第17話 王都レアリム

(取り敢えず、これを...)


 一旦部屋に行き、戻ってきたミーニャは、一枚の紙切れを咥えて、私にそれを渡してきた。


「これは?」


(モナの似顔絵にゃ。お前に出会った時、チャンスだと思ってこっそり描いていたのにゃ。かなり、時間かかったが...)


 あー、だから今まで姿を見なかったのか。

 四つ折りにされた紙切れを広げると、そこには青い髪に猫耳を付けた女の子が描かれていた。つぶらな瞳に、数字の3を横にしたような猫の口。多分、ここは想像だろう。

 可愛らしい絵だなぁ。なんて、ほっこりする。

 まあ、髪の色と猫耳はかなり特徴的だから、これはいい手掛かりになる筈。


「ありがと、ミーニャ。それじゃ、行ってくるね!」


(頼んだのにゃ、アリア)


 ミーニャに手を振って、私はギルドの外で待機してくれていた二人の元へ向かう。


「これが、似顔絵か~」

「猫の手でどうやって描いたのだ...」


 たしかに...。

 ルナとユィリスにも似顔絵を見せ、私は早速やるべきことを整理し始める。


「手掛かりが全く無いって訳じゃない。モナを連れた勇者パーティの家族は、レアリムを拠点としていたそうだから、先ずは王都に向かおう」


 そう言って、私は懐に忍ばせておいた王都レアリム周辺の地図を開く。

 この前、メアリーから半ば強引に貰ったものだが、まさかこんなに早く会いに行くことになるとは...。って、いやいや...別にメアリーに会いに行きたくて王都に行く訳じゃないから!


「村から王都までは、馬車で半日くらいね...。あ、そういえばユィリス、あなたどうやって村に帰ってきたのよ」

「ん、歩いてきたぞ?何日か野宿してな」

「それは、普通に凄いわね...」


 王都まで歩いて行ってもいいけど、時間はかかるし、何より王都周辺の魔物はこことは比べ物にならない程に凶暴。ユィリスはともかく、ルナにはまだ危険な道のりだろう。

 まあ、ルナを守れる自信はあるけど、ここは最短で安全な手段で行くのが一番だ。


「ルナ、この村に馬車を貸し出してるところってある?」

「ええ、あるわ。村の役場から借りれる筈よ」

「よし、早速馬車に乗って行くのだ!」


 ということで、私たちは役場から馬車を借りることに。王都レアリムまでの移動手段に使いたいと申請すると、馬車の管理をしている女性は快く貸し出してくれた。


「え、タダで!?」

「勿論よ!アリアちゃんのおかげで、村の安全は保たれてるんだから~。お金を取るようなことはしないわ」

「いや、でも...」


 私が村全体に退魔の結界を張っていることを知ってから、村の人たちは私を崇めるように色々サービスをしてくれるようになった。それはとても嬉しいんだけど、せっかく稼いだお金の使い道がなくて困ってしまう。


「ほら、貰えるもんは貰っとけと言うだろ?アリア」

「いや、貰うわけじゃないでしょ!」


 無理にでも貸出料を受け取ってもらい、村の入口へと馬車を進める。

 手綱を引いてくれるのは、ルナ。何度か馭者の経験があるらしい。

 馬車なんて、乗るのは始めてだ。前世での移動手段なんて、殆ど飛行魔法で事足りてたしね。

 長旅になるかもしれないから、各々必要なものを荷台に詰める。支度を終え、ルナの合図の元、私たちは王都への旅路についた。

 私は手綱を引くルナの隣に座り、馬車の走らせ方を学ばせてもらう。万が一、私が操縦することがあるかもしれないからだ。


「じゃあ、アリア。両手で手綱を持ってみて」

「うん」


 手綱を握ると、ルナがその上から手を重ねてくる。手綱の感覚を覚えるために、私の手を動かしてくれているのだが...。

 これは...駄目だ。

 滑らかですべすべしてるルナの手が、私の手を包み込んでいる。温かくて、柔らかくて...。

 時折絡んでくるような指の動きに、思わず心臓がドクン!と跳ね、操縦どころじゃなくなってしまう。おまけに体が密着して、変な汗が後から後から...。

 手汗、大丈夫かな...私。

 でも...なんだろう。馬車って良いな~。ああ、もう一生馬車乗ってたい...。

 そんな私たちの幸せな空間(※アリアの妄想です)に目を向けながら、荷台で寝っ転がっていたユィリスはニヤリと笑う。


「アリアの奴、だらしない顔してるな...。ま、楽しそうで何よりなのだ」


 そう呟いた彼女の頭の中から、大切な人との思い出が蘇ってくる。



 ――ユィリス。ほら、ちゃんと握ってないと、馬車から放り出されるよ~。



「私も、初めて馬車に乗った時は、に世話焼かれてたっけ...。もう随分、前の話だな...」


 とユィリスは笑みを浮かべた。半分ほど、悲しげな表情を残して...。





     ◇





 道中、楽しくお喋りしながら馬車を引き、お弁当を食べながら休憩して、行く手を阻む魔物を退治しながら、私たちは地図やユィリスの案内の下、王都への道をひたすらに進んだ。

 そして半日かけて、ようやく前方に巨大な城下町の景色が見える所までやってきた。


「あ、見て見て!あれじゃない?」

「大きな街が見えてきたね」

「ふわぁ〜、ん...」


 昼寝をしていたユィリスは起き上がり、前方に見える街並みを指差した。


「おー、着いたか~。あれが、王都レアリムなのだ」


 洋風の街並みが、奥へいくに連れて階段状に広がっている。そして、その最奥にはレアリムの象徴とも言える、巨大なお城が堂々と聳え立っていた。

 レアリムは初めて来たけど、これは人間界だとかなり大きな王国の一つに分類されるだろう。近くまで来ると、その壮大さに圧倒される。


「あそこから入れるぞ。最初は衛兵による入国審査があるのだ」


 ユィリスの言う通り、王都の入国口付近には、複数の衛兵らしき者たちが立っている模様。先日、メアリーと一緒に来ていた兵士たちと似たような格好をしている。

 

「王都レアリムへようこそ!通行許可証はお持ちですか?」


 と衛兵が尋ねてきた。

 それを聞いて、待ってましたと言わんばかりに、馬車から身を乗り出したユィリスが通行許可証を提示する。


「これでいいか?」

「はい、確認しました。許可証をお持ちでない方は、何かご自身を証明するものの提示をお願いします。冒険者の方であれば、ギルドの会員カードで構いませんよ」


 あ、それでいいのね。意外と審査は寛大なのかも?

 そう思い、私とルナは衛兵にカードを提示する。


「ん、この名前...」


 すると、衛兵は私のカードを見て、何やら不思議そうな表情を浮かべる。しかしそれは一瞬で、確認が終えるとすぐにカードを返却された。

 その後は、軽く馬車の中を見られただけで、入国審査は完了。速やかに中へと誘導された。


(あのアリアという少女...まさかと思ったが、世界ランクが圏外なわけないな。名前が同じなだけか...)


 そんなことを思われているなど露知らず。私たちは、無事に王都へ入り込むことができた。

 初めての人には、もっと厳格な審査が必要なのだという。通行許可証を持っていたユィリスに感謝だ。


「私とアリアは通行許可証持ってないけど、大丈夫なのね」

「定期的に訪れるような奴は、持っておいた方が入国審査をいちいち受けずに済むってだけだ。今回は、私が持っていたから、あまり厳重に確認されなかったみたいだな」

「その、許可証はどうやって作ってもらうの?」

「私の場合、厳重な持ち物検査の後、ギルドの会員カードを提示して作ってもらったのだ。まあ、とにかく怪しい言動をしなければ、問題ない」


 個体レベルや世界ランクが正確に現れる会員カード。これは人間だけが扱えるため、人間に扮した魔族を見分けるのに必要なものらしい。

 それを提示するだけなら、後でルナと一緒に許可証を貰いに行くのもアリかも。


「それにしても、綺麗な街並みだわ~!」


 初めて訪れる巨大な都市に、ルナは目を輝かせる。

 村とは一変した都会の景色。人々は多く行き交い、そこら中に色々な系統の店が立ち並んでいる。

 私もまさか、こんな大きな街を自由に出入りすることになるなんて、前世じゃ思いもしなかった。控えめに言って、感動だ...。


「あー、ええっと...。お前ら、感動してるとこ悪いんだが、そろそろ馬車止めないか...?ここじゃ、目立ってしょうがないぞ」


 ユィリスの言う通り、気づけば私たちは、市街のど真ん中まで馬車を走らせていた。無意識に道行く人をかき分けて...。

 馬車の横を通り過ぎる人たちは、みんな訝しげな表情で私たちを見ている。相当邪魔に思われてるだろう。

 

「ふ、普通はこんな道の真ん中は走らないみたいだね...」

「早く指定の場所に停車させましょ!」

 

 赤面しながら、私たちはそそくさとこの場から離れようとした...ちょうどその時、



「「「キャーーーー!!!」」」



 遠くの方で女性の悲鳴が聞こえてきたと思ったら、急に辺りがざわつき始める。


「何!?」


 道の端っこに馬車を止めて、何事かと顔を出す。

 どうやら、前方から悲鳴やざわつきが次第に大きくなっているようだ。その中心には、何やら大きめの袋を肩に回し、全速力で市街から出ようとする男の姿があった。


「と、通り魔よ!!」

「衛兵を早く呼べ!!」


 男の手にはナイフが持たれているが、市民に危害を加えている様子はない。


「頼む、そいつを捕まえてくれ!うちの商品を盗んだ、盗賊野郎だ!!」


 その男はどこかのお店の商品を盗んだようで、今その店の主人に追いかけ回されている。

 ナイフを見せつけ、道を開けろと叫ぶ様子に街の人たちは逃げ惑う。


「こんな目立つ場所で、よくもまあ盗みを働けるものだな。アイツ、ただの一般人だろ?」

「いや、冷静に言ってないで止めなさいよ...」


 二人が別の意味合いで呆れているのを横目に、私は馬車から飛び降りて、男が走って来る路地のど真ん中で佇む。

 盗賊っていうのは勇者パーティでも時折いたけど、宝の在りかを探し出す魔法を使ったり、魔族を騙して武器を奪ったり...。そういう技術を持ち合わせている人のことをいう。

 一般市民から強奪するような輩は、ただの犯罪者だ。野放しにしていいわけがない。


「まあ、ここが奴の運の尽きなのだ」

「そうね。調子に乗って、馬車をここまで走らせといて良かったわ」


 ルナとユィリスは、私がいるからか酷く冷静にものを言う。ちょっとは逃げる素振りを見せて欲しいんだけど...。


「どけよ、女!!」


 両手を腰に置き、立ち塞がるように突っ立っている私に、焦った様子で男は怒鳴りつけた。

 危ない!逃げて!という声が聞こえてくるけど、多分男はナイフで人を刺す気はない。明らかに動揺している表情から、そう読み取った。

 案の定、男は見せかけのナイフを振りかざしたまま、私の横を通り過ぎていく。そのすれ違いに、街の人たちは呆気に取られた。恐らく、何が起こったのか理解できなかったからだろう。



 私はナイフに血痕が付いてないかを確認して、後から追いかけてきた店の主人に笑いかける。


「はい、どうぞ。これで、大丈夫ですか?」

「え...!?」


 いつの間にか私の手に収まっていた袋を見て、目が点になりながらも主人は受け取った。

 後ろを振り返ると、盗賊の男は腰が抜けたように地べたに座り込んで震えている。の状態で。

 本当はこんなことしたくなかったんだろうなぁ、あの人。まあ、それだけが理由で震えてるわけじゃなさそうだけど...。


「あの子、今何したの...??」

「魔法?」

「何もしてなかったように見えたぞ」


 ここら一帯は、しーん...と静まり返り、私に注目が集まる。

 ちょっと盗賊を真似てみたんだけど...精度が良すぎて引かれてるな、こりゃ。とにかく、大事に至らなくてよかったよ。

 パチパチと手を鳴らす音が聞こえる馬車の中が異様な光景に思える程、周囲は度肝を抜かれている。


「流石アリアね!」

「お見事なのだ!!」


 そんな二人の称賛に、私は苦笑いを浮かべるのだった...。

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