第30話 大好きの意味

 翌日――。

 王都はどこもかしこも活気に包まれ、普段通りの姿を見せる。この場に今日、小規模でありながら、今後世界に波乱を巻き起こす戦いの火蓋が切られることを知らぬまま…。





     ◇





「ねぇ、フラン。メイドカフェアって、どんな催しなの?」


 フランが持ってきてくれた朝食を堪能しながら、私は少し気になっていたイベントについて尋ねる。それを聞き、ルナとユィリスも興味を示した。


「なんだ!?その、単純だが妙に惹かれるものは!」

「うん、気になるかも」


 するとフランは胸を張り、堂々と答えた。


「ふふん…メイドカフェアというのは、文字通り!王都のメイドたちが募ったカフェで行われる、年に一度のお祭りなのです!」

「へぇ~」

「可愛らしい料理に加え、萌え萌えな接客!更に、メイドさんたちの熱き歌声が轟くファンタスティックな空間!男性だけではない。女性も虜にしてしまう、最高級のおもてなしをご用意しております!」


 おー!と私たちが素晴らしく思っていると、フランは急に項垂れ始める。


「ですが、昨今メイドの数は徐々に減る一方らしく、今回の催しも、私と数名程度のメイドさんで賄わなければなりません…。圧倒的に人手不足なんですよ~」

「そうなんだ。それは、大変だね…」

「はい…。ハァ~、どこかにメイドさんをやってくれる可愛い女の子はいないですかね~。チラッ」


 なんて言って、フランはこちらをチラッチラッとわざとらしく見つめてくる。ちょっと嫌な予感が…。


「未経験でもいいんです、可愛ければ…。どこかに、個性豊かな可愛い女の子三人組はいないですかね~」


 より具体的になってる!?

 既にフランの考えを察した私だが、こちらもわざと気づいていないフリをして、他人事のように言う。


「さ、さあ…そんな都合のいい女の子なんているのかなぁ」

「いるじゃないですかぁ~」

「ど、どこに…?」

「私の、め・の・ま・え・に!」

「へぇ~、どこどこー?」


 キョロキョロしながらシラを切る私に耐えかねたフランは、勢いよく床に土下座を始める。


「お願いします!!三人寄れば文殊の知恵!!どうか、メイドをやっていただけないでしょうか!?たった一日でいいんです!!」

「ちょ、頭上げてフラン!!あと文殊の知恵って、そういう使い方だっけ!?」


 これ以上なく懇願するフランの様子から、メイドの人手不足は相当深刻な問題のようだ。

 でも、私たちがやるっていうのは…。

 するとフランは傍に寄ってきた私に、こう耳打ちしてきた。


「ルナさんとユィリスさんのメイド姿…見たくはないんですか?」

「うっ…」


 それは…めちゃくちゃ見てみたい!!

 というかフラン、私が女の子好きなのを既に分かっているかのような言い方してる?いや、まさかね…。


「お二人もどうですか!?勿論、ただでとは言いませんよ。時給は…うん、ちょっとアップするかもしれませんし、賄だって食べ放題ですし…。なんと今なら、メイド長である私が、今後も皆さんのご奉仕をさせていただくことになるかもしれません!!…なんて」

「……」

「ま、まあ、最後のは冗談ですが…」


 人差し指をツンツンとしながら、フランは最後の一言を訂正するように言った。


「時給アップ…」

「賄食べ放題…?」


 彼女の提示した条件を聞いて、ルナは時給のアップに、そしてユィリスは賄食べ放題に、それぞれピクリと分かりやすい反応を見せる。

 かくいう私は、フランが冗談で言った言葉に対し、自然と笑みを零した。 

 今の冗談は、間違いなくフランの…。


「そうね…。アリアがやるって言うなら、考えてもいいけど」

「メイドが作った料理が食べ放題…じゅる。悪くないのだ!」

「うん、まあ…。二人が乗り気なら、私もやろうかな」


 私たちの前向きな言葉に、フランはパァァァと満面の笑みを浮かべる。


「んもう、皆さん大好きです~~~~!!!」

「ちょ…!?」


 感謝感激雨霰をそのまま体現したように大喜びのフランは、そのまま私たち三人を包み込むように抱きしめた。

 メイドさんの包容力、恐るべし!

 私は暫く、この甘い甘い女の子の香りに包まれながら、案の定ふにゃふにゃな顔になっていた…。




 少し時が経ち、昨日メアリーと話した時間帯から丁度一日が経過。

 そろそろメアリーの部屋に行ってもいい頃合いだろう。その前に、私はルナにしてあげなくてはいけない事を思い出した。

 今ユィリスとフランは、別室でメイド服のサイズ調整を行っている。ユィリスに合うメイド服が無かったらしく、一から制作してくれるのだそう。

 つまり、部屋には私とルナの二人きり。いや、別に変なことはないけど、私としては好都合だ。


「ルナ、メアリーの部屋に行く前に、ちょっといいかな…」

「うん、どうしたの?アリア」


 ルナに手招きして、目の前に来るよう促す。そして、私は片一方の手のひらをルナに差し出した。


「昨日さ、絶対に守るからねって言ったけど、私人間の体をまだ上手く制御出来ないって言うか…その、お風呂の時みたいに、一時的にルナから目を離してしまうことが今後もあるかもしれない。というか、多分ある…。だから、その…お互い離れてもいいように、今から私の魔力を少しルナに分けるね」

「アリア…なんか、悪いわね。たしかに私は弱いけど、逃げ足だけは早いのよ。少し離れたくらいで、責任を感じることはないわ」

「でも、やっぱり念のため…。私に触れてるなら何でもいいから、少しの間、手を貸してもらえる?」

「…分かったわ」


 少し躊躇うような表情を見せたルナだったが、すぐに私の手をぎゅっと握ってくれた。

 

「ありがとう。それじゃ、はじめて…って、え!??」


 何気なく始めようとすると、私はルナに思いっきり手を引っぱられ、彼女の胸の中にすっぽりと納まった。そのまま後ろに手を回され、今度は身体をぎゅっと抱きしめられる。


「る、ルナ!???」

「触れてるなら、何でもいいんでしょ?だったら、私はこれがいい。落ち着くもの…」

「そ、そうだけど、その…!!」


 目を瞑って、なぜか私の感触を堪能するかのように抱擁するルナ。いきなりのことで、私は当然のようにあたふたし始める。


「嫌、だった?」

「いや、それは…」

「嫌じゃないよね…」


 まるで心を見透かされているかのようなルナの言葉に、心臓がドキュン!と跳ねた。

 

「嫌じゃないよ…」

「じゃあ、アリアも私を抱きしめて」

「う、うん…」


 お互いの吐息が耳にかかる距離で、私たちは抱き合う。

 温かくて、柔らかくて…。しょっちゅうと言っていい程、ルナには抱きしめられてるけど、やっぱりこの感覚にはまだ慣れない。

 鼻孔を擽る甘い香りに昇天しそうになるのを必死に抑えながら、私は自分の中にある魔力をルナに送り込む。正確には、体の外側を私の魔力で覆うような感覚だ。


(温かい…これが、アリアの魔力なのね…)


 私の魔力を感じ始めたのか、ルナの表情は一層穏やかになる。

 すると、ルナは私の耳元に色々と甘い声で囁いてきた。


「アリアの魔力、ちゃんと伝わってきたわよ」

「ほんと?よかった」

「モナ、無事だといいわね」

「うん」

「メイドカフェア、楽しみね」

「うん」

「これからもずっと、守ってくれる?」

「うん」

「私のこと、好き?」

「うん………ん??」


 い、今なんと!??

 急に斜め上過ぎる質問をされ、何も考えずに答えてしまった。目をぱちくりさせ、静かにパニック状態になる。


「あ、そそそその…いい今のは…えっと…!?」


 自分でも引くくらい語彙力が低下している。加えてルナとこれ以上なく密着した状態だから、穴があったら入りたいどころの騒ぎではない。

 も、もしかしなくても私、今告白した!!??しかもあんなに自然と、無自覚に…!?

 突然のこと過ぎて、否定する素振りを見せる私に、ルナは意地悪な表情で答える。


「え~、アリア私のこと好きじゃないんだ~。ショックだな~」

「あ、いや、その…ひょれはひょの…!」

「あっはは!嚙みすぎよ、アリア。また目回してるんじゃない?大丈夫?」

「うぅ…」


 思考が停止し、恥ずかしさのあまり、目の前が真っ白になってしまう。そんな私に、ルナは更に困惑させるような一言を囁いてきた。



 

「私は、大好きよ。アリアの事…」




 はい…!?

 一瞬、ドキュン!という私の心音だけが聞こえる程の沈黙が流れた後、即座にその言葉の意図を探る。


「え…え!?そ、それってどういう…!?」

「ふふっ…さあ~、どういう意味かしらね~」

「え~…」


 終始恥じる様子はなく、意地悪に私をからかうルナ。もしかしなくても、これはただ私をおちょくってるだけなのでは…。

 冗談…だよね?今のって。もしくは、友達として好きってことなのかな?


「ま、まあ…ルナは友達だから、好きじゃないなんて思うわけないよ、うん」

「ふふ、ありがと」


 なんだか私だけが気まずい状況の中、魔力の受け渡しは完了。名残惜しさを残すかのように、お互い〝ガチ恋距離〟状態から離れる。


「これでルナは、上位者スペリオル辺りの魔族のダメージは絶対受けないと思う。〝魔力防御マナ・シールド〟は、今の私だと一人にしか使えないし、持っても数時間だけど…」

「いや、十分過ぎよ!やっぱり、私には勿体無いわ…」

「ううん。この世界に、十分な防御力なんて存在しないよ。いつ何時、ベルフェゴールのような規格外の悪魔が現れるか分からないからね」

「なんか、元魔王が言うと説得力しかないわね…」

「あはは…まあ、何事もないことを祈っておこう。じゃあ私、二人を呼んでくるから」

「うん、お願いね」


 心の奥底から湧き上がってくる恥ずかしさを取っ払うように、私は足早に部屋を後にした。

 一人残されたルナは、胸の辺りを両手でぎゅっと押さえ込む。


「不思議な感覚ね…。元とはいえ、魔王の魔力が私を纏ってるんだもの…」


 そして、先程自分が言った言葉に対し、複雑な表情を見せる。


 ――さあ~、どういう意味かしらね~。


 平静を装っていたが、思い出すと、隠していた感情が溢れてくる。少し俯き、頬を真っ赤に染め上げながら、ルナは今更鳴り響く心臓の音に耳を傾けた。


(ほんと、どういう意味だろ…。私が、一番聞きたいよ…)

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