第28話 敵側の思惑
時を同じくして、城をあちこち見回っていたルナとユィリスは、特に変わったものを見つけることができず、部屋に引き返そうとしている所であった。
「アリア、大丈夫かしら…」
「アイツは問題ないだろ。ルナの胸に圧迫されてて、幸せそうだったのだ」
「そうは見えなかったけど?目グルグル回してたし…。またユィリスが何かしたんじゃないの?」
「私はただ足をつらせてただけなのだ!」
「まあ、理由がよく分からないから、のぼせてたってフランには言っといたけど…」
「……」
そんな会話をしながら、階段の踊り場に差し掛かる二人。その時、ユィリスの腰辺りから何かがポロッと落ちる。
「あわわっ、矢が…」
腰に常備していた数本の矢が、カツン…と音を立てながら階段を転がった。
「もう、ちゃんと持っておきなさいよ~」
慌てて拾い集める二人の前に、大人の影が一つ。一本だけ離れた所に落ちた矢を拾い、その人物はユィリスに歩み寄る。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい…?」
声からして男だろう。穏やかな声質でそう伝え、ユィリスに矢を渡した。
「あっ、ありがとうなの……だ」
その男に気づき、お礼を言うために顔を上げたユィリスは、途端に言葉を詰まらせる。その場に近づいたルナもピタッと足を止め、男の顔を見て「え…?」と発した。
「おや…?どうしたのかね。私の顔に、何か付いてるかな…?」
お偉いさんが着ているような、高級感溢れるタキシード姿の男は、ネクタイの位置を直す素振りを見せる。
「あ、いや…付いてるというか、被ってるというか…」
何かを察し、ユィリスはいつになく動揺を隠せずに冷や汗をかき始める。
「ああ、これかい?私の顔は、ここの者たちにとっては醜いようでね~。常に、隠しているのだよ」
「そ、そうなのか…。矢、ありがとうなのだ…」
矢を受け取り、ユィリスは再び鉄仮面男の顔を凝視する。すると、仮面の中から一瞬
(い、今のは何なのだ…?一瞬、
この場に異様な空気が漂う中、鉄仮面男は階段の踊り場に飾ってある、国王の肖像画に目を向ける。しかしそれは一瞬で、謎の鉄仮面男は、ゆっくりと階段を上がっていった。
「ああ、そうそう…」
「……?」
少し上がったところで、男は足を止め、二人に振り返る。
「明日も、この城での生活を楽しんでくれたまえ。きっと、まだ知り得ない〝エンターテインメント〟が、君たちを待っているかもしれない…」
最後に謎のメッセージを残し、鉄仮面男は去っていった。その瞬間、この場に張りつめていた緊張が一気に解ける。
「な、何なのよ。あの人…」
「恐らくフランが言ってた、鉄仮面を被った男なのだ」
「ええ…。まさか、ここでばったり会うなんて…」
「アイツ、なんかヤバかった…。言葉にできないけど」
怖いもの無しに他人と接することのできるユィリスが、鉄仮面男の前では畏怖の念を抱いていた。それ程、あの男が漂わせていた雰囲気は異様だったと、ルナは改めて感じた。
「と、とにかく、早くアリアたちの元へ戻るわよ」
「うむ…」
未知の遭遇に動揺が隠せない二人は、そのまま神妙な面持ちで部屋に戻っていった。
◇
日は暮れ行き、夜中に近づく。
今日も決まってこの時間帯になると、城の地下牢では拷問が始まった。
腹の鳴り止まない痩せこけたベルフェゴールを前にして、メアリーは感情を無に、奴を見下ろしていた。
「いい加減吐かないと、死ぬよ…」
「へへっ…なんだよ、今日は随分と言葉に
「うるさい…」
気力も体力も既に底を尽き、限界を迎えつつあるベルフェゴールだが、いっちょ前に強気の口調で言い放つ。それに対し、メアリーは分かりやすく頭を抱える素振りを見せた。
「死ぬまで、何も言わないつもりなんだね」
「当たり前だ…。あの
「随分な忠義心…。相当貫禄ある〝魔王〟なんだ」
「魔王なんて、言った覚えはねぇぞ…。探りを入れようとすんなら、睨み殺す」
「出来ないくせに」
今のメアリーにとって、こんな拷問など時間の無駄だった。
明日、どうやってモナの事をアリアに伝えるか…。そもそも、伝えていいものなのか…。
今日一日、ずっと悩み続けていたが、未だに答えは出ないまま。自分にとって、一番大切な父親の事を想うと、メアリーはどうしても一歩踏み出せずにいた。
こんなところにいても答えなんて出ない。そう思い、ここから立ち去ろうとするメアリーに、ベルフェゴールが声を掛ける。
「おい、司令塔…」
「なに?」
「この城、何か
「……」
「地下牢に来てからずっと思っていた。この城は下に行くにつれ、魔力の濃度が高くなっているとな…。偶に見かけんだよ。誰かがこの更に下の階に出入りするところをよぉ。なあ、
――この下に
ベルフェゴールの質問を受け、メアリーは細目で沈黙を保つ。それを聞いてどうするんだ…とでも言いたげな表情を、無力の悪魔に向けた。
そんな静寂に包まれた地下牢に、不穏な足音が鳴り響く。
「残念だが、それは君にも言えないなぁ。ベルフェゴール…」
「……!?」
どこからともなく現れた第三者を視界に入れた途端、メアリーは蒼褪める。
(なんで、ここに…!)
両手を後ろに組みながら、ゆっくりと二人の前に姿を現した男は、謎のオーラを巻き散らし、ベルフェゴールに
首から上を覆い尽くすように嵌められた鉄の仮面。そこから発せられた何かを見て、ベルフェゴールは顔を顰める。
「誰だ?お前…」
「いやいや、名乗る程の者ではない。私は、ただの〝生霊〟だよ。
と鉄仮面男はわざとらしく、意味の分からない言葉を並べた。
「どうやら、おっさんは知ってるようだな。この下にあるものを…」
「ああ、そうとも。私が、管理しているからねぇ。だが、それを口外するわけにはいかない。
隠している何かに対し、物騒な言い方で形容する鉄仮面男に、メアリーは怒りを露わにする。
「兵器?それが、人に対して使う言葉なの!!?」
「兵器だろう。あれの力を制御させている私に感謝して欲しいものだな。仲間意識が強い獣人の内輪から除外されたあれを、君は人として見れるのかい?」
「モナが、お前たちに何をしたって言うの…」
「何かされてからでは遅いのだよ。それと、その名を口にしないでもらいたい。虫唾が走る…」
「グッ……」
メアリーは拳を握りしめ、歯ぎしりをする。
悔しくて悔しくて溜まらない様子を見せるも、彼女は鉄仮面男に一切の手出しが出来ない。それが、更に彼女の怒りを加速させる。
「あーそれと…ベルフェゴール。明日、君をここから解放してやろう」
「な…!??お前、自分が何を言ってるのかわかっ――」
「口応えをするならば、父親の命はない…」
「……!?」
その発言一つで、メアリーは何も言えなくなった。絶望に駆られ、怒りを通り越して顔面蒼白になる。
対して、願ってもないことを聞き入れたベルフェゴールは、ニヤリと笑う。
「ほんとかよ、おっさん。男に二言はねぇぜ?」
「ああ、本当だとも。楽しみにしておいてくれたまえ」
「へへっ、俺にもツキが回って来たか。見てろよ、あのガキ…。今度は、ルナ・メイヤードと共に殺してやる!!」
解放されることに大喜びの低能悪魔は、血の気を取り戻し、舞い上がる。空腹など忘れてしまいそうな程に、七大悪魔が活力を取り戻してしまった。
そんな絶望しか存在しない空間で、メアリーは一つの〝希望〟に思いを馳せる。
――生きてる限り、可能性は無限大にある。いつか、自分が本当にやりたいことを見つけられる日が来るよ。
――私じゃ頼りないかもしれないけど、いつでも言ってくれれば力になるから。
(アリア…)
彼女は言ってくれた。自由になったメアリーと、メイドカフェアに行きたいと…。
それは即ち、自分をこのどうしようもない
「お前たちは、負ける…。アリアに、負ける!」
そう呟き、メアリーは鉄仮面男を全力で睨みつけた。
「あの子供の事か…。なぜこの件に首を突っ込んでくるのか謎だが、あんな子供に何が出来ると言うのだい?噂に聞けば…世界ランクは圏外らしいじゃないか。たかが村娘に、私がやられるとでも…?ベルフェゴールを倒したというのも、何かのハッタリだろう」
「そうやって、嘲笑ってればいい。明日には、全部片付いてる…」
「子供の戯れに付き合ってる暇はないのだよ。ふむ、だが…」
「……?」
「そんなにあの子供の力を信じているならば、君自身でそれを証明するがいい」
すると鉄仮面男は、懐から小さな小瓶を取り出した。中には、何やら無色透明の液体が入っている。
それをメアリーに差し出し、続けて言い放った。
「これを飲んで、あの子供を殺すのだ…」
「は!!?」
「知り合いの〝錬金術師〟から預かってる代物でねぇ。操りの呪いが入っている。暴走した君を止められるのならば、あの子供の力を認めようではないか」
「ば、馬鹿な事言うな!!出来るわけないでしょ!!」
「なら、父親の命はない」
「……っ!!!」
言葉無き怒りを噛みしめるメアリーを見下すように、鉄仮面男は非情な言葉を連ねる。
「今ここで私を殺すか?そうすれば、呪いを
不敵に笑う男が持つ小瓶を、手を震わせながら受け取るメアリー。全ての退路が断たれた…そう彼女は心の片隅で思った。
それは、自分がアリアよりも強いと少しでも思っているからこそ。
いくら七大悪魔を倒して、怖いもの無しだと言っても、あんなに心優しくて、純粋で、穏やかな心を持つ少女が、自分を倒せるわけない。彼女が自分に打ち勝つ姿など、全く想像が出来ないと考えてしまっていた。
(アリア、ごめん……。ごめん……なさい…)
自分よりも弱い奴らの前に、成すすべなく崩れ落ちることしか出来ない自分に絶望し、メアリーは涙を零しながら謝り続けた…。
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