31、シャトラン東方沖海戦1


【新暦2445年8月18日AM7:20】※現地時間



「シャトラン東部沿岸から16キロ地点に敵飛竜部隊! !!」


 通信室からの至急報告。

 たちまち大和艦橋にざわめきが起こる。


 報告してきたのは2式飛行艇だ。

 アスファータ水上機基地を飛びたった2番機だった。


 2式飛行艇の航続距離は最大で7150キロ。

 しかも海上に着水できる。


 支援する水上艦がいれば燃料を補給できる。

 つまり理論的には無限の航続能力があるわけだ。


「巨大飛竜だと?」


 山本五十六は思わず大声をあげた。

 まったく予想してなかったらしい。


 急いでうしろをふり返る。

 そこには人族連合の参戦武官ルミナがいる。


 だが……。

 横にもう1人、幼い少女が立っている。


 始めてみる顔だ。

 山本が質問したのは少女に対してだった。


 メーレン・リーンセチア・プロモガルド。

 これが少女の名前だ。


 腰まで伸びた、かすかに発光する絹糸のような銀髪。

 淡い薄緑色の巫女服は、メーレンが【世界樹の巫女】であることを示している。


 地球人比較では、見た目10歳前後の容姿。

 どこを見てもハイエルフの少女だ。


「メーレン殿。これはいったい……」


 山本の戸惑った声。

 いつもなら、この手の質問に答えるのはルミナの役目だ。


 だがルミナは、ひたすら萎縮するばかりで答える素振りを見せない。

 反対にメーレンは当然といった風に答えた。


「リーンネリアに棲息する真竜種の飛竜は、最大で20メートルじゃ」


 メーレンが返答しているあいだもルミナはかしこまっている。

 これはメーレンの地位がルミナよりダントツに高いためだ。


 世界樹の巫女は、エルフ社会の頂点に位置している。

 当然だが、人族連合においても精神的支柱として君臨している。


「真竜種は、かつて行なわれた魔導大戦で大きく数を減らしてしもうた。そのため今は、世界各地の秘境に隠れ住んで滅多に出てこぬ」


 メーレンの言葉からは真意が汲み取りにくい。

 山本は質問を続けた。


「では……飛行艇の報告は、嘘か見間違いであると?」


「そうは言っておらぬ。いま報告にあった飛竜が、リーンネリアにおける最大級の飛竜より、ずば抜けて大きい……そう言っただけじゃ」


 いきなり黒島亀人専任参謀が割って入る。


「ほほう。世界樹の巫女様でも、知らないことがあるんですねえ」


 その声には、やけに挑戦的な響きが込められていた。


「おや? 。おぬしは、わらわをおちょくれるほどの物知りなのかえ?」


「いえいえ滅相もない。、その計り知れぬ知恵と知識に、自分のような若輩者がかなうわけないじゃないですか。……」


 あきらかに黒島の様子がおかしい。

 日頃の黒島は超然としている。

 奇行こそ見せるものの、他人を揶揄やゆするようなことは滅多にない。


 もしかすると……。

 メーレンを好敵手と見なし牽制しているのかも。


 かつてないほどの優れた頭脳の持主が現われた。

 そんなことは今まで無かった。


 天才は天才を知る。

 だから無意識に反発しているのかも。


「わらわが幼い姿なのは、世界樹が魔素を大きく失ったからじゃ。世界樹の巫女は、世界樹とのあいだに精神共鳴をおこなっておる。それができぬと勇者召喚もできぬからな。まあ……これはわらわだけではのうて、世界樹の巫女団すべてに当てはまることじゃが。

 世界樹の巫女は本来の寿命を越えたあたりから、世界樹のあり余る魔素を共有しはじめる。お役目が重大なだけに、勝手に死ぬのは許されておらぬ。よってその時から、わらわは歳をとらなくなった。

 じゃが……おぬしらを勇者召喚した結果、世界樹の魔素が欠乏した瞬間、一気に老化が進みはじめた。

 このままでは寿命が尽きて死ぬ。弱体化した世界樹を復活させるためには、巫女団の力が不可欠じゃ。ここで死ぬと世界樹を枯らしてしまう。それだけは絶対に阻止せねばならんかった。

 そこで人族連合の皆が総力を結集し、世界樹の巫女団へ魔力を供給してくれた。

 しかし残念ながら、世界樹のもたらす膨大な魔素に比べると、あまりにも少なすぎる。

 そこで巫女団はおのれ自身に、肉体を矮小化することで魔力消費量を極小化させる禁術を施した。その結果、この姿に固定されてしもうたのじゃ」


 ということは……。

 世界樹の巫女団は、見た目だけは全員少女ということになる。


「でも本当は1400歳のオババなんでしょ? ハイエルフの平均寿命は1000歳ですから、それより400歳も年上となれば最長老クラスじゃないですか!」


 言ってる事は間違っていないが失礼極まりない。


「おい、黒島。いい加減にしろ」


 しつこく食い下がる黒島を見て、山本は苛立った声を吐いた。


「メーレン殿は大和の魔法防御力の低さをおぎなうため、わざわざ人族連合軍の精鋭魔導部隊を率いて乗艦してくれたのだ。

 本来なら世界樹の守りに専念しなければならんのに、その大役を他の巫女殿に任せての参戦なのだぞ? なのに貴様が礼を欠けば、連合艦隊の沽券こけんに関わるではないか!」


 魔導部隊とは、人族連合軍の正規部隊のひとつだ。

 各人族から選抜された高位魔法使用者で構成されていて、最低でも初級魔導師のレベルにないと参加できない。


 いま彼らは、メーレンの背後で神官服に身を包み待機している。

 ちなみに艦橋にいるのは12名。1個魔導小隊のみだ。

 他の部隊は、各艦に分散して配置されている。


「おうおう。おなじ若輩者なのに、山本長官殿は出来た御方じゃのう」


 メーレンからすれば山本も若造にすぎない。

 しかしメーレンのほうが見た目は圧倒的に幼いから反応に困る。


「……メーレン様?」


 ためらいまくった末。

 ようやくルミナが声を発した。


「ん? なんじゃ?」


「あの……巫女様は、世界樹の【知識の泉】を閲覧できると聞いております。リーンネリアの森羅万象を記録した世界樹の知識でも、いまお聞きになられた巨大飛竜の正体がお判りになられないのですか?」


 不敬を恐れつつも、勇気を出して質問したルミナ。

 だがメーレンの返答はあっさりしたものだった。


「ああ、わからん。わらわが知らぬということは、リーンネリアの過去にはおらんかったということじゃ。すなわち……」


 ふたたび黒島が割って入る。


「過去にいなかったのなら、最近になって現われたってことですな? それくらいの事なら、無知な若輩者にも推理できますよ」


 山本の制止にもかかわらず、黒島は口を閉ざすつもりはないらしい。


「ほう? ならばおぬし、どう推理した?」


「以前に人族連合から教えてもらった知識では、魔界の飛竜は最大で20メートル程度とのことでした。そしてリーンネリアの真竜種も20メートル。なのに今回出現した飛竜は30メートル。

 となれば……新たな種と解釈するのが論理的です。さらにいえば、魔王国は人体を魔改造する技術を持っている。

 人体を改造できるのなら飛竜も改造できるはず。なのに魔界の飛竜は20メートルに留まっている。

 これらを勘案すると、魔界の飛竜を改造するだけでは今回の飛竜は作れなかった、もしくは改造した結果のサイズが20メートルと見るべきです」


「ほうほう、それで?」


「では30メートルにするには、どうすればいいか? ここからは私の推測ですが……魔王国軍は、リーンネリアに住む真竜種の飛竜をどこからか捕獲してきた。そしてそれを魔界の飛竜と掛けあわせるかたちで更なる魔改造を施した。

 その結果が報告にあった巨大飛竜。そう考えると、ある程度の辻褄つじつまがあうことになります。これ以外の選択肢となると、突然変異などの自然的な要因を上げるしかありませんが、それを軍備として期待するのはあまりにも悠長すぎます」


「……なるほど。おぬしの言い分、一理あるわな」


 なんと驚いたことに、メーレンが黒島の発言を肯定した。

 生意気な小童こわっぱと思っていた相手。

 それが予想以上に優秀だと認めたのだ。


「黒島。もしそうだとして、どう対策を練るつもりだ?」


 発言を止められないと悟った山本。

 ならばいっそ、積極的に参加させようと考えた。


「その前に、メーレン殿にいくつか質問したいのですが」


「わらわは、かまわんよ」


 ……。

 この掛け合い漫才みたいな会話、いつまで続く?


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