33、シャトラン東方沖海戦3


【新暦2445年8月18日AM8:10】※現地時間


「巨大飛竜、単騎突出!」


 今度の報告はレーダー室からではなく、檣楼上部にある対空監視所からだ。


 あたかも飛竜軍団を引率するかのように、巨大飛竜が先頭に立っている。

 そこへめがけて、零戦直掩隊が束になって襲いかかった。


 唐突に巨大飛竜が空中で静止する。

 羽ばたいてはいるが、それだけで静止できるとは思えない。

 明らかに重力制御が行なわれている。


 零戦隊の2個編隊10機が、5機ずつ左右に分かれて襲いかかる。

 合計20門の20ミリ魔導機関砲が火を吹いた!


 ――ババババッ!


 巨大飛竜の前方に、円形の大きなバリアが形成された。

 それは機銃弾が当たった時だけ視認できた。


 バリアを張ったのは、巨大飛竜に騎乗している場違いな服装の女だ。


 すべての20ミリ魔導炸裂弾が、魔法によるバリア表面で炸裂する。

 貫通した弾丸はない。

 魔法付与により35ミリ機関砲なみの威力になっているにも関わらずだ。


 と、その時……。

 静止した巨竜の口が開き、そこが灼熱しはじめた。


「いかん! ブレスじゃ! すぐを退避させるのじゃ!!」


 大和艦橋で戦闘を見守っていたメーレンが切羽詰まった声をあげる。


『攻撃中の直掩機編隊に告ぐ。ただちに退避……』


 ――ゴオオオオオオオーーッ!!


「むう……速いの! この世界の真竜種の半分の時間で射ったぞ!!」


 山本が念話を伝え終えるより早く、ブレスが発射された。

 ブレスの予備動作にかかった時間は、わずか5秒。

 これでは逃れられない。


 たちまち6機の零戦が、巻き散らされるブレスの餌食になる。

 当たった瞬間に蒸発している!

 火炎弾とは次元のちがう超高熱火炎噴流だ。


『直掩隊全機、全力退避!』


 このままでは直掩隊が全滅する。

 そう悟った山本は、なりふり構わぬ念話を発した。


「メーレン殿?」


 茫然としている山本の背後で。

 黒島亀人がメーレンに小声で囁いた。


「なんじゃ? いまは魔法の準備で忙しいんじゃが……」


「いえ、ので、すぐ終わります。いま大和のほうで準備していますので、ともかく巨大飛竜を大和の前方正面に釘付けにしてください。

 大和としても、左右に飛竜が移動したら両舷の高角砲群と機関砲群を全力射撃して、なんとしても正面に押しもどします」


「わらわと魔導小隊は、ブレスが来た場合に備えて待機すれば良いのじゃな?」


「はい。ブレスの目標を艦橋中央に限定させることで、他の部所の被害を防ぎます。その上で、敵の隙をついて大和が攻撃します。

 ですので、何としても大和が攻撃するまで魔導障壁で守ってください。それさえ達成できたら、私の策は成就したも同然です」


 この様子だと、黒島はなんらかの策を実行するつもりらしい。

 それにメーレンたちを巻きこんでいる。


「ふふふっ。小童(こわっぱ)の策、とくと見せてもらうとしよう」


 わずか1分少々の早口での会話。

 これが巨大飛竜に対する策のすべてだった。


 零戦直掩隊がいなくなった途端。

 巨竜の後方から飛竜軍団が突進してきた。

 たちまち主隊各艦の上空へと到達する。


 どうやら敵の戦術が見えてきた。

 まず巨竜が零戦直掩隊を蹴散らす。

 つぎに飛竜軍団で強襲をしかける。


 前回飛竜部隊は、零戦によって酷いダメージを受けた。

 つまり飛竜の天敵は零戦。

 敵もしっかり前回の戦いから学んだらしい。


 たちまち主隊上空に、無数の対空砲弾と機関砲弾が炸裂しはじめた。


「長官。できれば司令塔へお入り頂きたいのですが……」


 久しぶりの宇垣纏参謀長の発言だ。

 それまではGF参謀部に対する職務に専念し、山本たちの会話には加わっていなかった。


「いや……ここに残る。たしかに司令塔は安全だろうが、いかんせん視界の確保が最悪だ。黒島の策を成就させるためには、一寸たりとも巨竜から目を離せない。

 それに司令塔は、戦艦主砲弾や爆弾に対しては有効だが、ブレスに対してはマイナスに働くらしい。

 メーレン殿の話では、大和で最大級の厚さを誇る司令塔の装甲は、何度もブレスを浴びると熱が徐々に蓄積され、最後には司令塔内部を灼熱地獄に変えるそうだ。

 これに対し艦橋だと、魔導障壁さえ完璧に張れれば熱は拡散する。それに艦橋のほうが隠れる場所もある。ブレスの直撃を食らわぬかぎり、かえって艦橋のほうが安全だと判断した」


 司令塔とは檣楼基部にある、分厚い装甲で守られた区画だ。

 砲弾や爆弾が命中する恐れがある場合、GF司令部と参謀部は司令塔に退避する。

 これが海軍の常識なのだから、いまの山本の判断は晴天の霹靂そのものだった。


「……了解しました」


 山本の決断は理にかなっている。

 そう宇垣は理解したらしく、素直に引き下がった。



※※※



 同時刻、巨大飛竜。

 零戦直掩隊を蹴散らした直後。


「ふん、機械仕掛けの蚊とんぼのくせに、ブラキア様よりたまわった【魔竜グランヘル】を落とせるものか!」


 巨大飛竜の背にある場違いな豪華ソファー。

 そこに横座りしたギシャール。

 真紅のドレスの裾がめくれ、青白くなまめかしい素足が見えている。


 どうやら巨大飛竜の名はグランヘルというらしい。

 そしてブラキアとは、リーン方面攻略軍総司令官のグラド・ブラキアのことだ。


『飛竜軍団、前へ!』


 ギシャールの念話が飛ぶ。

 その途端、200匹の飛竜が一斉に突進を開始した。


「グランヘル。おまえのにえは、真正面にいる大きな鉄の船だ。あの船が敵艦隊を指揮している。だからアレを沈めれば敵艦隊は烏合の衆と化す。さあ、やれ!」


 ――グオオオオーーッ!


 大気を振動させる大咆哮。

 あきらかに口元では音速を越えて衝撃波が発生している。


「第6階位魔法【鉄壁】60層同時展開!」


 一枚の【鉄壁】は厚さ1センチほど。

 しかしそれが60枚重なると、厚さ60センチの強力無比な防御壁となる。

 ギシャールはそれを、直径10メートルの前方盾として展開した。


 鉄壁を展開し終えた途端。

 巨大戦艦の右舷にある鉄の筒から砲弾が発射された。


 ――ドゴッ!


 たちまち鉄壁にあたり、盛大な爆発が巻きおこる。


「ふむ……鉄壁を8枚も破るとは、なかなかの威力だな」


 そう言いつつも、すぐに破れた8枚を張りなおす。


 命中したのは大和の誇る12センチ40口径連装高角砲の砲弾だ。

 通常は遅延信管と触発信管で炸裂する。


 いまは魔法付与によって【簡易誘導】と【近接起爆】が加えられている。

 そのため近くに物体があれば容赦なく爆発する。


 だが、阻止された。

 対空防御装備では12センチ高角砲が最強……。


 それで8枚しか破れない。

 となると、最低でも8発を同時に命中させなければ貫通できない。

 いかに魔法付与の力があっても、まったく無理な相談である。


 グランヘルは、大和の艦橋まで300メートルに接近した。


「そろそろだな。グランヘル、ブレスを敵艦の指揮中枢に食らわせろ!」


 ギシャールの命令と同時に、グランヘルの動きが空中で止まる。

 両翼を羽ばたかせ、首から上を前に突き出す。

 大きく口を開き、ブレス発射の予備動作に入った。


 5秒後……。


 ――ゴオオオオオオーーッ!


 恐ろしい勢いで、グランヘルの口から青白い熱線が放射された。

 それはまっしぐらに大和艦橋をめざす。


 ――ブゥン!


 艦橋正面の耐爆窓に命中する寸前。

 ギシャールの鉄壁に似た円形の障壁が出現した。


 障壁は軽い凸面になっていて、そのせいでブレスが四方へ受け流されていく。

 下方に外れたブレスが、艦橋の前にある副砲塔に当たりそうになる。


 しかし当たる前に、障壁の位置がわずかに動く。

 ブレスは左舷側へ外れていった。


「むっ、魔導障壁か? こしゃくな……」


 ブレスは吐き始めると止まらない。

 1分少々の持続中、延々と吐くことになる。

 そのためギシャールは、ブレスの方向を変えるよう命じた。


「ブレスの方向を右側へ動かせ」


 命令に答えて、グランヘルの首が右にネジ曲げられる。

 ブレスもそれにあわせて右へ。

 しかし魔導障壁も移動し、なおもブレスを阻止続ける。


「ううむ……」


 ギシャールは上半身を起こした。

 片手間の対応では攻撃が通らないと悟ったのだ。


 すぐにソファーの前に立つ。

 同時にグランヘルのブレスが終了した。


「グランヘル。左側に廻りこみ、側面からふたたびブレスを放て!」


 そう命じた後、わずかの時間、口を閉じる。

 他の部隊へ念話を送っている。

 遠方への念話なのか内容を口に出していない。


 新たな命令が下った。

 30メートルの巨体が、ふたたび動きはじめる。

 まだ戦いは始まったばかり……。


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