第16話 看板猫からの依頼

 急に鳴き声を止めたミーニャと何やら魔法を使っている私を見て、ルナとユィリスは不思議そうな顔をする。


「アリア、何してるの??」

「独り言...には見えないのだ」


 テレパシーは、使用者と動物の間でのみ成される会話だ。当然、二人には聞こえていない。

 でも、傍から見たら私が一方的にミーニャへ語り掛けている奇妙な光景にしか思えないだろう。


「ねえ、ミーニャ。二人にもミーニャの声、聞かせてもいいかな?」


(構わないにゃ)


 可愛らしい見た目に反して、凛々しい声質で思念を伝えたミーニャは、こくりと頷いた。そして私は、ルナとユィリスに隣へ来るよう促す。

 両手に花状態でドキドキしながらも、説明を始めた。


「二人とも、ミーニャのおでこに利き手を翳して」

「うん」

「こうか?」


 テレパシーのとして、私が生成した魔力の塊。ミーニャのおでこに翳されたそれを介せば、テレパシーを使えない二人でも、私と同じ心の声を聞くことが出来る。


(聞こえるかにゃ??)


 ミーニャの心の声を聞いた二人は、自分の耳を疑うような素振りを見せ、驚いた。


「今の声...」

「なんか、頭の中にスーッと入って来たぞ!」

「よし、成功。今二人が聞いたのは、ミーニャの心の声だよ。私の〝テレパシー〟を使って、間接的にミーニャと会話できるようにしたの」

「いや、スゴッ!!?」


 そんな驚嘆する二人をよそに、ミーニャは淡々と話し出した。


(やはり、の目に狂いはなかったにゃ。信じていたぞ、お前がテレパシーを使ってくれることを)


 声のトーンから、ミーニャの喜ぶ様子が伺える。

 人間と思念伝達できていることに、あまり驚いていない。以前にも、こうして誰かと会話していたのだろうか。

 私を信じていた...つまりミーニャは、私がテレパシーを使える人間だと分かっていたの?


「もしかして、初めて会った時...」


(うむ。お前が強い奴なのは、最初から見抜いていたにゃ。歳はとったが、その分人を見る目が長けていてな)


 だから、あんな執拗に鳴いていたのか...。私が何かを察して、話を聞いてくれるまで。


「凄い、今ミーニャとお話してるのよね、私たち...」

「信じられないのだ...」


 するとミーニャは、ルナとユィリスを交互に見ながら、二人に聡明な眼差しを向ける。


(お前たちも、中々面白い奴らだにゃ。千里眼を持つ弓使いに、潜在能力が計り知れない勇者候補...。これだけの逸材が、こんな世界の端くれで平穏に暮らしていたなんてにゃ)


「いや、私はただ候補ってだけで...。というか、ミーニャ知ってたの!?」


(メイヤードという家名は、同族間でよく耳にしていたにゃ。生き残りがいたとは驚いたが...)


 そして〝逸材〟だと言われ、ユィリスは調子よく胸を張る。


「ふふん!ミーニャよ、中々見る目があるのだ。いずれ、魔王をも撃ち抜く最強の力を手にするために、私は日々努力しているからな!」


 魔王はもういないけど...。

 それにしてもミーニャ、何年生きてるんだろう。

 言葉の端々に年の功を感じるし、人を見抜く力に長けているのは、人生経験が豊富な証。見た目に反して、かなり聡明な子猫だ。


(調子に乗るな。ニャーからしてみれば、お前はまだひよっこだにゃ)


 とミーニャに軽くあしらわれ、ユィリスは頬をぷくっと膨らませる。


「ひよっこだと...!?ぐぬぬ...一人称が『ニャー』で語尾が『にゃ』の猫に言われたくないのだ!」

「何よ、その返し...」


 ボケなのか突っ込みなのか分からないユィリスの言葉に、私とルナは呆れたような視線を向ける。ちょっと面白いけど...。


(テレパシーだとこんな喋り方になってしまうのにゃ。聞きづらくても文句は言わないでくれにゃ)


「可愛いじゃない!語尾がにゃなんて」

「上から目線が可愛げないのだ」

「いや、あなたがそれ言う?」


 といった具合に、自己紹介を踏まえ、お互いにテレパシーでの会話に慣れてきたところで、私は本題について触れた。


「ミーニャは、どうやら私に何かを伝えたくて必死に鳴いてたみたいなの。えっと、お弟子さんの安否を確認してきて欲しい...だっけ?」

「へえ~、ミーニャに弟子なんているのね」


(うむ...。名前は【モナ】、獣人の女の子にゃ)


 モナという女の子の名前を口にした途端、ミーニャは不安げな様子で項垂れる。

 弟子と聞いて、てっきり同じ猫だと思ってたけど、獣人なのか...。

 亜人の中で、獣の耳や尻尾を持つ人間を獣人と呼ぶ。テレパシーを使わなくても、動物と会話ができる種族だ。故に、弟子であっても不思議ではない。


「それで、そのモナって子に何かあったの?」


(何があったのかは定かではない...。ただ、一年前からずっと消息が不明なのにゃ)


 そしてミーニャは、私たちに弟子であるモナとの事を話してくれた。


(モナと出会ったのは、あの子がまだ小さかった頃...同種からの迫害を受け、縄張りから追い出されたところを、ニャーが保護したのにゃ)


「迫害...?異種族からなら分かるけど、同じ獣人から受けたの?」


(そうにゃ...。理由は知ってるが、それはニャーとモナだけの秘密。すまぬが、お前たちには話せない)


「.....」


(モナはニャーを〝師匠〟と呼び、慕ってくれたにゃ。だからニャーは、二人で暮らしていく中で、モナに生きるために必要な知識と最低限自分の身を守れるようにと、魔法や戦闘術を教え込んだ。あの子は覚えがいいし、才能もある。それこそ、あるに誘われる程に...)


 勇者パーティ...?

 魔王を倒すために、勇者がリーダーとなって結成する冒険者グループを指すものだ。役職が異なるメンバーを引き入れ、バランスの良いパーティを作るのが理想的だと言われている。

 前世で何十組という勇者パーティを見てきたからか、勇者よりも詳しくなっちゃったけど...。


「勇者パーティに誘われるなんて、モナって奴は強いのだな」


(...特殊な魔法が扱えるのにゃ。それに目を付けた...という言い方はよくないが、モナの力が魔王を倒すために必要だと言って、そいつらはモナに近づいてきたにゃ)


「その勇者パーティは、もしかして悪い人たちなの?」


(あくまでニャーの見解にゃ。そいつらは全員というのもあって、パーティ内での仲は良さそうだったし、傍から見れば良い雰囲気だとは思うが...)


「家族で勇者パーティを組んでるってことか!?そんなの聞いたことも無いぞ...。変な奴らだなぁ」


 ユィリスの言う通り、家族だけで構成された勇者パーティなんて私も聞いたことがない。少し妙に思いつつも、ミーニャの話に耳を傾けた。


(家族構成は、父親、母親、長男、長女、末女の五人。勇者は父親にゃ。レアリムという王都を拠点とする奴らで、最初は定期的にニャーたちの所へやってきては、子供をモナと遊ばせていたにゃ。次第にその頻度も高くなってきて、終いにはモナを勇者パーティに勧誘してきたのにゃ...)


「レアリムね~。ユィリス、あなた何か知らないの?ずっとそこに居たんでしょ?」

「いや...そんな勇者パーティなんて耳にすらしていないのだ」


 今の話だけ聞けば、特に悪いところは見つからない優しそうな家族に思える。でも、ミーニャは当初から何かを勘ぐっていたのだろうか。


(同族に迫害されたモナは、家族という存在に憧れていたのにゃ。その時、奴らは近々拠点を変える予定だと言ってたし、せっかく仲が良くなった子供たちと離れたくないと、モナは言って聞かなかった...。心配だったが、近況報告を記した手紙を定期的に送るという条件で、ニャーは渋々モナを見送ったのにゃ)


「その...ミーニャは、一緒には行けなかったの?」


(ニャーの声は、人間には届かない。それに、あの家族はモナとニャーを執拗に遠ざけようとしていたように思えたにゃ...。無理に付いて行っても、すぐに追い払われただろう)


「それは、今から何年前の話なのだ?」


(二年前にゃ...。住む当てがなかったニャーは、ちょうど近くにあった村を拠点とすることに決めた...まあ、それがこのカギ村にゃ。運良くここのギルドの主人に飼われ、約束していた場所に手紙が届くのを待ちながら暮らしていたにゃ)


「うん...たしかに、ちょうど二年前からギルドの看板猫としてミーニャが現れたのよね。まさか、そんな事情を抱えていたなんて...」


 とルナは過去を振り返る。

 しかしミーニャの心配事は、それだけに収まるものではなかった。


(最初は、伝書鳩を使ってニャーに手紙を送ってくれていたにゃ。だが、一年ほど前から急に連絡が途絶えてな...。人間界にいるなら、どこからでも手紙は送れる筈にゃ。ニャーはモナに何かあったのではないかと、あの子の手掛かりを必死に探し続けたが、何も分からずじまいだったにゃ...。そんな時、お前が現れてくれた)


 ミーニャは真っすぐに、目線を私に向ける。その目は、先ほどまでの悲し気なものとは打って変わって、期待や希望に満ち溢れていた。


(どこから来たのかは知らないが、お前を見た瞬間、分かったのにゃ。信用できる人間だと...)


「ミーニャ...」

「ほら~!私もアリアと初めて会った時、そう思ったのよね~!」


 元気よく笑って、ルナは私の腕をぎゅっと掴んできた。その様が可愛すぎて、話が吹っ飛びそうになる...。

 

 ――何となく、分かったのよ。アリアは、絶対悪い子じゃないって...。


 初めて会った日の夜、ルナはそう言ってくれたっけ...。

 信用できる...なんて自分ではあまり言いたくはないけど、私は隠し事があるだけで、いつもみんなに見せている姿は、間違いなく素の自分。他者から見れば、私は信頼できる存在なのかな...。

 

(だから、頼む...。冒険者ギルド、看板猫からの依頼にゃ。行方不明になった弟子の安否を確認してきて欲しいのにゃ!!)


 今までにない強い意志と思いを込めて、ミーニャは深々と頭を下げた。ルナとユィリスは、私の答えを待っているかのように、真顔でこちらを覗き込んだ。

 両サイドから女の子の視線を感じつつ、私はミーニャの頭を撫で、頭を上げるように促した。

 人を見る目に長けた子猫にここまで信頼されて、期待に応えない訳にはいかないよね。

 

「頭を上げて、ミーニャ。誰にもこの事を話せなくて、辛かったよね...。お弟子さんのことは心配だろうけど、後もう少し待ってて」


(にゃ...??)


「大丈夫。私が必ず、お弟子さんを見つけるから!」


 自信満々に告げ、私はにっこりと笑った。


(ほ、ほんとかにゃ!?あ、いやだが...何の手掛かりも無いし、もしかしたらもう――)


「信じよう、ミーニャ。モナは、強いんでしょ?」


 生きているか、死んでいるか...そんなの、まだ分かっていない段階で考えることなんてしたくない。

 とにかく探し出すのみ。無事でいることを、信じて...。


(アリア...。うむ、そうにゃ。モナは、凄く強いのにゃ!!)


 元気を取り戻したように、ミーニャは笑顔になった。

 そんな中、私は不意に両サイドから強い視線を感じると同時に、肩が重くなる。気づけば、ルナとユィリスが何か言いたげな表情で私を見つめていた。


「ねえ、アリア。...じゃないでしょ?」

「もしかして、ミーニャの依頼、一人でやるつもりじゃないだろうな?」


 腕を両サイドから掴まれていたのに気づき、心臓が脈を打ったが、私は二人が言いたいことをすぐに察した。


「二人も...一緒にやってくれる?」


 私の問いかけに、二人は満面の笑みを浮かべて、思いっきり抱きついてきた。


「勿論よ、アリア!」

「ふふん!やってやるのだ!」

 

 まあ、私が昇天したのは言うまでもない...。

 こうして私たちは、冒険者ギルドの看板猫ミーニャからの依頼を受けることになった。

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