第47話 真夜中の事件

 夜が更け、村の殆どの者が就寝についた頃、私とシャトラは人間と共に暮らすためのルールをおさらいしていた。まあ、ルナたちの事を知ってもらうついでにだけど。


「みんなと、仲良くできそう?」


 自室のベッドに座りながら、小さく丸まる魔物を撫でる。一通り、みんなの性格や可愛いところを説明してから、今日一日彼女たちと過ごしてどうだったかを尋ねた。

 と言っても、シャトラがたった一日で人間と仲良くなれるなんて思っていない。そう言えるだけの理由が、シャトラにはあるのだから…。


「あの者らは、ご主人様が選んだ人間…。忌み嫌う理由はないですが、やはり…親しくするには多少抵抗があります」


 そう口を尖らせて呟くシャトラ。私と一緒にいることが目的とはいえ、これでも前向きに考えている方だと思う。

 魔界にいた頃なんて、襲ってきた勇者に目を向けることすら嫌がっていたこの子が、一日人間と同じ屋根の下で過ごすこと自体、凄いことなのだ。

 よく逃げ出さなかったなと、寧ろ誉めてあげたいくらい。調子に乗るから、それは心に留めておくけど。


「そっか。今は、それでいいよ。無理やり仲良くさせるなんて、したくないもん。そんなのは、友達とは言えないからね」

「……」


 友達というワードが私の口から飛び出てきて、シャトラは無言で俯きだす。

 その友達について、熱心に話す私を見ている時と同じように、この子から少し寂しさを感じた。こんなにも、楽しそうに、幸せそうに、そして活発に一日を過ごす…そんな、人間の前でしか見せないような主の素顔に、戸惑いを隠しきれないのだろう。


「ご主人様は、元魔王であり、我ら魔界の者らにとっての主君…。今でもそう思っておりますが、人間と接している時のご主人様は、我らが傍にいた頃よりも少し…いえ、かなり幸せそうにしておられるので、正直悔しいです…」

「……」


 予想通り、シャトラは複雑な思いを抱いていた。

 私は、無言で頭を撫で続けるだけ。何を言ってあげれば良いのか、思いつかなかった。

 なぜなら、シャトラの言った言葉は、全て本当の事だから。否定してあげられる程、今の私の幸福度は前世と近しいものではない。

 目指すものも無く、永遠と共に過ごしていた魔王はおらず、ここには限られた寿命の中で、毎日を大切に生きる幸せそうな人間がいるだけ。自分でも、ここまで楽しい日々が降ってこようとは、天地がひっくり返っても起こり得ないと思っていたから…。

 

「魔王だった頃はね。魔王っていう肩書きだけで、周囲から拒絶されて、嫌われて、化け物呼ばわりされて…正直、生きている意味なんてあるのかなぁって、思ってたんだ。勿論、シャトラたち幹部が慕ってくれたのは嬉しかったよ。でも、それは決して対等な関係の上で成り立っている訳じゃない」


 それが窮屈だなんて言わないけど、私はそういう関係を望んではいなかった。

 何をした訳でもないのに、勝手に仲間が増えていく。言い方は良くないかもしれないけど、それが私にとって良い関係だと、胸を張って言えるのだろうか。

 そう頭で考えつつ、私は言葉を続ける。


「根本的なことを言うと、人間が~とかじゃなくて、私は対等に仲良くしてくれる友達が欲しかったのかも。同じ目標に向かって切磋琢磨して、お互い気を遣わずに腹を割って話し合えるような…そんな関係が築ける誰かを」

「ご主人様…」

「だからね。私はシャトラとも、そんな友達になりたいと思ってる。今の関係を崩すのは、難しいかもしれないけどね」

「ご主人様と、友達…。我が対等だなんて、恐れ多いです。強き者に付き従う。それが我の中での常識ですから」


 それだけは自分の中で曲げたくないのだと、真剣な表情に変わるシャトラを見て感じた。

 まあ、いきなり常識を変えろなんて酷な話だろう。ここは、シャトラの気持ちを優先すべきだ。


「うん、そうだね。それでシャトラが幸せなら、強要するつもりはないよ。でも、別に友達じゃないからって、シャトラとの接し方を変えるつもりも、みんなより蔑ろにすることもない。私は、知り合ったみんなに、偏見なく平等に接したいから…。勿論、悪人は除くけどね」


 出来るだけ安心するよう、柔らかな言葉で意見を伝えた。にっこりとはにかむ私を見上げながら、シャトラは嬉しそうにくぅ~んと唸り、大好きな主のなでなでに身を委ねる。

 仕方ないから、今日は眠りに落ちるまでこうしてあげよう。

 そう思いながら、襲い掛かる眠気に身を委ねようとした、まさにその時だった。


 ドタドタ…!と部屋の外から騒々しい足音が聞こえてきたと思ったのも束の間、私たちの眠りを妨げる幼な声が部屋に響き渡る。



「「大変だぞ、アリア!!村の外からの冒険者が来て…」」


 

 こんな真夜中にノックもせず、ずけずけと部屋に飛び込んできた泡だらけのユィリス。そんな状態でもお構いなしに、家へ上がってきたようだ。

 この子、まだ洗濯やってたのね…。

 そんな突っ込みが口から出かかったものの、ユィリスの只ならぬ様子に思わず見入ってしまう。


「おい、。夜中なのだから、少しは静かにせんか!」

「誰がおチビだ!!」


 睡眠を妨げられ、ご機嫌斜めのシャトラは、たった今考えついたであろうあだ名でユィリスを煽る。そのまま口喧嘩が始まりそうだったので、私はすぐに何があったのか尋ねた。


「はいはい!で、何があったの?」

「そうだ!ええっとだな…」


 話によると、渋々外で洗濯を強いられていたユィリスの元へ、ある獣人の冒険者が助けを求めてきたのだという。その内容は、彼らの住む獣人の里が、今何者かの襲撃を受けているようで、近隣の村であるこのカギ村から至急冒険者の援軍を募ってくれとのことだった。

 

「獣人の里って、モナの…」


 なぜ、今?という疑問はさておき、私としては、隣村までわざわざ助けを求めてきてくれた人たちを見捨てることなんて出来ない。既にカギ村の勇敢な冒険者は、里に向かい始めているそうだ。

 私は緊急でみんなを招集し、とりあえず状況の整理をする。


「確かに、獣人の里はモナが生まれ育った場所だよ…」


 事情を聞き、モナは神妙な面持ちで話す。

 自分を迫害した故郷が、今何らかの危機に瀕している状況。複雑な思いを抱くのも無理はない。

 モナの前で、あまりこの話をするのは良くないだろう。


「里には、私とシャトラが行くよ。そう遠くはないけど、緊急の事態だし、シャトラのスピードなら十分早く着けると思う」

「ん?シャトラ…?アリアが一人で飛んでいくなら分かるけど…まさか、シャトラに乗るだなんて言わないわよね」


 ルナに矛盾を突かれ、しまった…!と心の中で洩らす。つい前世での立ち回りを想起し、迂闊にもシャトラの正体をバラすような言動を…。


「あー、ええっとそれはね。ええっと…」

「ふん!何を隠そう、我は変幻自在の。サイズを変えるなど、朝飯前だ!」


 するとシャトラは、すぐさま巨大な虎に変化し、返答に困る私をカバーしてくれた。魔物ではなく、そこら辺にでもいるような虎に変わるのなら、そんなに違和感はないだろう。


「す、凄いです…!」

「シャトラ、こんなことも出来るの!?」


 定員は三人。移動速度は悪魔越え。テレポート以外だと、こんなにも便利な移動手段はない。

 みんながシャトラの姿に夢中になっている中、村の中心からの小動物がちょこちょこと走り寄ってきた。それに気づいたモナが、真っ先に呼びかける。


「師匠!!」

「ニャ~!」


 事態を把握したのか、モナの師匠であるミーニャが心配してきてくれたようだ。私たちには聞こえないけど、モナは師匠を抱きかかえて話をする。


「どうしたの?師匠」


(モナ…その、話は聞いているかにゃ?)


「うん、大体はね」


(獣人は、鍛えずとも普通の人間より身体能力が遥かに高いにゃ。そんな種族が追い込まれてる状況だから、相当厄介な事になってそうだにゃ…)


「……」


(だが、お前は関わる必要はない。その様子じゃ、アリアが向かってくれるようだし、ここはあの子に任せるにゃ)


「そう、だね。その方がいい…のは、分かってるよ」


(モナ…??)


 モナは、何やら自分の中で葛藤を起こしているような、険しい表情で足元を見つめる。私たちやミーニャが心配そうに見つめる中、少しの間考え込んでいたモナは、何かを思い定めたように顔を上げ、私の方に目を向けた。


「アリアちゃん。モナも、連れて行って!」

「え!?」


(モナ…!?)


 表情は迷いが見えるものの、真剣だった。

 トラウマを呼び起こすかもしれない場に自ら出向く。そう決断したモナは、その訳をミーニャに話した。


「師匠…。モナね、アリアちゃんを見て、色々と学んだの。強い力っていうのは、誰かを守るためにあるんだって。この先に起こるかもしれない困難を知った上で、初対面だったモナを助けてくれたアリアちゃん。モナも、誰だろうと助けを求める人がいるなら、力になってあげたいよ。そのための、神霊族…だと思ってるから」


(モナ…しかし――)


「モナはただ偶然通りかかった里を、として助けてあげる。これでどう?」


 あまりにも固いモナの意思に、ミーニャは諦めたような困り笑顔を向けた。


(分かったにゃ…。まあ、アリアが付いてるし、問題はないだろう)


「師匠~!」


 なんとか納得してくれたのか、ミーニャは私の方へ向き、一礼する。我が弟子を頼んだぞ…そう言われているようだった。

 なら、私から心配することは何もないかな。これがモナのなら、尊重してあげないと。


「じゃあ、モナ。行こうか」

「うん!」


 モナと一緒にシャトラへ跨り、私は残るメンバーへ声を掛ける。


「フラン、家をよろしくね」

「了解です!もう鼻血は出しませんよ!」

「それは蒸し返さなくていいから…。それと、ルナはゆっくりしててね。今日一日、ユィリスの手伝いを頑張ってくれたから」

「ええ。アリアなら心配いらないでしょうし、良い知らせを待ってるわ」

「うん。それと、ユィリスは…」


 あれ、いない…。

 最後にオチとして、洗濯頑張ってね~と伝える筈が、なぜか肝心の本人はこの場にいない。そう思った私に、シャトラが呆れたような顔で、後方に注目しながら告げる。


「おチビなら、我の背に跨っておりますよ。ご主人様」

「はい…!?」


 先頭から私、モナの順に乗った際、しれっとその後ろへ忍び込むように付いていた。ほんと、油断も隙もあったもんじゃない。


「さあ行くのだ、シャトラ!私の力もこういう時に使わねばな!」

「ユィリス…洗濯は?」

「何かモナがミーニャと話している時に、残りを終わらせてきたのだ。ほら、綺麗に干してあるぞ」


 たしかに、物干し竿にはピッカピカに汚れの落とされた衣類が、きちんと干されている。

 いつの間に…。最初から一緒に行くつもりだったってことだよね。

 興味を持ったことには、とことん自由に突っ込んでいく。そのためなら、何でもやってのける…か。

 ユィリスのモチベーションと原動力は、どうやら私には図り得ない領域にあるみたいだ。この子についても、良く知っておかなきゃいけないかも…。

 

 まあ、ユィリスの実力は私が買ってるし、特に置いていく理由も無いので連れていくことに。

 こうして、私・モナ・ユィリスは、獣人の里へと向かって行った。

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