第27話 メイドの癒し

 あれ、私…何してたんだっけ。

 目を開けると、目の前には天井にぶら下がったランタンの灯りが一つ。見渡せば、私はいつの間にか、薄暗い自室のベッドの上に横たわっていた。

 ここ、ルナの家だよね…?


「いつの間に、帰ってきたの?」


 というか、今まで何してたんだっけか…。

 どこから帰ってきたのかも、自分が何をしていたのかも、なぜか思い出せない。まるで、誰かによって思考を支配されているかのように…。


「ふふ、やっと起きたわね。アリア」

「え…?」


 人の気配など一切感じなかった部屋の何処かから、誰かの声が鮮明に聞こえてくる。聞き覚えのある声に、私は耳を澄ませながらキョロキョロしていると、


「こっちよ、アリア。ふぅー…」

「ひゃっ……!?」


 唐突の耳ふーに体をびくつかせてしまった。と同時に、私の体に軽く体重がかかる。

 細目で前を見ると、そこには私に覆いかぶさるようにして寝転がるルナの姿があった。どうしてか、頬を赤らめて息を荒くする彼女に顔を近づけられ、ドキッとしてしまう。


「る、ルナ!?ど、どうしたの!?」

「んー?どうしたのって、アリアをいじめに来たの」

「い、いじめ…?」

「だってアリア、こうされるの好きでしょ?はむ…」

「んあっっ………!!?」


 両手を押さえつけられ、耳を甘噛みされる。とんでもない刺激の強さに、口から変な声が飛び出た。


「る……な、だ……めっ…」


 涙目で体を震えさせる私を見て、ルナはそそられたように興奮した表情になる。


「ハァ、ハァ…その顔、やっば…。もっと見せて…」


 ルナの舌が耳に近づく。

 耳を、凌辱される…。でも、ルナになら…。

 既に薄れゆく意識の中、口を半開きにし、半ば放心状態に陥りながら、されるがままになる。

 

「耳元で囁かれただけで体が跳ねちゃうのに、耳を直接舐められたら、どうなっちゃうのかなぁ…」

「ルナ、ルナ……」


 無意識にルナの名を連呼する。

 耳を舐められるって、どんな感じなんだろう…。ダメだ…体がルナに支配されてるようで、言うこと聞かないよ…。


「いくよ、アリア…」

「うん。きて…ルナ、ルナ……」


 なぜか密着してる感覚が…というか、そもそも体の感覚が殆どないけど、そんなことなんてどうでもいい。この幸せな空間に身を委ねることしか、今は考えられなかった。

 

 ――ルナ…ルナ…ルナ……。



 ………

 ……

 …



「ふへへ…りゅな、もっと~~………ん??」


 アホ面を晒しながら、そんなふにゃふにゃ声を涎を垂らしながら呟く私は、視界いっぱいに入り込む部屋の灯りに気づいて我に帰る。

 ここは…?あれ、私何して…。

 

「ゆ、め…??」


 急に感覚を取り戻したように動く体。どうやら、私は夢の中に入り浸っていたよう。

 あーもう!今、良いところだったのに~~!!

 夢というのは、なんでいつもいいところで終わるのだろうか。

 寝ぼけ眼で天井をぼーっと見つめていると、


「お目覚めですか?アリアさん」


 と、急に目の前からメイドさんに顔を覗き込まれ、私はびっくりして起き上がった。


「うわっ!!ふら――うっ!!」

「あいた!!」


 その拍子に、お互いのおでこがぶつかり合ってしまう。


「ご、ごめんね、フラン!!大丈夫!?」

「あはは…大丈夫ですよ、アリアさん。急に顔を覗き込んでしまった私が悪いので…」


 そこでようやく、自分がフランに膝枕されていたことに気づく。どうりで顔が近かったわけだ。

 部屋には私たち二人だけで、他には誰もいないようだが…。


「ええっと、私何を…」


 いまいち状況が掴めない私に、フランは色々あったことを説明してくれた。


「アリアさん、お風呂でのぼせてたってルナさんから聞きまして。すぐに部屋へ運ばせてもらったんです」

「そ、そうだったんだ…。なんか、迷惑かけちゃったみたいで、ほんとごめんね…」

「いえいえ、意識が回復して何よりですよ」


 私、のぼせてたんだ…。でも、お風呂に入った記憶がないんだよなぁ。

 体を洗ってる最中に、何かが起こったのは覚えてるんだけど、そこからが…。

 そんな当時の状況を思い出そうとする私の思考を遮るかのように、フランがニヤニヤしながら尋ねてきた。


「それはそうと、アリアさ~ん。眠っている時、ず~とルナさんの名前、呼び続けてましたよ」

「え…!?」

「ルナ~、ルナ~、そこ~って。一体、どんな夢を見てたんですか~?」

「い、いや…き、聞き間違いじゃない?」

「ふふふ、その言い訳は苦しいですよ。私はこの耳でちゃんと聞いてましたから。もしかして~、夢だったりします?」

「ふ、フラン!!」


 小声で意地悪に聞いてくるフランに、恥ずかしすぎて思わず声を荒げてしまう。図星だけども!!!

 肩頬をぷくっと膨らませて、ちょっと怒りっぽい顔を示したものの、フランには逆効果だ。


「んもう、アリアさんったら~。可愛いんですから~」

「だから、違うってば!むぅ…も、もう知らないから…」

「あ~、ごめんなさいごめんなさい!!調子に乗って、ちょっと言い過ぎました!!」


 あたふたしつつ、誠心誠意謝るフランを見て、私は自然と笑みを零す。


「ふふっ、そんなに謝らなくても」

「怒って、ないんですか…?」

「うん、ちょっと恥ずかしいこと言われたから、つい強く否定しちゃっただけだよ。でも、その…あんまりそういうことは言わないでね…」

「あ、アリアさ~~~ん!!!もう、なんて優しいんですか~~!!」

「ちょ…!??」


 私の優しさに感動したフランが、涙ぐみながら思いっきり抱きついてくる。

 女の子に怒るなんて、よっぽどじゃないとあり得ない。というか、怒ったとしてもすぐ許しちゃう。

 フランの大きな胸を押し当てられ、相変わらずドキッとしてしまう。そんな私に、彼女はある提案をしてきた。


「あの、アリアさん…」

「ん??」

「お詫びと言ってはなんですが、一つ私にご奉仕をさせてください」

「ご奉仕?」

「はい。お耳のお掃除をさせていただきたいなと思いまして…」


 み、耳かき…!?え、いいの!?

 なんて内心は正直に思ったものの、少しだけ遠慮がちに答える。


「え、でも…。お詫びなんて、大丈夫なのに」

「いえ、メイドたる者!お城のご案内と話し相手だけが取り柄ではないことを、しっかり証明せねばなりませんから!!」

「え…もしかして、今日それ以外の仕事はやってないの?」

「そうなんです!!」

「……」


 そんな堂々と言うもんじゃないと思う…。

 国王様が自由だと、メイドさんも同じく自由になるのだろう。好きにさせ過ぎな気もしないでもないけど…。

 

「ご、ごほん!とにかくですね、私たちメイドの一番のお仕事は、お客様に癒しを与えることです!ささっ、お膝にどうぞ、アリアさん!」

「そ、それじゃあ…し、失礼します」


 既に先ほど膝枕してもらってたから、改めて言うのもなんだけど、畏まってからフランの膝にゆっくりと頭を預ける。

 なんか、緊張するな…。憧れのメイドさんに、こうしてご奉仕してもらうなんて、前世の頃は夢物語だと思ってたし。

 妄想の時はあんなだけど、フランは可愛いから猶更だ。今になって、変にドキドキしてくる。

 タイツ越しに伝わる、もちもちしてて柔らかい太もも。私にとっては、どんな高級な枕よりも上質だ。


「ふふ、どうですか?私の膝枕は」

「うん。最高だよ…」

「それは良かったです。バスローブ一枚で、寒くはないですか?」

「大丈夫」


 フランが着せてくれたであろう、白いモコモコとしたバスローブ。とても丁寧に着付けてある。

 仕事してないって言ってたけど、私たちが気づかないうちに、陰で色々としてくれてたんだろうなぁ。


「では、こちらのお耳からしていきますね。痛かったら、すぐに言ってください」


 囁くように柔らかい声で、フランは言った。そのおかげか、心臓の鼓動が収まってきて、落ち着きを取り戻す。

 凄い…声だけで、もう癒されてるよ…。

 部屋に置いてあったフワフワ付の耳かき棒が、ゆっくりと耳に近づいてくる。耳たぶを優しく摘ままれ、先ずは耳の溝から攻められた。


「アリアさんのお耳、すっごく綺麗な形してますよね」

「そう、かな…。そ、その…結構溜まってる?」

「いえ、綺麗な方ですよ」

「あ…そういえば、ルナとユィリスはどこに行ったの?」

「お二人は、少しお城を見て回りたいと出て行かれましたよ。何か手がかりが見つかればと。心配いりません。私程ではないですが、腕っぷしのある衛兵さんが常に城中を見張ってますから。何かあれば、すぐに分かります」

「そっか…」


 まあ、それなら…。

 出来るだけ私の元を離れないでね!とドヤ顔で言ったものの、当の私がどうしようもないことで意識を失ってたら、全く話にならない。もっとしっかりしないと!

 なんて気合を入れ直したが、耳の内壁を丁寧に撫でるように掻かれ、一瞬にしてだらしない顔になる。

 耳かきって、こんなに気持ちいいんだ…。いや、多分フランが相当上手いんだと思う。


「気持ちいいですか?って、聞くまでもないみたいですね」

「うん…」

 

 目を細め、蕩けたような顔になる。自然と垂れてきてしまう涎を必死に止めるので精一杯だ。


「メイドというのは、誰かを贔屓してご奉仕することがあまりよく思われません。ですが…」

「……??」

「なんでしょうね。ただ純粋に、今だけは…アリアさんの専属メイドでありたいと思ってる自分がいます。ふふ、こんなことは初めてですよ」

「そ、そうなんだ…」

「おかしいですよね、出会って一日ほどしか経ってないのに…。ですが、なんだか引き込まれるんです。アリアさんの魅力や素敵な一面を見る度に」

「フラン…」

「それに、百合の妄想がいつも以上に広がりますし!!」

「結局それなのね…」

「あはは…すみません」


 専属のメイドか…。でも、フランは私の専属になるには勿体ない存在だよ。

 いつの間にか耳の中いっぱいに広がっていた梵天の心地よさで、思考が停止する。これはもう、悪魔的ご奉仕だ。


「では、反対側もやっていきますよ。はい、ごろーんしてください。ふふ…」


 反対側の耳を向けると、自然と顔はフランの方へ。私を見下ろす彼女の表情は、優しく、柔らかく、可愛いらしい…。

 それは、まさに私が憧れていたメイドさんの相好だった。

 こんな可愛い子に耳かきしてもらうなんて、贅沢が過ぎるのでは?私は、本当に幸せ者だ。


「なんだか、眠たくなってきたよ…」

「いいですよ、寝てしまっても。あ、でもこの後、国王様に会わなきゃいけないんでしたね」

「そうだった。あ~、このまま寝ちゃいたい…」

「寝たら、また恥ずかしい寝言言ってくれますかね」

「フラン~」

「ごめんなさい、つい…」


 心地よい耳かきを堪能しながら、眠らないよう必死に耐える。私が起きてられるように、その後もフランは会話を続けてくれた。

 最高の癒しだよ、フラン…。


 ――ただ純粋に、今だけは…アリアさんの専属メイドでありたいと思ってる自分がいます。

 

 もしメイドとしてじゃなく、なら、私は…。

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