第61話 接敵!

【5月5日午後11時30分】※現地時間



 ほぼ同時刻、連合艦隊。


「敵3個部隊。三方に分かれて、なおも接近中です」


 夜間灯火管制を示す、赤く乏しい明かりの下。


 大和艦橋にいる山本五十六司令長官のもとに。

 通信参謀が、電探室からの最新情報を持ってきた。


 この世界の海軍には、電波を用いた機器が存在しない。

 なまじ魔法が存在するため、大概のことは魔法で解決してしまうからだ。


 なので結果的にリーンネリア世界は、恐ろしいほど『科学』が発展していない。


 そのおかげといっては何だが。

 連合艦隊は、この世界で万能とも言える通信技術とレーダー索敵技術を独占できている。


 むろんも、新たな魔法術式を開発すれば可能かもしれない。


 しかし、それを実際に行なうには、


 これを達成する最短の方法は、連合艦隊から電波に関する情報を盗むことだ。


 なので連合艦隊も、電波技術の漏洩には細心の注意を払っている。

 だが、こと電波を発信することに関しては、まったく制限せずに行なっている。


 なぜなら、敵艦隊には電波を受信する手段がないからだ。


「先行している敵艦隊は、夕刻の航空索敵から、まったく進路を変えずに向かって来ているというのか?」


 いかに異世界の海軍とはいえ、あまりにも馬鹿正直な進撃に思える。

 ここまで露骨だと、山本も『罠か?』と勘繰ってしまうほどだ。


「敵は電波を受信する技術を持っていません。なので自分たちが感知されているかどうかは、もっぱら広域魔法探査術(魔力を感知するレーダーのようなもの)に頼っていると思われます。

 しかし我々は、使。ルード島との交信も、すべて長距離短波電信で行なっています。現在使用しているのは、わずかな魔力を使っての短距離念話のみです。

 短距離念話の探知可能半径は5キロほどですので、現状では敵艦隊に察知されることはありません。

 この『魔法封止』方針に対し、人族連合海軍からは、電信は聞き取りが難解だからと不満が上がっています。ですが、彼らの主張を受け入れて長距離念話通信を用いれば、たちまち敵に察知されてしまうでしょう」


 広域魔法探査術を用いると、遠方でも使

 ここで重要なのは、『魔力を有する者』ではないことだ。


 いや、魔法の設定で『魔力を有する者』を指定することもできる。


 だが、そうすると、非常に困った状況が発生する。

 海中に棲息している魔獣や魔魚/魔力を持つ他の生物、空中を飛ぶ魔獣や魔鳥、天然の魔素噴出点である海底火山や海底温泉、海底に沈んだ魔石や魔結晶など、魔力を持つすべてのものを検知してしまうのだ。


 結果的に、軍事的な目的での使用が無意味になってしまう。


 そのため、あえてリアルタイムで、『魔法を行使している者』のみを検知する設定になっているのである。


 当然連合艦隊も、現在は『無線封止』ならぬ『魔法封止中』だ(短距離・艦内限定を除く)。


「人族連合からの苦情は承知している。だが、ダメなものはダメだ。それにしても、さすがに水平線よりこちら側へ出る時くらいは、敵艦隊も進路を変更して、我々に目くらましを食らわせると思ったのだが……」


 山本は、やや強引に話を戻した。

 いまは無駄な話に時間を費やす余裕はないからだ。


 現在接近中の敵3個部隊は、リーンネリアの基準で言うと大規模艦隊が1個、中規模高速艦隊が1個、手漕ぎ小型船のみで構成される小規模艦隊が1個となっている。


 このうち小規模艦隊がもっとも突出していて、すでに連合艦隊の前衛を担当している第1水雷戦隊16隻から、おおよそ12キロ地点まで接近している。


 彼我の距離12キロは、連合艦隊からすれば至近距離に近い。

 むろん砲撃射程内であり、やろうと思えば駆逐艦の主砲でも届く距離だ。


 だが山本は、まだ射撃開始の命令を下していない。


 この時点で砲撃を開始すると、北方向に迂回中の敵中規模高速艦隊(距離30キロ)と、南方向から転進の機会を伺っているらしい敵大規模艦隊(距離25キロ)に付け入る隙を与えかねないからだ。


 脅威度からすれば、当然、南の大規模艦隊が最大となる。

 なので山本は、まず砲門を開くなら大規模艦隊相手と考えていた。


 だが……。


 10分ほど経過した頃。

 ふたたび電探室から連絡が入った。


 今度は艦橋電話所で電話番をしている艦橋付士官が、大声で伝えてきた。


「電探室より至急! 南23キロに位置している敵大規模艦隊、完全に停止しました。同時に西正面の小規模艦隊が、東西に長く延びる陣形になりながら、やや増速中です。北の中規模艦隊は速度変わらずで、そのまま突入しているそうです!」


 連合艦隊の電探はドップラー方式となっている。

 そのため、本来なら敵艦隊の展開陣形までは判らない(ドップラー方式は、敵艦の位置を波形で表示する)。


 しかし『波形』で表示されている電探表示を、電探操作員のスキル『精密電探波解析』で読解することにより、操作員の脳内に、擬似的な二次元平面映像として再現できるようになったのだ。


 これはレーダースコープ上に点となって表示される、『次世代レーダー』に相当する進歩と言えるだろう(ただし時空転移前の地球世界では、すでに米軍は実用化していた)。


「宇垣、どう思う?」


 山本は、隣にいる宇垣纏参謀長に意見を求めた。


、正面の小規模艦隊が我が方の前衛駆逐戦隊の位置へ到達する直前、北の中規模艦隊のほうが先に、零距離まで突入してきます。

 この戦法から見て、おそらく北の中規模艦隊は、例の海棲魔獣を動力源かつ攻撃方法とする『突撃艦』部隊だと思います」


「正面の小規模艦隊は?」


「おそらく小型船による接舷戦闘目的の艦隊かと。このまま進めば、連合艦隊の主力艦にたどり着く前に、駆逐艦隊によって殲滅されてしまいますので、それを阻止するため中規模艦隊が、ほぼ同時になるよう突入しているのではないでしょうか?」


 宇垣のいう通り、人力航行と獣人族の接舷突入しか戦闘手段がない接舷突入隊は、接舷する前に攻撃されると脆い。


 そこで北にいる遊撃特攻群が、接舷突入隊から連合艦隊の目をそらす意味もあって、やや無謀に思える突入を実施したのだろう。


「うむ、儂の見立てもそうなっているが……しかし、本当にそれだけだろうか?」


 敵がこの戦法を使うのは、これで2度めだ。


 1度めの海戦でボロ負けしたのに、同じ戦法を使ってくるだろうか?


 ここが異世界とはいえ、海を制する海軍ならば、ある程度は戦訓なりを得て戦術を変更するはずではないだろうか……。


 山本の理性はそう考えたが、現実がすべてを否定している。


「南にいる大規模艦隊は、間違いなく主力艦隊です。敵海軍の主力艦は大型帆走巡洋艦として知られていますが、すでに大型帆走巡洋艦では連合艦隊に勝てないことも判明しています。

 我々に痛手を負わせたのは、飛竜部隊と魔獣突撃艦のみ。これを考慮に入れますと、南にいる敵主力艦隊は、既存の大型帆走巡洋艦を主力とする部隊であるものの、間違いなく突撃艦も所属しているはずです。

 そして……まず北の突撃艦と正面の接舷上陸部隊の攻撃を見た上で、隙をついて接近突入するつもりなのでしょう」


 宇垣の返答は理路整然としている。

 だが、あくまで既知の情報をもとに組み立てたものでしかない。


 もし山本と宇垣が、と知ったら、ただちに南の艦隊に集中砲撃を開始していただろう。


 だが……。

 夕刻までの航空索敵は、まず『飛竜母艦』を潰すことに専念していた。


 そのせいで接近中の3個艦隊については、おおまかな位置を遠目に確認するだけで索敵を終わらせていた。


 これは敵艦隊に接近しすぎて、もし1匹でも魔竜やワイバーンが敵艦隊に残っていたら、水偵など瞬く間に撃墜されてしまうことが判っているからだ。


 この世界で、まだ再生産できない水偵を失うわけにはいかない。


 むろん機体を分解して、魔法でデッドコピーすることは可能だ。

 現在も欠員となった機に関しては、この方法で補充している。


 ただしデッドコピーだと性能向上が望めない。

 そのため同じ機体を常用していると、いずれ敵に対策されジリ貧になると考えられている。


 ましてや……。

 人間である連合艦隊の乗員は、コピーすらできない。


 つまり搭乗員を失えば純損失となり、いくら艦や航空機をコピーしても操る者が足りなくなる。


 そこで連合艦隊は、大車輪で人族連合軍から艦隊要員を募り、ルード島で猛訓練させている(募集しているのは予備飛行兵だけでなく、予備艦隊乗員のすべて)。


 だが彼らは、一時的に慣熟訓練のため連合艦隊に配属されるものの、そのうち人族連合海軍の艦隊が充実してくれば、のきなみ先方へ移動することになっている。


 連合艦隊は、早ければ10年後には地球へ戻ることになっている。

 だから連合艦隊が去った後は、この世界の住民が、自分たちの手で守らなければならなくなる。


 連合艦隊は、あくまで仮宿の艦隊なのだ。

 リーンネリアの未来を末永く守っていくのは、この地で生まれた者たちの宿命なのである。


 なので、連合艦隊の戦争方針も、それに沿ったものとなる。


 コピー資源は、消耗が激しい艦体そのものや武器・弾薬・その他の部品などに割り振り、航空機に関しては、近い将来、グンタ国がガソリン機関を製造できるようになるのを待ってから、グンタ国と人族連合/連合艦隊の共同で新規開発する予定になっている。


 それゆえの慎重策なのだから、ここは連合艦隊を責めるべきではないだろう。


「北の敵中規模艦隊、第1水雷戦隊と接触します!」


 電話番が叫ぶと、ほぼ同時に。

 別の電話が鳴った。


「通信室より連絡! 第1水雷戦隊、敵艦隊の急襲に対し、全力で対応中! ! 多数が、各駆逐艦へ体当たりを実施中!

 現在、駆逐艦『いかづち』が、喫水下に多数の突撃を受け、大規模浸水により。駆逐艦『子の日』にも多数命中、大破の報告あり!」


「なんだと……?」


 思わず山本の口から驚きの声が漏れる。


 駆逐艦が沈められたのは、これで2隻めだ。

 1隻めはワイバーンの火炎弾多数を食らって、大破炎上ののち沈没した。


 だが今回は、轟沈に近い短時間での撃沈である。


 しかも攻撃してきたのは、未確認のとある。

 ということは、艦と一体化した海棲魔獣ではなく、魔獣多数が単体で突撃してきたことになる。


 まさに魔王国海軍の隠し玉。


 敵は前回の海戦で、戦力のすべてを出しきったと勘違いしていた。

 これは完全に連合艦隊の油断である。


 それが思わぬ被害につながってしまった。

 このような深刻な被害は初めてだった。


「続いて通信あり。敵中規模艦隊の突入により第1水雷戦隊が混乱している中、オール多数を有する古代ガレー船のような艦が、駆逐戦隊をすり抜けつつ、我々のほうへ接近中だそうです!」


 敵の接舷突入隊の目標は、立ちふさがった駆逐戦隊ではなかった。

 前回と同様、最大目標である戦艦群に、脇目も降らずに突入してきたのだ。


 駆逐戦隊と大和のいる主力部隊のあいだは、わずか8キロしかない。

 いかに手漕ぎのガレー船といえども、最大時速は、短距離なら15キロから20キロは出せる。


 となると、接触までの時間は30分以内……。


 むろんこれは、主力の戦艦群が停止している場合の想定だ。

 したがって戦艦群が前進している現在、接触までの時間はもっと短くなる。


「宇垣、正面の敵小規模艦隊を接近させるな。夜間ゆえに視認距離での戦闘にならざるを得ないが、探照灯の使用を許可する。ともかく、見えたら潰せ!」


 夜間に戦艦群だけ速度を変えると、瞬く間に衝突の危険が増大する。

 となれば接近させない方法は、攻撃による排除しかない。


「はっ!」


 時間がないことを悟った宇垣参謀長。

 返答のみで動きはじめる。


 どうやら電話所を通じて、発光信号所を使って連絡を行なうようだ。


 それを見守る山本五十六。

 その態勢で10分が過ぎた。


「至急! 主力直衛駆逐艦に、敵と思われる水中推進体が続々と命中しはじめました! 甲板員が確認したところ、命中したのはだそうです!!」


 みたび……。

 電話所の連絡士官が、悲痛な声を上げた。


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