16、レバント海峡海戦1

⁂表題項目にある【本作品で登場する世界のマップです。】に

 【3、レバント海峡周辺地図】を追加しました。

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【新暦2445年8月7日AM10:30】※現地時間



 ところ変わって、こちらは北方方面艦隊の主力打撃艦隊。

 艦隊速度は20ノットと遅い。

 これは鈍速の輸送隊に合わせているからだ。


 ちなみに……。

 三島たちがいる輸送隊は、主力艦隊の後方20キロを追走している。


 とは言っても、地球にいた頃はもっと遅かった。

 それは慢性的な燃料不足のせい。


 必要な速度を維持すると燃料が足りなくなってた。

 しかたなく、速度を落として作戦を実施していた。


 でもこっちでは、燃料は複製できる。

 動力機関も魔法やスキルのおかげで損耗しない。


 もし壊れても魔法やスキルで修理できる。

 だから理想的な巡洋速度が出せる。


「地球のころと違って、敵からの遠距離航空攻撃がないのは助かるな」


 言葉を発したのは近藤信竹作戦艦隊司令長官(中将)。

 話し相手は艦隊参謀長の神重徳かみしげのり大佐だ。


 場所は作戦艦隊の旗艦に指定された戦艦【伊勢】。

 近藤長官が艦橋に上がって最初の会話だった。


 近藤は地球にいたころから重責を担っていた。

 ハワイ攻略作戦で第2艦隊司令長官として支援艦隊の指揮を任されていたのだ。

 だから今回も北方方面艦隊の司令長官に抜擢されたのは当然といえる。


 戦艦伊勢は伊勢型戦艦の1番艦。

 僚艦には日向がいる。

 西暦1917年に竣工した2世代前の戦艦だが、いまも立派に現役を務めている。


 排水量36000トン。

 全長は215メートル、全幅は33・83メートル。


 武装は36センチ45口径連装主砲、6基12門。

 最大速度は25ノットだったが、機関強化魔法のおかげで28ノットまで出せるようになった。


 たしかに……。

 大和や長門と比べると性能は劣っている。

 しかし長門型が登場するまでは、世界でもトップレベルの戦艦だったのだ。


「人族連合軍の話では、敵の飛竜部隊の航続距離は最大で200キロ程度とのことです。したがって海岸付近に出撃拠点を持っていても、帰路のことを考えると100キロ沖までしか飛べません。

 対する我々は第2機動部隊を随伴させていますので、最大迎撃半径は零戦21型の1100キロ……土台、比較になりません」


 神参謀長は海兵48期卒とまだ若い。

 宇垣纏GF参謀長と比べると8年も後輩だ。


 なのに第2艦隊の参謀長。

 まさにエリート……。


 広い額に七三分けの髪、すこし垂れぎみの目に鼻下の控えめな髭。

 どことなく優しげな雰囲気を漂わせる小柄な人物だ。


「迎撃に限定すれば、航続距離より滞空時間のほうが重要だが……上陸作戦時は敵の飛竜部隊が出てくると考えておくべきだな。

 人族連合軍によれば、敵の飛竜はレッサードラゴンという種類のようだが、北カルジニア大陸での緒戦においては、より大型のウイングドラゴン種も参戦したという記録があるらしい。

 ウイングドラゴン種は全長20メートル前後というから、さすがに7・7ミリ魔導機銃弾では落とせないだろう。20ミリ魔導機関砲でも、従来の軽装弾を魔法強化したものでは心許こころもとないそうだ。

 そこで今回、20ミリ機関砲の銃身と機関部を二重に魔法強化し、魔法付与した重装爆裂弾を発射できるようにしてある。

 ただ……この処理のため想定以上に重くなり、携行弾数が減っている。だから参謀部としては、出撃した機が弾切れにならないよう、うまく作戦を運用してくれ」


 近藤信竹は神より13歳も年上だ。

 以前はGF参謀長にもなった重鎮じゅうちんである。


 しかも神と違い眼光が鋭い。

 だから近藤が事こまかに指示すると、いやでもにらまれているような感じになる。


「今回の布陣は、膠着こうちゃくした北セトラ大陸の戦線を打破するため、連合艦隊と人族連合軍が協力して行なうものです。弓主体の装備しかないレントン軍に、38式歩兵銃を魔改造した38式魔導狙撃銃を配備し、大幅な戦力増強を行ないます。

 とはいえ……魔道具としての38式その他の装備は、ずぶの素人には扱えません。そこで教導役として、銃を装備した人族連合軍部隊を連れてきています。彼らを駐留させ、銃器その他の使いかたを教授させることになっています。

 ですから、彼らを大森林地帯まで無事に送り届けることが我々の任務となります。まあ陸上では、陸軍と陸戦隊に任せることになりますが……したがって上陸作戦で彼らを消耗してしまえば、それだけで作戦失敗となるでしょう」


 連れていく陸上戦力の半数は上陸作戦で戦わない。

 駐留予定の教導隊は最後に上陸する予定になっている。


 そのため陸軍と陸戦隊だけで、敵軍を排除しつつ進撃しなければならない。なかなか難易度の高い作戦である。


 しかしGF司令部と派遣陸軍司令部は楽観視している。

 魔法強化された装備を使えば完遂かんすいできると判断した。


 ただし……。

 連合艦隊はまだ、敵の真の主力である魔人族部隊と交戦していない。


 話に聞く魔人族の強力な魔法は、おとぎ話のようで現実的とは感じられなかった。

 それだけに不気味で、いきなり本番となったとき、魔法強化されていない零戦のように負けるのではないか……そんな気持ちをぬぐいきれない。


 連合艦隊は強力だが無敵ではない。

 いまも試行錯誤しこうさくごしつつ、可能なかぎりの戦力増強に務めている。


 それでも……。

 だれもが不安に感じるのを止められない。


「そうだな。今回の作戦が成功すれば、南セトラ大陸にあるドワーフ族の国【グンタ】でも、我々の依頼する地球式の新装備を開発してくれるという話だ。

 ドワーフの魔導鍛冶まどうかじ技術とエルフ族の高位錬金術が組みあわさると、我々の科学力で開発するより強力な魔導装備ができるという。リーンネリアも捨てたもんではないな」


 そう言い放つと近藤は、ガッハッハと絵に描いたような豪放ごうほう笑いをした。


 だが豪放そうに見えるのは見た目だけだ。

 実際は帝国海軍でも有数の慎重派として知られている。

 だからこそ地味な護衛役の支援艦隊を任されたのだ。


「先行している第2潜水戦隊から定時連絡が入りました!」


 先に出撃していた潜水艦部隊から連絡が届いたらしい。

 通信参謀が、通信室につながる【魔導遠話線装置】の設置場所からもどってきた。


 この時代の潜水艦は、潜航している状態では通信できない。

 無線連絡するためには浮上しなければならず、ゆえにリアルタイムの情報伝達が難しい。


 そこで前もって決めていた時間に浮上し定時連絡を行なう。

 これで双方の情報のズレを解消する仕組みになっている。


 ちなみに……。

 連合艦隊の艦艇では、大和などの最新鋭改装艦しか艦内電話は装備されていない。

 そこで召喚後に人族連合軍と協力して、魔力をもちいた有線通話装置を設置した。


 【魔導遠話線装置】と名づけられたそれは、仕組みとしては極めて簡単だ。

 ミスリル銀合金の細線に魔力を流す。

 ただそれだけで思念波を遠方に届けることができる。


 【念話】はいわば無線電話。

 送り手がスキル持ちでないと使えない。

 対する魔導線装置は特殊能力を必要としない。


 既存のマイクとミスリル銀合金線さえあればいい。

 誰でも有線での会話が可能なのだ。

 さすがに魔力は必要だが、勇者召喚された者は例外なく魔力を持っている。


 ミスリル銀合金の線化は、エルフ族の錬金術で行なった。


 ダイナミック式のマイクと受話用のスピーカーは、連合艦隊各艦用に大量のストックがある。将来的にドワーフ族が協力してくれれば、この世界でも製造が可能だ。


 まさに両世界の技術が合体した夢の結晶である。


「神、第2潜水戦隊の現在位置は?」


「すでにレバント海峡へ到達しております。現在の北半球は夏の季節ですので、海峡を凍りつかせていた流氷も溶けています。なので昼間は潜航待機、定時連絡時と夜は浮上して充電を行なっています。

 ただし潜水母艦の靖国丸やすくにまるは、護衛駆逐艦4隻とともに200キロ南方の海上で待機しております」


 第2潜水戦隊には、航空潜水艦2隻と巡洋潜水艦8隻が所属している。

 彼らの任務は敵情偵察と輸送船の索敵だ。

 むろん機会があれば雷撃も実施する。


「これは私の推測だが……おそらく敵の輸送部隊は、潜水艦に対する攻撃能力を持っていないと思う。なにせ我々がリーンネリアに来るまで、潜水艦という概念すらなかったのだからな。

 ただし、すでに判明していることだが、この世界には海の怪物がいる。魔人族が巨大なクラーケンや海竜やらを使役しているとの情報もある。

 そうなれば潜水戦隊も、地球では考えられないような戦闘行動を強いられるだろう。実際問題として、例のだけで大丈夫か?」


 近藤の言う【電撃装置】とは、潜水艦の蓄電地を使って、潜水艦の外板に高圧電流を流す仕組みのことだ。


 これは魔力を消費しない純粋な地球の技術だ。

 艦の外板に漏電させるだけだから、ほんの2日ほどの改造で完成した。


 じつはこの装置……。

 アイデアの元ネタがある。


 ジュール・ヴェルヌが西暦1870年に発表した『海底二万里』。

 そこに出てくる潜水艦『ノーチラス号』の電撃装備だ。


 日本でも1880年に市販されている。

 だから海軍軍人、とくに潜水艦乗りには愛読者が多い。


 ただし、1900年に押川春浪おしかわしゅんろうが出版した『海底軍艦』とゴチャ混ぜに覚えている者もいる。


 だから、こちらの『電光艇』が元ネタになったとも考えられる。


「電撃だけでは心許ないとのことですので、ソナー担当者に発現した【音響立体画像化】のスキルと、雷撃担当者に発現した【水中誘導】のスキルを連携させて、なんとか海中での魚雷攻撃ができないか訓練中とのことですが……まだ命中率は低いようです」


「ううむ……海中の敵を誘導雷撃できる魔法技術が完成すれば、将来的に潜水艦が潜水艦を撃沈できる指標になるし、この世界でも海中の巨大生物に対する切り札になる。なんとしても命中率を高めて欲しいものだ」


 意外と知られていない事実だが……。

 この時代の潜水艦は、海中の敵を攻撃できない。


 可能になるのはずっと後。

 誘導魚雷と能動索敵――アクティブ・ソナー技術がないと実現できない。


 このうちアクティブ・ソナーは、第2次大戦中も駆逐艦などには搭載されていた。

 だが潜水艦は、もっぱら受動的な探索であるパッシブ・ソナーに頼っていた。

 それを今回、魔法という異世界の能力で実現しようと苦戦しているわけだ。


 かくして……。

 さらなる強化をほどこされた連合艦隊が、新たな戦いに挑もうとしている。

 しかし、いまだに暗中模索あんちゅうもさくなのも確かだった。


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