15、三島友輝の憂鬱
【新暦2445年8月7日AM9:22】※現地時間
ここは
士官といっても
佐官や将官は数が少ないので、他に特別な食堂があつらえられている。
ちなみに雲仙丸は、【北方方面艦隊】に
「三島……
工藤辰巳先輩があきれた声で聞いてきた。
リーン諸島産のハーブ茶を飲みながらだ。
僕たちは朝食を済ませている。
いまは食後のお茶の時間だ。
「まだ全員の調査が終わってないから……いまんとこ自分だけみたいっすよ」
先輩が聞いたのは、僕以外に【エリア翻訳】スキルの持主がいるのかってこと。
ただの【翻訳】スキル持ちなら大勢いる。
でもそれだと放置プレイができない。
口に出して同時通訳するか、もしくは紙に書き出して翻訳することになる。
僕みたいに【エリア内複数同時】【瞬時脳内翻訳】【万能辞書参照】が可能な者は、まだ見つかってない。
だから今回の作戦にも駆りだされちゃった。
なぜ戦艦大和を離れたのかって?
なんでもGF司令部と参謀部に【翻訳の腕輪】が行き渡ったもんで、当面は僕がいなくても大丈夫なんだって。
そこで北方方面艦隊が遠征するのにともない、レントン国のエルフ族との意志疎通に必要だって判断されたみたい。
で……。
現在の身分は、海軍横須賀陸戦隊・第1旅団の
もちろんGF参謀部からの派遣武官だ。
長官付きなのに、なんで工藤先輩とお茶してるかっていえば……。
右も左もわからない僕に、安田司令官が同期の者はいないかと尋ねたから。
そこで工藤先輩の名前を出したら、先輩を小隊長とする僕専用の護衛小隊を編成してくれた。部隊名も『三島護衛小隊』って、まるでヒネリがない。
オンリーワンのスキル持ちということで特別扱いされてるよねー。
三島護衛小隊の所属は、第2強襲歩兵大隊第1突撃中隊に決まった。
でもこれ……真っ先に敵陣に突入する部隊だよ?
エリア翻訳する前に死んじゃったら、どーすんの?
「先輩の小隊が護衛してくれるのは嬉しいんだけど……自分の任務って上陸したら終わりじゃなく、もっと先に進むことまで入ってますよね?」
「あたり前やろが? 最低でんシルキー山脈に陣取っとる山エルフ族の前線基地までは行かんといかん。そこまで行かんと支援物資ば渡せんけんな。
場合によっちゃ大森林の入口にある【マリシャ】まで行って、森エルフ族に装備と弾薬、そして人族連合の教導隊ば渡すことになるったい。
まあ、マリシャんほうは陸軍部隊が担当しそうだけん、俺たちゃ陸戦隊部隊と一緒に、
「自分……陸上戦闘なんて出来ませんよ! 海戦も無理だけど……」
待て!
自分で言っておいてなんだけど、それって完全無能ってことじゃん……。
「大丈夫。
工藤先輩がめっちゃ強いのは知っている。
でも蜥蜴族やダークエルフも強いって、ミーシャとサリナが言ってた。
しかも厄介なことになってる。
ミーシャとサリナは先輩による根回しのおかげで、なんと親善大使として僕に付きそうことになってしまったんだ。
2人には陸戦隊司令部から特別手当が出る。
それとは別に、人族連合からも出張派遣料が支払われる。
つまり、完全に【軍属】として認められたわけだ。
とはいえ現状では、連合艦隊関連部隊への資金提供は、すべて人族連合が負担している。
いわば用心棒代のようなもの。
だから誰も困ることはない。
ミーシャは、故郷であるワンガルトから遠く離れるのを嫌がった。
だけどサリナが、『三島様との御縁を大切にしなければ』って説得したらしい。
サリナは工藤先輩を気に入っている。
どこを気に入ったのかは知らんけど。
だから離れたくなくて、ミーシャを巻きこんだようだ。
もともと根無し草の難民とはいえ、彼女たちのフットワークの軽さには驚かされる……。
まあ僕としても、リーンネリアにくわしい2人がいれば何かと便利。
彼女たちは公式な親善大使だから、行く先々で接待を担当するはず。
そういうことで、あまり考えずに承諾したんだけど……。
いまは……すこし後悔してる。
毎日のように顔も知らない士官から、あれこれ
それだけミーシャとサリナが人気者っていう証拠だけど……正直、迷惑。
「最後の手段って……それって自決用じゃないっすかー!」
「いや、べつに敵ば撃ってもよかぞ? 命中させらるる自信があるっちゅーならな」
「僕の射撃の腕、知ってるくせに……」
兵学校では射撃実技がある。
僕の場合、最終試験で拳銃が10点満点の2点。小銃が3点……。
落第しなかったのは、足りないぶんを学科で
「あのっさー。そりゃー
たしかに専用小隊の護衛付きだから、最低でも大隊長クラスの扱いだ。
問題は、僕の階級が以前とおなじ少尉のままってこと。
階級が上がってれば、まわりの見る目もすこしは変るんだけどな。
「どげんでん……俺たちゃ前に進むしかなかと! いつまでんグズグズしとっと、ミーシャに見捨てられっぞ!?」
エレノアのしずくで僕が告げた言葉……。
それを先輩も聞いている。
『機会があったら、君の家族を助ける』
ミーシャは、この言葉を信じている。
その『機会』が訪れるまでは、絶対に僕から離れない。
だから……。
いまさら酒の上での
「約束は守りますよー。あくまで、できる範囲でだけど」
「煮えきらん奴っちゃなー。まあ、昔からばってん」
「すみませんね、もとからの性格なもんで」
毎度ながらの軽口だが、先輩のは悪口じゃない。
めんどう見だけは異常なほどいいし、ウソもつかないからだ。
「ところで、だ。三島友輝、つかぬ事を聞くが……」
いきなり先輩が標準的な言葉遣いになった。
しかもフルネーム指定だ。
こんな時は決まって、マトモじゃない質問が飛んでくる。
「なんすか? 自分が童貞を卒業したかどうかなんて、聞かれても答えませんからね」
めいっぱい身構えてみる。
「いや、ちがう。じつは妙な噂を聞いたんだが、貴様なら知ってるかと思ってな。貴様の翻訳辞書……人族連合の記憶が元になってるんだろ?」
「ええ、その通りですよ。思念翻訳する時に相手の知識が辞書に追加されるから、会話をしてるだけで、辞書にリーンネリアの知識が蓄積されていくんです。それで……なにが知りたいんです?」
地球の知識なら、先輩のほうが知ってるはず。
となれば知りたいのはリーンネリアの知識……それくらいなら先読みできる。
「なあ、地球ってのは丸いだろ? 惑星だからあたり前だよな? それじゃリーンネリアはどうなんだ?」
「なんで、そんなこと思ったんです?」
「いや……今回の作戦について、陸戦隊司令部から事前の説明があってな。そのとき世界地図を見せられたんだよ。まあ、地球の地図みたいに精密じゃないけどな。それで、疑問が浮かんだんだ。
カルジニア大陸とセトラ大陸は、地図を東西に分けてるだろ? でもって今回、俺たちが行くのは、地図の北端の真ん中付近にあるレバント海峡だ。魔王国軍は、ガガントからレバント海峡を越えてレントンに攻め入っている。だから必然的にそうなる。
ところが、だ。もしリーンネリアが惑星だとすれば、魔王国でもっとも瘴気濃度の高いバルム亜大陸から西へ行けば、すぐレントンの東海岸に行き着きゃしねえか?
エレノア海を中心とした地図の錯覚で、バルムとレントンは左端と右端にある。だけど実際は、アルニア海をはさんで向かいあってるだろ?
となりゃ、わざわざ遠いレバント海峡なんか越えずに、直接アルニア海を越えてレントンに攻め入りゃいいじゃねーか!」
なるほど……。
工藤先輩、良いところに目を付けましたね。
と、言いたいところだけど……。
それこそ地図のマジックに
「先輩が見たのは軍用の簡略地図です。今回の作戦に必要な部分は
「はあ、省略だって?」
「はい。正確なリーンネリア全図では、バルム亜大陸と北セトラ大陸のあいだにあるアルニア海は、エレノア海の半分くらいある大洋なんですよ。
そしてアルニア海の東西を分断するように、【
大海嶺に所属する島は、海底から噴き出たマグマによって作られています。全島が活発な大火山です。日常的にあまりにも噴火が激しいので人は住めません。この自然の障壁が、いまも魔王国軍の西方侵攻を食い止めているんです」
「いや……それ、無理がありまくりだろ! いくら
「先輩、大事なことを忘れてますよ。リーンネリアの動力源は魔素です。そして魔素は大地の深い所……おそらくマントルあたりに大量に含まれてます。それを世界樹と聖樹が地表まで汲み上げてるんです。
でもって活火山は、世界樹より純度はかなり低いですが、量的には大量の魔素を噴出しています。
万能辞書によれば、大海嶺は【世界を作る場所】と言われています。その意味は、地中からマグマと魔素を噴出させて、いずれは大陸になる海洋底を作り続けていることに由来しています。
つまり……バルム亜大陸にある時空裂孔から噴出している瘴気は、大海嶺が噴出する魔素によって、常に中和されているんです。そのため魔王国軍は、大海嶺を越えてセトラ大陸に行くのが困難な状況にあるんです」
「でもよ。魔王国軍は瘴気結晶を持ってけば、魔素環境下でも行動できるんじゃね?」
「それは魔素の濃度が一定レベル以下の場合です。大海嶺の近くでは、猛烈な魔素濃度のため、たとえ人族であっても魔素酔いして倒れてしまう者もいるらしいですよ。そんな所に魔王国軍が行けば、瘴気結晶があっても
それに大海嶺の付近の海は、海底火山が吹き出す高濃度の魔素によって、
たとえばお馴染みのクラーケンですが、ふつうは全長80メートルほどです。でも大海嶺付近では、最大で480メートルにもなるわけです。そんな大和の1・5倍近い大きさのバケモノに襲われたら、連合艦隊の所属艦艇でも危ないですよ」
それなら空を飛んで行けばいい……。
そう思うのは当然だけど、空気中の魔素も
だから魔王国軍の飛竜は耐えられない。
だいいち、飛竜隊での陸上軍の大量移動は無理。
最大航続距離もぜんぜん足りない。
「そうなのか……同僚の陸戦隊少尉が、もしかしたらリーンネリアは平面世界かもしれないって言ってたんだが、俺もそうかなって思ったもんでな。そうか……魔素が原因なのか……」
「平面世界って……水平線が存在するのに、それはないでしょー?」
水平線や地平線は大地が丸くないと存在しない。
平面世界であれば、見通せるかぎり遠くまで見えるはずだ。
だから初歩的な科学知識でも、平面説はトンデモだって論破できる。
「だよなー」
僕だって辞書の知識がなければ、ここまで
そして現在の辞書は未完成だから、まだまだ知らないことも多い。
今回はたまたま辞書にある知識だったってこと。
2人してウンウン納得してたら……。
「あら、こんな所にいらしたの?」
サリナが士官食堂に現われた。
まるで艦内を漂うクラゲのような仕草で、ゆらゆらと近づいてくる。
途端に……。
軽食を口にしてた陸戦隊尉官たちの視線が集中する。
だって、ものすごーく色っぽいんだもん。
そんな熱い視線をものともせず、サリナはレントン絹製のふわりとした上着を揺らせて、先輩の横にすわった。
「工藤様。そろそろ中隊長様がお怒りになられる頃ですわよ。午前の報告、まだでしょう?」
「うおっ! 忘れてた!!」
先輩は護衛小隊の隊長だ。
だから上官には、定期的に状況を報告しなきゃならない。
ところが揚陸母艦【雲仙丸】の船内は、かなり広い。
8000トンもある大型商船を改装したもので、海軍の編成に入れられたのはミッドウェイ海戦後のことだ。
僕は特別な任務がないかぎり、船内を自由に移動するよう命じられてる。
エリア翻訳を介して、陸軍部隊や陸戦隊と人族連合軍の教導隊との会話を助け、作戦実施までに完璧な意志疎通を可能にするのが任務だからだ。
僕の行動は、行く先々で翻訳任務に直結している。
その行動を上官に報告し、翻訳任務に漏れが発生しないよう調整する。
それが工藤先輩の役目。
あわてて食堂を出ようとする先輩。
さりげなくサリナが声をかける。
「中隊長様は、三島様の専用室でお待ちです。わたくしめに、三島様といっしょに連れてくるよう命じられました。なのでおひとりで行かれたら、それこそ
専用室といっても、もと小倉庫だった部屋だ。
それを2部屋に区切り、半分をサリナとミーシャの部屋に、のこりを僕の部屋に仕立ててある。
それでも先輩たちみたいに、小隊全員が1部屋に押し込まれるより、ずっと待遇は良い。
「三島、行くぞ!」
首根っこを
そのまま引きずられそうになる。
「さ、サリナさん……たすけて!」
すかさず先輩の手に、サリナの手が
「だめですよ~。もっと
猫撫で声ならぬ狐撫で声だ。
とたんに先輩の顔がメロメロになる。
「はあ……早く作戦、終わらないかなあ」
もはや愚痴しか出なかった。
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