第7話 怠惰の悪魔

 どれだけ時間が経っただろうか。

 死んだような目で、ふとルナの方へ向くと、彼女はいつの間にか机に突っ伏したまま眠っていた。泣き疲れてしまったのだろう。


「ルナ、ごめん…。私…」


 背中にタオルをかけてやり、一枚の紙切れにメモを残す。それをルナの前に置いて、私はすぐに荷物を纏め始めた。

 こんな人殺しと一緒にいてはいけない。ルナの人生を壊してしまった私が、彼女と一緒にいる権利なんて雀の涙ほども無いだろう。


「今日の報酬…ちょっと少ないけど、ルナのために使って。二日間、本当にありがとう」


 独り言を呟き、自分が今日稼いだ報酬金をテーブルに置く。最後にお礼を言って、私は家を出た。

 

 これから、どうすればいい…?

 人間に生まれ変われば、全てが変わると思っていた。

 でも、変わったのは姿や性質だけ。自分が過去に犯した罪だけは、どう足掻いても拭い去れないのだ。

 どうして、ここに転生してしまったのだろう。

 いや、私が殺してしまったのは、ルナの両親に限った話じゃないのかもしれない。どこかで、私に無意識に殺された人たちがいるのではないか?

 

「今日、どこで寝ようかな…」


 気がつけば、私は村を出て、近くの森に足を運んでいた。


「じゃま」


 近くに寄ってきた魔物を素手で殴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたりしているうちに、森の端の方に私の縄張りが出来上がる。そこに簡易的な泊り小屋を作って、拠点にした。

 

「やっぱり、私は人間と関わっちゃいけないんだね…」


 私はルナと同じように、過去の私を恨んだ。

 魔王アリエ・キー・フォルガモスは死んだけど、人間たちの中には、未だ私の存在が居続けている。無意識に数多の人間を殺したならば、誰しもが私を恨んでいるだろう。

 人間の世界で不自由なく生活できるのは、凄く嬉しい。だけど、魔王アリエの存在が人々の中から消えない限り、私は過去の自分に対する鬱憤を、人々から嫌でも耳にすることになるだろう。


 ――アリアは、絶対悪い子じゃないって…。


 ルナの言ってくれた言葉が、脳裏によぎる。

 ごめんなさい、ルナ。私、本当は悪い子なの。

 過去の事だが、ルナの信頼を裏切ってしまった事に変わりはない。しかも、無意識にだ。

 泊り小屋の中で横になり、悲しみをグッとこらえて、目を瞑る。

 ルナのように泣いてはいけない。

 そう、堅く思いながら、私は眠りについた――。





     ◇





 辺りを見回せば、どこまでも真っ暗闇の空間。その何もない空間に、私は仰向けに寝ていた。


「ねぇ、アリア…」


 そして、この場に反響するルナの声。それに気づき、体を起こそうとするも、


「あれ?体が、動かない!?」


 どこからか繋がれている鎖に、両手両足を拘束されていて、身動きが取れない。状況が飲み込めず、何とか鎖から抜け出そうと必死に抵抗する。

 そんな私の元に、ルナは姿を現した。

 どこまでいっても無表情。死んだような目をして、冷徹な眼差しをこちらに向けている。

 それは、私の知る彼女の姿とは程遠いものであった。


「ルナ…」

「ねぇ、アリア。いや、魔王アリエ・キー・フォルガモス」

「え…!?」


 いきなりルナに前世の名で呼ばれ、困惑する。

 なんで、私の…。


「あなただったのね。私の親を殺したの…」


 ……っ!??

 ルナは、怒りを噛み締めたような声で、私に事実を突きつけた。


「ごめん、ルナ。ごめん…」

「ごめんで済んだら、私もこんなことしないわよ?ずっと、私を騙してたのね」


 ルナの手には、大量のマッチ棒が持たれている。今から何をされるか、何となく察しがついた。


「ごめん、なさい…」


 体を震わせながら、謝る。ただただ、謝ることしかできない。

 でも、ルナに殺されるなら本望…かも。

 世界最悪の嫌われ者…その最後を、ルナの手で終わらせて欲しい。私も、私が大嫌いだから…。


「親の仇、苦しんで死んでもらわなきゃ」

「ルナ…ほんとに、ごめんね」

「もう、二度と転生しないでね。バイバイ、…」


 ルナは大量のマッチ棒に火をつけ、私に投げつけた。服はすぐに焼け爛れ、私の体を燃やし尽くしていく。

 熱い、熱い、熱い…。熱いよ、ルナ…。

 ルナは依然として、凄然な表情のまま、何も言わず、焼き殺される私を見続けている。

 声が出なくなり、だんだんと意識が遠のいていく。苦しい、痛い、熱い…でも、私が人間にもたらした恐怖は、こんなものじゃなかったのだろう。

 早く、楽にして。熱いよ…!

 心の中で叫び続けた末、暗闇の中で私の意識は完全に消えてなくなった――。



 ………

 ……

 …



「熱い…」


 ぼやけた視界に、炎が映り込む。目を開けると、まだ私は火の中にいた。

 あれ、死んでない…?

 声が出る。体が自由に動かせる。熱いのは確かだけど、苦しくはない。

 夢だった?じゃあ、なんで今炎が見え…。



「「――って!何これ!!」」



 周囲の異変を察し、勢いよく起き上がる。夢を見るほど熟睡していた私を叩き起こした火の海が、どういうわけか目の前に広がっていた。


「夢の中でルナに焼き殺されると思ったら、今度は現実で火炙り!?」


 泊まり小屋は完全に燃えて無くなり、若干服が焼け焦げている。熱さを感じるだけで、私の体に異常は見られない。

 丈夫過ぎない…?って、そんなことよりも、この炎は何!?

 自然発火にしては、燃え過ぎている。あまりに人工的だ。

 そして、よくよく状況を観察すると、誰かが通った後のような、火の道が出来上がっていることに気づく。

 誰かが燃やしたんだ…この森を。

 なぜ?と疑問に思う前に、私はこの〝ファイアロード〟に沿って走り出した。


「たしか、この先はカギ村のはず。村に何かが近づいているの?」


 少ししたら、遠くの方に村の明かりがちらほら見受けられる場所まで辿り着いた。ファイアロードも、ちょうどここで途切れている。

 

「よかった、村はまだ無事みたい」


 そう呟いた私の元へ、何者かが近づいてきた。


「あん?まだ生き残りがいたのか」


 後方から、男の声が聞こえてきたので、警戒しながら振り返る。そこには、私の知る悪魔の姿があった。


「お前は…!?」


 魔界には、〝七大悪魔〟と呼ばれている7人の悪魔族が存在する。そいつらは、それぞれ得意な属性魔法と特徴的な性格を持ち、常に人間を脅かすことを生きがいとしている魔族だ。

 そして、私の目の前にいる者こそ、その七大悪魔の一人…。


「ん?お前、この【ベルフェゴール】様を知ってんのか?」

 

 ――火の悪魔、怠惰のベルフェゴール。


 黒髪に真っ白な肌、黒くて小さな悪魔ツノ。それ以外は、ほぼ人間に近い姿形をしている。


「知ってるも何も…って、そっか、お前は私のこと分からないか…」


 こいつとは、過去に何度か戦ったことがある。定期的に勝負を挑まれたり、こいつが殺そうとする人間を守るために戦ったり…。

 逃げ足だけは、いっちょ前なイメージがあったっけ。


「何言ってんだ、お前」

「なんで悪魔がここにいるの?まさか、また人間を殺そうと企んでる?」

「また、だと?さっきから聞いてりゃ、人間の癖に見知ったような口を聞きやがって。殺されてぇのか?」

「無理無理。お前じゃ、私に勝てないから!」


 両手を腰において、ふふんとドヤる。

 と言っても、実際今の状態で勝てるかどうかは未知数。魔王だった頃のように、つい強気に出てしまった。

 そんな私を見て、ベルフェゴールは眉間に皺を寄せる。


(なんだ、この人間…。なぜ悪魔を前にして、堂々としてられる…。意味が分からん。俺って、悪魔だよな…)


 微塵の恐怖も感じていない私に対し、ベルフェゴールは困ったような表情を見せる。まあ、悪魔が目の前にいるのに、全く警戒しない人間は、私が最初で最後だろう。


「おい、人間!なぜ、俺に勝てると豪語できる?」


 そんなことを質問されたので、私は今自分が持つ力量を分析した上での必勝法を答えた。


「例えば、私は水属性の魔法が使える。お前の火属性とじゃ、相性良いもん」

「ぷっ、バカかお前!どうやら、俺が火の魔法しか扱えないと思ってる雑魚だったようだなぁ!」


 と、盛大に笑われる。

 例えばって言ったつもりなんだけど。奥の手とか全部言っちゃったら、つまんないじゃん。バカなのはどっちやら。


「じゃあ、やってみる?、ここで…」


 ん?ここで…?

 あれ…以前私、この森でベルフェゴールと戦ったことある?なんでだったっけ。


(前みたいに…?)


 私の言葉に、ベルフェゴールは首を傾げる。


「お前みたいな人間は初めて見たぜ。戦ってやってもいいが、万が一にでもお前が強かった場合、無駄に魔力を消費しちまうかもしれねぇ。先ずは、が先だ」

「やっぱり、人間を殺しに行くんでしょ!そんなこと、させない!」

「まあ、待てよ。この先にいる〝勇者候補〟をぶっ殺してから、すぐに相手してやる」


 勇者候補…そうだ、たしかこいつは誰かの命令を受けて、勇者の素質を持った人間を片っ端から殺そうとしているんだった。その度に、私が阻止して――。


「カギ村に勇者候補…一体、誰??」

「すぐに分かるさ。そいつの亡骸でも、ここに持ってきてやるよ」


 そう言い残し、ベルフェゴールは上空へと羽ばたく。そのまま、カギ村の方まで一直線で飛んでいった。


「あ!ちょっと、待って!!」


 最悪だ、こんな時に…。村の人たちが危ない!

 ちょっと待てよ。たしか、前にベルフェゴールはチラッと言っていた。勇者の血筋を受け継ぐ家名を…。

 勇者というのは、『遺伝して受け継がれる』もしくは『潜在能力や実力で成り上がれる』、人間界最強の称号だ。ベルフェゴールは前者、『遺伝して受け継がれる』勇者候補を今潰そうとしている。

 代々受け継がれてきた勇者の血筋。それを持つ者たちは、決まって同じ家名を引き継いできた。

 思い出せ。そう、たしかその家名は三つあった筈。【ルべリオル】、【マクシム】…三つ目は、





 ――メイヤード…。





「そうだよ、メイヤードだ!!ルナの家名…ってことは!!?」


 私はすぐさま村へと全力で走り出す。

 このままじゃ、ルナが危ない!なんで、なんで気づかなかったんだ、私!

 全てが点と点で繋がった。そう、あの日…ルナの両親が殺されてしまった日、私はベルフェゴールとこの森で戦ったんだ。

 勇者の血筋を持つメイヤード家を殺そうとするベルフェゴールを、阻止するために!!

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