第34話 神霊族の獣人 モナ
自分のことをモナと称した獣人の女の子。似顔絵から浮かび上がるイメージ通りの姿に、思わず名前を聞く前にモナと呼んでしまった。
「知ってるよ!ミーニャから頼まれて、ずっと探してたんだもん!」
「ん?みーにゃ…って、誰のこと?」
あっ、そっか。ミーニャって名前はモナと別れた後に名付けられたんだった。
「ええっと、二年前に別れたモナのお師匠さんのことだよ」
「はにゃ!!師匠を知ってるの!??」
ふにゃ!とか、はにゃ!って何?…いちいち可愛すぎるんですけど!??
身長は150センチないくらいで、私とほぼ同じだ。あまり歳は変わらないように思えるけど、口調からして年下に見られても不思議ではない。
髪色は、似顔絵通りの明るさが際立つブルー。薄黒いフード付きマントを羽織って頭を隠しており、ピンク色のリボンで纏めたツインテールが、フードから飛び出て胸のあたりまで伸びている。
瞳の色は綺麗なコバルトブルー。鼻筋の通った丸顔で、口元がまんま猫のそれだ(数字の3を横にしたような形)。
服は、マント以外だとボロボロの白いワンピース一着のみ。胸は標準サイズ(勿論、私より大きい)で、靴下も履いていなく、裸足のままだ。
そして、首元に硬そうな鉄の首輪が付けられている。
そんな猫の獣人モナは、師匠と聞いて瞳の奥を輝かせた。
「今はミーニャって名前で、私が住んでる村のギルドで看板猫をやってるよ」
「そうなんだ~!懐かしいなぁ、師匠…。それにしても、師匠と話すことが出来るんだね、ええっと…」
「あっ、私はアリア。よろしくね」
「アリアちゃんか~!よろしく~!」
お互いに挨拶を済ませた所で、私はここへ来るまでの経緯をざっくりと説明した。
「ミーニャとは、〝テレパシー〟で会話してね。一年前にモナが行方不明になったって聞いたから、安否を確認する依頼を受けて、何か手がかりが掴めればと思ってレアリムまで来たんだ」
「ふむふむ…」
「で、色んな人から話を聞いていくうちに、ここへ辿り着いたって感じかな」
「凄いね、アリアちゃん。封印の扉はどうしたの?」
「ああ、あれはパパッとね。全然厳重じゃなかったし」
「パパッとは出来ないと思うなぁ…」
そして、私は物珍しそうに見渡しながら、気になったことを聞いていく。
「にしても、この部屋は何なの?なんでここに居るのとか、色々聞きたいことがあるんだけど…」
するとモナは悲し気な表情を見せ、この施設の全てを語ってくれた。
「ここはね。モナの魔力を吸い取るための部屋なんだ…。一日に一回、この首輪の力で魔力を外に強制放出させられて、壁に開いている穴から上の階へとモナの魔力が運び込まれるの」
「え、何それ…?何のために?」
「ここに来る途中、魔力で出来た石みたいなものを見なかった?」
「ああ、うん。見たよ」
「それは、ここで吸い取ったモナの魔力が固体となったものなの。魔族たちはそれを削って、ある勇者パーティの元へ
「え…!?ちょ、ちょっと待って…!!」
サラッととんでもないことを言われ、頭の中が混乱する。
魔族が、人間である勇者パーティに密売!??魔族が人間と繋がっているって、こと!?
そんなの、普通では絶対にあり得ない。相当な利害の一致が無ければ…。
「驚くのも無理ないよね。師匠から聞いてると思うけど、モナはその勇者パーティと一時期共に旅をしてた。そいつらは、最初からモナをここに閉じ込める計画を練ってたみたいでね。モナ、まんまと騙されちゃったの」
そう言って、モナは困り笑顔を向けた。
「家族で構成された勇者パーティ…だよね?」
「うん。最初はすっごく優しい人たちだと思ってた。でも、全部演技だった…。はにゃ~…師匠の言う事聞いてればこんなことにはならなかったのに。ほんと、馬鹿だよね…」
モナが人を信じやすい性格っていうのは、さっき出会った時に思ってはいたけど、それを利用して騙すなんて…。やっぱ、その勇者パーティは碌な奴らじゃなかったな。
モナの魔力から生み出した鉱石を使って何がしたいのか知らないけど、良いことだろうが悪いことだろうが、一人の女の子をこんな所に監禁している時点で、そいつらは勇者失格だろう。
心の奥から湧いてくる何かを冷静に抑えつつ、話を続ける。
「でも、なんでモナなの?もしかして、何か特別な魔力を持ってる…とか?」
「まあ、そんな感じかな。モナ、『神霊族』だから…」
「うえぇぇ!!神霊族!!?」
これまたビッグな情報が飛び出てくる。
神霊族とは、〝神の生まれ変わり〟と言われている極々稀な種族だ。単純な遺伝ではなく、普通の家系で生まれる筈が、何の前触れもなく突然変異したかのように誕生する、亜人の中で最強となり得る可能性を秘めた存在。
体内に溢れる魔力は他種族と比べ物にならず、魔法や戦闘のセンスも生まれた時から約束されている。
そんな、100年に一度生まれてくるか来ないかの種族が今目の前にいるのだ。流石の私も驚きを隠せなかった。
「ふふ、アリアちゃん驚きすぎだよ~」
「いやいや、驚くに決まってるでしょ!!だって、神霊族って言ったら奇跡の存在だよ!?」
たしかミーニャは言ってた。モナは覚えが良いし、才能があるって。
まさか神霊族が理由だったなんて、誰が予想できただろうか…。
「そう、なのかな…。私にはとてもそうは思えないけどね…」
「え…?」
「だってモナ、神霊族だったせいで家族や仲間に見捨てられたんだよ。いつ暴走するかも分からない
「汚点って…酷い」
「モナ、自分の力をコントロールできなくて、いつも仲間に迷惑かけてたの。それが成長する度にエスカレートしていって、もう誰にも止められなくなっちゃってね…」
それで、手がつけられなくなったモナは縄張りから追放され、事実上の迫害を受けてたのか…。
家族にすら見放されるって、モナの意思に反して起こり得る暴走なのに、酷すぎる。って言っても、私に何が分かるのって感じだけど…。
「それは、辛かったね…。ごめんね、奇跡とか軽々しく言っちゃって…」
「ううん。それは誰もが思ってることだろうし、全然大丈夫だよ。師匠と会ってからは少し落ち着いたし、この部屋では毎日魔力を吸われるから、今の所目立った暴走はしてないんだ」
「…そっか。あっ…そういえば、その事ってミーニャと二人だけの秘密だったんじゃない?話しちゃって良かったの…?」
「うん。もう、この件に関わってる人たちは殆ど知っちゃってるし、いいかなって。でも、なんだろう…」
少し間を置き、私の目を見てモナは続けた。
「自分から積極的に話そうって思えたのは、アリアちゃんが初めてだよ」
「え…?」
「気づいたら、話してた。えへへ、なんでだろ」
「モナ…。でも、あんまり人を信じ過ぎるのは良くないよ。その勇者パーティの奴らは、モナのそういう優しさに付け入ってきたんだろうし…」
「ふにゃ~…そうだよね~。じゃあ、付け入る隙を与えたモナが悪いってことだ。ふふふ…」
「もう、笑い事じゃないよー」
にぃへへ~と、もう可愛すぎを通り越して超可愛く笑うモナ。少し場が和んだところで、話の続きに入る。
「で、神霊族であるモナは、秘められた魔力が段違いらしくてね。質の良い魔力鉱石が生まれるみたい。魔族たちは、モナの魔力を吸い取っては鉱石に変えて、それを勇者パーティの元へ売る。ずーっとそれの繰り返し…」
「それって、一年前から…?」
「うん…。もうほんとに退屈だったよ。殆ど寝てばかりだったな~」
「……」
私は神妙な面持ちで拳を強く握りしめる。
逃げ出せるなら、とうにここを出ているだろう。こんな何もないと言ってもいいような部屋で一年間、たった一人でいたなんて…。
どれだけ辛い思いをしただろうか。どれだけ寂しかっただろうか。
そんなの、簡単に分かるなんて言えない。言えないけど…。
「モナ!!」
「ふにゃ!?び、びっくりした…。どうしたの?アリアちゃん」
「よく、頑張ったね…。もう、大丈夫。大丈夫だから」
「え…??」
「今すぐここを出よう!一緒に、ミーニャの元へ帰ろう!!ね?」
立ち上がり、モナに手を伸ばす。そんな私を見て、モナは諦めるように俯いた。
「ありがとう、アリアちゃん。でも、モナをここから連れ出すことが、どういうことか分かってる?」
「……」
「ここの魔族とは勿論、勇者パーティとも戦うことになるかもしれないんだよ。助けに来てくれたことは本当に嬉しい。けど、アリアちゃんをそんな危険な目に遭わせるわけにはいかないよ。こうなることが、神霊族であるモナの運命…。しかた、ないんだ…」
モナは少し言い淀んだ様子で、下唇を噛みしめ、溢れ出るものを堪えている。
まだ、モナは我慢しようとしているんだ。自分が堪えれば、誰かを巻き込まずに済むと…。
想像もつかない困難が待ち受けている。そう情報屋さんも言っていた。
今その意味を知り、私は素直にこう思った。
――なんだ、そんなことか…。
と。
簡単なことだ。元魔王にとっては…ね。
私は優しく笑いかけ、そっとモナの体を抱き寄せた。
「仕方なくなんかない。こんな所に閉じ込められて一生を終えるなんて、そんな運命あっていいわけない」
「アリア…ちゃん。うっ、でも…」
「モナは、どうしたい?」
「え…」
「本心を素直に言えばいいの。誰かの事を考えるんじゃなくて、自分の事を考えて」
「そ、そんなの…。モナは、モナは…」
服の裾をきゅっと強く握られた。モナは歯を食いしばり、溢れんばかりの気持ちを抑えている。
まだ、迷っているのだろう。一年もこんな状態で我慢してきたのに、
なんて優しい子なんだろう。その優しさを踏みにじるような奴らは、絶対に許さない。
だから、私は言った。
「私は嫌だよ。モナをここに置いていくなんて。見捨てるくらいなら、死んだ方がマシ!」
「なんで、そこまで…」
「なんでって…それが、私の
「アリアちゃん…」
「私は、裏切らないよ。これから、それを証明する」
「……」
「もう一度聞くよ。モナは、どうしたい?」
「モナは…」
堪えていたものが、涙となって零れ落ちる。運命を共にすると言った私に心を許してくれたのかは分からないが、モナは私以上に強く抱擁して本心をさらけ出した。
「モナは、もうこんな所にはいたくない…師匠に会いたい…。自由に、生きたいよ…」
私の肩に顔を埋めて、すすり泣きながら照れくさそうにして…。
そんな姿に愛くるしさを感じてしまう。だって、可愛いんだもん。さっきまで悲しそうに項垂れてた尻尾を、今は元気よくふりふりさせてるんだから!
「うん、よく言えたね。絶対、後悔させないから…」
もふっとしたモナの頭を愛撫しながら、私は猫の手のように柔らかな言葉をかけ続けた…。
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