第19話 なんてことない幸せ

「って言っても、次また会えるかどうかは分かりませんけどね…」


 少しはにかむように笑って、フランと名乗った女の子は付け足した。

 先程までの乱れた彼女とは打って変わって、かなり気品を感じる挨拶。まるで使用人のような立ち居振る舞いに、私は少し驚いた。

 メイドさん似合いそうだなぁ、この子。可愛いし。

 彼女のメイド姿を想像しつつ、今一度その容姿に目を通す。

 

 耳から上のサイドを三つ編みにして、後ろに束ねたような独特のショートカットヘアは鮮やかな赤毛で、秋に色づく楓のよう。前髪の両端が外にちょこっと跳ねているのに、少し幼げを感じる。

 眼鏡から覗かせる若干の吊り目は、綺麗なアイラインを描いていて、全体的に凄く大人っぽい。まつ毛が長く、真紅の瞳が眼鏡の奥で輝いている。

 身長は私よりも少し高く、ルナと同じかそれ以上。目立つほどではないが、胸は大きい。

 服装は、全身を覆う茶色のトレンチコート。手首には、少しフリルが付いた白のバンドを身につけている。

 眼鏡をかけた女の子って良いよね~。普通に可愛いし、外した時のギャップに、またドキドキさせられちゃう。

 なんて口元を緩めながら、こちらも名乗る。


「私はアリア。ええっと…よろしくね、フラン」

「ん?アリア…って、まさかあの七大悪魔を倒したという、アリアさんですか?」

「あっ、ええと…う、うん」


 冗談混じりなフランの質問に、私は躊躇いを見せながらも、特に嘘をつく理由もなかったので正直に頷いた。


「ええ~~!!?す、凄いです!まさかこんな形で出会えるとは!」

「ちょっ!?しーー…」


 驚いて大声を上げるフランに、人差し指を口の前に立てて見せる。

 嘘をつく理由はないけど、あまり注目を集めたくはない。

 このまま私が王都に来ていることが広まったら、密かにモナの手掛かりを探すこともままならなくなってしまう。

 というか、一緒に来てくれた二人に迷惑が掛かっちゃうから…。


「私って、会っただけでそんな驚かれるの?」

「そりゃもう!王都に出回っている号外に、アリアさんの名前がデカデカと書かれてるんですから」

「えー……」


 人間界には、勝手に人の名前を大々的に広めるのはダメっていうルールはないのか…。いや、魔界もないんだけどさ。

 せめて、私に許可を取ってから号外に載せて欲しかったんだけど。前世のように有名になりたい訳じゃないのになぁ…。


「なんでそんな嫌そうなんです?もっと誇ってもいいんですよ?」

「いや、そんな大したことしてないよ、私。ただ悪魔を倒したってだけで…」

「それが凄いんですよ。あの七大悪魔ですよ?何百年って倒せなかった悪魔を、勇者でもない女の子が倒しちゃったんですから」


 んー、ベルフェゴールくらい、勇者でも余裕だと思うなぁ。まあ、あの悪魔は逃げ足だけは達者だし、強者を見たらすぐ逃げ出すような奴だから、とっ捕まえることが難しいという意味で凄いってことなんだろうけど…。


「と、とにかく、あまりそのことを公言しないでね。私は注目されたい訳じゃないから…」

「そうですか…残念です。言っときますけど、アリアさんはこのレアリムの王に勲章を与えられる程、凄いことをやってのけてるんですからね」

「そうなんだ…」

「想像以上に欲がない人ですね…」


 讃えられるためにやった訳じゃないからね。友達を…ただ守りたかっただけだから。


「分かりました。ここで会ったことは、私たちだけの秘密ということで」

「うん。そうしてもらえると、助かるよ」

「はい!それでは、私はこれで。まだ仕事が残ってますから」

「あ、うん。またね」


 一礼し、フランは足早にこの場を去っていった。

 こんな時間まで、何の仕事してるんだろう。両親のお手伝いとか?

 随分と個性の強い子だったなぁ~と思いつつ、読んでいた本を棚に戻す。そこへ、店の中を一通り見終えたのか、ルナとユィリスが駆け寄ってきた。


「ア~リア~!やっとルナの買い物付き合いから解放されたぞ~!」

「仕方ないでしょ。もう一度来られるか分からないんだから、色々見ておかないと」





     ◇





 それから、私たちは宿に戻り、宿泊の手続きを済ませた。

 一日中動いてばっかりで、ルナとユィリスはお疲れの様子。二人ともベッドの上で、ぐでーっと倒れ込んでいる。


「アリアは疲れないのか~?」

「アリアは体力無限なのよ、多分」


 そんなことないけど…。レベル的に、みんなより少し体力があるってだけだからね。

 

「でも、こういう見知らぬ土地に来て、楽しく旅行するって良いわね~!おかげで、こんなに可愛いお洋服買えちゃった~!」


 満面の笑みを浮かべ、ルナはベッドの上で仰向けになりながら、今日買った衣類を抱きしめる。


「旅行って、そういうんじゃないと思うのだ…」

「あなただって、新しく買った矢をご丁寧に仕舞い込んでるじゃない」

「ふふん!この矢はな、魔力を与えれば水中だろうと真っ直ぐ飛んでいくのだ。新しく入荷されてたから、試しに買ってみただけだぞ」

「試しにって、10本くらい買ってるじゃない…」


 そんな優れた矢なんてあるんだ…。ユィリスなら、完璧に使いこなせるだろうなぁ。

 

「アリアは何も買わなかったの?欲しいもの、なかった?」


 王都に来てから、ずっと手ぶらだった様子の私が気になったのか、ルナが尋ねる。

 物珍しい人間界の品々や魔法具なんかを前にして、目を輝かせてはいたが、私は何一つ買おうとは思わなかった。

 物欲がない…なんてことは無いと思うけど、あまりにも前世の生活様式が豪勢過ぎて窮屈なのもあってか、今は必要最低限の物に囲まれた生活に満足してしまっている。

 それに、買い物だけが旅行や冒険の楽しみじゃないことを知ってしまったから…。

 と、私は二人に照れくさく理由を話す。


「うん、そうだね…。欲しい物はあった…と思う。でもね、その…友達と一緒にこうして楽しく街を歩き回って、お喋りして、ご飯を食べて…それが私にとって、一番楽しいって感じられることだから…」

 

 普通だって、思われるかもしれない。でもそれは本心から出た言葉。

 そんな物事を、私は求めていたのだから…。

 頬っぺたを赤くして、呟くように言った私の言葉に、ルナはパァァァっと笑顔を見せる。


「もう、アリア~~~!!!嬉しいこと言ってくれるじゃない!!」


 そして、心から嬉しく思った様子の彼女に思いっきり抱きつかれた。

 一方、ユィリスは少し驚いたような顔をしたまま、確認するように聞いてくる。


「なあ、アリア…。その友達に、私も入ってるのか?」


 こういう時、真っ先にからかってきそうなユィリスに、なぜか真面目な顔を向けられた。少し不思議に思いつつも、私は大きく頷いて答える。


「うん、勿論。あ、嫌だったらごめん…。友達って、軽々しく言ったらダメとか、そういうのがあったら――」


 私の中ではもう、ユィリスは友達だと言ってもいい関係だと思ってる。でも、ユィリスはそう思っていないのかもしれないと心配する私に、彼女は嬉しそうに笑って見せた。


「ふふ…ほんと、おかしな奴なのだ。あれだけからかってきた奴を、友達扱いするなんて…」

「あ、いや…それとこれとは話が別だから」

「ふふん!アリア、私と友達の付き合いをするということは、どういうことか分かっているんだろうな?」


 ビシッと指を差すお決まりポーズからの、両手をモミモミさせながら、ユィリスは近づいてくる。私にとっては恐怖でしかない。


「こら、ユィリス。アリアに手出しするなら、私が許さないんだから」


 ルナはユィリスに対抗?するような目を向けて、より一層私を強く抱き寄せた。そして、腕に柔らかな感触が襲ってくる。


「やる気だな、ルナよ。だったら、二人まとめて押し倒してやるのだ」

「キャー!」


 ユィリスが私たちを思いっきり抱きしめるようにして、ベッドに押し倒した。それを受け、ルナがわざとらしく悲鳴を上げる。


 あー、何これ…ここは、天国ですか?そっか、私は天国に転生してしまったんだね…。

 

 ただの子供同士のじゃれ合いに、私は目をハート型にさせながら、暫くこの〝天国〟に身を任せていた。





 ―――――――――――――――





 同刻、深夜の王都は人の行き交いがなくなり、完全に寝静まった状態に。そんな街の様子とは裏腹に、レアリム最大の建造物である城の地下では、極悪悪魔の怒声が響き渡っていた。


「まだ、吐く気はないんだ~。そろそろ言ってもらわないとー、餓死するよ」

「うるせぇ!!俺は死んでも吐く気はねぇよ!」


 地下にある、罪人を捕らえるための牢獄…地下牢に、最近搬入された魔界からの使者ベルフェゴールは、檻を隔てて目の前にいる少女を睨みつけた。


「いい加減にしてよ、もう~。いくら悪魔でも、一週間以上の断食は流石に堪えると思うんだけどな~」


 王都レアリムの名物料理、を片手に持ちながら、七大悪魔を前に、その少女は溜め息をつく。


「お前ら人間と違って、悪魔は腹なんか空かせねぇんだよ!」


 ぎゅるる…と地下牢に響く、空腹を告げる音。それをかき消すように、ベルフェゴールは大声を上げた。


「ぷっ…すっごいお腹鳴ってるけど?勇者候補の暗殺を目論む奴らについて教えてくれるだけでいいのに~」

「クソッ、このガキが!!見てろよ…この鎖を外したら、先ず真っ先にお前をぶち殺してやる!」

「無理に決まってるじゃーん。お前に私は…」


 ニコッと笑い、少女は重々しい声で告げる。悪魔の脅しなど、王都最高司令官には通用しない。

 天才的な剣術に、兵をまとめる統率力。彼女によって、地下牢に放り込まれた悪人は数知れず。

 世界ランクは163位。〝東の司令塔イーストコマンダー〟の異名を持つメアリーとは、彼女のことだ。


 ベルフェゴールは、とある組織に命じられて、勇者候補であるルナを殺そうとしていた。その者らによる〝勇者候補抹殺計画〟を阻止すべく、メアリーはようやく掴んだ奴らの尻尾であるベルフェゴールから、何とか組織の情報を吐かせようと毎日地下牢に訪れている。

 しかしあまりにも奴の口が堅すぎて、一週間以上も経ったところで、メアリーは半ば諦めつつあった。呆れたように、近くの衛兵に不満をぶちまける。


「ハァ…いいよもう。こいつ、ぜ~んぜん口割らないもん!明日から来なくて良くない~?」

「いや、王からの命令ですので…」

「むぅ…」


 そんな中、この地下牢にまた一人、軽い罪を犯した罪人が衛兵に連れられてやってくる。


司令塔コマンダー…本日、レアリム南の市街地にて、窃盗を犯した男を連行してきました」

「あっそ~、事情聴取終わったのね。全く…窃盗とか、そんなどーしよーもない事で罪人になって欲しくないんだけど~」


 口を尖らせながら、メアリーは窃盗犯を睨む。かなりご機嫌ななめな様子だ。


「時に司令塔コマンダー、この窃盗犯を食い止めてくれた少女についてですが、恐らく――」


 窃盗犯を連れた衛兵が、メアリーに何かを耳打ちする。

 その瞬間、先ほどまでの怠そうな表情から一変。メアリーの機嫌が見る見るうちに良くなっていく。


「やっと、会える…」


 気分が浮きだった様子のメアリーは、陽気な鼻歌を歌いながら、衛兵の静止を無視して地下牢から飛び出していった。

 それを見て、


「全く、あの人は…。どこまで自由人なんだ…」


 と衛兵たちは、半ば呆れ混じりの感慨を見せた…。

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