第32話 メアリー・ユナイド

 ――幼い頃からずっと、天才だと言われ続けてきた…。


 そんな国王の後継者の娘であるメアリー・ユナイドは、今から三年ほど前、母親に教わりながら、剣の修行に励んでいた。

 メアリーの天才肌は、母親譲り。かつて勇者パーティの前線で戦っていた経験のある母親の影響を受け、物心ついた時から剣術を学び始めたメアリーは、瞬く間に成長していった。

 この頃には、既に母親に次いで、〝王都で二番目に強い剣士〟として名を轟かせ、人間界でもその名が広まりつつあった。いずれ、彼女は勇者になるのでは?と思われる程に。


「ママ!勇者パーティって、どんなの?」


 母親と木刀を交えていたメアリーは、ふと気になっていたことを尋ねた。


「そうね~。ママのいた勇者パーティは四人だったんだけど、みんな個性豊かでね~。報酬を求めて依頼を達成したり、魔界に行って強めの魔物を相手にしたり…。全員で一つの目標を達成する度に、パーティ全体の絆が深まっていったわ」


 そう笑顔で語るメアリーの母親…【メル・ユナイド】は、常に明るく、王都中から慕われている心優しき優美な女性。そんな母親に、メアリー自身も常に憧れていた。


「ママ、魔界に行ったことあるの!?初耳なんだけど~!!」

「ええ、言ってなかったかしら?」

「言ってないよ~!ねぇ、どんなとこなの?魔界ってさ」

「人間界とは真逆の世界よ。緑は一切なくて、暗いし、重い空気がどこまでも流れてるの」

「え~、なんか嫌だね。もしかして、魔物を倒すためだけに魔界に行ったの?」

「そうね…。私たちはそこまで強いパーティじゃなかったし、魔王に挑むどころか、魔界の魔族を相手にするのでやっとだったから」


 そこまで口にし、メルは悲しそうな顔で俯く。

 彼女の所属していた勇者パーティは、初めて魔界へ行ったその時に全滅した。興味本位で挑んだ超位者グランダ―の魔族に、手も足も出せなかったのだ。

 勇者と彼女を残して、他の者は死亡。なんとか人間界に逃げ伸びた時には、勇者は既に戦意を喪失していた。

 当然、パーティは解散。そして、メルは思い知った。魔界という場所が、どれほど危険な地であるかを…。


「目的はそうだったんだけどね…私たちは、魔界で凄いものを見たの」

「凄いもの…??」

「うん。魔物から逃げていた時に、迷い込んだ場所なんだけど、そこは唯一魔界の中で綺麗だって思える場所だったわ」

「……」

「まるで砂漠の中にポツリと存在するオアシスのように、そこは澄み切った自然で溢れていたの。霧で覆われていて、荒廃した〝都市〟のような所でね。見た時は驚いたわ。全員が目を輝かせて、一時間くらい見入ってたかも。あっ、そうそう…時計を首にぶら下げたおかしなウサギとか、変な生き物を沢山見たわ」

「へぇ~、魔界にそんな場所があるんだ!ちょっと見てみたいかも~」

「ふふ、メアリーなら、もしかしたら行けるかもしれないわね。でも、今の実力じゃまだまだよ。魔界は本当に危険なんだから」

「うん!私、いつかママみたいに強くなって、魔王を倒しに魔界へ行くからね!」


 メアリーにとって、母親は自分の目標であり、人生の道標なる存在だった。

 いつか母親のように強くなりたい。そう思い続け、彼女は剣の腕を磨き続けた。


 ――それから一年後に、母親の病死を目の当たりにするまでは…。

 

 突然の発作から、数時間も経たずに心肺が停止。病気なのは確かだが、原因は不明だった。

 母親が眠る病床に膝を突き、蹲りながら、メアリーは泣き崩れた。傍には父親であるルクスが、悲しみを抑えながら必死にメアリーを宥める。

 その日から悲しみを通り越し、心を塞ぎ込んでしまったメアリー。そんな彼女に、大人しい性格だったルクスは、人が変わったように元気よく接し始めた。

 自分も辛いはずなのに、全力で元気づけようとしてくれる父親を見て、徐々にメアリーの笑顔は増えていった。

 しかしその時には、彼女は己の剣術を極める道を自ら閉ざし、魔界へ行くという夢も断念。母親のように強くなるという目標のために振るっていた刀から、手を離してしまった。


「いつも王都の衛兵を取り纏めていたメルには、感謝しかなかったよ…」


 それから時は流れ、当時の国王であるヴァイス・ベルゼンは、悔やむような表情でルクスに語る。そして何を思ったのか、彼は突然こんなことを言い出した。


「どうだね、ルクス…私に代わって、レアリムの国王になる気はないか?近々、私はここを離れるつもりだからな…」

「え…!?ヴァイス様、本気ですか!?」


 突拍子もない国王の言葉に、驚きが隠せず困惑するルクス。そんな彼に、ヴァイスは一瞬だけニヤリと笑みを浮かべて続けた。


「私の側近として、国王の仕事をしてきた君になら任せられる。私は今、ようやく人生が楽しくなってきたところなのだよ…」


 何やら意味深な一言を放ち、ヴァイスは赤い眼光をルクスに向ける。どういう訳かルクスはその時、何かに取り憑かれたように、国王になることを二つ返事で承諾した。

 そしてメアリーは、母親が残していった仕事を受け継ぐことに決める。


「パパ…私、ママと同じ仕事をするよ」

「それでいいのかい?メアリー…」

「うん。ママがいなくなって、王都の防衛力は格段に落ちたし、私が統率すれば、少しはマシになるじゃん?」

「それは、助かりはするが…。お前には、お前の道があるんだぞ?」

「ううん、いいの。ママがいるから、私は強くなれた…。でも、もうママはいない。これ以上、私は強くなれないよ」

「メアリー…」


 メアリーの意思は固かった。ずっと母親の背中を追いかけて成長してきた彼女は、その存在を失い、自ら城の外に出て自由に生きる道を絶ったのだ。

 メアリーは、母親の二つ名〝東の司令塔イーストコマンダー〟を継いで、衛兵に仕事を与えたり、稀に攻め込んでくる魔物から王都を守るため、衛兵に指示を出し、母親メルが残した仕事を自分なりに全うしていった。


 そんな生活が淡々と続いていたある日の事であった。が現れたのは…。

 メアリーは偶々目撃したのだ。鉄の仮面を被った男が、立ち入り禁止のはずの扉から堂々と出てくる所を。


「おや、見られてしまったか。メアリー・ユナイド…」

「誰…?そこは、立ち入り禁止のはずだよ」


 その扉は、ただ立ち入り禁止と記されているだけではない。特殊な魔力が張り巡らされており、その構造を解くか、もしくは特殊な鍵を所持していなければ絶対に入れないものとなっている。

 そこを見知らぬ男が、何の躊躇もなく悠々と出入りしているのだ。不思議に思わない訳がない。


「ふふ、私の事なんてどうでも良いではないか。ふむ、だがいい機会だ。勘ぐられる前に、話しておいた方が都合がいい…か。君には、私のを教えてやろう」


 突如現れた謎の鉄仮面男は、自身が企てている計画をメアリーに包み隠さず話した。更に、それを広言すれば、父親であるルクスの命はないとも…。

 メアリーは男の計画を聞き入れ、かなりの衝撃を受けた。


「な…!?そ、そんなことが許されていいわけないでしょ!!」

「君は子供とはいえ、実力はあるからねぇ。先に手を回していて正解だったよ」

「まさか、お前…!!」

「君は、ただ黙っていればいい。それで救われる命があるのだ。十分ではないか」

「何を言って…!!」

「まあ、君に阻害される程、私の計画は甘くはないがな…」

 

 最後にそう言い残して、鉄仮面男は立ち去っていった。残されたメアリーは、あまりの絶望に崩れ落ちる。


「パパ、まで…。私は、どうすれば…」


 母親を失い、今立ち直ろうとしている中で、誰とも知らぬ男に握られた父親の命。悪夢はまだ終わっていなかった。

 安静にしていれば、命は取られない。そんなことを言われたところで、メアリーの自由を縛っていることに変わりはないだろう。

 もう誰も失いたくはない。そう思う一心で、メアリーはその一件をずっと心の奥底に仕舞い込んでいた。

 一年間、誰にも打ち明けず、母親のように誰に対しても明るい笑顔で振る舞いながら…。

 そんな時、彼女は現れた。


「生きてる限り、可能性は無限大にある。いつか、自分が本当にやりたいことを見つけられる日が来るよ」


 最初に出会った時から、言葉には言い表せない何か特別なものを感じていた。

 決して期待していた訳じゃない。最初はただ、強い者同士仲良くなりたかっただけ。

 だがどういう偶然か、彼女はこの一件について探っていた。その時は、父親の命が懸かっていたのもあり、公にしたくなくて戸惑っていたメアリーだったが、一人になってから冷静に彼女の言った言葉を思い返す。


 ――…一人で何でも抱え込まないで。

 ――私じゃ頼りないかもしれないけど、いつでも言ってくれれば力になるから。

 

 その言葉だけでも、メアリーは嬉しかった。依頼のためとはいえ、こんなにも自分の事を気にかけてくれる子がいたなんて…と。

 それでも、メアリーは彼女の事を信じきれない部分があった。父親のために、彼女は自分の手で犠牲になってしまうと、本気で思ってしまった。

 

「ごめんなさい、アリア…。どうにか、逃げて…」


 勇者ではない人間の実力なんて、たかが知れている。

 しかしその言葉は、そっくりそのまま自分に当てはまるものだったと、メアリーは知ることとなった。



 ………

 ……

 …



「もう、大丈夫だよ」


 周囲の輝かしい光は晴れ、メアリーは誰かの胸の中で覚醒する。優しく包み込んできた彼女は、終始にっこりとメアリーに笑いかけていた。


「アリア…??わ、たし…なんで?」


 いまいち状況が掴めないメアリーに、普段と何ら変わらない表情で見つめる彼女…アリアは、クスリと笑って優しく答えた。


「ふふっ、メアリーったら急に暴れ出したから、びっくりしたんだよ?」


 するとメアリーは、驚きと共にようやく我に返り、はっとする。


「はっ!!ま、待って!アリア、無事なの!?私、何かしちゃって――」

「大丈夫大丈夫。メアリーは、誰も傷つけてないよ。私も、。こっそり、体内に飲み込んだ異物を取り除いたからね」

「ほ、ほんとに…?」

「うん!」


 自分が誰も傷つけていないことに、これ以上なく安堵するメアリー。しかし彼女には、まだ懸念すべきことがあった。


「でも、パパが…」


 アリアが無事だったのは何よりだが、そのことで次に狙われるのは、確実にメアリーの父親であるルクスだ。あの鉄仮面男ならやりかねない。

 そう考えたメアリーは、立ち上がろうとするも体がふらついてしまう。得体の知れない呪いの薬を飲んだ影響か、体が思うように動かない。

 そんな彼女をゆっくり支えながら、アリアは安心するように言葉を並べた。


「お父さんの呪いは、もう解いてあるよ。今は、安全な場所に隠れてもらってる」

「え…え、え!?と、解いたって…あの〝即死の呪い〟を!?」

「うん。これで、メアリーを縛るものはもう何にもないよ。後は私に任せて、ゆっくりしててね」


 淡々と、ただ当たり前の事をしたとでも言うように…。

 メアリーの頬に、涙が伝う。我慢してきた思いが、彼女を解放するように溢れ出てきた。


「うっ、うぅ…あ、アリア~、ほんとに、ありがと~!!」


 泣きじゃくるメアリーを、アリアはそっと受け止める。もう何も、気にすることはないよ…と。


(なんだ、最初から話せばよかったんだ…。こんなにも凄くて優しい子が、力になるって言ってくれたんだから…)

 

 絶対に解決する…そう宣言したアリアは、見事にメアリーの自由を取り戻した。

 自分が殺されそうになったにも拘わらず、この場で起きた壮絶な戦闘を、何一つ語ることなく…。

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