第二章 王都レアリムでの一件

第11話 押しかけ少女

 一週間後――。

 人間に転生して、ようやく人間界に慣れ始めてきた私は、朝からルナにお世話されっぱなしだった。


「アリアの髪って、ふわっとしてて可愛い。髪型なんでも似合うわね~」

「んー、そう…?ルナの髪はサラッとしてて凄く綺麗だよ」


 トーストをもぐもぐ食べながら、寝ぼけ眼で答える。

 可愛いと言われることにも慣れてきた。まあ、ルナが毎日のように言ってくれるからなんだけど…。

 私の髪を弄るのが好きみたいで、朝はルナに髪をとかしてもらうのが日課になっている。


「アリア、今日はどんな依頼を受けようか?」

「ん~、今日はいいんじゃない…?特に、お金に困ってるわけじゃないし」


 冒険者の依頼をこなすのも、毎日の日課ではある。主に、村周辺の安全確保と報酬金のためだ。

 でも、偶には外へ出ずに家でゴロゴロするのもいいんじゃないかとは思う。村には結界を張り直したし、安全については問題ないから。

 

「ア~リア。どうせ、一日中ベッドの上でゴロゴロしてたいとか、思ってたでしょ」

「え…!?いや、そ、そんなことは…」


 図星を突かれたのと、ルナに後ろから抱きつかれたのとで、少しテンパる。

 転生した元魔王っていうのは、ルナに知られてるけど、私が女の子好きなのはまだ知られてない…はず。

 だから、それだけはバレないようにと何とか平静を保っていた私に、ルナが意地悪する。


「アリアはいけない子だな~。そんな子には…ふぅー」

「うひゃぁ!!?」


 いきなり耳に息を吹きかけられ、ビクッと体が跳ねた。おまけに変な声が出てしまい、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。


「あっはは!どう?目、覚めたでしょ」

「うぅ…ズルい」

「ごめんごめん。ここまで耳が弱いとは思わなくて。でもまあ、偶には家でゆっくりするのもいいかもしれないわ」

「そ、そうそう。偶にはね…」


 友達同士になってからというもの、ルナは事あるごとに私をからかったり、悪戯イタズラしたり、なぜか私の弱点を分かっているかのように接してくる。それは全然嫌じゃないんだけど、時々身が持たなくて頭がパンクしてしまうから、程々にして欲しいなぁ...なんて。

 人間の女の子って、友達になるとこうも距離が近くなるものなのだろうか。まさかとは思うけどルナ、私の反応が面白いからって遊んでるんじゃ…。


「それにしても、アリアって元魔王だとは思えない程受け身なタイプよね。それに比べて、戦闘の時は人が変わったようにカッコよくなるし。慣れ親しんだ魔族相手なら普通にコミュニケーション出来るけど、人間にはどう接したらいいか分からない…こんなとこかしら」

「そうなのかもね…」


 と誤魔化しておく。

 人間の男の人だったら、普通に話すことが出来るんだよね。ギルドの主人や村の男の人には、比較的元気よく挨拶してるし(もちろん、女の人にもしっかり挨拶はしてる)。

 なるべくボロが出ないように…というか、女の子に慣れていかないとな~。これじゃ、いつ誰に女の子好きがバレるか分からないから。


「普通に、魔族と同じように接すればいいのよ。って言っても、人間界と魔界じゃ世界が違い過ぎるから、無理もないかもしれないわね」

「う、うん…。頑張ってみるよ」

「まあでも、今のような気弱なアリアも、戦ってる時の俺様系なアリアも、私は好きよ。ギャップがある女の子って、結構魅力的だし」

「ほんとうに…?」


 そんな会話をしていると、玄関口の方からコンコンと戸を叩く音が聞こえてきた。こんな朝から、お客さんだろうか。

 気づいたルナは、小走りで玄関の方へ向かう。


「あ、はいはーい!すぐ行きま~す!」


 私はトーストを食べ終え、食器を洗うために台所へ。そのまま洗い物をしようと、洗剤に手を伸ばした瞬間、玄関の方から勢いよく誰かが走って来た。


「ちょっと、あなた勝手に…!」

「あー、いたぞ!お前がアリアという奴だな!!」


 先程玄関の戸を叩いていた客人だろうか。ルナの静止も聞かず、ずけずけと家の中に入って来たかと思ったら、私を目に入れた途端、ビシッと指を差してきた。


「え、なになに!?」


 いきなり名指しされ、びっくりしていると、そのはトコトコと私の前に歩み寄って来る。


「ふむふむ…。たしかに、どこからどう見ても、普通の人間だな。そんなに強そうには見えないのだ」


 そして、ぶつぶつ…と何かを呟きながら、私を執拗に観察する。


「うーん…勇者のも見当たらないぞ」


 と次の瞬間、何を思ったのか、女の子は私のスカートの裾を持ち上げて、堂々と中を覗き始めた。一瞬、何をされているのか頭が追いつかず、思考が停止してしまったが、私はすぐに顔から火が出たようにボフッと煙を出す。


「……!?///」

「お前、結構可愛いパンツ履いてるな」

「な、なななななな何やってるの!!!??」


 たくし上げられたスカートをすぐに戻し、裾をギュッと握り締め、女の子から全力で離れる。

 パンツ見られた…しかも、女の子に!!ルナにだって、こんな堂々と見られたことないのに…。


「パンツ見られたくらいで、大袈裟なのだ。そんなに恥ずかしいのか?」

「は、恥ずかしいに決まってるでしょ!?」


 男だったら、恥じらいはないけど、蹴り飛ばして記憶を完全消去してる場面だろう。

 でも、相手は女の子。手は出せないし、私にとっては悶絶レベルの出来事だ。


「ふふん!お前、からかい甲斐のある奴だな。次は胸を揉んでやるか」


 意地悪な目つきで、女の子は胸を鷲掴みしようと手をモミモミしだした。

 私は涙目で、顔を真っ赤にしたまま胸を隠す。これ以上はもう…そう思っていると、


「うぐっ…!!」


 女の子は頭にゲンコツを喰らい、その場で崩れ落ちた。


「全く、いきなり村にと思ったら、なに私の友達泣かせてんのよ。【ユィリス】…」

「うっ、ルナのゲンコツは相変わらずなのだ…」


 この状況を見かねたルナが、すぐに助けてくれた。女の子は頭を押さえ、私と同じように涙目になる。

 名前を呼び合ってるし、二人は知り合いのようだが…。


「ごめんね、アリア。この子、同い年の癖して、まだ精神年齢お子様だから許してあげて」

「は、はぁ…」

「ほら、あなたも謝って!」

「うぅ…ごめんなのだ。って、ルナ!お子様とはどういうことだ?私はもう大人だぞ!」

「どこがよ。バカは変わってないようね」

「何を~!!」


 なんか、始まった。

 喧嘩…という程のものではないが、急に言い合いが勃発。1、2分は続いたと思う…。

 そしてルナは、突然家に押しかけてきた女の子、ユィリスのことを紹介してくれた。

 

「アリア、この子はユィリス。ただの知り合いで、腐れ縁ってとこかしら」

「よろしくなのだ!」


 ユィリスは両手を腰に置き、胸を張る。

 身長は私よりも低いし、一見すると無邪気な子供にしか見えないが、同い年らしい。

 グレーに見えなくもない、綺麗で長い白髪。それを少し束ねて、両サイドに小さく縛った髪型をしている。

 透き通った白色の瞳を持ち、目元がとても綺麗だ。開いた口から、時々八重歯が見え隠れしている。

 上半身は、へそ出しの黒いトップスに、紺色のサイズの合わないぶかぶかのフード付きパーカー。下は、白のショートパンツで、華奢な足を覆う縞々模様のニーソに目を引かれる。

 背中に大きめの弓、腰に数本の矢。間違いなく、弓使いだ。

 パーカーのサイズはわざとなのか分からないが、背伸びしてワンサイズ上のものを着てみたかったのだろうか。袖からちょこっとだけ指先を出してるのが、すっごく可愛い。


「半年くらい前までこの村にいたんだけど、依頼が簡単過ぎるとか何とか言って、村を出て行ったのよね」

「私はこう見えて結構強いんだぞ。こんな田舎村の依頼じゃ全然面白くないから、王都の方まで旅をしに行ったのだ」

「で、なんで今更帰ってきたのよ。まさか、外の魔物が強過ぎて、逃げ帰ってきたとか?」

「そうじゃない。王都付近の魔物も、私にかかれば楽勝なのだ。今日ここに来たのは、ベルフェゴールを倒した奴に会ってみたいと思ってな!」

「アリアのこと?」

「そう、こいつだ!」


 とユィリスは再び私の顔を指差した。

 この子、キメ顔で人を指差すのが癖になってるな…。可愛いからいいけど!


「え、ええっと…よろしくね、ユィリス。たしかに、ベルフェゴールは私が倒したけど…なんで村の外にいたのに、その事を知ってるの?」

「そりゃ、王都中でもう話題になってるからな!ただの人間の少女が、七大悪魔を倒したってさ」

「ええ!?そんなに…!?」


 しまったな…。この前、ベルフェゴールの身柄を引き渡した時、メアリーに言っておくべきだった。私のことは公にしないでって。

 こんな話題になってしまったら、ゆっくりスローライフもままならないのでは…?まあ、多少は覚悟してたけども!

 ユィリスが私の名前を知っていたということは、多分アリアという名も割れているだろう。終わったな~。


「凄いわね、アリア!もう有名人じゃない!」


 ルナが意地悪そうな目を向けて言った。元世界一の有名人だってこと、知ってるよね…?


「そうだ!そこで、私は気になった。七大悪魔を倒した奴の実力は、本物なのかどうかを。だけどお前、勇者でも何でもないのだな。見た目は結構弱そうだぞ…?」


 もしかして私、だいぶ失礼なこと言われてない?でも可愛い女の子に罵倒されるのは、寧ろ私にとってはご褒美かも。


「あなた、少しはアリアの気持ち考えなさいよね。ストレートにものを言う癖、いい加減直しなさいって」

「だって、本当の事だろ?」

「あのね…私だって、こう見えて〝勇者候補〟よ。あなたはもう少し、人は見かけによらないを学んだ方がいいわね」

「そんなことはどうでもいいのだ。それよりアリアとやら、この私と…ん??



 ――って、マジかそれ!!!??」



 驚愕の事実に、ユィリスはワンテンポ遅れて仰天する。かなりシュールな反応だ。

 まあ、驚かない方がおかしいよね…。


「あ、つい会話の流れで…。今のは聞かなかったことにして頂戴」

「いや、無理無理無理無理!冗談もいいとこだぞ!?」

「じゃあ、冗談で」

「じゃあってなんなのだ!?」


 その後、押しかけ少女ユィリスによる質問攻めが行われたのは言うまでもない…。

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