43、魔王国の胎動
かつてバンドリアの首都だったアバロン。
岩と森の都と呼ばれていた、ダークエルフたちの聖地だ。
ダークエルフ族はハイエルフ族から派生した亜種。
進化における環境適応を具現した種族だ。
原因は、永らく高低差のある森林地帯に居住していたため。
同様の変化は、森エルフ/山エルフ/島エルフ(リーンエルフ)にも当てはまる。
首都アバロンも環境適応に貢献している。
深いマグナ峡谷の崖っぷちに作られているからだ。
マグナ峡谷の断崖とセレベス大森林。
そしてアバロンを守るようにして背後に立つクラニ山。
まさに天然の要害だ。
しかし1000年の昔。
空と陸と海の三方から魔王国軍に攻められ、あっけなく滅んでしまった……。
異界からやってきた魔王国軍は、根本的に文明の進化度が違う。
【魔帝星】と呼ばれる魔人族の故郷は、すでに惑星間文明の領域に達している。
なのになぜ、まだ惑星内文明のレベルにある連合艦隊に圧されたのか?
それは魔人族が【科学文明】について無知だったからだ。
彼らは【魔法文明】の担い手ゆえに、いまも異質な科学文明に対し戸惑っている。
不幸なことにリーンネリアは魔法文明の世界だった。
そのため、文明格差がそのまま勝敗に結びついたのだ。
異界の飛竜に魔導飛空船、陸棲装甲魔獣に突撃改造魔獣、魔導艦に海棲改造魔獣……。
これらに攻められたら、槍と盾、個人技としての魔法と物理攻撃だけで対抗するのは無理というものだ。
地球でいえば、戦国時代の日本に21世紀のアメリカ軍が攻めてきたに等しい。
人族連合が今日まで生き延びられたのは、最後の防衛線である【世界樹の大障壁】と、それを操る【世界樹の巫女団】が健在だったから。
つまり幸運と地の利による偶然の産物。
だがら開戦劈頭、準備不足だったバンドリアが勝てるわけがない……。
滅亡の危機にさらされたバンドリアは窮地の策に出た。
早々に白旗を上げ、隷属の身となる選択をしたのだ。
それから幾星霜……。
いまではバンドリアも、すっかり魔王国の本拠地に変貌している。
※※※
【新暦2445年12月18日PM9:00】※現地時間
アバロンで、もっともクラニ山に近い場所。
そこがアッシュブルグ城の敷地となっている。
アッシュブルグ城は、かつてバンドリア国王の居城だった。
しかし1000年にもおよぶ魔王国の支配によって、もはやかつての面影はない。
魔人族は異界の住人。
ゆえに、故郷である【帝星ゴルム(魔帝国の主星。魔帝星とも呼ばれる)】の生活様式を順守している。
つまりリーンネリアの文化や習俗とは、まったく違う価値観を持っているのだ。
その美的感覚は、過剰装飾の権化。
地球で言えばベルサイユ風のロココ調デザインを、さらに極端なまでグロくしたような感じだ。
金属質の過度な装飾にまみれた内宮の一室。
ここは第32代リーンネリア魔王――。
バーラム・リム・クラリア・ジスタルの私的な居室である。
「これで2度めだぞ?」
裸体に夜着を羽織っただけのジスタル。
帝星ゴルム産の火酒を注いだグラスを持ちながら、馬鹿でかいベッドの上で妖魔の女3人を
声をかけた相手はグラド・ブラキア。
いわずと知れた、リーンネリア侵攻軍(魔王国軍)クレニア方面軍総司令官だ。
ただし……。
今は緊張した面持ちで、ベッドから5メートルほど離れた場所に立たされている。
「……もう少しお待ちを」
シャトランでは威勢を振るっていたブラキアも、魔王ジスタルの前では借りてきた猫のようにおとなしい。
「ゴルムの魔帝軍総司令部からは、皇帝陛下の名を冠した命令書が届いている。しかも、今回で2度めだ。
これ以上リーンネリア攻略が遅延すれば、
そうなれば我だけでなく、四天王や八将軍もまとめて更迭される。貴様も、いまさら辺境の12番惑星に左遷させられたくはないだろう?」
魔王ジスタルは、名前に【リム・クラリア】とある。
これは魔帝星の由緒ある大貴族【リム】家の傍系――【クラリア家】の出身であることを意味している。
種族はリム家を象徴する【天魔族】。
天魔族は、初代魔皇帝の傍系子孫だ。
直系の帝室は【天帝族】だから、リム家は親戚筋にあたる。
その傍系のクラリア家は【空魔族】。
魔帝国においては血統が唯一の指標であり、その血統により姿形まで固定化されている。
なお……。
雑種が最底辺となるのは血統社会の常だ。
魔人族の場合、雑種は【魔人】とすら呼ばれない。
【亜魔】と蔑まれ、魔物や魔獣より少しマシな最低レベルの【人】扱いになる。
天魔族や空魔族の最大の特徴は、背に抱える大きな翼。
天魔族は二対、空魔族は一対の翼をもつ。
翼は魔力を込めることで現出されるため、通常は魔導的に格納されている。
そのため見た目は人間族に近い。
だが漏出する魔力ひとつ見ても、人間と間違う要素はない。
クラリア家は【白翼系】のため、通常は【白空魔族】と呼ばれている。
羽毛が純白に近ければ近いほど血が濃く高貴だと見なされる。
そのため同じ傍系の【黒空魔族】とは、遥か昔から不倶戴天の仇敵である。
「仰せの通りにございます。しかしこたびの戦いは、以前のものとはいささか異なっております。
その後に潜伏間諜を使って調べましたところ、どうやら人族連合は世界樹の魔素を使って大規模異次元召喚術を行使したとのこと。
召喚は軍団規模で、数十隻の未知なる高度文明戦闘艦と、総勢10万前後の、強大な物理破壊能力をもつ軍となっております。
そして……規模もそうですが、相手が未知の文明を駆使してきたため、ベルガン海軍では太刀打ちできませんでした。
そこでクレニア大陸の獣人部隊を用いてシャトランを防衛しようとしたのですが、ベルガン陸軍の指揮官が敵前逃亡したため、なし崩しに陥落してしまいました。
やはり現地人をもちいた隷属軍では、たいした戦力にはなりません。そこで魔王国軍総司令部へ正規軍の直接支援を申し込んだ次第にございます」
これまで連合艦隊が戦った相手は、リーンネリア人で構成される現地の隷属部隊だ。
極少数の魔人族指揮官もいたが、基本的には植民地の隷属軍である。
ブラキアは、このままでは勝てないと考え、ジスタルに魔人族や亜魔で構成される正規軍を出してくれるよう嘆願したのだった。
「正規軍? 貴様も八将軍の1人なのだから、相応の直轄部隊がいるではないか」
魔王軍の精鋭――四天王と八将軍は、正規軍部隊とは別に、独立した直轄部隊を有している。いずれも魔人族のみで構成されるエリート部隊だ。
これは四天王や八将軍が出陣する場合、親衛隊として直轄部隊が動き、その下に正規軍をつける構造になっているからだ。
親衛隊を出さずに正規軍の出動を嘆願するのは道理が通らぬ。
ジスタルはそう諭したのである。
「私の直轄部隊は現在、ローンバルトとワンガルトで現地軍の管理監督のため奔走しております。
なので直轄部隊をグルンベ要塞奪還作戦に投入すると、後方で現地軍が野放しとなり、最悪……謀反を起こしてしまいます」
「いまだに現地人部隊を完全調教できていないとは情けない。ならば尚のこと、我に直訴するのはお門違いではないか? まずは貴様の上官である、四天王のひとつ……妖族総括のリューグスに上申すべきだろう?」
リューグスの名を聞いた途端、ブラキアの表情が曇った。
リューグスは妖族(妖人族とも呼ばれている)の中でも由緒ある家系のバンパイア族だ。
しかも始祖バンパイア直系の子孫。
ブラキアもバンパイア族だが傍系のため、事あるごとに格下に見られる。
それは幼少の頃から始まっているので、完全にトラウマと化している。
ブラキアとしては、死んでもリューグス家にだけは頭を下げたくない。
ただでさえ絶対的な上下関係で縛られていて、常に命令される立場なのだ。
徹底して命令に従わせる。
その代償として、責任はリューグス家が取らねばならない。
しかし……。
今回はブラキアから助力を嘆願した。
だから敗北すれば、間違いなくブラキアが責任を取らされる。
魔帝国において最も重い処罰は、自分の家系を根こそぎ刈られることだ。
一族郎党を根耕しにされたら、家系そのものが絶える。
リューグス家は残忍でありミスを許さない。
ブラキアにとっては、まさに鬼門と言うべき相手だった。
「今回の敵に対しては、支援系魔法に優れる妖族は不向きです。願わくば、強力な物理/魔法攻撃を得意とする【
「ふむ。となると鬼族総括のゴラン配下か、もしくは蟲族総括のネーネンになるが……しかし、相手は海軍だろう?
海軍であれば、応用の利く【
しかも魔法・物理ともに、付与系の力を得意とするためバランスが取れている。配下となる魔人部隊や魔獣部隊に対する采配も優れている。
たしか……直轄部隊のひとつに優秀な海軍部隊を持っていたはずだが。あの部隊なら、敵艦隊がある程度の強さを持っていても撃破できるのではないか?」
「ジスタル様がそうお考えでしたら、もとより私に異論はございません」
ブラキアは、『しめた!』と思った。
ジスタルのほうから指名してきたのだ。
これならば、負けても責任を問われる可能性は低い。
しかもリューグスとは無関係の角族配下。
願ったり叶ったりだ。
「そうか。ならば角族総括のレンネルに命じて、手持ちの海軍部隊を貴様の配下として出撃させるよう、勅命を出してやろう。
ただし我が命じる以上、敗北は許さん。今度負けたら貴様は八将軍から降格だ。そうだな……ワンガルトかローンバルトの総督として、現地軍と一緒に戦ってもらうことにしよう」
「………」
喜んだ途端、奈落に突き落とされた。
植民地の総督に降格されたら、軍団司令官なみの権限しか使えない。
しかも総督は、基本的には文官だ。
となると方面軍総司令官には、別の妖族が派遣される可能性が高い。
下手をすると自分の後任が下剋上してくる。
そうなれば、もはや軍人としては終わり……。
負けるわけには行かなくなった。
初めてブラキアの顔に、焦りの表情が浮かびあがった。
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