第31話 操られた天才剣士

 目の前には、昨日訪れたメアリーの部屋の扉。いよいよメアリーとの対談…になるのか分からないけど、何らかの形でモナの事を知れるかもしれない。

 一緒に来てくれたルナたちは、一旦部屋の外で待機してもらう予定だ。先ずは私が先陣を切って、メアリーの様子を確認しにいく。

 

「頑張って、アリア!」

「私たちは、外で待ってますから」

「骨は拾ってやる!」


 骨って…そんな深刻なことにはならないと思うけど…。

 みんなの方へ向き、大きく頷いた私は、ゆっくりと部屋の扉を開けて中に入っていった。


「メアリー、入るよ~」


 扉の隙間から声をかけたものの、中から返事はない。ざっと部屋を見回しても、メアリーの姿は確認出来なかった。

 今は、いないのかなぁ。それとも、何かを話す訳じゃない?

 すると私は、ふと昨日自分たちが座って話をしていたテーブルに注目する。そこには、何やら小さな紙切れのようなものがポツンと置いてあった。


「これって…」


 無造作に千切られた紙には、可愛らしい筆跡で一言文字が書かれている。


「メアリーの文字…かな??ええっと…ん?」


 そこに書かれている文字を見て、私は首を傾げた。



 ――アリア、ごめんなさい…。



 私、メアリーに謝られるようなことされたかなぁ。もしかしたら、今日はまだ何も話せないとか?

 そんなことを考えていた私は、次の瞬間、この場の空気が大きく変わったことに気づく。


 何かを察知した時には、既に真横から何者かがこちらに刀を振り下ろしていた。

 まさに文字を読んでから、一、二秒の世界。私の首を切り落とそうと振るわれた刀身は、見事にテーブルを真っ二つに切り裂いた。

 自分が襲われていることと、とんでもない殺気を放つ目の前の人物を、ほぼ同時に認識する。

 その表情は、いつもの天真爛漫な彼女とは程遠い、虚無そのもの。ただ目の前の私を打ち滅ぼさんとする勢いに、一瞬だけ胸の奥が大きくざわめいた。

 

 どうして…!!


 近くのタンスに身を潜めていたのだろうか。まるで暗殺者のような彼女の物騒さを目の当たりにし、私は一瞬だけ怯んでしまう。

 その隙をつかれ、畳み掛けるように放たれた重々しい蹴りを、上手く避けることが出来なかった。


「うっ…!!」


 部屋の中からバキッ!という破壊音が聞こえると同時に、扉と共に吹き飛ばされる。

 両手をクロスさせて防ぎはしたものの、私の体は豪快に部屋の外へ。待機していたルナたちが状況を把握したのは、私が部屋の向かいの壁に衝突した後であった。


「え…!?何なの!!?」

「何か、吹っ飛んできたぞ!」

「え…アリアさん!?」


 崩れ落ちる城の壁。そこにペタンと座り込んで、動きを見せる様子のない私の元へ、ルナが真っ先に駆け寄ってきた。


「アリア!!大丈夫!?アリア!!」


 彼女の声を聞き、私は顔を上げる。


「はぁ~、びっくりした~!」

「え…?」


 顔を上げた私があまりにケロッとしていたからか、三人ともあっけらかんとして硬直した。

 何事も無かったかのように立ち上がり、スカートについた埃を払う。そして状況を理解しきれてないみんなに、私はにっこり笑いかけた。


「大丈夫だよ。ちょっと吹き飛ばされただけだから」

「ちょ、ちょっと…?」


 普通の人間ならば、大事な骨の一つや二つは余裕で折れてるであろう衝撃が、壁を通してルナたちにも伝わっていた。にも関わらず、私にはかすり傷一つ付いていない。


「お前、本当に大丈夫なのか…?」

「今、物凄い勢いで壁に叩きつけられましたけど…」

「ん?ああ、これ?よく分かんないけど、私吹き飛ばされちゃったみたい」

「いや、そういうことじゃなくてだな…」


 しかし今の私たちには、そんな話をしている余裕などないことをすぐに察した。

 煙舞う部屋の中から一人の少女の影。そこから私を蹴り飛ばした張本人が、堂々と現れた。


「メアリー…」

 

 私たちの前に姿を現したメアリーは、


「アリア、殺す…。殺す…」


 そう発しながら、こちらを見下している。


「メアリーさん…?ど、どうしたんですか…?」


 フランは怯えたように声を震わせ、後退りする。

 みんな既に気づいたようだ。メアリーの様子が、異常なことに…。


「みんな離れて!メアリーは、操られてるよ!」

「なんだって!?」


 操られている。それも、誰かの手によって…。そこまでは瞬時に察した。

 殺気と共に表に出ているメアリーの魔力には、何らかのが混じっている。それに、今の発言も、攻撃も、全てメアリーの意志ではない。昨日少し話しただけだけど、それくらいはすぐに分かった。


「なんか、ヤバくない…?アリアを、殺すって…」


 メアリーは右手に収まった刀の先端を引きずりながら、表情を無にしてこちらへ近づいてくる。私は笑顔を絶やさず、なるべくみんなを安心させるように言った。


「大丈夫。すぐに呪いを解呪するから!」

「でもお前、相手はあのメアリーだぞ!?それに…」


 女の子…。そうユィリスは言いたいのだろう。

 まさか、本当に戦うことになるなんて思わなかったけど、ここで私が逃げて、ルナたちを人質にでも取られたら、そっちの方が私は嫌だ。


「約束するよ」

「……??」

「絶対、メアリーは傷つけない。私も、!」


 そう自信満々にはにかむ私を見て、三人とも肩の力が抜けたように、少しだけ表情が柔らかくなる。

 だが、そんな私たちのやり取りを待ってくれる程、操られたメアリーに温情はなかった。


「アリア、殺すね」


 刀を構え、メアリーは俊足で私の元へと斬りかかってくる。それを見て、私は背後の壊れかけの壁に拳で穴を開け、背中から城の外へ飛び降りた。


「こっちだよ、メアリー!」


 当然、メアリーも私を追って外へ飛び出した。

 降りた先は、お城の中央にある円形をした闘技場のような場所。城を支えている巨大な支柱の上で、私たちはお互いに見合う。

 相手は刀。私は丸腰。でもまあ、なんとかなるでしょ。

 

「殺す」


 またしても物騒な一言を吐きながら、メアリーは刀を横に振り、私に〝斬撃〟を与えてきた。それを華麗に避けつつ、バク転を繰り返し、メアリーに近づく。


「〝魔力吸収マジックドレイン〟!!」


 そのまま魔力を吸収し尽くそうと、メアリーに触れようとするが、ギリギリで躱され、首元に刀を突きつけられた。


「〝エレキ・ブレード〟…」


 メアリーの魔力から生み出された電流が、剣先を纏い、こちらに襲い掛かってくる。

 これは、まともに喰らったらマズいかも…。

 私は身体をのけ反らせ、なんとかそれを躱す。その後、両手を地につけ、腕の力だけで後ろへ飛び上がった。

 宙に浮き始めた私に向かって、メアリーは間髪入れずに斬撃を放つ。


「なんて早い腕の動き…」


 私は急降下しながら、無数に放たれる衝撃を避け続ける。再びメアリーに近づいていくも、間合いに入ることなど絶対に許さないと言わんばかりの勢いで、彼女は更に素早く刀を大振りした。

 対する私は、飛行技術を駆使してふわりと回避し、膝を抱えてクルクルと地面に着地する。

 お互いに一歩も引かない攻防戦(いや、私はただ逃げてるだけか)…。東の司令塔イーストコマンダーの実力を目の当たりにし、流石の私もどうやって隙をつこうかとまだ模索している最中だ。

 そんな私たちの戦闘を上から眺めながら、ユィリスとフランは息を呑む。


「どんだけなのだ…アリア。メアリーの攻撃を全く受けてないぞ」

「あのメアリーさんの攻撃に、付いていけるなんて…」


 一方で、ルナだけは、二人とは違う視点で戦闘を分析していた。


「いや、よ…」

「え…?」

「あの子…アリアの俊敏さに、よく付いていってるわ…」



 ………

 ……

 …



 空気が唸る。バチチチ…!と鳴り響く雷は、形を変えて徐々に竜の姿へと変貌し始めた。

 魔力が最大限に詰まった〝雷竜〟を宿らせし刀を構え、メアリーは死んだような目で私を捉えている。

 

「凄い魔力…。完全に、私を仕留める気だね。メアリー…」

「……」

「なら、私も本気で…



 

 ――メアリーを、解放する!!」




 焦りはない。恐怖もない。普段通りの私で、メアリーを安心させるように笑う。

 

 ――アリアは私のこと、怖いって思ってないでしょ?


 メアリーは、誰かから怖がられる自分に悩んでいた。それが普通じゃないから、自分は自由ではないのだと…。

 怖いなんて、思わないよ。

 たとえ救えたとしても、私が恐怖を感じていたら、メアリーは心の奥で誰かに恐怖を与えたことを悔やみ続けてしまうかもしれない。それを分かった上で、彼女は誰かに従ったのだろう。

 だから私は、どんなメアリーでも真正面から真摯に受け止める。あなたは怖くないよって、笑顔で伝える。

 何事もなく、前の生活に戻れるように。

 大丈夫。メアリーは、女の子だよ。

 

「アリア、殺す…」


 地面を蹴り、メアリーは一直線に私の元へ突っ込んでくる。

 先程までとは別次元の速さ。その勢いのまま、刀を素早く振り下ろしてきた。

 地がうなりを上げ、周囲に巨大な電撃が走る。あまりの広範囲魔法に、私は大きく跳びあがり、近くの城壁に引っ付いた。

 すかさず、メアリーは弓を引くように刀を構え、雷を纏った斬撃を飛ばしてくる。蠢く巨大な雷竜は、私を喰らい、城を破壊してしまうほどに強力であることをすぐに悟った。

 避けることは許されない。中にはルナたちがいる。


「なら、こっちも雷で…」


 壁の出っ張りを掴み、片腕で体重を支え、もう片方の手から雷の塊を生成する。その状態で壁を蹴り、私は雷竜に身を投げ出した。


「雷は雷で打ち消す…」


 見た目は全く威力を感じさせない、小さな球体状の魔力。だがその中には、今にもはち切れそうな破壊級の稲妻が凝縮されている。

 私はそれを雷竜へ投げ込むように衝突させた。


「〝冥獄の雷撃ヘル・スパーク〟!!」


 城の外で、火花のように散りゆく雷。見事にメアリーの攻撃魔法が破壊された。

 しかしそこには、もう私の姿はない。電光石火の如く、既にメアリーの背後に着地していた。

 メアリーですら、目で追えない雷を纏った私のスピード。間合いに入れはしたが、流石は世界ランク163位の実力。すぐに私の気配を察知し、刀を強引に後ろへ振り回してきた。


 ひと際大きな斬撃が、空を斬り裂く。重々しい衝撃波が、城全体を震撼させた。

 そんな刹那の一瞬で、メアリーは倒すべき相手に目を向ける。高速の斬撃、重い攻撃、不意打ち…その全てを躱しきられ、彼女はもう何をしていいのか分からず硬直した。


「ちょっと変な感じすると思うけど、一瞬だから我慢してね…!」


 低姿勢でメアリーの懐に入り込む。操りの呪い…そのを既に終わらせていた私は、解呪の魔法が乗った魔力玉を、強くメアリーのお腹に押し当てた。


「〝解放リベレーション〟!!」


 次の瞬間、辺りは無色透明な光に包み込まれ、少女から放たれていた〝殺気〟は、跡形もなく消え去った…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る