第9話 最強の転生者

 出会いとは真逆の展開。

 私はルナをお姫様抱っこしたまま、ぷかぷかと浮遊する。土壇場で、何とか彼女を救うことに成功した。

 

「ゴホッ!ゲホッ!!な、何が起きてやがる!!?」


 なぜか自分の魔法を喰らったベルフェゴールは、焼け爛れた体を抑えながら、苦しそうに咳き込む。状況を全く理解できていないようだ。

 ルナを安心させるよう、笑みを見せて、ゆっくりと地面に降り立つ。その瞬間、私は勢いよく抱きつかれた。


「え、ルナ!?」

「バカ…なんで急にいなくなるのよ。すっごく心配したんだからぁ…」


 ルナは涙ながらに、強く私を抱擁する。

 そんなに、私のことを…。

 普段はしっかり者のルナが、ここまで私に甘えたような言動をとるなんて…もう、萌えちゃう!!!

 って、そんなこと考えてる場合じゃないわ!状況考えろ、私!


「ご、ごめんね」

「でも、来てくれてありがとう…。うぅ、ありがとう!」


 すすり泣き、腰が抜けそうになる彼女をしっかりと抱きかかえた。

 ルナは周りが見えていないほどに、必死になってお礼を言い続ける。それだけで、彼女がどれだけの恐怖を味わったのか、容易に理解できた。


「ルナ、どこか隠れられる場所に」

「アリア…?」

「ちょっと待っててね。すぐ、終わらせるから」


 ルナの頭を優しく撫でながら、近くの木陰に身を潜めるように促す。彼女が隠れたのを確認して、私は今倒すべき悪魔を見やった。

 さてと…。


「ハァ…クソッ!お前、さっきの人間だな!俺に何をした!!」


 ルナを助けた際に、私が使った魔法は〝特殊操作系〟。簡単に言えば、前世で培った私だけが持つ固有魔法だ。

 そんな奥の手を早々にバラすと対処されかねないので、質問を無視し、私は目の前の悪魔を全力で睨みつける。


「ルナを泣かせた奴は、私が絶対に許さない」


 か細くもなく、大声でもない。通常の声のボリューム…ただ、低く重々しいトーンで、私は高圧的に言った。

 こいつの能力は、全て知り尽くしてる。お遊びはいらない。絶対に逃がさず、オーバーキルしてやる…。


「なんだ、その目は…。なぜか、嫌気が差すぜ…」

 

 そう呟いた直後、ベルフェゴールは思いっきり地面を蹴り、私に向かって一直線に飛んできた。

 普通の人間なら、目で追うことは不可能な悪魔の飛翔速度。私はその場で突っ立ったまま、真顔で悪魔の攻撃を待つ。


(首をへし折ってやる――)


 奴はそのまま、私の首元目掛けて蹴りつけてきた。

 しかしその攻撃は、ただ空を切っただけ。私の反応速度には勝らない。


「相変わらず単調で、遅い…」


 そう呟く余裕すらある。ただ首を曲げただけで蹴りを躱した私を見て、ベルフェゴールは「え…?」とでも言いたげな表情で目を見張った。

 その隙を逃さず、私は水属性魔法を奴の胸元に喰らわせる。


「〝水爆〟…」

「うぅ…!?」


 小さな水の爆発が至近距離で炸裂し、ベルフェゴールは思いっきり吹っ飛んだものの、あまりダメージは入っていない様子。やはり、ステータスの差は否めない。


「んなもんで、俺と渡り合えると思ってんじゃねぇ!!」


 と拳を突きつけられたが、再び少ない力で避ける。

 反射神経は確実に私の方が上。攻撃力や防御力に期待は出来ないけど、ベルフェゴールの攻撃なら喰らわない自信がある。


「嘘だろ…また躱された!?」


 悔しそうに歯軋りしながら、ベルフェゴールは次々と物理攻撃を繰り出す。私は余裕の笑みを浮かべながら、バク転やら宙返りなんかしちゃって簡単に回避していく。

 こういうのは、体が覚えてくれていた。まるで前世の私が、この体に憑依しているかのように、完全に馴染んでいる。


「アリア…ほんとに何者!?」


 私の動きに、驚きを隠せないルナ。それは、ベルフェゴールも同じであった。


「なんで一発も当たらねぇんだ!!お前、レベルいくつだ!」

「んーと、15くらい?」

「は!?」

「ほら、ギルドの会員カード」


 懐から取り出した会員カードには、個体レベル15と出ている。訳が分からず、ベルフェゴールは口をあんぐり開け、間抜け面を晒した。


「あり得ねぇ…。こんな、こんな雑魚レベルの人間に苦戦するなど!!喰らえ、〝地獄火ジゴクビ〟!!」


 咆哮した悪魔は、血走った目で私に向かって炎を吐き出してくる。ドラゴンかよ…って、前に突っ込んだ記憶があるな。

 仕方ない。今のステータスだと反撃は無理だから、魔法使うか。


「炎出してるとこ悪いんだけど、それはお前が喰らってよ…。〝コンバート〟!」


 詠唱代わりの指パッチンが、魔法の合図。一瞬にして、私とベルフェゴールの位置が入れ替わった。

 これが私の真骨頂…は言い過ぎだけど、最強クラスの固有魔法に分類される〝特殊操作系魔法〟だ。魔力が殆どないレベル1じゃ、流石に使えなかったけど。

 ルナを助けた時も使ったものの、魔力ごっそり持ってかれるなぁ…どうしよ。

 と顎に手を当て、何事も無かったかのように凛々しく思考する。完全に、悪魔如き眼中になく、どうやって魔法を効率よく使うかに集中していた。


「うわぁぁ!!あっちゃ~~~~!!」


 一方、自分の吐き出した炎を喰らったベルフェゴールは、全身火傷を負って、地べたを転がり回る。ざまーない。

 私の攻撃は通用しないけど、奴が生み出した魔法ならば、自分自身にもしっかりダメージが入る。おかげで、ベルフェゴールは自分で自分を追い込む結果になった。


「クソ…が。メイヤードは…メイヤードは、殺される運命にあるのだ!聞いているか?ルナ・メイヤード。お前の親は、無謀にも抵抗していた…。必死こいて、血反吐吐きながらなぁ!!」


 何を思ったのか、満身創痍の悪魔は、ルナに聞こえるように当時の状況を説明しだす。


「勇者の家系に生まれてこなけりゃ、誰かに殺されるなんてこともなかっただろうによぉ…。恨むなら、自分の運命とお前を産んだ親を怨め――」


 そこまで言って、ベルフェゴールは顔を地に埋める。いや、私が叩きつけた。

 悪魔の嫌みな囁きに、ルナは木陰で泣き崩れている。私は我慢の限界で、流石に堪忍袋の緒が切れた。


「黙れ、クソ悪魔…」


 この一言に、ベルフェゴールは私を重ねる。

 前世でも、こいつに向かって言った言葉。ルナを傷つけられて、つい口走ってしまった。

 ルナとルナの両親を侮辱することは、絶対に許さない。


 7年前、ベルフェゴールとこの森で戦っていた時も、私は同じ言葉を言い放った。

 ちょうど奴を満身創痍にまで追い込んだ所に、偶然ルナの両親が現れ、一瞬の油断を突かれた私は、目の前で二人を死なせてしまった。人間の近くには寄れない。私の唯一の隙であった。

 自分の失態に動揺して、逃げるベルフェゴールを取り逃してしまう始末。

 しかし悪魔の魔法を喰らってもなお、ルナのお父さんは僅かに息をしていた。そして蚊の鳴くような声で、私に訴えた。


 ――娘が…いるんだ。守って…くれ。


 そんな感じの言葉を、並べていた気がする。この時、こんなにも「なんで私は人間に近づけないんだ」と悔しんだことはない。

 間もなく、ルナのお父さんも息を引き取った。私は救えなかったことを悔やみ、せめて綺麗なままで見つかって欲しいと、二人の傷を完治した。

 その後、二人に娘がいることを知った私は、傍で守ってあげられない自分の代わりに、村一帯を結界で覆い、二度と悪魔に襲わせないようにしたのだ。

 ルナを守るため、命を落としてまで悪魔に立ち向かった二人に、私は衝撃を受けた。人間の、子供に対する親の愛情というのは、こんなにも深いものなのかと…。

 それを平気で壊そうとする輩は、私が絶対に許さない。


(まさか、この人間…。いや、まさか!?だが、さっきの魔法は間違いなく…)


 メイヤード家を想った私の強い一言で、ベルフェゴールに気づかれてしまった。

 まあ、コンバートを使った時点で覚悟はできてたよ。たとえ正体がバレたとしても、私はルナを守りたかったから…。




「「まさかお前、魔王アリエか!!??」」




 悪魔の問いかけに、一瞬の沈黙が走る。


「だったら、何?」


 私はそう答えた。

 詳しく言えばではあるが、ここはベルフェゴールに更なる恐怖を与えるため、はっきりと言ってやる。


「え、え!?あ、アリアが…魔王アリエなの!!?」


 聞こえてるよね、ルナにも…。

 後で、いっぱい謝らないと。両親を死なせてしまった事も、騙してたことも。

 

「ば、バカな!?死んだんじゃねぇのか!?」

「説明するのめんどくさいから、お前には何も言わない。どうせ、もう虫の息だし」

「ふん、馬鹿め!俺はまだ戦え…」


 威勢よく言ったはいいものの、立ち上がろうとしたベルフェゴールは、ガクンと体を落とす。


「無駄だよ。魔力ないでしょ、もう。私が全部消し飛ばしたから」

「は…!??」


 魔力吸収マジックドレイン…相手の魔力を吸収し、自分のものにできる魔法。ただ、自分の魔力値の上限を超えて吸収することはできないので、残りはそこら辺にポイ捨てしておいた(普通はそんなこと出来ないけど…)。


「あの時のように、〝テレポート〟で逃げることはできない。私のことは、あまり公にしたくないの。お前は大人しく――」


 って、あれ…寝てる?

 私はそこまで言って、いつの間にかベルフェゴールが気絶していることに気づく。戦闘による疲労と魔力切れによるものだろう。


「ふぅ、いっちょ上がり。にしても、案外あっさりと勝てたな」


 こんな簡単に勝てるとは思ってなかった。

 ただの人間だと油断してくれたのもあったけど、コンバートを使えたのが大きかったなぁ。ま、更に奥の手として、前世の私が生み出した結界の魔力を使って戦うことも出来たけどね。

 前世での強さなんていらない。そう思ってたけど、誰かを守るために使えるのなら、存外前世で培った経験も無駄ではないのだろう。

 個体レベル100億の転生は、伊達じゃないということだ。


「アリア~~~!!!」


 そんな勝利の余韻に浸っていると、ルナが勢いよく走ってきて、私を思いっきり抱き締めてきた。あまりの勢いに、尻もちをついてしまう。


「アリア!アリア~!!」

「る、ルナ!?ちょ、ちょっと落ち着こ!?」


 ルナは涙を流しながら、何度も私の名前を呼ぶ。アリエではなく、アリアと…。

 あー、もう駄目だ。私まで気絶しちゃうよ、これ…。


「アリア、ほんっとうにごめんなさい!!」

「え…?」


 唐突にルナから謝罪を受け、首を傾げる。


「まさか、あなたが魔王アリエだったなんて思わなくて…。勘違いしてた上に、散々酷いこと言ったわ。ほんとに、ごめんなさい」

「い、いいよいいよ全然!隠してた私が悪かったんだし…。それに、謝るのは私の方だよ。その、ルナの両親を守ることが出来なくて」

「ううん…。それは、アリアのせいじゃないでしょ?私、聞いたの。7年前から、村に結界を張ってくれていて、ずっと私を守ってくれてたんだって。もう、なんてお礼を言っていいか…」

「お礼なんて…こうして、ルナが無事でいてくれることが何よりだから。私こそ、ありがとう」


 お互いに、謝っては感謝する。私たちにしか知り得ない感情や思いが、ここにはあった。


「ふふ、謝ったりお礼を言ったり忙しいわね、私たち」


 再びルナに笑顔が戻ってくる。この先もずっと、彼女には笑顔でいて欲しい。

 これが見られただけで、私は人間に転生して良かったと心の底から思ったのだから…。

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