第8話 真実

 魔界に存在する悪魔のうち、最高位に君臨する7人の七大悪魔と呼ばれる存在。それぞれ何かしらの野望や目的のために、人間を脅かすことを生きがいとしている魔族である。

 その七大悪魔の一人…怠惰のベルフェゴールは、魔界のとある人物の命を受け、人間界に誕生しようとしている勇者候補を一人残らず消そうと企む、火属性魔法を操る男悪魔だ。

 しかし奴の企ては、ある女魔王によって阻止されてきた。その魔王は、本来相反するべき人間を守り、自分を倒しにくるかもしれない勇者を影ながら守ってきた、世界最強の女である。

 勇者を守る魔王なんて聞いたことがない。魔界にいる誰もがそう思った。

 人間の限界を超えて覚醒する存在、勇者。魔界に住む者たちにとっては、そんな人間が次々に現れてしまえば、溜まったものではない。

 だが、なぜか今まで人間界と魔界の均衡は正常に保たれていた。それは、その女魔王の強さがあってこそ。

 魔界から人間界への侵略だけは許さないという、彼女の強い意志と強さの元に成り立っていた。

 ある日、突然彼女の死が世界中に知れ渡るまでは――。





     ◇




 

 一方、ちょうど真夜中を過ぎた頃、カギ村から一人の少女が勢いよく飛び出した。かなり焦った様子で、彼女は近くの森へと向かう。


「も~、なんで急に出ていくのよ!アリア!」


 残された置手紙を読み、咄嗟に家から出てきた少女ルナは、先ほどまで村中を探し回り、アリアを捜索していた。


 ――ごめんなさい。そして、さようなら…。


 そう書いてあった置手紙。何の理由も説明もなく、謝られて別れの言葉を告げられるなんて納得ができない。

 そう思ったルナは、何としてもアリアをとっ捕まえて色々話してもらおうと、今全力で彼女を探し求めている最中だった。


(やっぱり、アリアは何か知ってるんだわ。私の過去の事…。じゃなきゃ、あの話の後、急に私の前からいなくなるなんてあり得ないもの!)


 こんな形でお別れなんて、誰が望むものかとルナは全力で森を駆けていく。しかし彼女が森で最初に出会ってしまったのは、アリアではなく、天敵の悪魔であった。


「よぉ、勇者候補の人間」


 ぷかぷかと浮遊する悪魔に気づき、ルナは蒼褪める。


「悪魔…なんでここに!?」

「お前を殺すためだ、ルナ・メイヤード。このベルフェゴール様の手であの世に行けるんだ。光栄に思うがいい!」

「怠惰の悪魔、ベルフェゴール…」


 七大悪魔の存在は、ルナも知っていた。

 泣く子も黙る、悪魔族。その上位に君臨する七人の悪魔は、人間界でも度々話題となっている。

 ルナは後ずさりしながら、悪魔ベルフェゴールに尋ねた。


「なんで、私を殺すのよ…」

「決まってる。お前が、勇者の血筋を受け継ぐメイヤード家のだからだ!」

「え…!?」


 あまりにも衝撃的な初耳情報に、ルナは驚愕する。

 自分が勇者の家系であったこと。そして、その家系で唯一の生き残りであること。

 事実かどうかを考える前に、驚愕過ぎて思考が停止してしまった。


「まさか、こんな辺境の村でひそひそと暮らしていようとは、思わなかったぜ。勇者の家系にも拘らず、その運命に逆らったお前らを探し出すのは、中々苦労した」

「か、ぞく…」

「たしか、7年前だったっけか。ようやくメイヤード家の血筋が途絶えたと勘違いしていたが、まさか子供がいたとはよぉ」

「ちょ、ちょっと待って!」


 唐突に色んなことを告げられ、頭を悩ませながらも、ルナは必死に状況を整理しようと試みた。


「あなた、まさか魔王アリエの手先か何か…?」

「あん?な訳ねぇだろ。あんな奴の手先になんか死んでもなりたくねぇよ。まあ、なんでかしらねぇが、アイツは死んだ。おかげで、俺はアイツに邪魔されることなく、残ったお前を殺せる」

「邪魔されて??待ってよ、魔王アリエはその…勇者候補である私たちを殺して――」

「何言ってんだ?逆だよ。アイツはお前らを守ってた。今考えても、狂った野郎だったぜ。魔王なのにな」

「え、じゃ、じゃあ…私の親は誰に」


 震えたような声で恐る恐る聞くルナへ、更なる恐怖を与えるかのように、ベルフェゴールは真実を告げる。


「俺だよ」

「え…」




「お前の親を殺したのは、この俺さ」




 裂けたような口元を見せ、ベルフェゴールは狂気的に笑った。ルナは言葉を失い、その場でへたり込む。

 今はっきりと言われた。親を殺した張本人の口から、その真実を…。


「7年前のあの日、俺がこの森付近にやって来たと同時に、お前の親は俺の前に現れた。自ら出向いてくるなんてとんだ馬鹿だと思ったが…今思えば、お前の存在を隠すための最善の行動だったんだろうな」

「……」

「さっきの反応からして、お前は親から自分たちが勇者の血筋を持つ家系だと伝えられていなかったんだろう?お前の親は、勇者の血筋なんてものに囚われず、こんなところで呑気に生きてやがった。お前を、メイヤード家の運命に巻き込みたくなかったからだと、予想できる」


 あの日、村長は言っていた。両親は、自ら魔王がいる森へ向かったと…。

 メイヤードの存在がついにバレてしまい、勇者の血筋を途絶えさせようとする悪魔は、ルナたちを探し出すために、片っ端から村を襲いにかかるだろう。それを阻止するために、両親は自らを犠牲にして悪魔に立ち向かったのだ。

 そして、大切な愛娘の存在を隠すため、自分たちがメイヤード最後の生き残りだと言い張って、命を落としてまで悪魔と戦った。

 それが、7年前の真相である。


「で、でも…あの場所には、魔王アリエがいた筈よ。どうして…」

「さっきも言った通りだ。アイツは、俺がお前の親を殺すのを止めに来やがったのさ。魔王の癖に、人間を護るとほざいてな」

「そんな…私、ずっと勘違いして…」

「ここに来た時に気づいたが、村に薄っすら巨大なが張られてる。魔族除けのな。恐らく、魔王アリエが生み出したものだろう。アイツも知っていたんだ。お前の存在を」

「……!?」

「わずかではあるが、結界の効力がまだ残ってる。ほんと、死んでも厄介な女だぜ」


 ルナが両親の亡骸を発見した時、魔王アリエは村に向かって何かをしていた。

 それは、もしもまた魔族がメイヤードの生き残りであるルナを殺しに来た時のために、強い結界を張ってくれていたのだ。彼女を、守るために…。

 

「私、今までずっと、守ってくれていた人になんてこと…」


 ルナは絶望した。  

 両親が死んでから、何度魔王アリエを恨んだか分からない。何度殺そうと思ったか。

 何度、死んでくれと神に祈ったか…。

 勘違いだったとはいえ、両親を殺そうとした悪魔を止めようとしてくれただけでなく、7年間も自分を守り続けてくれた命の恩人に、自分はなんてことを思い続けてしまったのだろう。

 世界最悪の嫌われ者…その正体は、人間を影ながら守ろうとする世界最強の魔王だった。今ルナは、全てを悟る。


(今まで私が平和に、無事に生きてこれたのは、魔王アリエのおかげだった)


 ルナは口元を抑え、溢れ出る感情を押し殺そうとする。しかしとめどなく溢れ出る涙を、もう止めることは出来なかった。

 悔しくて悔しくて、溜まらない。

 勘違いしていた自分が憎い。目の前に親の仇がいるのに、絶望の連続で全く体が言うことを聞かない。

 そんなルナを見下すように眺めるベルフェゴールは、ニヤリと笑う。


「なんでかは知らねぇが、わざわざ村の外に出てきてくれて助かったぜ。危うく、魔族除けの結界に踏み入る所だった」


 ルナは涙ながらに、ベルフェゴールを睨みつけた。

 今まさに、彼女は全ての元凶を前にしている。このまま無言でやられるなんて、自分を守ってくれた両親にも魔王アリエにも、申し訳が立たない。

 そう強く思いながら、彼女は体を震わせながらも、ゆっくりと立ち上がる。


「ほう、やる気か?随分殺気立ってるが、この俺に勝てるとでも?」

「勝たないと…誰も、!」

「ふん、そういうもんか。人間の考えることはよく分からん。あの魔王もな」

「分からないのは、あなたよ!」

「せっかく真実を伝えてやったのに、この態度か。まあ、どうせお前は死ぬんだ。最後の足掻きだと受け取っておくさ。少し時間を無駄にした。悪いが、すぐに終らせるぜ…」


 余裕の笑みを浮かべ、ベルフェゴールは魔力を解放し始める。周囲の環境がざわつき、まるで悪魔のオーラに怯えているように、森全体が激しく揺れ動いた。

 ベルフェゴールは、七大悪魔の中でも最弱。だが、個体レベルは500を超えている。

 間違いなく、ルナでは奴に勝てない。それを分かった上で、彼女は立ち向かおうとしている。


「粉々に消し飛ばしてやる。〝炎塊の擲弾フレア・グレネード〟…」


 ベルフェゴールは、こぶし大の炎の塊を生成し、ルナに向かって打ち放った。小さい炎の塊だが、その凝縮されたエネルギーが爆発すれば、防御力が低い人間の体など、宣言通り粉々に散ってしまう。

 当たってはマズいと、ルナはその場から必死に逃げようと足を動かす。しかし爆発の範囲があまりにも大きすぎて、逃げる余裕すらも与えてはくれなかった。

 森一帯に、叫び声が轟く。

 それは、巨大な炎の爆発に直撃した者の咆哮。の、雄たけびであった…。




「「「ギャ~~~~~!!!!」」」




 爆発で、あっという間に燃え盛る森。

 周囲の温度が上昇するのを肌で感じ、ルナはもう駄目だと閉じていた目をゆっくり開ける。


(私、無事だ…。なん、で…??)


 体が宙に浮いている。


「ふぅ…間に合った~~~!!!」


 そして聞き覚えのある女の子の声。それを耳にした途端、ルナが状況を把握するのに、時間はかからなかった。


「あり…あ?」


 ルナは自分を優しく抱きかかえてくれている、黒髪少女の名を呼ぶ。

 半開きの目で見る彼女の姿に、なぜかルナは懐かしさを感じた。

 初めて出会った時とは、真逆の立場。今度はルナが、助けられた。

 

「怖かったよね、ルナ。ごめん、急に家を出て行って。もう大丈夫。そ、その…私が、あの悪魔をぶっ倒すから!」


 魔王アリエ・キー・フォルガモス、そしてただの人間の女の子アリア。この二人は、紛れもなく同一人物。

 偶然か、はたまた運命か。


 ――彼女は二度、ルナ・メイヤードを守った…。

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