第65話 リメルと山本五十六



「衝角突入する。全員、拘束ロープに身をゆだねよ!」


 衝突するとなれば、艦に衝撃が加わるのはどちらも同じ。


 とくに突入する敵艦のサイズが自分の艦の10倍以上も大きい場合。

 ただぶつかるだけでも、乗員に深刻な被害が出る。


 そこでアルビン・リメルは。

 敵の超大型鋼鉄艦を目前にして、全乗員に対し念話による命令を発したのだ。


 こちらはエグリア艦隊で最大かつ旗艦となっている、ミセル級突撃艦ユニバル。


 艦体の製造は旧ベルガン帝国の造船所。

 だがミセル級だけは、アルニア海にあるアイワールの港スヴェンで改装増強が施されている。


 最大の改良点は、地球のシロナガスクジラをゆうに越えるサイズを誇る超大型海棲魔獣ミセルの突進力で艦が破損しないよう、木造構造の間に鋼鉄製の梁を張り巡らせたことだ。


 そして外板と甲板にも厚さを倍にした鋼鉄板を二重に張り巡らし、敵の魔法攻撃や衝角攻撃に耐えられるよう備えている。


 海棲魔獣ミセルの全長は50メートル強。

 これに艦体長を加えると、ミセル級の全長は、おおよそ100メートルとなる。


 全長100メートルといえば、松改型駆逐艦(魔改造タイプ)と同じだ。


 ただし松改型は駆逐艦のため細長い。

 そのため実際に見ると、ミセル級のほうが大きく感じられる。


 それでも、大和の263メートルにくらべれば半分以下だ。

 排水量で比較すると、クジラとシャチくらいの差があるはず。


 しかしミセルの衝角は20メートル以上あり、根元の太さも5メートルほどある。


 そんなものが装甲のない大和の艦首部に突き刺さったら、いくら大和が大きくてもタダでは済まないはずだ。


 そして……。


 ――ドガガガッ!!!


 ロープで身体を拘束用の柱に括りつけたリメルは、これでもかとロープが食い込む感触を味わった。


 もとより剛健とは言いがたいリメルだけに、思わず苦痛の表情を浮かべる。


「大丈夫ですか?」


 すかさずルシカ・エクテル参謀が声をかける。


 それだけでなく、自分のロープを解いて助けようとした。


「ルシカ、まだ拘束解除命令は出してないぞ?」


「しかし……」


「命令には従え」


「……はい」


 ルシカは自分の身を案じて、思わずロープを解いて駆けよろうとした。


 そのことは承知している。


 だがリメルの命令は、ただでさえ軽視されている。

 それを女房役のルシカまで無視して行動すれば、それこそ規律を破壊しかねない。


 だからリメルは、あえて叱責したのである。


 ――ズガガガッ!


 前方から嫌な感じの轟音が響いてきた。


 すぐに報告がはいる。


『右ミセルの衝角、敵艦の海面下にある艦首部分に命中。根元まで食い込んで折れた模様! 現在本艦は左方へずれつつ、敵艦と交差中!!』


 ミセルから見ると、大和の甲板は見上げるような高さとなる。


 その状態で、衝撃的に巨大な鋼鉄製の巨艦が、ミセルの右舷側を擦りながらすれ違っていく。


 ところで……。

 いまの報告では、『海面下にある艦首部分』とあった。


 これは魔王海軍側に知識がないためそう告げたのだが、実際は大和の大きな特徴のひとつとなっている『艦首部バルバスバウ』に命中し、ほとんど全損のダメージを与えたものだった。


 ちなみに『バルバスバウ』とは、大和の艦首海面下にある特徴的な球状突出部のことで、これによる整流効果により速力増大が可能となっている。


 とは言っても、採用されたのは大和が最初ではない。

 帝国海軍で最初なのは翔鶴型空母である。


「すごいな。だが、だから、いまさら驚くほどのものでもない」


 冷静なリメルの声。


 もともとリーンネリアの住民である隷属艦隊の乗員であれば。

 たしかに大和は、見たこともない巨艦に感じられるだろう。


 しかしリメルとルシカは、魔帝国連邦に所属する植民惑星出身だ。

 当然、生まれ故郷にやってくる魔帝星からの航宙艦や連絡船も見慣れている。


 それらのどれもが、大和と同じくらいのサイズか、もしくはずっと大きい。


 しかも空を飛ぶ船だ。

 だから驚くには値しないのも当然である。


 それと同時にリメルたちは、自分たちに与えられた貧弱すぎる装備から、いかに自分たちが時空を隔てた『最辺境地帯の侵攻軍』でしかないことを実感する。


 魔帝国から見ればリーンネリアなど、無数にある侵攻選択地域のひとつでしかない。


 下手をすると魔皇帝は、自分の勢力がリーンネリアを侵攻していること自体、まったく知らないかもしれない。


 所詮はそれくらいの価値しかない、どうでも良い戦場なのだ。


 しかしリメルは、その無価値に等しい地域で勝ち抜かねば、魔帝国連邦へ戻ることが叶わない。


 戻れなければ、さらに上を目指す道を見いだせない。


 まず生き残る。

 その上で勝ち残る。


 それ以外の選択肢はなかった。


 リメルの声に重なるように、またしても報告の念話が届く。


『アング・メル獣兵隊長直率の接舷突入隊。第1接舷突入隊所属のムシル級戦闘船25隻が、我々と巨艦を挟んだ反対側に到達。ただちに接舷用魔導鋼鉄槍を投射し、敵艦へ乗艦突入の準備に入りました!』


「うん、最良のタイミングだ。アング・メルには良くやったと伝えよ」


 リメルとメルとは立場が違う。


 かたや魔族で艦隊司令長官なのに対し、メルは隷属獣人部隊の隊長にすぎない。

 リメルでなければ、褒美の言葉すら送らないはずだ。


 リメルの命令を受けたルシカが、念話通信兵に『長官のお言葉』を伝えるよう伝達している。


 その最中に、リメルの脳裏に念話が届いた。


『ふむ。。儂は人族連合海軍に助力している連合艦隊の司令長官、山本五十六である。貴官の勇猛果敢な艦隊運用には感心した。充分に称賛に値する。できれば名を教えて欲しい』


 なんとそれは、山本五十六自身による念話だった。


 大和艦橋から特殊スキル『指揮伝達』を応用した、『特定相手への強制念話伝達』を用いて送ってきたらしい、


 魔王国とリーンネリアの言語は違う。


 しかし念話は言葉にする前の脳内思索をそのまま伝えるため、いわば言語変換する前の言葉として伝わる。


 そのため、非常に細かい表現(たとえば日本独特の表現など)を除くと、ほとんど直訳したような伝わりかたをする。


 そしてリメルも山本も念話通信に長けている。

 だから、たとえ直訳であっても、脳内で意訳へ変換するすべを身に着けている。


 そのため、双方の意志伝達はほとんど支障なかった。


『私の名はアルビン・リメル。魔王国海軍の正規部隊である角族艦隊に所属する、エグリア突撃艦隊司令長官だ。貴官こそ、我が艦隊の用意周到なる作戦をことごとく撃破し、なおも戦力を維持している快挙、正直に申して感服している。

 そしてが、我が艦隊は接舷突入隊を残し、これより戦列を離れる。もとより接舷突入隊は自滅覚悟での乗艦戦闘を行なう部隊ゆえに、接舷した以上、もはや私でも止めることができないのだ。

 さらにいえば、ため、私に彼らを止める権限はない。私に可能なのは、もはや攻撃手段のない突撃艦隊とカジート遊撃特攻群を、可能な限り被害を押さえつつ逃がすことだけなのだ。

 むろん貴官に追撃の意志があれば、我々の命運もここまでと、決死の覚悟で抗おう。だが私個人としては、せっかく称賛した相手なのだから、ここはいったん別れて、またの機会に、万全の対策をこうじた上で相対したい。

 優勢にある貴官にあっては、噴飯ものの要請に違いなかろうが、これが今の私の本心だ。海軍軍人であれば、全力で戦える相手にまみえた喜びと、次回の万全なる戦いを想定しての、心底から屈辱的な要請であることを理解してほしい。

 では、我々は去る。追撃するも見逃すも貴官次第だ。ただし、一言だけ申したい。まもなく夜が明ける。そうなれば、陸上に逃れた魔竜飛行隊が支援にやってくる可能性がある。残念ながら魔竜飛行隊の指揮権は奪われてしまったので、確実とは言えないが……。

 その場合、貴官が戦うつもりであれば、魔竜と我々との双方を相手にすることになる。それだけでなく、陸上に対し支援上陸作戦を展開するリーンネリア派遣艦隊および揚陸艦隊も、誰妨げることなく作戦を成功させるだろう。

 そうなれば、貴艦隊の本来の目的であると私が勝手に想定している、ワンガルト支援攻撃ができなくなる。まあこれは、私の勝手な想像にすぎないが……では、また会える日を。貴艦隊に敬意を込めて』


 一気に念話を送りきったリメル。

 今度はみずからロープを解きはじめた。


「全乗員、拘束解除。敵艦と交差終了後、ただちに警戒態勢に戻れ。敵艦隊が攻撃してきた場合のみ応戦を許す。以上、リメル。ルシカ、接舷突入隊以外の全艦に、選択念話通信として送れ」


 リメルの命令に、ルシカが答える。

 すぐに念話を送信しはじめた。


「敵艦との交差終了します!」


 右舷を監視していた甲板員が、肉声で叫ぶ。


 すかさず右舷側に、魔導兵部隊が並びはじめる。


 もし敵艦がリメルの要請を無視して攻撃してくるなら、こちらも魔法攻撃で応戦するためだ。


「さて……ヤマモトという指揮官、どう出るかな?」


 窮地にあっても、リメルは戦いを楽しんでいる。


 これまで自分の力をぶつけるに足る相手など、魔王国軍はむろんのこと、魔帝国連邦陸海宙軍においても、数えるほどしかいなかった。


 むろんこれは、リメルの判断でしかない。


 角無しの指揮官など最初から評価されない。

 だから、もし本音を口にすれば、それこそ寄ってたかって袋叩きにされる。


 そこには鼻から実力を評価しようという気がない。

 だからリメルはこれまで、一度たりとも口を滑らしたことがない。


 そう……。

 ルシカの前を除いては。


 そのルシカは、先ほどの山本五十六への念話を知らない。


 だが、じっとリメルを見つめる目は。


『長官がまた、何かをしでかした』と物語っていた。


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