51話 ようやく終わった……。

【新暦2446年1月30日】※現地時間



 二週間後……。


「おつかれさまでした」


 アルコール度数が最低の麦酒ビールを工藤辰巳先輩に注ぎながら、心の底から嬉しそうなサリナさん。


 いまや二人の仲は公認同然なので、サリナさんも隠そうとしない。


 これに関しては、僕とミーシャも同じ関係なんだけど……。

 さすがに、みんなが見てる場で公然といちゃつくの、まだ恥ずかしい。


 ここはグンタ国の北西にある港町『ドード』。

 そこにある『鋼鉄の槌』っていう飲み屋。


 ドードはグンタ国に来て、はじめて上陸した港だ。

 なので今ちょうど、グンタ国を一周して戻って来たことになる。


 グンタ国を巡る、視察という名の強行軍……。


 それがようやく終わって、今日はグンタ国に滞在する最後の日ということで、酒場を貸し切ってうち上げ会なのだ。


 公式視察のあいだ、僕たちは、なかなかサリナさんやミーシャとイチャつく余裕がなかった。


 だってミーシャたちは各地の要人相手にコンパニオンやるので忙しかったし、僕や工藤先輩、そして使節団の黒島参謀にメーレンさんも、それぞれ親善訪問やら鉱山の視察に忙殺されていた。


 天野隊長とメーレンさんに至っては、なにかこそこそと密談までしていた。


 まあ天野隊長とメーレンさんは、連合艦隊と人族連合の実質的な全権代理だから、僕みたいな表むきの団長じゃできない交渉ごともやらなきゃなんない。


 実はそっちが本命なんだから、ミーシャやサリナさんも、そっちに注力しなきゃならなかったってわけ。


 結果、僕と工藤先輩は、行く先々で出会う地方工房の頭領たちと、ひたすら呑み会の日々……。


 ドワーフって言っちゃ悪いけど、ムサイおっさんでしょ?

 女性も少女だと可愛いのに、大人になると髭のないおっさんだもん。


 しかも、そろって大酒飲み。


 お酒に強い工藤先輩が、「もう勘弁してくれ~」って土下座したくらいだから。

 僕なんか毎日、ほんの序盤戦で酔い潰されてしまった。


 こうなると、翌日は決まって盛大な二日酔い。

 だけど表むきの視察日程は、ぎゅうぎゅうに詰まってる。


 いや……地獄でしたよ、ホント。

 メーレンさんから神聖解毒魔法をかけてもらわなきゃ、マジで死んでたかも。


「いやはや。グンタ国ってのは、本当に鉱山だらけの国だったな」


 工藤先輩、薄いビールをちびちび飲んでる。

 さすがに連日の大酒飲みで疲れ果て、本当は飲みたくないらしい。


 でも部下たちの手前、飲みたくないって言えない。


 いや、中間管理職って辛いネー。


 その点。

 僕はミーシャにソフトドリンクを頼んで、最初からそれを飲んでいる。


「ねー、ともきー。帰ったら休暇をもらえるんでしょ? どっか行こうよー」


 僕の右腕に頬を当てるように抱きつきながら、ミーシャがおねだりを始めた。


「どっか行くって……リーン諸島に戻っても、しばらくは後処理でルード島から出られないし、出られても行けるのはリーン国内だけだぞ?」


 えっと……。

 ここで唐突に、この店に来る前の出来事を思い出した。


 信じてなかったけど。

 グンタ国のドワーフ大将たち、マジで多種多数の魔導兵器と二隻の軍艦を完成させちゃったんだ。


 ここに来る前、ドートの港に接岸してる使節団の船に案内された。

 なぜ、わざわざ船に戻る必要があるかって不思議に思ってたら……。


 ドード型コルベットと命名された480トンの蒸気ピストンエンジン艦と、グレタ型フリゲートと名がついた750トンの艦が、ででーんと鎮座してた。


 グンタ国としては、リーン諸島までの移動のため操船工員を用意してたけど、さすがにいきなり外洋に素人同然の工員だけで出すわけにもいかない。


 そこで使節団の船の乗員から指導員を見繕って、彼らの指導のもとでリーン諸島まで向かうことになったみたい。


 話の途中で新型艦のことを思い出しちゃったから。

 てっきりミーシャの機嫌を損ねたって思ったけど。


 ミーシャはミーシャで、すっかり旅行のことで頭が一杯になってたらしい。

 よ、良かった……。


「そうねー。世界樹の近くは知ってるとこばっかだし……いっそメルファ島まで足をのばして、ひと夏のバカンスってどう?」


 メルファ島は、首都アスファータと世界樹があるリーン島から見ると、狭い内海を隔てた北東にある。


 リーン諸島は南半球にあるため、北のほうが暑い。


 そして今は夏の終わりだから、かつてリーン諸島のリゾート地として栄えたというメルファ島なら、たしかにミーシャのいう通り楽しめるかもしれない。


「ミーシャ……いまのメルファ島はさびれ果ててるわよ」


 慰めるような声音でサリナさんがささやく。


「えー?」


「世界樹があぶないって時期がずいぶんあったから、メルファ島もリゾートとか言ってられなくなったの。連合艦隊が来てくれて少しは回復したかなって思って、グンタ国に行く前に、酒場に来てた漁師組合のお偉いさんに聞いたんだけど……。

 いまのリーン諸島は、ともかく世界樹のあるリーン島を最速で復興しなくちゃならないってことで、ほかの島からも人手を集めてるみたい。

 その関係で、他の島はどこも、年寄りと子供しか残ってないんですって。その年寄りと子供も、食料増産や地元の産業回復に駆りだされてるから、リゾートなんて言ったら袋叩きにあっちゃうわよ?」


 さすが人脈に関しては、酒場【エレノアのしずく】でトップって言われてただけある。


 いまでこそ連合艦隊の軍属としてあちこち行く身だけど、エレノアのしずくの酒娘ってのも、現役のまま保留になってるんだって。


 酒場としても、ナンバー1の酒娘をみすみす手放すはずがないし、だいいち連合艦隊はいまや最上級の客なんだから、ミーシャともども、看板娘のままにしておくのが得策と判断したらしい。


「あーあ、行ってみたかったんだけどにゃー。戦争が終わったら復興するんかにゃ?」


 質問されたのはサリナさんじゃなく、なんと僕。

 久しぶりに猫族の方言が出たのも、相手が僕だから。


 で……。

 復興するかって聞かれても、知ってるわけないじゃん。


 とか考えてたら、メーレンさんがと歩いてきた。


 見た目は幼女のメーレンさん。

 本名はメーレン・リーンセチア・プロモガルド。


 じつは世界樹の巫女様にして、1400歳とも噂されるハイエルフだ。


「……のう友輝よ。こういう時はウソでも良いから、戦争が終わったら連れてってやると言うのじゃぞ?」


 それフラグだから!

 三島友輝23歳、まだ死にたくありません!


 って……フラグってなに?


 たまに完全翻訳スキルのやつ、『知識の泉』から変な単語を拾ってくる。

 意味はかろうじてわかるけど、きっとだよね?


 少なくとも、地球の昭和時代にはない言葉だもん。


 返事に困ってると、天野隊長までやってきた。


「工藤中尉、三島少尉、飲んでますか~、ひっく!」


 けっこう酔っぱらってるみたい。


 たぶん視察のあいだは護衛隊長兼ホントの大使ってことで、緊張を緩める間なんてなかったんだろうなー。


「まーまー皆さん、ひっく。これで使節団としての役目も終わりということでー、ルード島の艦隊司令部に戻れば、私なんか雑多な公務に戻される関係から、皆さんとも疎遠になってしまいますよねー。だから今日は、腹のうちをさらけ出して飲みましょー!」


 そういうとグンタ名物の、ドンドル火酒の入ったコップを一気にあおる。


 ドンドル火酒って、昆布に似た海藻から作る、アルコール度数68度の蒸留酒なんだけど……ストレートで飲んで大丈夫なんだろうか。


「天野少佐、ちと飲みすぎじゃないですか?」


 先輩、心配のあまり声をかける。


「あーん? 工藤はいいよなー。そんなべっぴんさんを隣りに侍らせて飲めるんだもんなー。俺なんか、日本にいる妻に操を立ててるから、こっち来て女ッけひとつないんだぞー!」


 それはご愁傷さまと言うしかない。

 僕も先輩も独身で転移してきたから、日本にはその手の未練はないもんね。


「天野少佐。酒の相手だけで良ければ、巫女団の若いのを呼んでやっても良いのじゃが……」


 気を利かしたつもりのメーレンさん。

 でも『若いの』って、おそらく1000歳未満とかでしょ?


 さすがに天野隊長も気づいたらしく、慌てて断わりはじめた。


「それにしても……帰ったらまた、忙しくなるんだろうなー」


 僕たちがグンタ国に行ってるあいだも、西にあるクレニア大陸では激しい戦闘が続いている。


 フレメン半島を奪還した人族連合軍は、ワンガルドの首都『ラナ』を奪還するため、いまも南下中だ。


 さすがにラナの守りは硬く、しかもローンバルト国から増援されてきた魔王国軍がレン湖の南岸に展開しているせいで、ラナでの戦いまで膠着状況に陥っている。


 これに対し連合艦隊は近々、クレニア大陸の南を回りこむかたちで、南の要衝にしてローンバルト第二の港町『シュレイナ』に対し、大規模な上陸作戦を実施する予定になっているらしい。


 これってレン湖の南岸で待機してる魔王国軍を、さらに背後の海から奇襲する作戦だよね?


 らしい……ってのは。


 しょせん僕たちみたいな下っ端将校には、直前になるまで重要作戦の中身なんて知らされないから。


「そうなると……魔王国の海軍も、黙って見過ごすはずがないだろうな」


 さすが先輩。

 僕が危惧してることを見事に言い当てた。


「そうですよねー。一度は連合艦隊によって壊滅的被害を受けたとはいえ、そろそろ態勢を建て直して反撃に出てきてもおかしくありませんよねー」


 僕たちが真面目な話をはじめたので。

 天野隊長も、真面目なふりして話に参加してきた。


「あー、だなー。人族連合の情報部の話では、旧ベルガン帝国最大の軍港だったニールゲンでは、大和に大穴を開けた海棲魔獣バッフェルの評価がウナギ昇りらしい。そのせいで魔王国海軍からは、バッフェル突撃艦の大増産命令が出ているらしい。

 だが、新たに角族海軍エグリア艦隊の司令長官に抜擢された男が、この増産に反対しているらしい。反対の理由はわからんが、その男、頭が回るらしいから、なにか危惧することがあるんだろうな」


 らしいらしいと憶測のオンパレードだが、酒の席では許される。


 それにしても……。

 内容がやけに詳しいところを見ると、かなり高い秘匿度の情報みたい。


 情報漏洩は酒場からと言うけど、天野隊長がコレじゃ笑い話にできない。


 ともあれ。

 戦争において一度大戦果を上げた奇策は、二度めには対抗策を立てられる。


 この観点からすれば、連合艦隊はすでに、バッフェル突撃艦を阻止する秘策を立てている可能性が高い。


 それを馬鹿正直に増産せよと命じるのは、かなりの無能のやることだ。


 そこらへんの事を踏まえて、天野隊長は、新たな敵艦隊の司令長官を評価しているらしい。


「あーん! そんな固ッ苦しい話、戻ってからでいいじゃにゃーの! いまはうち上げ会なんだから、もっと楽しく飲むにゃー!」


 ミーシャが突然乱入してきた。

 軍人が集まって難しい話を始めたので、すっかり腹を立てている。


「おい、三島。さっさとなだめろ」


 このままミーシャが騒ぎ続けると、酒場の雰囲気まで悪くなる。

 そこで工藤先輩が無理矢理、俺に何とかしろと言ってきた。


「はいはい……ミーシャ、あっちの隅っこにある席に行こうか?」


「んー、わかったにゃん!」


 いちゃつけるって思ったのか即答した。

 さっそく僕の手を引いて、強引に場所を移ろうとする。


「ミーシャったら……まだ素人感覚が抜けてないのね。戻ったら特訓しようかしら」


 自分の感情を第一にするミーシャを見たサリナさん。

 けっこうマジな感じで、去っていく俺たちにむけて囁いた。


 ミーシャ、酔っぱらってる段じゃないぞ?

 サリナさん、恐いぞー?


 とかなんとか……。


 こんな感じで、グンタ国最後の夜は更けていくのだった。


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