第29話 情報屋の正体

「それでアイツ、仮面の中から赤い光を放ちやがった。なぜか分からないが、んー、流石に血の気が引いたのだ…」


 腕組みをしながら、ユィリスは謎の鉄仮面男の特徴を語っていく。

 何やら強張った表情をしながら部屋に戻ってきたルナとユィリスは、城の階段で出会った男についてすぐに報告してくれた。

 特徴的にも、以前フランが見かけたという鉄仮面の男に違いないということで、私たちはその人物について色々考察することに。


「赤い光ですか…。私が見た時は、そんな光は放っていなかったですね」

「とにかく、無事で良かったよ~、二人とも~」


 そう言って、なぜか心地よさそうにふわふわしてる私を見て、ルナが突っ込みを入れる。


「なんでアリアはそんなにこやかな表情なの…?」

「ふふん!アリアさんは、私の高等テク耳かきで、完全に落ちました!」


 わざとらしく眼鏡を上げ、フランが得意げに言う。


「そ、そうだったのね…」


 フランのご奉仕が終わっても、私は耳かきの余韻に浸り続け、未だに眠気と繭に包まれたような感覚から抜け出せずにいる。

 こんなアホ面を晒してる場合ではないことは重々分かっているつもりだが…いや、分かってたらこんな顔にはなってないな。

 初めての体験で、脳がすっかり溶かされてしまったのだろう。中毒にならないようにだけ気をつけないと…。


(耳かきか…。私もしてあげたい、アリアに…)


 なんて考えつつ、ルナはチラチラと私の方を見やる。


「……ほんと、偶に…いや、高頻度でこいつがベルフェゴールを倒したという事実を忘れそうになるのだ。まあ、こんな浮かれてる奴は放っておいて、さっさと王室へ行くぞ」

「いや、アリアが行かなきゃ意味ないでしょ…」





     ◇





 頬をパン!と叩き、正気を取り戻した私は、外出用の服に着替えて部屋を出た。先の約束通り、フランの案内の元、私たちは揃って国王様のいる王室へ出向く。


「ここが、国王様のお部屋です」

「ありがとう、フラン」


 王室の扉をノックすると、中から陽気な男性の声が聞こえてくる。


「入ってくれたまえ~」

「ええっと…失礼します」


 中に入った私たちは、王室にしてはシンプルで質素な空間に出迎えられた。部屋の内装だけは、娘とは真逆の性格を表している。


「お~、来てくれたか。アリア君、ルナ君……ユィリス君」

「なんか変な間があったのだ」

「ははは、気のせいだよ」


 やっぱりユィリスは軽く見られてるな…。本来なら、国王様に名前を憶えて貰えるだけで光栄なことなんだろうけど、如何せん人柄がこれだから、あまりそうは思えないのが何とも…。


「それで、国王様…。見せたいものというのは…」

「あ~、そうだったね~。ええっと…ああ、あったあった!これを見てくれたまえ~」


 何やらわざとらしく探す素振りを見せ、国王様はデスクの引き出しから小さな彫刻像を持ってきた。手のひら一杯に乗せられるほどの大きさで、精巧に石で作られているよう。

 それを見た私たちは、思いの他その彫刻像に関心を示す。


「えっ、凄い!!」

「再現度ヤバいな…」

「これって…」


 国王様の手のひらに乗せられているのは、およそ30センチ程のサイズのメアリーだった。あざとく可愛らしいポーズで、石の彼女はこちらを見つめている。

 いや、クオリティ高すぎでしょ!!


「今巷で話題の〝フィギュア〟という物でね~。試作品だが、石で作ってもらったのだよ」

「こ、これで試作品…」

「これから着色の技術も取り入れるらしいから、益々進化したメアリーを拝めるのさ~!」


 フィギュアは凄いけど、国王様の親バカ発言で、この場は一気に冷めてしまう。

 親子揃って、仲が良いようで何よりだけど…って、あれ??

 メアリーフィギュアを眺めていた私は、ふと別の所へ視線を移した。

 今国王様は、先ほどのTシャツ姿とは打って変わって、お偉いさんを前にするような威厳のある装束を纏っている。中でも一際目立っている紫色をした首飾りに、私は注目した。

 さっき部屋に来た時は、してなかったような…。

 自分でもよく分からないが、私はなぜかそれに興味を示す。


「あの、国王様…その首飾り、綺麗ですね」

「お、これの良さが分かるとは、流石はアリア君!お目が高い!」

「は、はぁ…」

「これは、国王だけが身につけることを許された、レアリム伝統の頚飾でねぇ。前の国王様から、譲り受けたものなのだよ」

「へぇ、そうなんですね」


 そう相槌を打った私は、その首飾りを凝視しながら、何か考え事をする素振りをする。


「アリア??」

「急にどうしたのだ?」

「あ、いや、その…」


 しどろもどろな私を見て、国王様は付けていた首飾りを外し、こちらへ手渡してきた。


「良かったら、手に取って見てみるかい?」

「あ、すみません…」


 丁寧に受け取って、私は入念に首飾りと国王様を交互に見やる。

 ただ綺麗という理由で、これが気になっている訳ではない。

 やっぱり、この人は…。

 みんなが不思議そうな顔をしてこちらを見る中、私は誰にも気づかれないように、首飾りに自分の魔力を流した。そして、何事も無かったかのように、国王様の手のひらに返す。


「おや、もういいのかい?」

「あ、はい。多分、大丈夫だと思います」

「そうか」


 心なしか、今まで以上に微笑みを見せる国王様。それに釣られ、私も口角を上げる。

 

「てか、見せたいのって、この彫刻像だけなのか?」

「ああ、そうだよ。ぜひ、君たちにも見てもらいたくてね~」

「いや、そんなのいつでも見せられるだろ…」

「あっはは、たしかにそうだな~」

「……」


 メアリーの像を見せるためだけに呼ばれたのね、私たち…。まあでも、一つ収穫はあったかな。

 その後、国王様に文句たらたらのユィリスを引きずって、私たちは王室を出た。

 モナのことも心配だけど、メアリーのことも気がかりだ。まだ肝心の、メアリーを脅しているであろう人物が誰なのかが分かっていない。

 国王様の反応を見る限り、今はメアリーに変わったことは起きていないようだけど…。


「むむむ、あの鉄仮面男が言ってたエンターテインメント…本当に楽しみにしていていいのだろうか」

「私は信用しないわよ。あんな得体の知れない男の言う事なんて」

「明日は、私も同行します。もしかしたら、戦闘になる可能性も無くはないですから」

「うん。それは助かるよ」


 待っててね、モナ…。出来れば明日、迎えに行くから!

 心の中で気合いを入れ直し、私たちは部屋に戻り、就寝に入った。





 ―――――――――――――――





 夜が更けてから数時間が経過し、王都は人の足音すら鮮明に聞こえる程に、静まり返る。

 そんな中、レアリム西地区の裏路地から、微かに陽気な音楽が流れていた。


 ――ふんふんふーん~♪


 数多の骨董品が所狭しと並べられている薄暗い一室で、その者は鼻歌を交えながら、クリアな歌声に耳を澄ませる。


(情報収集ついでに、〝吟遊詩人〟から盗んだこの歌…歌詞もメロディも最高だなー)


 手のひらにポン!と生成した、球体状の魔力の塊。そこから記憶した音楽が流れているようで、頭部に装着している大きく耳を覆うようなアーチ状の機械に、その者は魔力の塊を流し込んだ。


「よし、〝エディット〟かんりょー。これでいつでもこの曲が聞き放題ー」


 気の抜けた声質で呟き、どういう訳か機械からスピーカーの如く流れる音楽に耳を澄ませ、ソファに寝転んだまま、再び鼻歌を口ずさむ。

 そんな時、家の扉を強めにノックされる音が、部屋に響き渡った。


「ん?こんな時間に誰だよ、もー。せっかくこのまま眠りにつけると思ったのにー」


 大きく欠伸をしながら、その者は普段身につけている仮面とマントで全身を隠すように覆い、仮象…情報屋の姿へと早変わりした。


「はいはーい…。誰っスか、こんな夜更けに――」


 いつもの調子で玄関口からひょいっと顔を出すや否や、情報屋は首元に鋭い矢のようなものを突きつけられる。あまり驚く様子を見せず、両手を上げて後退りする情報屋に、招かれざる客は告げた。


「情報屋だな。邪魔するぞ」


 黒服とハットを身につけた男は、矢がセットされているボウガンを情報屋に向けながら、ずけずけと部屋の中に入ってきた。


「な、何の用っスか?お客さん。そんな物騒なもの、俺っちに向けないでくださいっス」


 命を狙われ、少しばかり慌てる様子を見せる情報屋の言葉を無視し、男は続ける。


「我らが仕える〝グランツェル〟家について、コソコソと嗅ぎ回っている連中がいると聞いた。知らないとは、言わせないぞ?」

「な、なるほど…。あくまで、俺っちが喋ったと思ってるんスね…?」

「そういう事だ。まさかとは思うが、貴様…ウチとのを忘れたわけではあるまいな。もし裏切れば――」

「疑ってるところ悪いんスけど、俺っちは何も喋ってないっスよ。グランツェル家については、何も…」

「なら、なぜ奴らはあの獣人の事を知っている?」


 より一層、重々しい声で男は問い詰めた。情報屋は、相手を刺激しないよう冷静沈着に対応する。


「知らないっスよ、そんなこと。俺っちが知っているのは、王都の中だけの情報っスからね」

「……」

「信じてはもらえないっスか…」


 弁明する情報屋に、無言でボウガンを引く男。今にも矢を打ち放つ勢いで、堂々と構えている。


「なんでも誰かのせいと決めつけるのは、良くないっスよ。それにお客さん、こちらとて情報を売る立場…俺っちに質問したら、相応の対価を払ってもらわないとっス…」


 あくまで客として接する情報屋に嫌気がさした男は、最後の忠告として、矢の先端を喉仏に差し込もうとした。しかしその瞬間、男は何かに気づく。


(なんだ…?こいつ、喉に何かを仕込んで…)


 矢が情報屋の喉元に触れた途端、ピピッ…という小さな機械音が鳴った。


「ハァ、バレちゃったかー。んー、どうしよこいつ…」

「なっ…!?」


 濁ったような濁声から、急に間の抜けた高い声が、情報屋の口から飛び出てくる。それに驚いた男は、一瞬力が抜けてしまい、引いていた矢から手を離してしまった。

 壁に突き刺さる重々しい矢の音が、部屋中に響き渡る。更に気づけば、男の目の前にいた情報屋は、仮面を床に落として消えていた。


「奴はどこに…!?」


 音が部屋を見回す男に、突如として異変が襲い掛かる。



 ――キィィィーーン…!!!



「「ぐっ、うぐああぁぁぁぁ!!!」


 両耳を押さえ、叫び、いきなりその場で崩れ落ちる男。金切り音のような、とてつもなく高いノイズが、男の共鳴を始めた。


「お客さん、一つ教えておくよ」

「……!?」


 正体を露わにした情報屋を目の当たりにして、男は苦しみに耐えながら驚嘆した。

 その容姿は、想像を逸脱した異人だと、誰もが口にするだろう。なぜなら、情報屋の声・言動・仕草から想像し得る人物像には、絶対になり得ない姿をしているからだ。


「お客様は神様だ…って、よく言うよねー。でも、そういうの軽々しく言う奴嫌いでさー。お客さんのような乱暴者が神様だーなんて、誰が言うの?」

「……」

「あたしが求めてるのは、〝等価交換〟。何かを得るには、それに見合った何かを払う必要がある。それが成されて、初めてお客さんは神様になり得る…そうでしょ?」


 常に半開きで、無気力な性格が現れた目つき。音楽が流れるアーチ状の機械を装着し、目立つ桃色の髪を邪魔そうに後ろへ追いやる。

 そんな、どこからどう見ても美少女にしか見えない彼女は、最後に告げた。


「いいー?この世界にはねー、





 ――の接客なんて、存在しないんだよ…」





 少女が指をパチン!と鳴らすと、男はすぐに気を失った。白目を剥け、泡を噴いている。


「あー、鼓膜大丈夫かなー…。破れないように調整したんだけど…。ん、まあ奴らのエージェントなら、そんな柔じゃないかー。縛り付けて、城の前にでも放っておこ」


 気力のない声で、少女は欠伸を交え、呟いた。


 ――情報屋さんって、その……〝女の子〟、だったりする?

 

 今日の朝に訪れたお客さんの言葉を思い出し、情報屋はクスリと笑みを溢した。


「ふふ…ほんと、なんで分かったのかなー」


 彼女にとって、最後のお客様…アリアの事を思い、音楽を口ずさみながら天を仰ぐ。


「無事、助けられるといいね。アリアちゃん…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る