17、レバント海峡海戦2


 レバント海峡にはふたつの島がある。

 ブレナ島とカレナ島。

 その名は、現地の神話に出てくる禁断の愛に生きた兄妹からつけられた。


 島の周囲は1年の半分ほど海が凍りつく。

 これは流氷が海峡に溜まるからだ。

 流氷の元になるのは、シルキー山脈から流れ出るいくつもの川。


 シルキーの名は、兄妹の母となる地母神のものだ。

 そして兄妹は地母神と大神レバントの子。


 父神の怒りにふれた2人は地獄に落とされそうになった。

 それを悲しんだシルキーは、2人を永遠に凍りつかせた。

 なんとかレバントの怒りをしずめようとしたのだ。


 我が子を凍りつかせたシルキーを見て、レバントもようやく怒りをおさめた。

 そして大神の慈悲として、1年の半分だけ氷が溶けるようにした。


 ただし兄妹は海に隔てられ、永遠に寄り添うことを禁じられた……。


 悲しい物語のある海峡。

 魔王国軍は、この【半年凍結】という自然現象を利用できると考えたらしい。


 凍りついた海は陸地と同じ。

 ならば冬期には、氷の上に陸上輸送路を構築できる。

 極寒の地に住む陸棲大型魔獣【バモー】を使った大規模輸送だ。


 バモーは分厚い毛皮と脂肪を持っている。

 そのため極端に防御力が高い。


 なまじの戦力では補給路を断ち切れない。

 不安定な木造船による海上輸送とはまるで違う。


 ただし流氷が溶ける初夏から秋にかけては、どうしても海運に頼ることになる。

 北カルジニア大陸東岸にあるダカン港。

 そこから木造帆船を出して軍事物資を輸送している。


 どちらが輸送路を寸断しやすいかと問われれば、一択で夏季だ。


 陸路は破壊してもすぐ復旧できる。

 だが海路は、輸送船を沈め尽くしたら、ふたたび建造するまで閉ざされる。


 連合艦隊もここに着目した。


 しかも攻撃するのは連合艦隊の秘密兵器――潜水艦部隊。

 魔王国に潜水艦の概念がない以上、潜水艦の雷撃を防ぐ手段もないはず……。


 レバント海峡封鎖作戦。

 それは連合艦隊が勝利を確信して実施した作戦だった。



※※※



【新暦2445年8月7日AM9:10】※現地時間



「現在位置はブレナ島の南方13500メートル、水深30メートルであります!」


 ここは第2潜水戦隊の旗艦【伊号潜水艦65号】。

 その中枢とも言える潜望鏡のある区画――発令所。


 そこで醍醐忠重だいごただしげ少将は、伊65潜副長の中山権蔵なかやまごんぞう少佐から報告を受けた。

 

 醍醐はいま第2潜水戦隊司令官として任務にあたっている。


 第2潜水戦隊には、随伴する海上支援部隊がいる。

 潜水母艦【靖国丸】と護衛駆逐艦4隻、そして航空潜水艦伊10/伊17による海上補給隊がそれだ。


 彼らが定期的に燃料や糧食/魚雷などを補給してくれるからこそ、指揮下にある8隻の巡洋潜水艦は長期任務に耐えられる。


 ところで……。

 醍醐は本来、もっと上の第1潜水艦隊司令長官のはず。

 だが醍醐は今回の【北龍星作戦】に、どうしても直接参加したいと嘆願した。

 そこで便宜上べんぎじょう、ひとつ下の戦隊司令官を兼任するかたちで乗りこむことになったのだ。


 伊65は西暦1932年に竣工した海大5型潜水艦で、長距離航行が可能な巡洋潜水艦として設計されたものだ。


 全長は97・7メートル、最大幅は8・2メートル。

 排水量は水上1575トン/水中2330トン。


 デイーゼル機関2基2軸と蓄電地を使い、水上6000馬力/水中1800馬力を出力する(水上20・5ノット/水中8・2ノット)。

 航続距離は水上10ノットで18000キロだ。


 ただし、これは魔改造前の数値。

 改造後は、水上24・5ノット/水中14・5ノットと大幅に増強されている。


 とくに目立つのは水中速度で、これは操舵手や機関長に発現したスキル【抵抗軽減】によるものが大きい。


「聴音手。どうだ?」


 醍醐忠重は、海中の音を探査する部門の担当者に声をかけた。

 聴音部門は発令所に設置されているから、すぐ横にある。


 もちろん聴音中は声掛け厳禁。

 でも、いまはヘッドホンを外しているから大丈夫。


「いまのところ本艦の近くに敵船はいません。ただ、北西9時45分方向に、かすかにオール音がします。距離は6000メートルほどですので、攻撃担当は僚艦の伊67になります」


 まずは報告。

 そのあと、すこし間をおいて言葉をつけ足す。


「帆船はスクリュー音を出さないので、最初は戸惑とまどいました。でもリーン諸島で人族連合軍の軍船を使って演習できましたので、いまではオールで水をぐ音と、帆走時の波切り音で識別できます」


 潜水艦の戦いは、基本的には待ち受けての奇襲攻撃だ。


 第2潜水戦隊は戦闘海域に到着したのち。

 第3潜水隊と第4潜水隊のふたてに分かれた。

 それぞれ担当区域をきめて潜航待機するためだ。


「伊67に【誘導雷撃】のスキル持ちはいるか?」


 この質問には、戦隊参謀の湯島一成ゆしまかずなり少佐が答える。


「雷撃担当者と魚雷装填手そうてんしゅに2人います。聴音主任が【立体水中聴音】を持っていますが、残念ながら【立体画像化】は持っていません。

 ですので海中の敵に対処する場合、聴音主任の音声による指示で雷撃担当者が誘導することになります」


 醍醐のいる伊65は旗艦だけあって、聴音手も最優秀の者をそろえている。

 そのため【音響立体画像化】スキルを体得できたらしい。


 【音響立体画像化】と【思念伝達】スキルを合体させる。

 これにより、ダイレクトに画像イメージを雷撃担当者へ送ることができる。


 雷撃担当者は、脳内に描写される海中のリアルなスキャン映像を見ることになる。

 まるで目で見ているように魚雷を誘導できるのだ。


 だからこの2者の組みあわせだと、命中率が100パーセント近くになる。


 しかし音声による伝達だとイメージが伝わりにくい。

『もうちょい右、行きすぎ左ちょい……』といった感じだ。


 とどのつまり、雷撃担当は耳で聞いて誘導するしかない。

 こちらは今のところ、命中率は30パーセント程度……。

 まだまだ未完成の技術である。


「海上の敵艦なら従来型……潜望鏡を使っての攻撃で大丈夫だろう?」


「はい。その場合、誘導スキルを持つ雷撃手をひとり潜望鏡に張りつければ、ほぼ必中となります」


「そうか……伊67も、その方法で攻撃するのだろうな?」


「攻撃方法は、出撃前の戦技検討会で細かく決めてあります。したがって、各艦の判断で最適な【魔導戦技】が使用できます。御安心ください」


 湯島参謀は戦技検討会で司会を務めたほどの知恵者だ。

 それだけに自信満々で答えた。


 醍醐も潜水艦部隊の指揮についてはベテラン。

 しかし……召喚後は魔法能力のせいで戸惑うことが多くなった。


 これまで地球で得た戦訓の多くが使えない。

 こちらの世界では、魔法を使った戦いかたを1から学ばなければならないからだ。

 これは指揮官にとって大問題である。


 スキルや魔法をもちいた戦闘方法を、わざわざ【魔導戦技】という新語まで作って使い始めた。それもこれも、これから先、すべての戦いで魔法戦が必須になるからだ。


「許せ、事実上の初陣だからな。とはいえ……敵艦には我々に対する攻撃手段がない。となると警戒すべきは、敵艦を護衛している海棲かいせい使役魔獣ということになる。こっちは見つけ次第、即攻撃だ」


 すでに第2潜水戦隊は、6匹のクラーケン(巨大イカ)と4匹の海竜、2匹のオルケロン(巨大海亀)を雷撃で倒している。


 ただしこれは野生の魔獣で、魔王軍とは関係ない。

 悪いが演習の的になってもらった感がある。


 この討伐で面白いことが判明した。

 魔獣を討伐すると、《潜水艦に乗っている全員が【経験値】を得られる》。

 地上や海上、空中での戦いでは、直接関与した者だけなのに。


 むろん非戦闘員も自分の職務に応じて経験値を稼げる。

 しかし潜水艦員のように、全員が経験値を共同分配することはない。


 これは潜水艦員たちが『パーティー』として認識されているからだ。

 死なばもろともの潜水艦乗り。

 だから他とは違う扱いになっているらしい。


 リーンネリアの女神様も、なかなか粋なことをするものだ。


 ふたたびヘッドホンを装着した聴音手が、小さな声で報告する。


「伊67、魚雷1発を発射しました」


 20秒ほどの間が開いたあと。


 ――ズーン!


 腹に響く爆発音。

 それが分厚い2重船殻せんかくを貫き聞こえてきた。


「命中しました。敵艦の沈降音なし。木造船のため海面で爆散したと思われます」


 長魚雷が巻き起こす爆発水圧は、駆逐艦なら胴体をへし折られるほど強力だ。

 しかも威力増強系の魔法付与で、さらに強力になっている。

 たかだか500トン程度の木造船など、当たれば粉々になって当然……。


「引き続き索敵と海棲魔獣の警戒をおこなう」


 醍醐の役目は敵の補給路を寸断することだ。

 連合艦隊が到着するまでに、可能なかぎり敵の輸送船を屠るよう命じられている。


 戦闘期間は、第2機動部隊の航空攻撃隊が攻撃できるようになるまで。

 実際問題として、いまは第2潜水戦隊だけが敵輸送路を遮断しゃだんするゆいいつの手段だった。


 だが……。

 まだ醍醐は知らない。

 この世界にも、潜水艦の脅威となる存在があることを。


 それは音もなく近づきつつあった。


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