第15話 知り得ない恋心

「ふわぁ~...」


 真夜中の時間帯――。

 私はベッドから体を起こし、トイレに行こうと立ち上がる。

 あれ...ユィリスは?

 ルナはいつも通り、同じベッドでスヤスヤと眠っている。流石に三人入るスペースは無かったので、ユィリスは予備の敷布団の上で寝ていた筈なのだが...。


 トイレを済ませ、私は寝惚けながら家の中を見て回る。しかしどの部屋にも、ユィリスの姿は見当たらなかった。

 何となくだが、家の外かなと思い、玄関の扉を開ける。辺りを見渡すと、すぐ近くの木の上に人影が見えた。

 その子は私に気づき、可愛らしい八重歯を見せて、笑みを浮かべた。


「ん...起きたのか?アリア。まだ真夜中だぞ?」


 月明かりに照らされ、より一層綺麗な白髪を靡かせながら、ユィリスが木から飛び降りる。


「そっちこそ、寝なくていいの?」

「んー、なんか眠くならなくてな。夜風に当たりに来たのだ」

「そうなんだ...」


 するとユィリスは何を思ったのか、トコトコとこちらに駆け寄ってきて、真顔で私の顔を下から覗き込んできた。急に顔を近づけられたので、私は二歩程後ずさりする。

 しかしユィリスは、執拗に私との距離を詰めてきた。真顔なのが、なんか怖い...。


「アリア、私の目を見て」

「え...?」

 

 目線を逸らそうとする私の顔を覗き込み、ユィリスは言う。いくら寝ぼけているからって、目の前の女の子と目を合わせ続けるのは、ちょっと恥ずかしい。

 そう思ってか、私の頬は次第に赤く染まり始めた。


「なあ、アリア。今、ドキドキしてるか?」

「え...え!?な、なんでそう思うの!?」


 図星を突かれ、テンパりだす私を見て、ユィリスは口角を上げる。


「ん、何となく。なあ、ルナから聞いたんだけど、お前人間に慣れてないんだろ?よく分からないけど...」

「え、ルナが...?」

「口を滑らせて言ってたぞ。お前たちの秘密だってな」

「あ...うん。その事は、私の中で留めておきたかったんだけど、ルナは特別。必然的に知ることになったというか、何というか...」

「ふーん...」


 その事というのは、私とルナだけの秘密...つまり、私が元魔王だということ。

 それを聞き出そうと、ユィリスは私に探りを入れようとしている。そう思っていたけど、想像の斜め上を行く言葉がユィリスの口から飛び出してきた。


「でも、思ったのだ。いくら人間に慣れてないからって、近づかれただけでそんなに顔赤くしないだろ。ましてや同性なのに...。本来なら、それは異性に対して起こり得る反応だからな」

「うっ...」

 

 やっぱり、ユィリスにはバレている。というか、あんな辱めの数々に耐えてかつ平静を装うなんて私には無理な話だった。

 パンツを見られたり、甘い言葉を囁かれたり。そんなの嫌でもドキドキしてしまうのだから。


「女が弱点な女...ってとこか?ルナは気づいてないみたいだけど」


 とユィリスはかなりオブラートに包んで言ってくれた。もう隠し通すのは無理だと判断して、私は正直にこくりと頷く。


「んまあ、なんだ...七大悪魔を倒した人間がいるって聞いて、どんな奴かと身構えてたが、思った以上に人間味に溢れてて安心したぞ」


 そう言って、ユィリスは得意のしたり顔で私をフォローする。その言葉を聞き入れた私は目を見開き、ずっと懸念していたことを彼女に尋ねた。


「いや、その...気持ち悪いとか、思わないの?」

「ん?何が??」

「だ、だって、同性の相手にそういう感情を抱いちゃう女だよ。普通じゃない...」

「なるほど、だから隠してたのだな。

 んー、別に良いんじゃないか?私はお前の気持ちよく分からないが、誰かを好きになることが気持ち悪いなんて、それこそ普通に考えておかしいだろ」

「ユィリス...」


 ユィリスの温かい言葉に、私は自然と笑みを浮かべる。

 嬉しかった。この感情を、気持ち悪くないって言ってくれたことが...。

 優しいな、ユィリスは...。

 そんなほっこりした感情を抱いていると、ユィリスはすぐにいつもの生意気な顔に戻り、私をからかい始める。


「で、ルナとはどこまでいったんだ?んー?」

「ふえ!?る、ルナ...!?なんでルナが出てくるの?」

「だってお前、ルナのこと好きだろ?ふふん!ルナに頭撫でられてる時のお前、完全にの顔してたぞ」

「ぶっっっ!!ゴホッゴホッ...!め、メスって、何言ってんの!?」


 ド直球過ぎてむせてしまう。この子はほんと...もう。

 容赦がない一言を言い放つユィリスの背後で輝いていた、優しさのレッテルと言う名の〝後光〟が完全にシャットアウトした。


「だって、本当のことだろ?」

「もう、言い方ってものがあるでしょ!むぅ...」


 流石の私も、ムッとした表情を向ける。

 メス...の顔?をしてたのは、まあ...言い方に問題があるけど、本当だと思う。でも...。

 私は一つ溜め息をついて、続けて言った。


「でも、分からない...」

「ん...何がだ?」

「ルナのことが好きなのかどうか...」

「...??」


 私の一言に、ユィリスはキョトンとした表情で首を傾げた。


「いやいや、あれは好きだろ。好きの顔してたぞ!?」


 好きの顔...??

 ユィリスの謎言葉に困惑しつつ、今の気持ちをなんとか説明する。


「好きってさ、その人の事を想ってドキドキする感情でしょ?多分...。たしかに、私はルナに触れられた時とか、可愛い仕草を見た時、すぐドキドキしちゃう。でもそれって、他の女の子にも言えることなんだよね...」


 恋愛なんて、したことないから分からない。

 ルナと一緒にいるときのドキドキが、ルナ個人を想ってのものなのか、単純にルナが女の子だから抱くものなのか、私の中で説明がつかないのだ。

 魔王だった頃も、勇者の女の子に対して、可愛い!綺麗だ!って思いながらドキドキしていた。

 この感情は、たしかに女の子が好きだから抱くもの。でも、それは果たして恋心を抱いていると言えるのだろうか...。

 分からない。こんな曖昧な気持ちのまま、軽々しくルナと恋人になりたいだなんて言える訳ない...。


「他の女の子に会う度、同じようにドキドキしてしまうような女なんて、すぐに愛想尽かされる。そもそも、ルナは...私とは違う。異性との恋愛に憧れるような女の子だから...」

「...そんなの、どうなるか分からないだろ。な」

「え...??」


 そしてユィリスは私の横を通り過ぎ、家の玄関前まで行くと、こちらへ振り返り、


「何だかんだ言って、私もルナのことは気にかけてるんだぞ。今のアイツ、私が村を離れる前よりも、笑うことが多くなった気がするのだ。だから、お前がいつまでもルナのそばに居てくれるなら、私は嬉しい」


 そう言い残して、家の中へと戻っていった。


「.....」


 一人残された私は、今一度胸に手を置いて考える。

 ユィリスは言った。最終的にどうなるか分からないって...。

 いつもルナに対して抱いている感情。これが、他の女の子には決して抱くことのない特別なものだとしたら...。

 

「ただのドキドキとは違う...何か別の感情。それが恋なら、私はルナのことを...」

 

 ユィリスにはっきりと言われたからか、頭の中がルナのことでいっぱいになる。

 この気持ちが恋なのかは、まだ私の中で断定はできない。

 だから私は、少しずつでも女の子に慣れて、自分の中に芽生えた気持ちの区別をしっかり付けられるようにならなければいけない。

 そして、いずれ恋の感情を知った時、もしもその矛先がルナに向けられているのだとしたら、私はあの子のことが...。


「―――っ!!///」


 そう思ったら、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。両頬を手で覆い、私は足早に家の中へと入っていった。





     ◇





「まさか、アリアがあそこまで寝相悪かったなんてね~」

「あはは...」


 昨日の夜、顔を熱くしたまま寝室に戻ったが、変に意識してかルナの隣で寝るのが恥ずかし過ぎて、こっそり床で寝ていた。ルナは私の寝相が悪くて、ベッドから転げ落ちたと思っているけど...。


「ほんと、戦闘以外だとなんでこうもだらしないのだ?もしかして、また何か...いや、誰かさんのことを考えて恥じるようなことでもあったのか?ふふん」

 

 とニヤニヤしながら、ユィリスがわざとルナに聞こえるように言った。私は飲んでいたココアを吹き出しそうになりながら、目を細めてユィリスを睨むように見つめる。

 もう、知ってる癖に...。というか、そんなニヤニヤしないで!!


「で、ユィリス。あなたこれからどうするのよ。住むところあるの?」

「村の宿でも借りるのだ。まあ、王都に帰ってもいいけど...アリアと一緒にいると、何だか退屈しないからな!」

「そ、そう...。でも、あんまりアリアをからかわないでよね。今度泣かせたら、ゲンコツ10発だから」

「うっ...分かってるのだ」


 自由奔放なユィリスでも、ルナのゲンコツには頭が上がらないのか。今度からかってきたら、それを盾にさせて貰おっと。

 それにしても、ユィリスって元々このカギ村に住んでたんだよね...。家族とか親戚の人は、村にいないのかなぁ。

 そう思ったものの、あんまり人様の家庭事情に踏み込むのもあれだと思い、直接は聞かないことにした。ユィリスはグイグイ私のプライバシーに踏み込んでくるけど...。


 朝食を食べ終え、私たち三人は冒険者ギルドへ。

 すると、ギルドの主人はユィリスの姿を見て嬉しそうに笑った。

 

「おう、ユィリスちゃんじゃねぇか!久しぶりだな~」

「ギルドのおっちゃん、久しぶりなのだ!」


 おっちゃんって...。ほんと怖いもの知らずだな、ユィリスは(私が言えた話じゃないが...)。


「そうそう!先月、お姉さんが来てたぞ。ユィリスちゃんを探してたみたいだったが、会わなかったか?」


 お姉さん...?ユィリスの...?

 主人の言葉を聞いた途端、ユィリスは「あっ...」と一言呟いて真顔になる。しかしそれは一瞬で、すぐにいつものニコニコ顔に戻った。


「そ、そうなのか!残念だが、会ってないのだ。次またここに来たら、よろしく言っといてくれ」

「おう、そのつもりだ!」


 主人との会話を終え、ユィリスは何事も無かったかのように壁に掛けてある依頼書を眺め始める。今の会話について、あまり突っ込んで欲しくないという雰囲気を醸し出しているように思えた。

 そんな空気の中、ギルドの奥から一匹の小動物が全速力で私の元に走ってくる。ギルドの看板猫、ミーニャだ。


「お、ミーニャだ。お前も久しぶりなのだ!」


 最近姿を見なかったけど、今日は表に出てきたらしい。勢いよく私の胸に飛びついてきて、にゃんにゃん鳴き続ける。

 出会った時も、たしかこんな反応だったような...。

 私に会えたことが嬉しいという反応ではない。何か執拗に訴えかけているような気がする。


「あ、そうだ。〝テレパシー〟!」


 動物と心の中で会話することが可能な魔法...〝テレパシー〟。超音波と違うのは、動物の意思や伝えたいことが、はっきりと言葉になって頭の中に直接届くところだ。

 超音波は音だけの意思疎通だからね。さてと...。

 私はミーニャを抱きかかえ、おでこの辺りに手を翳した。この状態で魔力を使えば、動物の思ったことが人間の言葉に変わり、こちらの言葉も理解してくれるようになる。


「ミーニャ、私の声聞こえるかな?」


 そう尋ねると、ミーニャは一瞬目を見開いたまま硬直していたが、言葉が通じるのだと理解したのか、伝えたいことを口にし始めた。


(ニャ...ニャーの...)


「うん...?」



((ニャーの〝弟子〟の安否を、確認してきて欲しいのにゃ!!))



 弟子...??

 物凄い剣幕で訴えたミーニャの様子に、私はただ事ではない話だと悟った...。

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