第33話 城の地下に眠る者

 一旦メアリーをその場に休ませたまま、私はルナたちのとこまで飛翔した。


「アリア、無事で良かったわ!流石ね!」

「お前、本当に強いんだな。正直、舐めてたのだ」

「アリアさ~~ん!一時はどうなることかと~!」


 私の無事を確認し、ほっとした様子の三人。

 ルナはいつも通りだけど、ユィリスは静かに驚き、フランは安心から出た涙を眼鏡の奥に見せながら、それぞれ安堵の表情で私を囲う。


「みんなも、無事で良かったよ」

「もう、私たちの心配なんていいの。一番頑張ったのは、アリアなんだから」


 ルナは相変わらずの笑顔で、私を優しく抱擁する。温かい胸の中でドキドキしながら、私は大事なことを告げた。


「え、ええっと…三人とも、メアリーには、さっきの戦いの事を言わないであげてね。あくまで、私がこっそり呪いを解いたってことにしてるから」

「……」


 どういうことかと首を傾げていたが、その意図を理解した途端、ユィリスは困り笑顔をこちらに向けた。


「メアリーがお前を殺そうとした事実は、隠すってことか…。ほんと、お人好しが過ぎるのだ」

「お人好しというか、別に私は大したことしてないし、言ったって意味はないと思うよ」

「いや、めちゃくちゃ凄いことやってたから!!」


 メアリーにかかった呪いを解く際に使用した魔法、〝解放リベレーション〟。色んな魔術に対抗可能な応用技で、対象者の体内に魔力を注入し、呪いの根源を押し出すようにして取り除く。

 メアリーの場合、お腹の辺りに呪いの根源が蔓延っていたから、そこを狙って呪いを外に追いやったという訳だ。恐らく誰かに脅され、呪いの薬を飲まされたのだろう。

 ほんと、殺戮の対象が私で良かったよ…。

 他の人に敵意が向いてたら、今頃どうなってたか。メアリーの力を利用して、誰かを殺そうとするなんて…絶対に許さない。


「みんなは、メアリーのことをお願い。私は、今からモナの元へ向かう」

「アリアさん、一人で行く気ですか!?」

「メアリーは無理矢理体を動かされて、身体機能がかなり低下してるから、誰かが付いてないといけない。それに、私が地下に行ってる間、城で何かあった時、そっちに人数を割いておいた方が絶対いいから」

「そこまで考えて…」

「何もないのが一番いいんだけどね。私も、なるべく早くモナの状況を確認して、すぐに戻ってくるから」


 まあ、私の予想だと安否を確認するだけでなく、モナをここから連れ出す選択に至ると思ってるけど。


「分かったわ。アリアなら心配いらないと思うけど、無茶はしないでね」

「うん。すぐ戻ってくるよ」


 祈るように手を握ってくれたルナの手を握り返し、私はメアリーの元へ。状態が万全になるまで、ルナたちと一緒にいるよう促した。


「アリア~!もうほんっとだいすきぃぃぃ!!ずびーーー!!」

「わ、分かったから!ちょっと落ち着いて!ほら、鼻水が…」


 号泣しながら、メアリーは自分なりに感謝を述べる。ずっと抱きつかれていたからか、既に私のコートには大量の涙が滲みていた。


「ほら、さっさと安全な所に行くのだ」

「うえぇぇぇん!!ありあぁぁぁ!!」


 私と離れたくなくてゴネるメアリーを引き剥がし、ユィリスが強引に引きずっていく。

 執拗に泣きつかれるのは勘弁だけど、事が終わったら真っ先に慰めてあげようかな。

 みんなに手を振って、私はすぐさま地下へ向かっていった。





     ◇





 昨日の夜、ルナとユィリスが城の中を調査してくれたおかげで、構造は粗方頭に入ってる。地下牢までは、スムーズに足を運ぶことが出来た。


「さてと、怪しい扉はっと…」


 キョロキョロと周囲を見回していると、見知った顔の悪魔と目が合った。


「なっ!テメェは!?」


 厳重な鉄格子の中で、退魔の鎖に全身を巻きつかれているベルフェゴールが、無様な様子でこちらを睨みつけている。


「あっ、ベルフェゴール。なんでまだ生きてんの?」

「ククク…俺はお前ら人間と違って、生命力が段違いなんだよ。今に見てろ!ここから出た暁には、ルナ・メイヤードの次に殺してやるからよ!光栄に思うがい――」


 奴の言葉を遮って、ガシャン!!と鉄格子を足の裏で蹴りつけた。ベラベラとうるさいので、圧で黙らせる。


「まだそんなこと言ってるの?ルナが優しいから、まだお前は生きてるだけ。本来なら、もうとっくに私に殺されてるから」


 そう見下すように言うと、ベルフェゴールはビクッと身を震わせた。こんな子供騙しの威圧にビビるなら、最初から食ってかかるなっての。


「ふ、ふはは…相変わらず嫌気が差す女だぜ。お前を見てると、吐き気がするんだよ!!」

「あっそ」


 こんな奴と話してる時間すら惜しい。私は小さな魔力玉をふわりとベルフェゴールの眼前に浮かせ、立ち去る。


「あ?なんだこれ…」

「〝冥獄の雷撃ヘル・スパーク〟…」


「「「いぎゃああああぁぁぁぁ!!!」」」

 

 瀕死悪魔の咆哮が地下牢に響き渡る。

 そのまま全身から煙を出して失神した。死んではない…はず。どうでもいいけど。

 捕まっている他の囚人たちは、その様子を見てゾッとしている。

 見張りの衛兵は国王様を守らせてるし、ここは少々手薄だけど、まあいい脅しになったんじゃないかな。脱獄しようとすれば、どうなるかを…。


「ん?もしかして、これ?」


 地下牢の奥に行くと、〝KEEP OUT〟と書かれている扉が目に入り込んできた。見た目はただの戸だが、外側に薄っすら厳重な魔力回路が張り巡らされている。

 なるほど、これはかなり質の高い封印魔法だ。

 通常なら、封印された時点でこの扉は絶対に開かなくなるけど、鍵穴があることから、何か特殊なキーを使えば、それを持つ者だけは開けることが可能なものとなっている。


 道理で一番強いメアリーでも開けられない訳だ。城を壊す訳にはいかなかっただろうし、余程魔術を極めた者でないと、この魔力回路を解析することだって出来やしないだろう。

 大方、こんなことが出来るのは、勇者かそのパーティにいる魔法に長けた人間。モナを閉じ込めるための扉だとしたら、恐らくその勇者パーティは…。


「って、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。さっさと入っちゃお」


 指をパチン!と鳴らし、封印を解く。

 魔力構造が難しいのは結構だけど、層が薄すぎる。まあ、そうしないと鍵穴が作れなかったんだろうけど、私の魔力解析には遠く及ばない。


 扉の向こうには、下に続く階段が現れ、そこを降りていくと薄暗く細長い通路が続いていた。そこから枝分かれするように、様々な場所へと繋がっているようだが…。

 地下牢に入った時から感じてたけど、下へ行くたびに周囲の魔力濃度がどんどん上がってる。それも、とんでもなく膨大な。

 どこへ行ったら良いのか検討がつかないので、取り敢えずこの魔力濃度が高くなっていく方へ向かうことに。

 少し歩くと、先の方から何者かの話し声が聞こえてきた。

 

「クソッ、全然削れねぇよこれ!」

「魔力濃度が高い証拠だろ。多く削れば削るほど、支給される防具の質も上がるんだ。我慢しろ」

「俺は別に、人間が作ったものを身につけたくはないがな!」


 カンッ!カンッ!と、何か金属を叩くような音が通路にこだまする。柱の影から様子を見ようと、少し覗き込んだ私は、その光景に目を疑った。

 先ず驚いたのが、この先の通路に、どういう訳か水色をした鉱石のようなものが所狭しと生成されていること。そして、その鉱石を必死に削っている人外なる者たちがいること。


 は?魔族??なんでこんなとこに!?

 予想だにしない光景を目の当たりにし、動揺してしまったが、すぐに冷静になって思考する。

 あの鉱石は…恐らく魔力が塊となって生み出された〝魔力鉱石〟だ。それを削り取って、奴らは何がしたいのか…。

 見たところ、奥の方にも魔力鉱石と魔族が大量にのさばっている。下手に刺激すれば、奥の方から蜂のように湧いて出てくるだろう。

 先ずは、モナの安全を確保してから仕掛けたほうがいいかも。私が戻るまでに、城の中が混乱状態になるのは御免だしね。

 感知したところ、鉱石がある通路とは別の場所から濃い魔力が流れている。ここは気になるけど、一旦スルーだ。


「また階段…。どこまで続いてるの、これ」


 まるで、に辿り着くことを妨げるように、かなり道が入り組んでいる。まあ、私にはそんなの関係ないので、難なく最新部の部屋まで行き着いた。


「さてと、凄い魔力がここから流れ出てるけど、まさか裏ボスなんかが眠ってたり…?」


 そんな冗談を口にしつつ、ゆっくりと扉を開ける。

 ここは…。

 中に入ると、これまた風変わりな一室が姿を現した。

 部屋の構造は真四角でシンプル。テーブルや洗面台、お風呂場、ベッドなど必要最低限の家具しか置かれていない質素なものだが、石の壁には数個の穴が空いており、外に何か排出でもしているかのような謎の作りになっている。

 部屋は結構明るい。電気も水も、ちゃんと使えるようだが…。


「ここは一体、何の部屋だろう」


 すると次の瞬間、



「はにゃ…!だ、誰…!?」

 


 幼い子供のような可愛らしい声が、密室の隅から聞こえてきた。そちらに目を向けると、小さな机の下に猫のように丸まっている女の子が、警戒しながら私を凝視している。

 気配を消していたのだろうか。全く気がつかなかった。


「あ、ええっと…こんにちは。悪い人じゃないから、安心して。って言っても、それを証明するのは無理だけど…」


 そう優しく伝えると、


「なんだ、悪い人じゃないのか~」


 警戒していた割りに、あっさりと私を信じた。自分で言うのもあれだけど、そんなすぐに信じられると、ちょっと心配になる(親目線で)…。


「いきなり入って来たから、びっくりしちゃ…ふにゃ!!」

「え、大丈夫!?」


 机の下から顔を出そうとした女の子は、感覚を誤ったのか机の端に思いっきり頭をぶつけた。

 ドジっ子…なのかな?


「大丈夫大丈夫!いつものことだから~!」


 えへへ~と愛くるしく笑って、女の子は全身を露わにさせた。

 あれ?この子、もしかして…。

 深く被っているフードの中で、ぴょこぴょこ動くケモ耳。そして、お尻から伸びたふりふりしている細長い尻尾。

 明かりに照らされ、コバルトブルーに輝く髪を見て、私は確信に至った。


「モナ…」

「はにゃ??」

「モナ、だよね!!」


 やっと会えたと感激して目を輝かせる私に、モナ(?)は不思議そうな顔をして尋ね返した。


「モナの事、知ってるの…?」

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