第10話 ここから始まる
「ね、ねぇ…ルナ。私たち、いつまで抱き合ってるの…?」
ベルフェゴールを倒してから数分、私たちは未だに離れることなく、0距離で密着している。詳しく言えば、ルナが一向に離れる素振りを見せないからなんだけど…。
いや、全然良いんだよ。すっごく幸せな時間が流れてるんだけど、このまま続くと頭がパンクしてしまうから…。
「だって私が離れたら、アリアがまたどっか行っちゃうかもしれないじゃん…」
「うっ…。い、いやその…私、元魔王だよ?世界一の嫌われ者だし、いつ私のことが世間にバレるか分からない。だから、私と一緒にいるのは――」
ちなみに、転生したことは先ほどルナに伝えた。
正体がバレてしまったし、もう隠し通すことは無理だからね。
ルナの両親を殺してしまった事は誤解だったとはいえ、それはまた別の話。過去の私がどれだけ人間界に恐怖をもたらしてきたか、ルナだって知ってる筈だ。
転生したことがいずれバレてしまった時、私は間違いなく人間界から追放される。その時、私と一緒にいると、ルナまで除け者にされてしまう。
だからこれ以上は…そう思ったが、ルナの意思は想像以上に固かった。
「嫌!!そんな理由でお別れなんて、絶対嫌よ!だって私、まだアリアに何も恩返しできてない…」
「恩返しなんて…ルナは私に色々してくれたじゃん。村を一緒に回ってくれたり、服を買ってくれたり、ご飯作ってくれたり。それだけで、十分だよ」
そう言って離れようとする私を、ルナは更に強く抱きしめてきた。
「前世のことなんて、私は知らない!
「とも、だち」
友達になりたいなんて、始めて言われた。
心の奥底から、温かい気持ちが溢れてくる。それは決して、緊張や疚しい感情から来るものではない。
魔王の時には絶対感じることのなかった、
そうか…私、愛を全く知らないんだ。男に恋心を抱くなんてあり得なかったから、こんなに温かいものなんだって、分からなかった。
ルナの両親が、どれだけ娘を愛していたか…今の私には理解できる。
――守って…くれ。
そうだよね。他の誰でもない。私が頼まれたんだもん。
今度は、誰も死なせたりしないから…。
そう強く思いながら、私はルナの体を優しく包み込んだ。
「ありがとう、ルナ。私の前世の事、気にしないって言ってくれて…。こんなに嬉しく思った事、一度もないよ。その、最後にもう一度確認で…ほんとに、私が友達でいいの?」
「当たり前じゃない…。アリアがいいの。アリアじゃなきゃ、ダメ…」
――ズッキューン!!!!!
心臓に愛の銃弾が貫いた…ような気がした。もう一回…いや、後100回くらい言って欲しい!
「分かったよ、ルナ。今日から、私たちは友達。ずっと、一緒だよ」
「うん!よろしくね、アリア!!」
絶対に後悔はさせない。
見ててよ、前世の私。あなたに託されたルナを、これからも見守り続けるから。
「それじゃ、帰ろうか。あ、その前に…こいつ、どうしよ」
私の正体を知ってしまったベルフェゴールを、このまま野放しにするわけにはいかない。殺す…のもアリだけど、そこはルナに判断を任せることにした。
「この悪魔の身柄は、近くの王都に預けるわ。二度と、人を襲うことが無いように」
「それで、いいの?両親の仇だよ、こいつ」
「うん、いいの。殺したところで、親が戻ってくるわけじゃないし。何より、私にはアリアがいる。それだけで、もう救われてるから」
「そっか…」
ルナは本当に強い子だ。もう気持ちが前に向かってる。
ふと空を見上げると、森に一筋の光が差していた。夜が明け、朝日が昇って来たのだろう。
まるで私たちを祝福してくれているかのように、まばゆく光っていた。
そんな日の出を背にして、私たちは村へと帰る。甘々で幸せな日々に向かって…。
◇
個体レベル15の私が、今まで人間界を脅かしてきた七大悪魔の一人、ベルフェゴールを倒したことを聞き入れ、当然村中が仰天状態。まあ、私が元魔王だとは言えないので、ルナが上手いこと村の人たちを納得させていた。
この事はすぐに村の外へと広まり、今日早速、ベルフェゴールの身柄を確保しに、近くの王都から衛兵の方たちがやって来るらしい。奴にはきっちりと、過去の行いを反省してもらうつもりだ。
「あ、来たみたいよ。アリア」
「そうみたいだね」
村の入り口から、大きめの馬車が一台入り込んでくる。その中から、複数の屈強な兵士たちが次々と姿を現した。
その殆どが重厚な鎧を身に纏っている中、一人だけ特に何も着飾っていない女の子が、私たちの前に歩みよってきた。
「こんにちは!カギ村の皆~!私たち、王都〝レアリム〟からやってきた、つよーい兵士だよ~!」
……。
随分と天真爛漫な兵士が来たものだ。かなり精神年齢が低いお子様という印象を受ける。
この女の子が兵士?村の人たちみんな引いてるけど…。
「あ、この悪魔がベルフェゴール?ほんとに倒されてるじゃん!びっくり~」
上半身を鎖で縛られながら、悔しそうに地面に座るベルフェゴールに女の子は近づく。
ちなみに、その鎖は魔族が触れれば力を吸い取られ、身動きを封じることが可能な〝
「なんだ、お前…。弱そうなガキが来やがって!」
ベルフェゴールに馬鹿にされた女の子は、特に怒る様子はなく、胸に手を当て自己紹介を始めた。
「おっと、いけない!私としたことが、自己紹介を忘れてた~!うっかりうっかり!私は、王都レアリムの軍隊を率いる〝司令塔〟…【メアリー】ちゃんでーす!!」
可愛らしくペロッと舌を出したと思ったら、今度はしっかりと敬礼。あざといけど、仕草が可愛いから不覚にもドキッとしてしまった。
金髪で、肩にかかるくらいの長さのツインテール。髪を縛っている黒色のリボンがかなり派手だ。
身長は私くらい。年齢も同じくらいに思える。
丸みを帯びた顔つきで、全体的に幼い印象。ブルーの瞳に、パッチリ開いた目。普通に可愛い。
服装は、クリーム色を基調とした軍服?のようなもの。下はスカートといった、目新しい格好だ。
腰には、鞘に収まった刀身の長い刀が見られる。剣士なのだろうか。
司令塔ってことは、この子が一番偉いってこと…だよね。人は見かけによらないな、ほんと。
「あ!あなたがベルフェゴールを倒した女の子?すっごーい!どうやって倒したの?」
メアリーと名乗った女の子は、私に気づくと小走りで歩み寄ってきた。
初対面のはずなのに、なんで私が倒したって分かったんだろう。
そんな疑問は、メアリーに至近距離で顔を覗き込まれた途端に吹っ飛んでしまった。ルナと触れ合って、少しは女の子耐性が付いたと思ってたけど、やっぱり初対面の女の子を前にすると、顔を真っ赤にしてしまう。
「え、ええっと…」
「あれれ~、顔真っ赤だけど大丈夫?どっからどう見ても普通の女の子にしか見えないよね~。ねえねえ、どんな魔法使えるの~?」
「魔法は…その、秘密というか…」
「あの、アリア困ってますから。その辺にしてください…」
いきなりの質問攻めに戸惑う私を庇うように、ルナが割って入ってくれた。少しムッとしているのは、気のせいだろうか…。
「あ~、ごめんね~。私、よく後ろの兵士たちに言われるの。図々しいってさ~」
メアリーの言葉に、後ろに立つ兵士たちは一斉に彼女から目を逸らし始める。みんな、苦労してるんだろう。
「でも、私あなたに興味持っちゃった!」
「え?」
「これ、王都レアリム周辺の地図だよ。気が向いたら、遊びに来てくれると嬉しいな~。その時は、
ふ、二人っきり!?
地図を渡されると同時に、可愛くウィンクされる。
あざといったらありゃしない。でも、可愛いなぁ…。
「じゃ、さっさとこの悪魔を連行するよ~」
「誰がお前ら人間に捕まるかよ!!」
とベルフェゴールが叫び声を上げる。しかし奴はすぐに黙りこくった。
「私、悪魔って大っ嫌いなんだ~。静かにしてくれたら、首切らないで上げる♡」
ニコッと笑ったメアリーは、刀を抜いてベルフェゴールの首にその刀身を押し当てた。笑顔の裏に、彼女の隠された狂気が伺える。
近づかれた時に思ったけど…この子、多分めちゃくちゃ強い。
人間界にだって、勇者然り、強い子は当然いる。私がイレギュラーだっただけで、魔界側に強さが固まっている訳ではないのだから。
これ以上の抵抗は虚しく、ベルフェゴールは嫌々兵士たちに従い、馬車に乗り込んだ。
ちなみにだけど、アイツから私が元魔王アリエだっていう記憶は消去しておいた。
個体レベル500近くの悪魔を倒して、かなりレベルが上がり、十分な魔力を得ていたので〝記憶操作〟の魔法を使用させてもらった次第だ。
まあ、何でもかんでも記憶を変えられる訳じゃない。ベルフェゴールの頭の中で最も強調されていた記憶であったから、比較的消しやすかったというだけ。
それに、記憶操作と言っても、消去限定だしね。相手の記憶を辿るなんて真似事は、今の私には不可能だ。
「じゃあね~、アリア~!!絶対遊びに来てよ~!!」
「う、うん!」
なんかあっさり、王都の司令塔と知り合い以上の関係になってしまった。
馬車から手を振るメアリーに、ぎこちなく手を振り返す。王都レアリムか…近いうちに、行ってみようかな。
◇
ベルフェゴールの一件が終わり、その後私たちは、ルナの両親が眠っている村のお墓に足を運んだ。二人並んで座り、お墓の前で手を合わせる。
「アリア、ほんとにありがとう」
「え?」
「私、アリアに出会わなきゃ、ずっと魔王アリエを恨み続けていたし、なんで親が死んでしまったのかも分からないまま、生き続けていたかもしれない。でも真実を聞いて、親が命を懸けてまで私を守ってくれたことを知って、私って凄く愛されてたんだなって思えたから」
「ルナ…」
「自分が勇者の血筋を受け継いでいるなんて、未だに信じられない。勇者になるなんて、考えたことも無かったけど、この世界は何が起きるか分からないわ。魔王アリエが転生して、こうして私の隣にいるんだし」
「あはは…。ほんと、そうだよね」
「だから、もし勇者になるようなことがあれば、今度は私がアリアを助ける番。って言っても、アリアは最強だから、結局私が助けられちゃうかも」
そう言って、ルナははにかむように笑った。
ルナが勇者か~。ちょっと見てみたいかも。
初めて会った時みたいに、カッコいい王子様風で颯爽と現れて、私を優しくお姫様抱っこ~なんて、ふへへ…。
相変わらず、バカ丸出しの妄想である…。
「その気持ちだけで十分だよ、ルナ。私はルナと一緒にいるだけで、すっごく幸せなんだから」
少し照れながら、今の気持ちを正直に伝えた。それに対し、ルナはちょっとだけ驚いたような顔を見せる。
「そ、そうなのね…。私と、いるだけで…ふ、ふーん…」
その反応は、なんだ…?
どうしたものかと聞こうとすると、ルナは不意に立ち上がり、私の手を取った。
「じゃあ、アリア!改めて、今日からよろしく!」
「う、うん!こんな不束者だけど…こちらこそ、よろしくね!」
「もう、全然不束者なんかじゃないのに~」
「いやいや、ルナに比べたら全然だから!」
自然と手を繋ぎ、仲良くお話ししながら家へと向かう。
このかけがえのない繋がりを一生大事にしたい。
これは、私が人間に転生してから紡がれた、最初の繋がり。まだ初々しい種の状態だけど、ここから成長して、いつか大きな
つまらない魔王の人生から一変。人間に転生して、私の人生は百合色に染まり始めた。
でも、まだそれはほんの序の口。これから沢山の女の子たちとの関わりを経て、どのような百合の花を咲かせることになるのか。
ここから始まるのだ。
転生した元魔王の甘々百合生活が…。
第一章 始まりの百合 完
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