29、嵐の前の静けさ2


【新暦2445年8月14日AM7:40】※現地時間



 ルミナが不吉という、『らしからぬ発言』をした。

 それに気づいた黒島亀人専任参謀が、山本長官の背後から声をかける。


「ルミナ殿。人族連合海軍、もしくはそれ以前の各国海軍は、魔王国海軍の本格的な海上侵攻を受けたことがあるのですか?」


 黒島の質問を受け、ルミナがかすかに嬉しそうな表情を浮かべた。

 内心の葛藤に気づいてもらえた……。

 それが嬉しかったらしい。


「あります! ベルガン帝国がまだ健在だった頃、バルム亜大陸からバンドリアへ侵攻中だった魔王国陸軍に対し、ベルガン海軍の艦隊によるバルム亜大陸への反攻上陸作戦が行なわれました。

 これは敵の背後を突くと同時に、バルム亜大陸に開口した時空裂孔を直接攻撃できる場所を確保するためでした。

 しかし、アルニア海を進撃していたベルガン海軍アルニア艦隊は、バルムとバンドリアに囲まれた湾に出た途端、巨大な海棲魔獣の大群に襲われました。

 それらの魔獣は、リーンネリアに棲息する天然の魔獣の数倍はあったと聞き及んでおります。確認された最大のものは200メートルに達していたとか」


 200メートルと聞いた途端、黒島がひゅうと小さく息を吸い込んだ。

 彼も驚くことがある。

 それを皆に知らしめた瞬間だった。


「巨獣に体当たりされたアルニア艦隊は、その多くが鉄張り船だったにも関わらず、船の横腹を粉砕されて沈められたそうです。

 それまでベルガン海軍の鉄張り船は、リーンネリアで無敗を誇っていました。それだけに、ベルガン帝国の驚きと失落感は半端なかったそうです。

 それ以降も、アイワールとバイシャールが攻められたときも、数は少なかったらしいですが、巨大海棲魔獣が投入されたという報告があります。

 しかし、ベルガン帝国が陥落して以降は、魔改造されて傀儡かいらいとなったベルガン海軍が敵となったため、巨大魔獣は陸戦でしか報告がありません」


「現在の動向は不明なのか?」


 過去の知識も大切だが、いまは現在が最優先される。

 そこを履き違える山本ではない。


「現在の人族連合の索敵能力では、南エレノア海を調べるのが精一杯です。でもローンバルトに忍ばせた間諜から、不定期にですが報告が舞い込んでいます。

 それによれば魔王国軍は、いまも間違いなく巨大海棲魔獣で構成される部隊を保有しています。

 それが南エレノア海で見られないのは、先ほど申し上げたベルガン海軍で事足りているからでしょう。

 ローンバルトの間諜かんちょうは、巨大海棲魔獣を目撃したのはペカン島周辺のウインド海だといっています。

 おそらく魔王国軍はウインド海にいる海人族に海棲魔獣の世話をさせつつ、いつでも南エレノア海へ投入できるよう準備しているのでしょう」


「つまり魔王国軍は、現時点では南エレノア海に海棲魔獣部隊を展開させるメリットがないと判断し、いまもウインド海に温存しているというわけか?」


「はい。連合艦隊の皆様が勇者召喚されるまで、我が陣営ではリーン諸島の人族連合艦隊がゆいいつの海軍でした。

 御存知の通り、私どもの艦隊は脆弱ぜいじゃくきわまりなく、世界樹の大障壁の力を借りてリーン諸島を防衛するのが精一杯……。

 さすがに魔王国軍も、世界樹の大障壁を無効化することはできません。もし正攻法で攻めるとなれば、フレメン半島に超巨大な瘴気結晶を無数に設置し、まず世界樹の魔素を中和することからはじめなければなりません。

 そして事実、魔王国軍はそれに着手したとの複数の報告が舞い込んでいました。だからこそ私どもは、世界樹が力を失う前に皆様を勇者召喚したのです」


 この話は、これまで何度も聞かされてきた。

 しかし巨大海棲魔獣部隊と絡めての話は初めてだ。


 教えてくれなかった理由は、おそらく『聞かれなかったから』だろう。

 ここらへんの機微の無さは人族連合に共通する欠点だ。 


 もっとも地球人側も同じくらい、人族連合から無神経と思われている点があるかもしれない。


 それらが明らかにされていないのは、あまりにも召喚から出撃までの間隔が短すぎて、文化や文明のギャップを埋める時間がなかったからだ。


 山本は、なおもルミナを問い詰めた。

 話の内容が重大なため、とても看過できなかったのだ。


「しかし先ほどの話では、北エレノア海に巨大海棲魔獣は配備されていないと言ったはずだが?」


「それは先の海戦までの話です。あれから2ヵ月が経過していますので、もしウインド海に魔獣を秘匿ひとくしていたとすれば、余裕でフレメン半島まで移動させられます」


 ウインド海からフレメン半島までは、おおよそ4000キロ。

 生物である巨大海棲魔獣でも、2ヵ月あれば移動できる距離だ。

 言われて気づいた山本は、かすかに焦りの表情を浮かべた。


「ううむ……さすがに200メートルの巨大魔獣ともなると、100メートルから130メートルしかない駆逐艦は危ないな。軽巡でも160メートルくらいだから、体当たりされたら無事では済まん。

 となると200メートル前後で重量もある重巡、それ以上の空母と戦艦しか持ちこたえられないことになる。

 宇垣……これは大問題になりそうだから、急遽、GF参謀部のほうで対策を練ってくれないか?」


「承知しました。ただちに参謀部を大会議室に招聘しょうへいします」


 参謀長は、時間的に無理とかの反論もなしに受け入れた。

 言ったところで意味がないことは言わない。

 それを徹底しているのが宇垣纏という男なのだ。


「私ごとき者の進言を受け入れて頂き、誠にありがとうございます」


 ルミナがぺこりと御辞儀した。

 本来のハイエルフは御辞儀などしない。

 あくまでこれは、地球側の風習に合わせたものだ。


「いや……貴君の話を聞いて、ますます人族連合軍から派遣されている者たちの助力が必要だと思ったところだ。

 今回は前回と違い、。他の戦艦や重巡にもそれなりの数を乗せている。すべて敵艦隊の攻撃を阻止するためと、魔法やスキルにうとい我々を補佐してもらうためだ。

 これは予感のようなものだが……今回の戦いは、貴君を含めたリーンネリアの者たちが、勝利の鍵を握っているように思える。我々ではなく貴君たちが主人公になる気がする」


 1人1人の能力は、リーンネリアの人族より地球人のほうが高い。

 それが勇者召喚された者の特権だ。


 しかしリーンネリア人には、地球人にはない特徴がある。

 それは魔法やスキルを集団で行使する術に長けていることだ。


 魔王国軍も同様。

 だが幸いにも、凄まじい能力を持つ魔人族は群れることを嫌がる。


 自分の力を誇示したい。

 個人の武勇を誇りたい。

 そのため、あえて単独戦闘を行なう傾向があるのだ。


 これと正反対なのが、魔改造されたリーンネリア人たちである。

 思考能力が低下しているぶん、個人の能力も低下している。


 魔改造される前ほどには魔法やスキルを使えない。

 しかも魔人に使役されているせいで、集団で行動する傾向が強い。


 これらの事実を踏まえると、いろいろ見えてくる。

 人族連合軍の魔法やスキルのエキスパートたちは、個々の力が小さいため集団行動が不可欠となる。


 これに対し連合艦隊の地球人は、勇者として図抜けた個人能力を保有している。


 本来なら勇者は、少数精鋭で敵の大軍に射ち勝つのが王道だろう。


 だが連合艦隊は、魔道具として艦隊行動を強いられる。

 もし軍艦が一隻だけで殴り込みをかけたら、いかに勇者が乗艦していても潰される。


 となれば……。

 勇者の個人能力を最大限に生かしつつ、艦隊としては連携して戦うのがベストだ。

 さながらといったところか。


 さらには……。

 人族連合軍の集団としての力を勇者パワーの介助役として使えば、まさに鬼に金棒である。


 そのことを山本長官は、何度か行なわれた合同作戦会議でいち早く気づいていたのだった。


「通信室より艦内電話!」


 2人の会話は、唐突に通信参謀の声でさえぎられた。


「伝えよ」


 連絡事項は常に最優先。

 山本は話を中断すると大声で応答した。


「北龍星作戦艦隊から入電! 山エルフ部隊への装備供与を無事に達成。レバント海峡の封鎖にも成功した。よって数日以内に作戦を終了し、リーン諸島へ帰還の途につく予定。以上です!」


「成功したか……良かった。作戦の成就じょうじゅを心から祝う。そして無事な帰路を祈る。そう返電してくれ」


 本来なら南エレノア海での作戦は、北龍星作戦を達成してから実施する予定だった。

 しかし敵がフレメン半島に集結しはじめたため、留守部隊を使って出撃することになったのだ。


 だから山本は、心の底から安堵した。

 リーン諸島の守りが手薄になっていただけに、これは間違いなく朗報だ。

 後顧の憂いがなくなった山本は、安心して戦えるようになったのである。


 だが、まだ安心はできない。

 彼らがリーン諸島に戻ってきたわけではないからだ。

 6000キロを踏破しなければ、我が家には戻れない。


 現在の状況は、リーン諸島の防備を削って出撃している。

 だから彼らが戻ってくるまでは、あまり派手な行動はできない……。


「宇垣。まず敵艦隊をなんとかしよう。上陸作戦は敵艦隊を処理したあと、北龍星艦隊が近くまで戻ってきてからにしたほうが良さそうだ。

 面倒だが参謀部会議を開いて、作戦予定の組みなおしを行なってくれ。本来なら出撃後に作戦を変更するのは愚の骨頂なのだが、いまは用心するに越したことはないからな」


「承知しました。ただちに参謀部を召集します」


 あい変わらず宇垣は無駄口を叩かない。

 仏頂面だが、参謀長としての能力はピカいちである証拠だった。


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