/海狼かいろう族/巨狼族/小狼しょうろう族)が多数を占める。

 ただし西の海岸沿いを中心に、猫種系(虎族/獅子族/家猫族/山猫族)も一定勢力を保っていた。


 ワンガルトが純血種の国なのに対し、ローンバルトは混血種の国だ。

 小集落単位で農業や酪農/狩猟/漁業/林業などを行ない、それらがローンバルトの主力輸出品となっていた。


 それもこれも……。

 いまでは過去の幻だ。

 現在は魔王国軍に占領せんりょうされ、住民はすべて奴隷の境遇に落とされている。


 クレニア大陸からさらに西へ行くと、海人族の住む【ペカン島】をはさんで、【南カルジニア大陸】へ行き着く。


 南カルジニア大陸には、かつて【アイワール国】と【バイシャール国】が存在した。

 この2国は、ペカン島を中継地として栄えた海洋交易国家だった。


 アイワール国は、人族の混血種が多数を占める多民族融合国家。

 対するバイシャールは、砂漠生活に適応した竜人国家。

 いまは両国とも魔王国軍に占領され、アイワール/バイシャールと呼ばれている。


 南カルジニア大陸の北には、赤道近くにある地峡をはさんで、陸続きの【北カルジニア大陸】がある。


 北カルジニア大陸には、魔王国の本拠地となった【バンドリア】、進んで魔王国に従属した【ガガント】、そして【旧ベルガン帝国】が存在している。


 そして北カルジニア大陸のさらに西に【バルム亜大陸】がある。

 バルム亜大陸に時空裂孔がある限り、リーンネリアに平和は訪れない。


 北カルジニア大陸の東端から【レバント海峡】を越えると【南北セトラ大陸】に至るが、いまは説明をはぶく。


 リーンネリア世界は地球世界と同じく、ひとつの惑星上に存在する。

 ただし惑星の大きさは地球の3分の2程度。

 このことは水平線の観察と天測を行なうことで、連合艦隊でも確認済みだ。


 なのに重力がほぼ同じなのは、惑星内部に膨大な量の魔素が存在しているから。

 つまり魔素は、重力という物理現象まで変化させる力がある。


 さらには太陽をまわる公転周期や自転周期も、ほぼ地球と同じ。

 1日は24時間、1年は12ヵ月365日だ(ただし、うるう年はない)。

 ここまで来ると、どこかの女神様が辻褄つじつま合わせしたんじゃないかと勘ぐりたくなる。


 さて……。


 今回、連合艦隊と海戦を行なったのは、ベルガン帝国艦隊(ベンガル海軍飛竜軍団を含む)とワンガルト海軍(獣人部隊)だった。


 ワンガルトは、形の上ではベルガン帝国占領下の属国となっている。

 だが実態は、両国とも魔王国の直轄領だ。


 違うのは、旧ベルガン帝国の支配階級(王族/貴族/高級将校/騎士)が、魔王国によって洗脳および魔獣改造を施されていることだろう。


 一般民は奴隷に落とされているが洗脳や改造はされていない。

 これは洗脳や改造が、農業その他の生産活動に支障を来すためらしい。


 魔王国は、ベルガン帝国の支配層と最高指揮官クラスに魔人族を着任させた。

 そして彼らの下に、魔改造した貴族や帝国軍幹部を隷属させた。


 つまり二重の支配構造を作り、絶対服従する魔物の軍団を作りあげたのだ。

 その上で、ベルガン帝国にワンガルトとローンバルトを支配させた……。


 魔人族たちは極力表に出ず、支配した人族を使って世界制服を完遂する。

 これが魔王国の基本方針らしい。


 この構図は、北辺にあるガガントでも見られる。

 魔王国軍のガガント方面軍は、レバント海峡をはさんで、東にある北セトラ大陸に侵攻中だ。


 北セトラ大陸には天然の要害ようがいが存在している。

 すなわち、西岸にある険しいシルキー山脈と大陸中央を占める大森林地帯だ。

 そして大森林地帯に、【聖樹】をいだくエルフ族の国【レントン】がある。


 聖樹は世界樹の枝を株分けしたものだ。

 かつては全世界に7本あったが、現在は魔王国の侵攻により2本に減っている。


 世界樹を株分した理由は、魔素を安定供給するため。

 しかし人的に移植された聖樹は小さく、最大でも幹の太さが1000メートル前後にしかならなかった。


 当然、魔素の供給も地域に限定された。

 だがそこで国家を営むには充分なものだった。


 話をもどそう。

 レントン軍は、エルフ族が得意とする隠密行動を生かした特殊作戦部隊だ。

 徹底的な遊撃戦法で、圧倒的多数のガガント方面軍を翻弄ほんろうしている。


 レントンがいまだに健在なのは、南セトラ大陸を支配しているドワーフ族の国【グンタ】から継続的に優秀な装備を供給されているからだ。


 エルフ族とドワーフ族は、過去には熾烈しれつな戦争まで行なった。

 まさに犬猿けんえんの仲である。


 でも今は、手を取りあって戦っている。

 それだけ魔王国の侵攻が世界全体の危機として受け止められたのだった。



※※※



【新暦2445年6月8日AM9:00】※現地時間



 ここはクレニア大陸、ワンガルトの北東。

 南エレノア海に突き出た、フレメン半島にある港湾都市【シャトラン】。


 シャトランは、かつては一大港湾都市だった。

 リーン諸島や、さらに東にある【南セトラ大陸】や【北セトラ大陸】にまで交易路を延ばしていた。


 しかし今は、見る影もない。

 目立つのはおびたたしい軍船と飛竜基地のみ。

 市街地はひっそりとしている。


 だが、かつてシャトラン大公の居城だった、高台にある大きな御殿だけは別だ。


 そこには魔王国軍の方面軍司令部が置かれている。

 周辺には厳重な警備が敷かれているため、つねに物々しい雰囲気にあふれている。


 3階建て御殿の2階西棟。

 大広間を改造した会議室。


 会議用テーブルの上には小型の瘴気結晶が据えられてる。

 噴き出る瘴気で部屋全体が紫色に染まっている。


「負けただと! あれだけ完璧な布陣で出陣したというのに!!」


 激昂げきこうしているのはカルデン・ロニス元帥。

 ベルガン海軍エレノア艦隊の司令長官だ。


 カルデンは魔獣改造され、額に2本の角を生やしている。

 もとはベルガン帝国ロニス領を与えられていた帝国侯爵――つまり旧貴族である。


 肉体も派手に強化されているが、まだ人間族のなごりは残っている。

 見た目は魔人に見えるが、魔王国内の区分では隷属魔獣扱いだ。


 そしてカルデンのいるテーブルの奥には、青白い肌と黒銀の髪、そして真紅の瞳をもつバンパイア系魔人族が高く足を組んで座っている。


 リーン方面攻略軍総司令官――グラド・ブラキア。

 いまも黙したまま面白そうにカルデンを見つめている。


 彼と彼の側近だけが真の支配者――魔人族だ。

 ブラキアは魔王国8将軍のひとりで、策謀さくぼうと計略にかけては魔王国軍で最強とうたわれている。


 そのブラキアが、わざわざクレニア大陸にまで出張して作戦を統括した。

 なのに、いきなり現われた大艦隊によって撃退されてしまった……。


 いまカルデンは窮地きゅうちおちいっている。

 負けた艦隊の最高指揮官だけに、部下に責任をなすりつけないと自分の立場があやういのだ。


 魔改造されても、もとの性格は維持される。

 しかも責任ある地位のため、思考が限定される洗脳はされていない。

 だから、いらぬ頭だけはクルクル回る。


 カルデンが強引に責任を擦りつけたのは、となりの席に座っている海軍参謀本部長だ。

 参謀本部が作戦を立案したのだから、責任もそちらにあると言いたいらしい。


 参謀本部長が立ちあがり、懸命けんめいに弁明しはじめる。


「リーン諸島を本拠地とする、この世界の残党ども……人族連合と自称している連中ですが、先日、超大規模な勇者召喚を実施したことが、我が方の魔力偵察部隊によって感知されております。

 まさか人族連合が、自分らの命綱となっている世界樹の魔素の大半を消費し超大規模召喚を実施するなど、事前の戦争予測にはありませんでした!」


 参謀本部長の頭部は、奇怪なまでにふくれあがっている。

 参謀能力を増強させるため、脳を拡大させる魔改造を受けたからだ。

 その巨大な額に汗を光らせながら、あくまで予想外だったと言いはっている。


 彼ら首脳部メンバーは洗脳されていない。

 その代わり【隷属の首輪】を着けられている。

 逆らえばたちまち首が飛ぶ、物騒な魔道具である。


「参謀本部長。作戦を立案したのは誰だ?」


 部屋の空気を凍りつかせる声が響く。

 ブラキアが【威圧】のスキルを込めて声を発したせいだ。


「……は、はっ! 具体的な立案は、私の右隣りにいる作戦部長が統括しておりました!」


「そうか」


 それだけ言うと、ブラキアは右の手のひらを軽く振った。


 ――バシュッ!


 一挙動で、縮こまっていた作戦部長の首から上が吹き飛ぶ。


 首部分から、噴水のように大量の血が吹きあがる。

 それはカルデンの周囲にいる大半の者を赤く染めた。


「つぎは勝て。良いな、カルデン・ロニス元帥?」


 ブラキアは、唇の端を吊りあげるような笑みを浮かべている。

 真紅の目は、次はおまえだと語っていた。


「は、ははっ!」


 決断は下された。

 命令を完遂かんすいできなければ、カルデンは間違いなく処刑される。

 死にたくなければ這いつくばっても命令に従うしかない。


「……とはいえ、勇者艦隊とやらの実態がわからぬ以上、お前たちでは心許ない。そこでギシャール。貴様に任務を与える」


 ブラキアの背後にいる、背にコウモリの翼のようなものを生やした女。

 彼女に、ふりむきもせず声をかける。


「………」


 ギシャールと呼ばれた妖女……。

 紅のやや縮れた長髪とアーモンド型の目。

 その大半をしめる金色に光る瞳をもつ女は、ちらりと舌なめずりをすると大仰に一礼した。


 体にぴったり張りつく、薄い革で造られた真紅のドレス。

 とても戦闘用には見えない。

 それでいて、豊満な肉体が漂わせる魔力は尋常ではない。


 彼女は凄まじい戦闘力を持っている。

 人族の【英雄】と呼ばれる高位戦士でも、単独では太刀打ちできない。

 さすがは妖魔族12傑のひとり……ブラキアの側近だ。


「バンドリアの派遣軍総司令部へ遠隔念話を入れて、至急増援を送るよう伝えろ。強敵が現われたと伝えれば、それなりの部隊を出してくれるだろう。

 そして貴様も出撃するのだ。策は私が作成したものを与える。ゆえにカルデン元帥の指揮下には入らない単独任務となる。よいな?」


「仰せのままに」


 一切の質問をせず、ギシャールが煙のように消える。

 おそらく転移魔法の一種だろうが、さすがは魔人族だ。


「今日はこれにて解散する。東エレノア艦隊は喪失艦および飛竜兵団の補充、ワンガルト海軍の再編成、敵の情報収集に専念せよ。数の減ったワンガルトの犬どもは臨時徴集して構わん。かならず必要数を満たせ。

 参謀本部は、バンドリアの援軍が到着するまでに敵の情報を入手しろ。索敵に関する全権限を与えるが、当然、全責任も負ってもらう。わかったな?」


 全責任と聞いた参謀本部長は、途端に震えあがった。

 失敗したら参謀本部の総入れ替え……。

 つまり全員粛清だと気づいたからだ。


「全員、起立! 総司令官閣下に対し敬礼!!」


 誰に断るでもなく席を立ったブラキア。

 背を見せて会議室を出ていこうとする。


 その背にむけて、絶対忠誠をしめす全員の敬礼がそそがれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る