13、もうひとつの戦場

 リーン諸島から海路で北北西へ約3700キロ。

 赤道を越えて北エレノア海をさらに進む。

 すると北セトラ大陸の西海岸へたどり着く。


 そこからさらに2300キロ北上。

 ようやく北カルジニア大陸との境――レバント海峡に到達する。


 レバント海峡をはさんで西側が蜥蜴とかげ族の国【ガガント】。

 東側がエルフ族の国【レントン】だ。


 この2国は昔から仲が悪い。

 魔王国が侵略するずっと前から戦争が絶えなかった。


 原因は種族的な差別。

 ベルガン人はエルフを憎悪している。


 樹上生活するエルフ。

 沼地の地面に這いつくばって生活する蜥蜴族。

 エルフたちは昔から、蜥蜴族を『地這じばいい虫』とさげすんできた。


 うらみに思った蜥蜴族が、たびたび海峡をこえて攻め入った。

 これが戦争の原因だ。


 ただし……。

 蜥蜴族も似たようなものだ。


 かつてはエルフの肉を珍味として味わっていた。

 それだけに戦争の火種が消えることはなかった。


 そんな歴史のある地域だけに……。

 ガガントは短慮たんりょな判断から、みずから魔王国に降りてしまった。


 エルフ族を殲滅せんめつする。

 その条件と引きかえに、進んで魔王国の軍門に下ったのである。


 ガガント人が北セトラ大陸を攻める尖兵せんぺいになる――。

 これは魔王国にとっても大きなメリットとなる。


 人間族の国【ベルガン】は、多くが強制的な洗脳と人体改造で服従させらている。


 これに対しガガントの民は、だれも洗脳や改造をされていない。

 ガガント人はリーンネリアの住民。

 そのため魔素環境下で活動できる。


 魔人族は瘴気環境下でないと活動がむずかしい。

 そこで戦争の主力をガガント人に任せる。


 おたがいメリットがあるから手を結べた。

 まさに一石二鳥……。


 ただし、レントン国のエルフ族も手ごわい。

 長い戦争の歴史は、たがいに戦略・戦術を知りつくす結果となった。

 そのため侵略するにしても決定打にかけ、すぐに戦線が膠着こうちゃくしてしまう。


 こうなると戦局を打破するには戦力の大幅な増強が必要だ。

 すなわち、敵の10倍以上もの大戦力を一点に投入。

 力ずくで戦線を突破する方法だ。


 魔王国軍が戦局を打破するためには、ガガント軍だけでは足りない。

 そこでバンドリアのダークエルフ族も投入することにした。


 ダークエルフ族は、もともとハイエルフから派生したエルフ系の亜人種だ。つまりエルフ族とは別系統となった子孫にあたる。


 レントンのエルフ族は【森エルフ】と呼ばれている。

 彼らは弓を使った狙撃そげきによるゲリラ戦を得意とする。

 これらの戦法は、天然の要衝ようしょうである大森林地帯を住処すみかとした結果だ。


 ダークエルフ族は、短槍たんそうと肉体強化魔法をもちいた近接格闘戦を得意とする。これはバンドリアが雪深く起伏のある山岳地帯のためだ。


 同じハイエルフの末裔まつえいだが、すでに別種族としての文化を持っている。


 これらに対しガガント軍は、もともと湖沼地帯で水上生活をしていた種族のため、もりや槍、刀剣などによる近接戦闘が得意だ。


 近接武器をもちい、自前の硬い鱗装甲うろこそうこうを生かした強襲戦を得意とする。


 ゆえに、目や腹などの弱い部分を矢で射貫いぬかかれると弱い。

 この弱点を、ダークエルフが盾と短槍でカバーしつつ攻める。


 しかもダークエルフは、蜥蜴族とちがって木に登れる。

 樹上にいる森エルフを地上に追い落とし、ガガント兵が突進して倒す……。


 レバント海峡をこえての魔王国軍侵攻は、これまでも断続的に行なわれてきた。

 北セトラ大陸に拠点きょてんを設けたあとも、継続的にガガント軍を中心とする援軍を送り続けている。


 そして今回、魔王国軍は……。

 レバント海峡方面においても大規模な侵攻作戦を実施した。


 これはリーン諸島攻略作戦と同時に行なわれた、計画的な同時多方面作戦である。



※※※



【新暦2445年8月10日PM2:14】※現地時間



 ここはレントン国の大森林地帯北西部。

 森林限界の町マリシャから15キロほど森林地帯に入った地点となる。


 ちなみにマリシャは、今回の魔王国軍侵攻により、すでに陥落かんらくしている。


(こちらミリア小隊。大隊長、応答願う。敵部隊は頭上に大盾をかざしたトカゲと、槍を構えた黒エルフが一組になって侵攻中。こちらの矢は大盾にはばまれ届かない。どうすればいい?)


 【中距離念話】を送ったのは、小隊長のミリア・サキ。

 レントン軍第3弓兵団・第31狙撃そげき弓兵大隊に所属するミリア小隊に所属している。


 相手は大隊長のクレイ・サキだ。


 氏名うじなが2人とも【サキ】なのは、おなじ里村出身だから。

 したがって血縁関係があるわけではない。

 血縁をしめす【系名けいな】は【真名まな】とも呼ばれ、通常は秘匿ひとくされている。


(こちらクレイ。もう少しでミルルの弩弓どきゅう小隊が前方配置につく。それまで持ちこたえてくれ)


 2人の会話には敬語が存在しない。

 これはレントン軍の特徴。

 念話の波長自体に上下関係が含まれるため言葉としては必要ないからだ。


(ムチャ言うな。阻止するには矢を射る必要がある。だけど矢を射れば居場所がばれる。居場所がばれたらが登ってくる。そしたら逃げるしかなくなる)


 ダークエルフも木のぼりが得意だ。

 おなじ枝まで登られたら、近接戦闘が得意なダークエルフの勝ちとなる。

 そうなるともう、樹上での監視と狙撃の任務はこなせない。


(わかった。前進中のミルル小隊の位置まで下がることを許可する。ただし退避する前に、かならず一連射しろ。注意を引いて時間を稼ぐだけでいい)


 可能なかぎり森の奥へは進ませない。

 クレイ大隊長の切実な思いが言葉ににじんでいる。


(了解……)


 念話には感情が乗せられる。

 そのためミリアは、思いっきりの口惜くやしさを上乗せして送った。


 ガガントのトカゲ野郎だけなら撃退できる。

 小隊を半分にわけて、地上と樹上から同時に攻撃すればいい。

 これまでそうだったし、今回もきっとできると思っていた。


 ところが……。

 魔王軍は、ガガント軍にバンドリアのダークエルフを随伴ずいはんさせてきた。

 森エルフは、これまでダークエルフと戦った経験がない。


 蜥蜴兵は木に登れない。

 だから森に誘い込めばこちらの勝ち。


 だがダークエルフは木に登ってきた。

 矢を射る間もなく落とされ、下で待ち受けている蜥蜴兵にトドメを刺された。


 最初の遭遇そうぐうで5個狙撃小隊を失った。

 森を主戦場とするレントン軍からすれば、まさに大惨敗だいざんぱいである。


 ミリアが所属している第3弓兵団はレントン北西方面軍の一部だ。

 後方に待機している第1弩弓連隊から、精鋭の第11突撃弩弓大隊を前進させ、前方警戒をしていた第31狙撃弓兵大隊の支援を行なわせることになっていた。


(小隊長通達。エレナとグイスは、一連射後に右後方へ樹上移動。プルムとアイムは下の枝に移ってエレナたちを掩護えんごしたのち、右後方へ樹上移動。

 のこりは、わたしと一緒に前方移動して敵の背後をつく。奇襲攻撃のあとは、各自散開して樹上移動、12本後退したところで警戒待機にもどる。いいな!?)


 ミリアは指揮下にある部下に念話を発した。

 エルフの女性特有の繊細な波動ながら、可能なかぎりの鼓舞こぶを含ませた。


 念話が盗聴されることはない。

 盗聴するには、事前に魔導波の波長を同調させる必要があるからだ。


 欠点は、同時に多人数へ送れば送るほど伝達距離が短くなること。


 いまのように総員12名の小隊全員に送るとなると、距離換算で100メートル程度が限界となる(大隊長への連絡のように1対1の場合は、最大で数キロ先までとどく)。


 ――ヒュン!

 ――カン、カカン!


 エレナ分隊の放った矢が、すぐ近くまでせまっていた蜥蜴兵の大盾に当たった。

 たちまち敵の索敵魔法が放たれる。


(ミリア直属分隊、移動開始!)


 念話を送る。

 同時にミリアは、いまいる枝から斜め前方にある別の木の枝へジャンプする。すぐに8名の直属部下も続く。


 敵はエレナ分隊ではなく、より多人数のミリア分隊を主敵と認識するはず。


 その主敵が、後退ではなく前進――自分たちを飛び越えて背後へ移動した。


 そのため一瞬だが迷いが生じる。


 1人のダークエルフが、ミリアたちの行動を視認した。

 いっしょにいる蜥蜴人の背後へまわりこもうとする。


 それをカバーするため、蜥蜴人が頭上の盾を後方へかたむけた。

 一瞬、蜥蜴人の背が盾から出る。


 ――ヒュン、ドッ!


「グワッ!」


 丸まった蜥蜴人の背中に、1本の矢が深々と刺さる。

 矢を射たのはプルム分隊。

 ミリア分隊の移動をおとりにした、見事な連携攻撃だ。


 倒れた蜥蜴人から、あわててダークエルフが盾を回収しようとしている。

 樹下に散開していた敵部隊の隊長が、矢を射たプルム分隊を見つけた。


『全隊、突撃! 目標、前方樹上の敵!』


 声を放った敵隊長はダークエルフだ。

 号令とともに、4名のダークエルフが短槍を片手に疾走しはじめる。


 たちまちプルム分隊のいる木の根元にたどり着く。

 まるで野猿やえんのように木の幹をのぼる。

 だがその頃には、プルム分隊は別の木の枝に飛び移った後だった。


(1斉射。目標、トカゲ!)


 敵の後方に回ったミリア分隊は、囮から攻撃主力に早変わりする。

 囮と攻撃を短いスパンで入れかえる巧みな戦術だ。

 樹下に取り残された蜥蜴人たちに、必中の矢が降りそそぐ。


(射撃やめ! ただちに撤収……)


「うぐっ!」


 撤収命令を伝え終えるよりも早く。

 ミリア分隊にいた部下のひとりが、くぐもった声とともに枝を踏みはずした。


 ミリアはとっさに視線を動かす。

 落下していく部下が見える。


「矢だと!?」


 部下の首筋に、太い矢が貫通している。


「精密索敵!」


 ミリアは上級魔法を使い、特大の矢を射た敵をさがす。


「ダークエルフ?」


 ダークエルフが弓を使っている……。

 森エルフが短槍を使うくらいありえない!


 だが拡大された視覚の中心には、いまにも巨大な矢を射ようとしている屈強なダークエルフの姿があった。


「くっ!」


 身をよじりながらジャンプする。


 ――ビュン!


 いまいた空間を、身長くらいある巨大な矢が突き抜けていく。


 ミリアは、あえて低い位置にある別の木の枝に飛び移った。

 無理な姿勢からのジャンプでは、おなじ高さにある枝に飛び移れなかったからだ。


 腰に巻いていたロープを外し、鉤爪かぎづめのついた部分を回して投げる。

 2本ほど先にある木の枝にからませると、足もとの枝に手元のロープを結びつける。


 間髪入れず、ミリアはロープの上を走った!


 樹上移動はジャンプだけではない。

 鉤爪付きのロープを使った綱渡りや縄登り、振り子移動なども、森エルフにとっては子供の頃からのたしなみになっている。


(ケルアが殺られた。残り全員、味方の弩弓隊位置まで逃げろ。敵に大弓使いの黒エルフがいる!)


 力にかけては、ダークエルフが数段上……。

 その力自慢が特大の弓を使うようになれば、一気に森エルフの優位がくずれる。


 ミリアは500メートルほど連続して樹上移動した。

 支援に駆けつけた複数の弩弓小隊も追いこす逃げっぷりだ。


(大隊長、聞こえるか! 敵に大弓使いの黒エルフが複数いる! このままでは勝てない!!)


 大弓使いのダークエルフが樹上に陣取じんどったら、森エルフの狙撃小隊は全滅の危機にさらされる。


 相手のほうが射程が長く威力もある。

 なにか対策を施さないかぎり、遁走とんそうするしか手がなかった。


(ミリア、聞こえるか!? なんとか弩弓隊と力をあわせて持ちこたえろ。もう少しで……だ!!)


(リーン諸島から? 人族連合軍が支援部隊を出してくれたのか?)


 はじめて聞く情報に驚き、一瞬動きが止まる。

 それを見逃さず敵の矢が飛んでくる。

 鼻の先をかすめて木の幹に突き刺さった。


「(うわっ!)」


 ミリアは念話と肉声とを同時に発した。

 ほとんど反射神経だけでジャンプする。


 いまは念話をしている場合じゃない。

 逃げることに専念する。


 結局……。


 ミリア小隊は3名の部下を失った。

 その状態で、なんとか大隊司令部のある4キロ東地点まで逃げのびたのだった。

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