第20話 謎多き情報屋
翌日の朝――。
モナに関する情報を得るため、今日から本格的に行動開始だ。
私たちは先ず、ユィリスの案内に従って、王都の事なら何でも知り尽くしているという〝情報屋〟の元へ向かっていた。
「この王都レアリムは、主に四つの区間に分かれているのだ。西、東、南の市街地、そして城のある北の城下町。簡単に東西南北と言えば、済む話なのだがな」
「へえ~」
「馬車を預けている宿は、入国口のある南の市街地。情報屋がいるのは、西の市街地なのだ」
「情報屋って、情報を売ったりする人の事だよね…?その情報って、どうやって仕入れてるんだろう」
私が独り言のように気になったことを呟くと、ユィリスは顎に手を当て、難しい顔をしだす。
「んー、私も会ったことはないから分からないのだ」
「そうなの?」
「噂程度で聞いたんだが、本当に何でも知ってるらしい。王都の端から端に渡って、住む人の情報から細かい出来事、誰にも話してないような他人の秘密まで、何でもだ」
「ほんとなの?それ…。何だか現実味の無い話ね」
「最初はみんなそう言って、情報屋の元を訪れる。そんな半信半疑の客に、情報屋はこんなことを言うそうだ。
――『情報屋は、
そして、ユィリスはその情報屋について、付け足すように言った。
「情報屋はレアリムの全てを知り尽くしている。だが逆に、そいつの素性を知っている者は、この王都を含め、世界中に誰一人存在しない」
「え…??」
「年齢不詳、出身・本名不明、その素顔を知る者もいないのだという。普段どこで何をしているのか、どうやって情報を得ているのか、未だ謎だらけの人間…いや、人間かどうかも分からないかもしれないな。口調からして、男であることだけは分かるみたいだが…」
それを聞いて、ルナは少し不安げな表情になる。
そんな人の情報を当てにしてもいいのだろうか…。でも実績はあるみたいだし、詐欺まがいの商売をしてるわけでもなさそう。
まあ、何でも変に決めつけることは良くない。実際会ってみて、信用できるか判断するべきだろう。
どんな人物なのかと想像しているうちに、気づけば西の市街地へ足を踏み入れていた。そして、商業区画から外れた裏路地に入り込み、数分歩いたところで、目の前に暗い雰囲気が漂う一軒家が現れる。
ただでさえ、日差しの当たらない暗がりな路地裏なのに、その不気味さを更に加速させるようなアンニュイな家屋。気味の悪さとミステリアス…その両方を併せ持っている、何とも奇妙な家だ。
「まさか、ここが…?」
「うむ。情報屋が住んでいる家なのだ」
「ホラーハウスの間違いじゃない…?」
とルナは少しばかり怖がる様子を見せる。私は全然だけど…。
はっ!そうだ…。ここは、恐怖なんて微塵も感じることのない私が、怖がる女の子たちを先導するチャンスなのでは?
――ねぇ、アリア…。手、繋いでてもいい…?
――アリア…少しだけ、抱きついててもいいか…?
大丈夫だよ、二人とも。私から離れないでね!と、ドヤ顔をかます自分を想像する。
二人の女の子に抱きつかれ、吊り橋効果(←あまり意味を分かってない)で二人との友好を更に深められればベストだ。
そんなことをしたら、別の意味で自分がドキドキしてしまう。そんなことも想像できない程、馬鹿の一つ覚えみたいな妄想を終えた私は、二人に振り返って決め台詞を吐こうとした。
「じゃあ、二人とも…私が先に行くから、付いてき――」
「入るぞ~!」
一切の躊躇なし。気づいた時には、ユィリスはホラーハウスの玄関を堂々と開け、ずけずけと中へ入りこもうとしていた。
いや、自分ちか!!ノックぐらいしよ!?一応、人様の家だよ!?
なんて、考えもしなかった突っ込みが口から出かかる。ほんと、ユィリスの自由っぷりには驚かされてばかりだ。
ってか、鍵かかってないの?この家…。
「さ、私たちも行きましょ、アリア」
「う、うん…」
ユィリスのおかげか、ルナも緊張が解け、逆に私が先導される構図に…。
現実は甘くないと再認識させられたところで、私たちも続いて中へお邪魔させてもらった。
中に入り、先ず視界に飛び込んできたのは、何やら物珍しい骨董品やら武器・防具なんかが所狭しと置かれている、物置部屋のような一室。
中央には、カフェで見かけるような洒落た丸テーブルとイス。奥には、酒場を真似たのか、ワインやらビールのボトルが、ずらりとガラスの中に配置されている。
外の不気味さとは裏腹に、ミステリアスな空気を残しつつ、綺麗な照明も相まって、明るい雰囲気を感じた。
しかし肝心の情報屋の姿が見当たらない。店内を物色しつつ、声を掛ける。
「あの~、誰かいませんか~?」
「情報を買いに来たのだ!」
「ごめんくださーい!」
すると次の瞬間、
――カチャ…。
と後ろから鍵のかかる音が聞こえた。
誰かが玄関の鍵を閉めたのだろうかと、私たちは一斉に後ろを振り返る。だが、そこには人っ子一人立ってなどいなかった。
「え、今誰かいなかった…?」
「鍵をかける音は聞こえたのだ…」
急に緊張が走り出す中で、私は無意識に感覚を研ぎ澄ます。
「ちょっと、誰かいるんでしょ…?」
生唾を呑みこんで、ルナが玄関の方へ恐る恐る向かって行った。その様子を見守ろうと振り返った私は、この部屋の空気が一瞬で変わったのを察知し、
「「「誰!!!」」」
と
私の右手はがっちりと掴んでいる。何もなかった空間に突如として現れた、何者かの腕を…。
そして、これまた一癖も二癖もあるような声質を持った濁声が、部屋中に響き渡った。
「これは、驚いたっス…。
後ろから手を伸ばされたことを即座に察し、私が反射的に掴んだ腕。その持ち主が、驚いたような口調でそう言った。
曲者?の手には何も持たれていない。殺気は感じなかったけど、何となく危ない気がして大げさに反応してしまった。
この人、今どこから…。
目を細め、警戒するような眼差しを向ける。そんな私に、曲者は律儀に謝ってきた。
「いや~、ごめんなさいっス!ちょっと驚かせてあげようと、つい童心に帰ってしまいまして…」
その発言は、嘘か誠か…それを確かめようにも、
そう…目の前の人物は、銀色の仮面で顔を隠しているよう。背丈は私と同じほどで、独特な柄を重ね合わせた紫色のマントで全身を覆っている。
「驚かせるにしても、音や気配を隠し過ぎじゃない?まるで、殺し屋のようだった…」
私の発言に、ルナとユィリスはゾクッと身を震わせる。
「おや、その口ぶり…お客さん、殺し屋に狙われたことでもあるんスか?」
「い、いや…今のは想像で言ったっていうか、何というか…」
殺し屋じゃないけど、
そんなことを公言するわけにもいかないので、少し言葉を濁す。
「でも、殺し屋はちょっと酷くないっスか?勝手にウチへ上がり込んだお客さんには、言われたくないんスけど」
「うっ…。それは、ごめんなさい…」
たしかに…。そこは、私たちにも非がある。
ここはおあいこということで、一言謝り、手を離してあげた。
「ええっと、お客さんってことは、もしかして…」
「はい。俺っちが、王都の情報屋っスよ。以後、お見知りおきを。
「え…!??」
なんで、私の名を…?
驚く私たちを尻目に、情報屋は奥のカウンターへと向かう。
「お客さんたちのことは、少し耳にしてるっス。情報屋なら、知ってなきゃおかしいっスよ、逆に。ささっ、カウンターに座ってくださいっス。話聞くんで」
流石の情報網…と言いたいとこだが、容姿があまりにも不気味なので、怪しく感じてしまう。まあ、悪い人ではなさそうだけど。
それに、腕を掴んだ時に感じたあれは…。
謎多き情報屋に近づかれた時、私は少しだけ違和感を覚えた。その違和感が外れていなければ、この人は恐らく…。
怪しい格好はしているものの、気さくでフレンドリーに話すので、この場に漂っていた緊張感はすぐに無くなった。私たちは早速情報を聞き出そうと、カウンターに横並びで座る。
「私、オレンジジュースがいいのだ!!」
「了解っス。どうぞ」
情報屋から差し出されたジュースを一気に飲み干すユィリス。相変わらず打ち解けが早いのなんの…。
私はそうでもないけど、ルナはまだ警戒を緩めていない様子で情報屋を睨んでいる。まあ、表情が読めないから、怖いのも無理ないだろう。
「ごめんなのだ、情報屋。ルナは変に恐がりだからな~」
「あなたは警戒心がなさすぎなのよ」
「いえいえ。来店してくる方は皆、俺っちの格好を見て先ず怪しみますから、その反応は当然っス。まあ自分で言うのもあれっスけど、安心していいっスよ。情報屋は、絶対に嘘をつかないっスから」
おかわりのオレンジジュースをグラスに注ぎながら、情報屋はさも当たり前のように言った。
王都の人からの評判を加味しなくても、恐らくそれは本心から出る言葉なのだろう。なんとなく私はそう思った。怪しいのには変わりないけど…。
「それで、お客さん…今日は、どのような情報をご所望で?料金は情報によるっスけど、初回なんでお安く考えるっスよ」
「おー!それは助かるのだ!」
ユィリスが話しやすい空気に変えてくれたおかげもあって、私はすぐに話を切り出した。
「ええっと、情報屋さん。二年くらい前なんだけど、このレアリムを拠点としていた、ある勇者パーティについて聞きたいんだけど…」
「……」
すると情報屋は、グラスを拭いていた手を急に止め、無言になった。表情は分からないが、何か考え事をしているように思える。
「あ、あの…」
「お客さん、その勇者パーティってのは、もしかして家族だけで編成された人たちの事っスか?」
沈黙後、情報屋は真面目な口調で尋ねてきた。
その口ぶりから、私はすぐに勘づく。この人は、その勇者パーティを知っていると…。
「あ、うん。そうだよ…。何か、知ってる?」
「悪いっスけど、お客さん。それは、答えられないっス」
軽くあしらうように言って、情報屋は私たちに背中を向ける。
「え、なんでなのだ!?」
「…口止めされてるんスよ、その人たちに。お客さん、それを聞いてどうするんスか?その件については、深く関わらない方が良いと思うっスよ」
やっぱりミーニャが言ってたように、その家族は何かがあるんだ…。少なくとも、良いことではないという事だけは分かる。
だけど、それなら猶更モナが心配だ。ここで引き下がるわけにはいかない。
「何か些細な事でも構わないわ。大事な知り合いから、頼まれてるの。そのために、ここへ来たんだから」
「無駄っスよ。さっき言ったっスよね。情報屋は嘘はつかないと…。誰にもこの事は言わないと約束してしまった以上、その人たちを裏切ることは出来ないっス。かと言って、お客さんに嘘の情報を言う訳にもいかないっスから…」
「でも…」
この様子じゃ、こっちの事情を詳細に話したところで、教えてはくれないだろう。この事が良いのか悪いのかは別として、とても義理堅い人だということが分かる。
「なら、質問を変えるよ。モナっていう獣人の女の子を知らない?」
「……!?」
モナという名を耳にした途端、情報屋はピクッと分かりやすく反応した。
そりゃ、モナの事も知ってるよね…。
「それも、話せない?」
真剣な顔で尋ね直すと、情報屋は一つ溜め息をついて、こちらへ振り返る。
「ギリギリのライン…っスね。まあ、それくらいなら…。と言いたいところっスけど、一つ条件があるっス」
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