第18話 百合好きの同志

「た、たしかに、盗まれたものはこれで全部だ。ありがとう、お嬢ちゃん…」

「いえいえ」


 未だに何が起こったのか分からないといった様子で、市街地はどよめいている。しかしその後、ルナたちの拍手が伝染するように、あちこちから称賛の声が上がった。


「や、やるじゃねぇか!あの子!」

「何か知らないけど、凄いわ!」

「まだ子供だろ!?なんて勇敢なんだ!」


 こうなることは想定してたとはいえ、あまり目立ちたくはなかったなぁ。

 前世では、こういうトラブルやら厄介ごとの中心にいるのが当たり前になっていた私だが、今世でもその〝パッシブスキル〟の本領を発揮しているようだ。

 いや、別に盗賊を見逃したい訳じゃないけどさ…。タイミングってものがあるじゃん?

 ほっとけば衛兵が取り押さえてくれるような盗賊を、わざわざ目立つ位置で相手する私も私だけど…。でもまあ、誰かに褒められるっていうのは、悪い気はしないかな。


「ほら、さっさと立て!」


 やがて、衛兵に取り押さえられた盗賊の男は、身を震えさせながら連行されていった。そんなに盗みが怖かったなら、やらなきゃいいのに…。

 そう思いつつ、馬車に乗り込んだ。とにかく、この場からいち早く遠ざかりたい。


「なあなあ!今度はどんな魔法を使ったのだ?」

 

 とお約束の如く、ユィリスが興味津々に聞いてくる。


「いや、ただの盗賊の真似事だよ。あの人、自分では気づいてなかったみたいだけど、罪悪感に苛まれてて冷静じゃなかったし、体に力が入ってなかった。その隙をついたってだけだから…」

「また曖昧な説明なのだ…」





     ◇





 レアリムに来てから早々、厄介なことに巻き込まれたものの、私たちは近くの宿に馬車を預け、王都を散策することにした。


「移動に半日かかったから、もう夕方近いわね~」

「お腹空いたのだ~」

「そうだね。どこかのお店で夜ご飯済ませちゃおうか」


 ということで、近くにあった軽食屋に立ち寄って、ディナーがてら今後の方針を話し合うことに。早速メニューを見て注文しようとすると、物珍しい料理の数々に私は不思議に思った。


「なんか、パン?に色んなものを挟んでるね。ハンバーガーって言うんだ…」

「お前、ハンバーガー知らないのか?」

「無理ないわよ。まか…ご、ごほん、アリアの住んでたところには、こういう軽食はなかったんでしょうから」


 恐らく〝魔界〟と言いかけたルナは、咳払いして誤魔化す。

 いけないいけない。あまりにも人間界の料理を知らな過ぎると、フォローしてくれるルナに迷惑が掛かってしまう。


「ふーん。じゃあ、アリア!私のおすすめがあるんだが、それにしないか?」

「ちょっと、アリアに変なもの食べさせないでよ」

「変なものとは、店に失礼ではないのか?ルナ」

「うっ…ユィリスが言うと、そう聞こえちゃうってだけよ」

「とにかく、さっさと注文するぞ」


 注文が終わり、少しも経たないうちに、各々の料理が運び込まれた。

 ルナとユィリスは、普通のセットメニュー。

 しかし私の前には、具材が何層にも重なっているタワー状に積まれたハンバーガーが堂々と聳え立っていた。


「ねえ、ユィリス…。何、これ…?」

「特大タワーバーガーなのだ。口を大きく開けて食べるんだぞ」


 意地悪そうに言って、ユィリスは可愛らしくハンバーガーを食べる素振りを見せる。隣でルナが細目で睨んでいることも知らずに…。

 まあ、限界まで口を開けば食べられないでもないけど、それはちょっと女としてはどうなんだろう…。

 私だって、恥じらいの一つや二つはある。いや、もっとあるか。

 仕方ないので、真ん中にぎっしり詰まった肉厚部分を一かじりする。


「ん…!?―――っ!!!」


 鼻の頭にソースを付けながら、私はハンバーガーの衝撃的な美味しさに天を仰いだ。あまりに幸せそうに頬張る私の表情を見て、二人は不意を突かれたように頬をぽっと赤くする。


(守りたいこの笑顔…!)

(可愛いな、こいつ…。いや、純粋に)


 ルナとユィリスは、まるで小動物を目の前にしているかのようなほっこりとした表情でこちらを眺めている。そんなことなど目に入らず、私は少しずつタワーを崩していった。


「鼻にソース付いてるぞ」

「もう、ユィリスが食べづらいもの頼むから」


 とルナが私の鼻に手を伸ばして拭いてくれた。完全に手間のかかる子供だな、私は…。


「美味しい?アリア」

「うん、すっごく!」

「全部食べられる?」

「大丈夫だよ」

「やり取りが親子のそれなのだ…」


 夕食を済ませ、締めのドリンクを残したまま、今後についての話を始めた。


「先ずは、色んな人に聞いてみたらどうかしら。家族で構成された勇者パーティなんて、誰かは聞いたことあるんじゃない?」

「それなら、一人当てがいるぞ」

「え、ほんと?」

「うむ。ここには、王都に関して知らないものは無いと言われてる〝情報屋〟がいるのだ。そいつなら、何か知ってるかもしれない」

「じゃあ、その人に聞いてみましょ。今日は…」


 窓の外を眺めると、街は暗がり始めているようで、街灯がちらほら灯り始めている。今日は移動にかなり時間を要してしまったようだ。


「もう暗くなるし、聞き込みは明日にしよっか」

「そうね」


 その後、私たちは夜の王都を珍しげに眺めつつ、店が閉まるまで買い物を楽しむことに。

 村にはない貴重なアンティークや装備品、食材など、初めて見る品の数々。私もそうだけど、特にルナは目を輝かせてショッピングを楽しんでいた。

 

「ねぇ、今度は本屋に行ってみましょ!」

「うん」

「私、もう眠たいのだ~」

「これで最後にするから、我慢して」


 王都の本屋には、村では見られない長編の絵本や小説なんかが所狭しと並べられてある。主に、勇者の伝記を面白おかしく物語としたものだが。

 中には、世界最悪の魔王をどう攻略するか…や、謂れのない魔王の悪行なんかが、盛りに盛って描かれている。


「随分と有る事無い事書いてくれるなぁ…。まあ、人間たちは私がいるからいつまで経っても魔界から魔族が居なくならないと思ってるみたいだから、しょうがない所ではあるけど」


 なんて呆れていると、私はふと近くの棚に置いてある一冊の本に、なぜか目を奪われた。

 

「これって…」


 手に取り、表紙を見ると、そこには二人の女の子が手を取りあって、楽しそうに笑っている様子が達者な絵で描かれていた。少し気になって、中身をパラパラ読み進める。

 すると、偶々近くで本を物色してた女性が、恐る恐る話しかけてきた。


「あ、あの…それ、気になります?」

「え…?」


 急に声をかけられ振り向くと、そこには同い年くらいの眼鏡をかけた女の子が、私と手に持っている本を交互に見ながら、何か言いたげな表情で立っていた。

 それ…というのは、私が今読んでいる本のことだろうか。なぜ話しかけてきたのか分からず、戸惑っていると、


「あ、すみません!急に話しかけちゃって。その、同い年くらいの女の子で、そういう本を読む子なんていないもんですから、ついかと…」


 眼鏡を中指でくいっと上げながら、その女の子は申し訳なさそうに言った。


「同志…??」

「あー、はい…その本って、結構有名な〝百合〟小説なんです。それを見ていらしたので、もしやと思ったんですが…。違いましたかね?」


 百合…お花のこと??

 彼女の言ってることがイマイチ分からず、首を傾げる。そんな様子の私に、女の子はさり気なく傍に寄ってきて、本の事を説明してくれた。


「ほら、その小説の表紙を見ていただければ分かると思うんですけど…それ、女の子同士の甘い恋愛を描いた物語なんですよ」

「え…そうなの!?」

「あー、その様子だと、知らないで読んでたんですね。残念…百合好きの同志だと思って、期待したんですけど…」

 

 と女の子は残念そうに苦笑いを浮かべる。

 初めて接する女の子と隣り合わせで、少しドキドキしながらも、私は聞き慣れないワードについて尋ねてみた。


「ええっと、その…さっきから言ってる、百合とか同志ってどういう事??」


 すると、女の子はわざとらしく大げさに眼鏡を上げると、勢いよく私に近づいてきた。心なしか、眼鏡のレンズがキラン!と光ったような…。


「ふっふっふ…気になりますか?気になりますよね!?」

「え…!?あ、いや…」

「ふふん!説明してあげましょう!百合とは、女の子同士の甘くて濃密な恋愛のことを言います。ただ甘いだけじゃない…そこには、当人たちにしか分かり得ない濃厚な…それはもう過激で背徳的な関係も含まれてきます!!」

「……」

「恋愛は、男女だけの関係?いやいや、同性だっていいでしょ!寧ろ、男なんか存在しない恋愛物語こそ嗜好!つまり百合とは、エクセレント!ファンタスティック!マーベラス!!…な女の子同士の愛なのです!!」

「いや、最後何言ってるか全然分かんないんだけど!?」


 大人しい性格かと思いきや、急に豹変して興奮状態に陥ってしまった女の子。少し引き気味で彼女の話を聞いていたが、心の中で同意する部分は多々あった…ような気がする。

 百合って…女の子同士の恋愛の事を言うんだ。初めて知ったな…。


「そして同志とは、その百合好きの仲間のことを指します」

「な、なるほど…」

「はい!で、どうです?興味、湧いてきましたか?」


 女の子はずいっと顔を近づけてきて、ワクワクしたような表情で私の答えを待っている。その様が可愛らしくて、つい顔を背けてしまった。

 興味湧いた…というか、もう湧いているというか…。もしかしてこの子も、私と同じ…なのかな。

 少し難しい表情で考える素振りを見せる私を見てか、女の子は我に返る。


「あ、すみません…。私、百合の話になると、つい暴走しちゃうのが癖でして…。迷惑…でしたよね」

「え!?い、いや、そんなことは…。女の子、好きなんだね」


 戸惑いながらも確認するように尋ねると、思っていたのとは違う答えが返ってきた。


「んー、私は女の子が好きって言うより、女の子同士が愛し合ってるのを見るのが好きなんです。つまりは、三人称の立場ですかね。私自身、恋愛にはこれっぽっちも興味ないので」

「あ、そうなんだ…」


 百合を見て楽しむ…そんな人もいるんだ。私とは、同じに見えて同じじゃない。恋愛には干渉しない立場の人って、ことだよね。

 でも、親近感は湧いてくる…かな。女の子が好きな女の子を受け入れてくれる子だもんね。

 そう思いながら、珍し気に女の子の事を見やる。すると彼女は一歩下がりだし、胸に手を当てて深々とお辞儀をしてから、丁寧に自己紹介した。


「そういえば、自己紹介がまだでした。【フランディア・サベール】です。お気軽に、フランと呼んでください!」

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