30、フレメン半島西方沖


【新暦2445年8月16日AM10:16】※現地時間



 フレメン半島の最北端にあるノーズゲン岬。

 この岬は、同時にクレニア大陸の最北端でもある。


 そこから西へ2キロほど行った海域に、いまベルガン海軍とワンガルト海軍の軍船400隻が集結している。


「よいか!? 貴様らの役目は、私が突入する最適な瞬間を準備することだ。したがって、その前に勝手な突撃や個別行動は許さん!」


 真っ赤でタイトなドレス。

 それは最も戦闘に不釣り合いな服装だ。


 夜会にでも行きそうな服装のギシャール・ブラナガン。

 彼女はいま、密集した魔王国軍艦隊の上空にいる。

 そして魔法で拡声した声を、眼下の艦隊に投げつけている。


 ギシャールは飛竜に乗っている。

 ただし並みの飛竜ではない。


 魔王国軍の飛竜の通常サイズは、全長10メートルほど。

 なのにギシャールが騎乗している飛竜は、どう見ても30メートル以上ある。


 この飛竜は、人工的に産み出されたものだ。

 魔王国産の真性種竜族とリーンネリア産の大型飛竜を魔導的に掛けあわせた、多元宇宙版ハイブリット種とでも言うべき代物である。


 もちろん虎の子の生物兵器。

 性能的には、リーンネリアに棲息する真性種の飛竜より、最強と伝えられている伝説の白竜種に近い。


 そう、この飛竜は特別なのだ。

 魔王国軍でも数少ない新世代魔竜である。


 今回、魔人であるギシャールが出撃することになった。

 そこで特別に、方面総司令官のグラド・ブラキアが貸し与えたのだ。


「前回の海戦で、獣人部隊の接舷突入とベルガン艦隊の遠隔魔法攻撃のいずれもが、敵艦の攻撃の前には役立たずだと判明した。

 よって今回の作戦では、まずワンガルト海軍の海狼族部隊と私が先行して、敵艦隊の中核艦に打撃を与える。敵の旗艦は私との戦闘で応戦に手一杯となり、艦隊への指揮ができなくなる。

 その瞬間をねらい、統制が乱れた敵艦隊に対し飛竜部隊が殴り込みをかける。敵艦隊が対空戦闘で手一杯になったら、ベルガン艦隊の遠隔魔法部隊の支援のもと、ワンガルト海軍の獣人部隊が

 その後は通常の海戦と同じだ。敵艦隊は個々のフネごとの単独戦闘を余儀なくされ、統率のとれた我々に個別撃破されるであろう。

 さあ、作戦は与えた! あとは勝つだけだ!! ただし……貴様らに次はないぞ。海戦の勝敗に関わらず、ベルガン艦隊とワンガルト艦隊は、フレメン半島の強化のためシャトラン港へ強行突入するからだ!!」


 ギシャールは背中のコウモリ翼を羽ばたかさせている。

 だがそれで飛べるほどの浮力を得ているようには見えない。


 おそらく重力魔法を常時使用する大前提での動作だ。

 これは騎乗用に据えられた場違いな豪華ソファーにも作用しているはず。


 安定性皆無のソファーにただ腰掛けるだけだと、たちまち転げ落ちてしまう。

 そうならないのは、ソファーに特別な重力が作用しているからだ。


 ギシャールの訓辞が終わった。

 にも関わらず、喚声ひとつ上がらない。


 ベルガン艦隊の将兵は、指揮官以外の全員が魔改造と洗脳を施されている。

 そのため何を言われたのかすら理解していないはずだ。


 ワンガルト海軍の一般兵は隷属獣人。

 そのため魔改造や洗脳はされていない。


 隷属の首輪こそ付けているものの頭は正常だ。

 だから自分たちが捨駒にされることを充分に理解している。


 訓辞を聞き終えた海狼族の兵士が、小声で隣りの兵につぶやいた。


「新装備の鉤爪かぎつめ、泳ぐのに邪魔なんだけどなあ」


 獣人兵の両手には、アダマンタイト鋼でコーティングされた大きなミスリル銀製の鉤爪が光っている。


 アダマンタイト鋼の硬度は鋼鉄の3倍。

 魔導錬金のやり方によってはダイヤモンドより固くなる。


 そしてミスリル銀は、魔力を注ぐことにより自由自在に魔法付加が可能だ。

 この二種類の金属を組みわせ【貫徹力増大】の魔法を付与する。

 これで頑強な鋼板に穴を穿うがつことができる。


 前回、彼らの自前の爪は、連合艦隊の舷側鋼板に通用しなかった。

 それを重大事案と考えたワンガルト海軍は、あわてて新型鉤爪を開発したのである。


「でも、これがないと敵艦の外板をよじ登れないぞ? 多少不便でも着けてくしかないだろ?」


「シャトランに家族を幽閉されてなきゃ、とっくに脱走してるんだけどなあ」


「しーっ! 隊長に聞こえたら、また重営倉だぞ。しかもメシ抜きだから泳ぐ力がなくなる。海戦中に溺れたくなかったら、黙って言うことを聞くしかないだろ」


「ソコの2人。ギシャール様のアリガたい御言葉をキチント聞カンか!」


 案の定。

 甲板にいるベルガン人の隊長が怒鳴り声を上げる。

 その声は、いかにも機械的に聞こえる。


 魔改造され洗脳された隊長は、壊れた拡声器みたいなものだ。

 いくつかの命令を、状況に合わせて怒鳴るしか能がない存在に成り果てている。


 だが瘴気結晶を埋めこまれた肉体は、筋肉量で8倍、単純な物理攻撃力で5倍にまで高められている。


 いかに屈強な海狼族でも、北方に棲息する金毛岩熊なみの隊長と1隊1で戦えば殴り殺されるのがオチだ。


 そうこうしているうちに、ギシャールの訓話が終わった。


「……では全部隊、出撃する!」


 号令とともに……。

 まずギシャールの巨大飛竜を先頭に、総数300匹の飛竜部隊が動きはじめる。


 つぎに風を読んだベルガン海軍部隊が、ほぼ北に舳先をむけて進み始めた。

 最後は風を無視するように、ワンガルト海軍のガレー船部隊が北東へ舵を取る。


 まさに風雲急を告げる!

 ここに至り、連合艦隊との激突は不可避となったのである。


                        【第2巻へ続く】



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